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六十八話  『希望の島』脱出!

 □◆□◆


 ◇


「オオオオオッ!」


 真治は気合の雄叫びを上げて拳を繰り出す。


 向かってくるギガンストルムは、両腕をクロスさせてその拳を防御した。

 ビキッと左手の大爪にヒビが入る。

 それでも突進の勢いを殺さなかったギガンストルムは、そのまま真治を押し倒そうとする―――が、左手でギガンストルムの右腕を掴んでいた真治は、姿勢を下げながらコマのように回ると、掴んでいる右腕をひねり上げた。


 真治は前方回転させてうつ伏せに転ばせたギガンストルムの腕に逆十地固めを決めると、テコの原理でその太い腕をへし折る。


 絶叫を上げたギガンストルム。

 しかしその力は脅威的で、骨が折れたはずの腕でしがみつく真治を持ち上げると左の大爪を振る。


 腕を放した真治は大爪をかわして間を取った。


 右腕を押さえて立ち上がり、憎々しい眼差しを向けて威嚇してくるギガンストルム。


「キミと対峙するのは初めてだけど、特殊部隊って人達や神楽くんたちを襲った時に、その動きは見せてもらったよ。神楽くんに恨みがあるみたいだけど、そう簡単に向こうへは行かせないッ」


 片目を潰されたことを恨んでいるのだろう。

 武瑠ばかりに意識を向けていたギガンストルム。


 その前に立ちはだかる真治が身構えた。


 出来ることなら、さっきの拳で決着をつけたかった真治。

 たとえ大爪で胸を貫かれようと、カウンターで放つ渾身の拳でギガンストルムの胸の傷をエグリ、心臓を握り潰したかったのだ。


 万全の態勢で挑んでも勝機は薄い相手。ましてや満身創痍な今の身体では、最高の結果が相打ちだということはわかっている。

 なんとか相手の勢いを利用して痛手を与えることは出来たようだが、ハンデを埋めるにはまだまだ足りない。

 そしてもう二度と、自分を小物扱いはしてくれないだろうこともわかっている。


  神楽くん、はやく逃げてッー―


 もはや立っているだけでもつらい真治は、気迫だけでギガンストルムを止めていた。


 ◇


  すまない真治。死ぬなよ……


 直登をおぶった武瑠はその背中を見守る。


「まったく、胴体に穴があいている人の動きじゃないね。どんな精神力してるのさ~」


 その身に銃弾を受けている皆本は、真治と張り合うかのように立ち上がる。


 ―――その時だった。


 島のあちこちから連続して大きな爆発音がしたかと思うと、かつてない激しい地震が島と武瑠たちを襲う。


「うわッ!」


 武瑠は姿勢を下げた。

 立っていられないどころか、その場でしゃがんでも身体が跳ねる。


 地面にいくつもの亀裂が入っては崩落していく。

 地下深くまで、まるで蜘蛛の巣のような炭鉱によって島の内部はスカスカだと言った政木の話は本当だったらしい。


「武瑠くん早く来てッ、最後の爆発が始まったらしいのッ! この島は海に沈んじゃうよッ!」


 船のハッチから顔を出した一颯が大きく手招きする。


「そんなこと言われても……」


 地割れするほどの激しい揺れに、立ち上がることすら容易ではない。


「し、真治くんッ!」


 片膝をついてしまった皆本が悲鳴に似た声で叫んだ。



 立っていられなかったのは武瑠たちだけではなかった。真治もまた、立っていられずに地面に手をついていたのだ。


 この機を逃さずギガンストルムが動く。激しい揺れをものともせずに駆け出し、行く手を阻む真治を大爪でなぎ払った。


 真治は後を追おうとするが足をもつれさせて転倒。しかも運悪く、前方の地面が横一線に崩落してしまった。

 これでは船まで戻ってくることは出来ない。



 状況を理解した武瑠が青ざめる。


「そんな……。真治ッ!」


 もう助かることはない。いや、ギガンストルムが現れてしまったその時に、こうなることを覚悟していた真治の顔は晴れやかだった。


「神楽くん……」


 言葉にならない思いを笑顔で表した真治。

 その姿が、大きく割れて盛り上がった地面によって迫るギガンストルムと共に消えていった。


  もうすぐ……。あと一歩のところだったじゃないかッ!


 やっと分かり合えた友人。

 一緒に島を脱出できたはずの仲間をまた失ってしまう……。


「真治ぃぃぃッ!」


 なにも出来ない悔しさから、武瑠は天高く吼えた。


 しかし、その声に応えるように盛り上がった地面の上に現れたのはギガンストルムだった。


 皆本が動く。


「神楽ッ、相模を連れて船まで行けッ!」


 木刀を構えながら、降りてきたギガンストルムへと向かっていくが、


「ぐああああッ!」


皆本は大きく弾き飛ばされてしまう。

 その身体は船体上部まで飛ばされて、一颯のいるハッチ横に叩きつけられた。


「皆本くんッ!」


 一颯が海へとずり落ちそうになる皆本にしがみつく。


「ここまで来たんだッ、お前にかまってるヒマはないッ!」


 武瑠も船へと急ぐ。


 その距離約6メートル。

 直登を背負っていてもすぐにでたどり着けるはずだった。しかし――真後ろまで迫っていたギガンストルムは右の大爪を振り上げている。


「やらせるかよッ!」


 武瑠が三歩目の足を出した時、前へと押されたかと思うと、直登の怒声と共に背中が軽くなった。

 慌てて振り返る武瑠。


「いまのうちに行け武瑠ッ、俺にかまうなッ!」


 ギガンストルムの腕にしがみつき、そう訴えた直登。その腹部にギガンストルムは左の大爪を深々と突き刺した。


「グッ……な、なめてんじゃねえぞッ!」


 こみ上げてきた血を吐きながらも、直登は膝で腹部の大爪に一撃を与える。

 真治の拳によってヒビが入っていた大爪が折れた。


「な、直登ッ!」


 叫びながら近づこうとする武瑠に、


「はやく行けって言ってるだろッ、来るんじゃねえッ!」


捻挫と、骨折している足をも使ってギガンストルムの後をとった直登が睨みを効かせる。


「そんなことできるかよッ!」


 武瑠は腰のベルトから折れた棒を引き抜いた。


 後から直登に首を絞められながらも、ギガンストルムの鋭くつりあがった赤い眼光は武瑠へと向いている。


「両目とも潰してしまえばッ!」


 激痛でもがいている間に、直登を引きずって船まで連れて行き、脱出することは出来ると考えた。


 それでも、運命とはなんと残酷なものなのか――。



 ギガンストルムの足元がへこんだかと思うと、そのまま亀裂が入って広がっていく。

 そのなかへ、巨体が直登を背負ったまま落ちた。


「そんなッ、直登おおおッ!」


 武瑠は亀裂を覗き込む。


 2メートルほど下で、ギガンストルムは右手の大爪を壁に引っ掛けて落下を免れていた。その背中には、直登が首を絞めながらしがみついている。


「手を出すんだ直登ッ!」


 武瑠は手を伸ばす――が、その手をギガンストルムが掴みにきた。

 それを直登が左手で阻止する。


「なにしてんだ武瑠ッ、お前も一緒に死ぬつもりかッ!」


「うるせえッ! ここまで来たのに、お前だけ置いていけるかッ!」


 武瑠は再び手を伸ばす。

 背中の直登が邪魔なのだろう。ギガンストルムは左手で直登を払い落としにくる。


「……の野郎、なめるなぁぁぁッ!」


 直登は身体を振って避けると、その手に両足を絡ませて挟み込んだ。


 抵抗するギガンストルムが激しくもがくたびに、右の大爪だけでぶら下がっているその巨体がズリ下がっていく。


「直登ッ!」


 もはや手が届かない所まで下がってしまった直登。それでも武瑠は必死に手を伸ばす。


「武瑠、もういいんだ……」


 ギガンストルムに対して渾身の力を込めている直登の、その声は穏やかだった。


「もういいって……。直登、おまえなにを言って……」


 武瑠に緊張が走る。

 直登の穏やかな声、そしてその穏やかすぎる笑顔からは言いようのない不安しか感じない。


「武瑠、そんな顔をするな。足手まといだった俺が、最後にやっとお前の役に立てる……」


「足手まとい? 役に立つ? 意味わかんないこと言ってんじゃねえッ! 俺たちは友達だろ? 仲間だろッ!? 助け合うのは当然だろッ! いいから手を出せよッ!」


 怒号にも似た声で腕を伸ばす武瑠。――だが、


「お前といられて楽しかった。生きろよ武瑠…………じゃあなッ!」


直登はギガンストルムの首に絡めた腕に力を込めて大きく後に反り返った。

 その反動で、かろうじて壁に引っかかっていた右の大爪が外れる。


 宙に投げ出されて手足をバタつかせるギガンストルムに対して、直登の顔はどこか誇らしげだった。


「直登おおおッ!」


 身を乗り出して手を伸ばす武瑠。

 その背中に、片足で駆けてきた一颯が覆いかぶさった。


「何してるの武瑠くんッ、落ちちゃうよッ!」


 崩落した底の見えない穴へと吸い込まれそうな武瑠を必死に止める。

 その亀裂がさらに広がり波止場を壊した。

 勢いよく流れ込んだ海水や資材用の木材などが、穴の中で渦を巻く。


「放してくれッ、直登が 直登があああ……ッ!」


 暴れる渦中へ飛び込むような勢いで、一颯を振りほどこうとする武瑠。


 一颯は後からその襟首を掴んで力任せに引き上げると、乱叫する武瑠の頬を思い

 切りひっぱたく。


 唇を強く噛みながら震える一颯を見上げた武瑠はあ然とする。


「行くよ武瑠くん。――さあ、立って……」


 激しく揺れる地震のなか、一颯は静かに武瑠の手を取った。

 手を引かれて立ち上がった武瑠は導かれるまま船へと進む。

 強く手を握ってくる彼女はなにも言わない。


 一颯にとっても直登は良き友人であり、大切な幼なじみだったのだ……悲しくないわけがない。


 武瑠は胸が張り裂けそうな悲しみをグッと堪えて足を進める。一颯と同じく、直登がここで立ち止まることを許すわけがない……。




「さ、神楽くん手を伸ばして」


 一颯を船内に送り込んだ佳菜恵が、今度は武瑠へと手を伸ばす。

 その手を握る武瑠の表情は渋いものだった。


 10歩――。足を引き摺る一颯でさえたったの10歩で船にたどり着いた。


  もう少し、あと少しだったのに……


 無言で狭い船内へ入った武瑠は、叩き壊すかのような力を込めて座席の背もたれを殴った。

 その震える肩に話しかけられる者は誰一人としていない。


「これで全員なんだな! よし、出港するぞッ!」


 佳菜恵に確認をとった政木だけが、興奮して操舵輪を握る。



 動き出した船。そのエンジン音は意外と小さかった。

 爆破された島は、砂山が崩れるがごとくものすごい勢いで崩れ、その崩壊によってうまれた高波が船体を大きく揺らす。



「しっかり掴まってろッ!」


 政木の緊迫した声から、トニトゥルスの脅威は去っても決して安心出来る状況ではないことを知る。


 暴れ馬に跨っているかのような船内。

 佳菜恵は気絶している皆本を抱え、武瑠と一颯もお互いを支え合う。


 一番やっかいなのは、崩壊した坑道から浮かび上がってくる空気のかたまりである。これに捕まってしまえば、船体は浮力を失い暗い海の底へと引きずり込まれてしまう。


 今はただ、腰の痛みに耐えながら必死で操船する政木に、運命を託すしかなかった。



 □◆□◆

読んでくださり ありがとうございました。

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