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六十四話  渾身の一撃 ――託された想い――

 □◆□◆


 ◇


 真治の抵抗は激しさを増す一方だった。

 直登は精一杯の力を込めているのだが、首を絞めている腕は今にも外れそうになっている。


  なんでまだ気絶しないんだよ!? 皆本っ、話が違うぞっ!


 ここにはいない皆本に抗議する。


 今河を絞め落した皆本から、いざという時のためにやり方を教わっていた。だが、残念な事に真治の首に回した腕は頸動脈にはあたってはいなかった。

 真治は激しく身体を揺らして直登の腕をずらしていたのだ。真治にしてみれば、息苦しくはあるがそれもあと少しの辛抱。直登を振り落すのにそんなに時間はかからないだろう。


 それは直登にも解っている。けれども、なんとしても自分が真治を止めなければならなかった。


  俺しか……今は俺しかふたりを護れないんだぞッ!


 一颯と佳菜恵を護るため、気合いを入れて自分を奮い立たせる。


 懸命に一颯が心臓マッサージをしているが、武瑠に息を吹き返す様子はない。

 真治は佳菜恵を殺す気はないと言っていたが、邪魔をしてくるなら考えを変えることもあり得るだろう。つまり直登の腕が外れることは、全員が殺されてしまうことを意味している。


  ここまで来て殺されてたまるかッ! 特に、真治にはなッ!


 トニトゥルスがいない今、島を脱出するには絶好の好機だ。なのに、ここで友人である真治に殺されてしまっては、犠牲になってしまった仲間たちにあの世で何と言えば……。

 特に、責任感の強い聡美に合わせる顔がない。彼女の為にも自分たちの為にも、そして真治の為にも、もう誰一人殺させるわけにはいかないのだ。


「ぐあああああッ!」


 急に突き上げられたような激痛を感じ、直登が身体を仰け反らせた。

 真治が、痛めている直登の足を捻り上げたのだ。


 首への力が弛んだその一瞬を真治は見逃さない。

 急に前へ屈んで直登の重心をズラすと、そのまま背負い投げのようにして直登を地面に叩きつけていた。


 直登は衝撃で息がつまり視界がブラックアウトしかけながらも、真治の足にしがみつく。


「まだ終わっちゃいないぞ真治ッ!」


 このまま転倒させ、再び首を閉めに行こうとするが、


「冗談でしょ?……もう終わったんだよ」


真治は難なく直登を払うと、その首に右膝を落とす。


「さっきとは逆になっちゃったね」


 真治は、顔を真っ赤にしてもがく直登に笑顔を見せた。


 形勢は逆転した。

 直登は必死に膝をどかそうとするが、真治はびくともしない。


「楽には殺してあげないよ。聡美ちゃんの苦しみ、見捨てられた無念を存分に味わってもらわないとね!」


 ゆっくりと、まるで蛇が獲物を窒息させるようにじわじわと体重をかけていく。




「そんなもの持って……。どうするつもりなんですか? 先生」


 直登の顔色が赤から土色になりはじめた時、真治は顔を上げて佳菜恵に目を向けた。


「坂木原くん、今すぐに相模くんから足をどけなさいっ!」


 佳菜恵は両手でサバイバルナイフを構え、切先を真治へと向けている。


「今度はピストルじゃないんですね。それに……僕を殺す覚悟でも決めたんですか?」


 佳菜恵の手が震えていないことに着目した真治は目を細める。

 今の佳菜恵には迷いがない。必要ならばためわずにナイフを振るう――そんな意思のこもった目をしていた。


「もう誰も死なせるわけにはいきません。神楽くんや和幸を殺して、今は相模くんと三島さんまでも殺そうとしている。それをやめないのであれば、あなたを止めるために必要な事をする覚悟は出来ていますッ!」


 佳菜恵は真剣な目で一歩前へ出た。


「僕を止めることは誰にも出来ませんよ。それに、前にも言いましたけど先生を傷つける気はありません。あなたは聡美ちゃんを殺していないんだから……。でも――」


 真治の目が不気味に光る。


「邪魔をするつもりなら、僕だって『必要な事をする覚悟』はありますよ?」


 素人でも判るほどの殺気をあてられた佳菜恵。強烈な寒気を覚えたが、歯を食いしばってそれに耐えた。


 そこへ真治がある提案をしてくる。


「だからこうしませんか。今から先生は、あそこで這いつくばっている黒服の人を連れて島を出るんです。そうすれば、あなたは助かるでしょ?」


 それは、「そうしなければ殺しますよ」と言っているのと同じだった。


 船の傍で肘をついて横になっている政木は、腰の痛みのせいでひとりで立ち上がることが出来ない。

 真治の言う通りにすれば自分と政木は助かる。だが、佳菜恵は教師として、――人間として、一颯と直登を見捨てることなど出来なかった。


「坂木原くんにも判っているとは思いますが、もうすぐこの島は海に沈んでしまいます。そうなる前に、みんなと一緒に島を出るという選択肢はないのですか?」


「そんな選択肢はありません」


 佳菜恵の問いに真治は即答する。


「島が沈もうとどうなろうと、僕のすることに変わりはありませんよ」


 そう言った真治は直登に目を向け、膝にさらなる力を込めた。


「ぅがッ!」


 首が潰れるかのような力に、直登は激しく抵抗する。


 足を振り上げて蹴りにいく直登の足を、真治は難なく受け止めると肘を叩き込んだ。と同時に直登の擦れた絶叫が響く。


 膝が曲がらないはずの方向に曲がっている……。

 左足は捻挫、右足は骨折、両手は膝を止めようとするので精一杯。

 直登はもう虫の息だ。


「やめなさいッ!」


 その様子に耐えられずに佳菜恵が動いた。

 真治へサバイバルナイフを振り下ろす――が、簡単に手首を弾かれてしまう。ナイフは落としてしまったがそのまま飛びかかった。


 苦しむ直登を助けて二人がかりで取り押さえるつもりだったのだが、身体が小さくひ弱な佳菜恵の体当たりでは真治に通用しなかった。

 逆にその細い首を掴まれてしまう。


「助かる最後の機会だったのに……残念ですよ先生。でも、仕方ないですよね? 僕の邪魔をするからこんなことになるんです」


 真治は、ろくな抵抗も出来ない佳菜恵の首に力を込める。


 バタつく佳菜恵の手足が力を失うまで、それほどの時間はかからなかった。


  こんなことをしても誰も救われない。お願い、もう――やめて……


 視界が霞む佳菜恵から涙がこぼれた。


 そして、もうろうとする意識を失いかけた――――まさにその時、



「そこまでだ真治ッ、もうやめろッ!」



 聞き覚えのある声がしたと思うと同時に、佳菜恵の身体が投げ出された。


 苦しさから解放され、佳菜恵は大きく咳き込む。そして顔を上げたその目には、膝を押さえて蹲る直登と――――自分と直登の前に立ち、真治へと向く頼もしい背中があった。



 ◇



 大きな引き声とともに、武瑠は目を覚ました。


 貴音や和幸、聡美といった『仲間たち』と会っていたのは覚えている。あれがただの夢であったとしても、再会できたことは本当に嬉しかった。


  ここは……? 戻ってこれたのか?


 咳き込みながら上体を起こしたが、視界がぼやけていてよく見えない。


「武瑠くんっ!」


 突然、横から誰かに抱きしめられた。

 誰なのかはわかっている。仲間たちに会っている時も、彼女の声は聞こえていたのだから。


「よかった……。私、武瑠くんが死んじゃうんじゃないかと……。ほんとに、本当によかった」


「なんとか生きてるよ。……違うか、生き返らせてくれたんだよね。ありがとう三島さん、助かったよ」


 武瑠はそっと、うつむいて嗚咽を漏らす一颯の頭を胸に抱いた。


 一颯の足の包帯からは血が滲み出てきている。

 銃弾が貫通したのだ、小刻みに痙攣しているその足は、本当ならば耐えられないほどの痛みに違いない。

 それでも自分を救う為に必死になってくれた彼女に、武瑠は心から感謝した。


 だいぶ視界がはっきりしてきたがまだ息苦しく身体中が痛い。

 だが泣き言など言ってはいられないし、そんな暇もない。


 真治の背中が見えた。佳菜恵と言い合っているようだ。


「三島さん、少し離れてて。真治のバカを止めないと……」


 肩に触れられた一颯が頷く。


 武瑠が立ち上がった時、真治は佳菜恵の首を絞めていた。


「気をつけてね、武瑠くん……」


 心配そうに見上げてる一颯。


「すぐにヤメさせるから。終わったらみんなで帰ろう」


 武瑠は微笑み、真治へ駆けて行く。



 直登は膝で押さえつけられているため、身動きが出来ないようだ。


「そこまでだ真治ッ、もうやめろッ!」


 真治が振り向くよりも先に、武瑠は背中を蹴り飛ばしていた。


 前のめりに倒れかけた真治だったが、佳菜恵を投げ出して自由になった両手を地面に付け、前方回転する間に体勢を整えていた。


「後ろからなんて、神楽くんはやっぱり卑怯者だったんだね。……ていうか、死んだんじゃなかったの?」


 口調こそ冗談を言うような穏やさだが、殺気に満ちた眼差しはむしろ強くなっている。


 武瑠はその殺気を受け流す。


「篠峯にお前のバカな行為を止めてくれって言われてな。あの世の一歩手前で追い返されちまったよ」


「聡美ちゃんに?」


 聡美の名前を出したからなのだろうか、真治に僅かな動揺が見られた。


「私の声が届かないから真治を止められなかったって、和幸に泣いて謝っていたよ。それとな……」


「そんなはずないだろッ!」


 真治は怒り心頭で武瑠の言葉を遮った。


「そんなはずはないよッ、聡美ちゃんは喜んでいるはずさッ! 自分を見捨てたヤツに鉄槌を与えたんだ、感謝しているに違いないよッ!」


 そう叫んだ真治は、不意に耳を押さえて頭を振った。


 その様子を見た武瑠にある疑問が生まれる。


「真治、お前もしかして――――篠峯の声が聞こえているんじゃないか?」


 真治の表情が一瞬で強張った。今度はあきらかに動揺している。


「やっぱり。そうなんだな……」


 青ざめる姿に武瑠は確信した。

 前に会ったときも真治は同じように頭を振っていた。聡美の声が、強い想いが聞こえていたに違いない。


 昨日までの自分なら「そんなことがあったらおもしろいな」くらいには思っていても、同じ事を言われたら笑い飛ばしていただろう。しかし――――


「俺もみんなと会って声を聞いた。 今ははっきりと言える、それは幻聴なんかじゃないッ。篠峯の悲鳴であり願いだッ、真治を想う心の叫びなんだッ!」


「違うッ! これは風だッ、ただの耳鳴りなんだッ!」


 耳を押さえたまま叫ぶ真治。


「そんなわけないだろッ! 真治ッ、お前に篠峯の声が聞き分けられないはずがないッ!」


「黙れッ、それ以上なにも言うなあッ!」


 真治は今にも泣き出しそうな顔で怒号を上げた。


「お前のやっていることは篠峯のためなんかじゃない、ただの復讐だッ! 彼女を護りきれなかった罪悪感を他の人間に押し付けているだけの弱虫野郎だッ! いま篠峯はなんて言っている? お前を誉めてくれているか? 本当に感謝しているのかッ!」


 真治は叫びながら武瑠へと駆け出す。


「黙れぇッ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れえええええッ! 神楽くんに、お前なんかに僕の気持ちがわかるわけないよッ!」


 たかぶりすぎた気持ち、混乱する心。


 涙が溢れ、両手は耳を押さえたまま、真治は武瑠へと突進する。

 あまりにも無防備すぎるその姿には切なさすら感じる。



 武瑠が夢の中で会った『仲間たち』の姿は、決して脳が作り出した幻影や幻聴ではない。

 胸の鼓動が止まって肉体は動かずとも、大好きな人を想う気持ち、仲間を信じる気持ち、そして大切な人を守りたいという気持ち。誠実な生き方をしてほしいという願いは永遠に残る……。


 武瑠はみんなのそんな想いを託されたのだ。


 人間は死んだら終わりなのではない。



 今の武瑠は、真治を悟そうとは思っていない。説得が通じないのなら……


「目を覚ませ馬鹿野郎ぉぉぉッ!」


 真治の突進を身体で受け止めると、両手で顔を鷲掴みにして、額に本気の頭突きを喰らわせた。


「ぐがッ!」


 響き渡った鈍い音と同時に、真治は頭を押さえて膝をついた。

 すぐに立ち上がろうとするが脳震盪の影響で目が泳いでいる。バランス感覚も失ったために、崩れるようにして倒れた。



 血気多感な思春期の男子学生。些細なことで口論となり拳を使う喧嘩となることもある。

 それが関係のない生徒にまで被害がおよんでしまうと、武瑠は性格上黙って見ているわけにもいかず、注意をしてもやめない時には頭突きで当事者たちを黙らせていた。

 小屋の前での戦いではルベルスの額をも割ったその威力に、さすがの真治も耐えられなかったようだ。



 武瑠は倒れた真治のかたわらに立つ。


「お前の負けだ真治。こんな事は……もう終わりだ」


 一緒に帰ろう…… そう言って差し出された手を真治は叩き払った。


「こんな……こんなはずないんだッ! 僕は 僕が キミなんかに……ッ!」


 ヨロヨロと上体を起こす真治。


「死ねばいい。みんなみんな、ここで死んでしまえばいいんだッ!」


 身体は十分に動かせないようだが、まだその目は怒りに燃え殺気に満ちていた。


「お前は、まだそんなことをッ!」


 武瑠は怒りで拳を固める。


 睨み合うふたり――その間に一颯が滑り込んできた。


「待って武瑠くんっ! 私に、坂木原くんと話をさせてっ!」


 真治を庇うように両手を広げ武瑠を見つめる。

 その懇願する目に射抜かれ、武瑠は動けなくなった。


「坂木原くん聞いて、私ね……」


 一颯は真治へと向いて話しかけるが、


「黙れッ、僕に話しかけるなッ! お前とは話したくないし話をするつもりもないッ! お前さえ……あの時、お前さえさっさと逃げていれば、聡美ちゃんは傷つかなくてもよかったんだッ! 死ななくてもよかったッ!」


 真治は一颯の首に手をかけた。


 その言葉は再び一颯の心をえぐる。

 自分でもずっと後悔していた事、申し訳なく思っていた事なのだ。


 一颯は手を向けて、助けに入ろうとする武瑠を制した。

 小屋で責められた時は言葉を詰まらせてしまったが、今の一颯は鋭い殺気にだって一歩も引かない。


「さ、坂木原くん、お願い話を聞いて。聡美から――あなたへの伝言があるの」


 苦しそうに、かすれた声でそう言った。


「聡美ちゃんからの……伝言?」


 真治の力が弛み、絞めていた手が首から離れる。


「なに? 聡美ちゃんはなんて言っていたのさッ!」


 よほど気になるのか、真治は咳込む一颯の肩を揺らす。


「あのとき病院で――坂木原くんたちが部屋を出ていったすぐ後、急に聡美の力が抜けちゃったの……」


 一颯は真治を見つめ、聡美の最後を語りだした。



 □◆□◆

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