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六十一話  武瑠VS真治――加速する〝狂気〟――

 □◆□◆


 ★


 右足で繰り出された真治のミドルキック。


 その鋭い蹴りをガードした武瑠だったが、わき腹で爆発でも起きたかのような衝撃で弾き飛ばされてしまう。

 すぐさま起き上がったが、真治はそんな武瑠を狂喜の瞳で見つめている。


  くっそ、完全に遊ばれちまってるッ!


 折れた棒を構え直した武瑠は焦っていた。



 話をする余地もなく襲い掛かってきた真治を引き受けて、先に一颯を戻らせたまでは良かったのだが、その一颯たちはヒト型のトニトゥルス『ルベルス』 の襲撃を受けていた。

 船の傍で、一颯・直登・佳菜恵・そこに政木までも加わって奮闘しているが、満足に動けるのは佳菜恵だけ。石や手持ちの物を投げて近づけないようにするのが精一杯のようだ。



「向こうが気になる?」


 楽しい見世物を見ているような言い方。

 そんな真治に、武瑠は激しい怒りを噴き上げた。


「あたりまえだろッ! みんなが襲われているんだッ、誰かが死ぬかもしれないんだぞ!? なんでお前はそうやって笑っていられるんだッ!」


 怒鳴る声が大きいほど、真治の顔が狂喜で歪んでいく。


「これが笑わずにいられる? 聡美ちゃんを見殺しにした奴らが、結局はバケモノに殺されていくのを見ることが出来るんだよ? こんなに楽しいことはないじゃないか!」


 まるで舞台上に立つ役者のように、大げさに両手を広げて笑った。



 真治は、武瑠・直登・一颯を自分の手で殺したがっていたようだが、ルベルスが現れてその方針を変えたようだ。

 サバイバルナイフを腰にしまい、助けに行こうとする武瑠に格闘戦を仕掛けて足止めをしてきた。


 『お前も、大切な人を亡くす辛さを味わえばいいんだ』


 武瑠は、顔でそう表現している真治を殴り飛ばして、一刻も早く一颯たちへと向かいたかったのだが――そう簡単に事は運ばなかった。


 皆本ですら、一対一で戦うことを不利と悟った相手が坂木原真治なのだ。まともに格闘をしても、武瑠では相手にならない。

 真治は急所は狙ってこないものの、力加減をしているわけではない。今しがたの蹴りも、首を狙ってあたっていれば、骨が折れて死んでいたかもしれない。

 まさに、人を殺せる蹴りだ。


 武瑠はいいように痛めつけられ、攻撃に耐えるだけで精一杯。



  なにか、なにか打開策はないのか!?


 武瑠は自分へ問いかけるが――――なにも浮かばない。


 話も通じない、力でねじ伏せる事も出来ない。


 こうして悩んでいる間も、ルベルスは少しずつ一颯たちへと近づいている。


 大切な仲間を、大好きな人を護ってあげられない事が歯痒くて仕方がなかった。



「そんな顔しなくてもいいんだよ。あいつらが死んだら、ちゃんと神楽くんも殺してあげるからさ。みんなで逝けば、地獄だって寂しくはないでしょ?」


 真治は、焦る武瑠を嘲笑う。


「ふざけるなッ、三島さんたちは絶対に助けてみせるッ! 真治ッ、お前がやろうとしている事も俺が止めてやる!」


 武瑠は気持ちが折れないように声を張る。



 出来れば真治にも死んで欲しくはない。今は無理でも、生きて島を脱出して誤解が解ければ、また分かり合える日が来るかもしれない。


 きっと聡美も、そして和幸もそう願っているはずなのだ。


 しかし真治は笑う。

 声を押し殺し、腹を抱えて笑っていた。


「な、なにが可笑しいッ!」


 睨む武瑠を、真治は愉快そうに見据える。


「何が可笑しいって? どんなにがんばってもサンドバックにしかなれない神楽くんが、どうやれば僕を止められるっていうのさ? こんなに笑える話はないじゃないか!」


 その通りだった。

 実力の差なんて、誰が見ても明らかだ。


「僕はね、物心つく頃にはもう武術を叩き込まれていたんだ。バスケならともかく、格闘戦で神楽くんに負ける要素なんて微塵もないんだよ?」


 絶対的強者ゆえの余裕なのだろう。

 真治はかかって来いと言わんばかりに大きく両手を広げた。


 実際よりも大きく見えるその姿に委縮してしまいそうな武瑠は――皆本が小さな声で言った“ある言葉”を思い出していた。



 ◇



「オッサン、もっとナイフをくれっ!」


 直登が政木へ手を伸ばす。


「ばか野郎ッ! 数には限りがあるんだ、もっとよく狙えッ! 手首を使うんだよッ、て・く・び・をッ!」


 これが見本だ! と教えるように、政木は小さくて細いナイフを放った。


 ルベルスに避けられはしたものの、ナイフは見事に地面へ突き刺さった。

 早々に投げる石が無くなってしまった一颯と佳菜恵に支えられながら、政木は舌を打つ。


「チッ。やっぱり踏ん張りが効かねえと、当たるものも当たんねえや」


 直登に数本のナイフを渡しながらぼやく。



 政木が着ている迷彩柄のジャケットの裏には、小さなナイフがびっしりと収納されていた。

 ペーパーナイフのようなそれは棒状の手裏剣。

 ナイフの収集が趣味らしく、戦闘用というよりは御守りのような感じで身に着けているものらしい。



「おい、そこのお姉ちゃん。これを使ってエンジンをかけておいてくれや」


 政木はペンダントを引きちぎって一颯へ渡す。

 ぶら下がっていた平たいケースの中には、名刺くらいの大きさの電子カードが入っていた。


「そいつはカードキーだ。操舵幹の横にある穴に差し込んで、赤いボタンを押せばエンジンがかかる。今のうちに……」


「ちょっと待て! まだ武瑠と真治は向こうにいるんだぞ!」


 ルベルスを牽制していた直登が声を上げた。


「そうです! それに皆本くんや由芽だってまだ戻ってきていないし、ここまできて私たちだけで逃げることなんて出来ませんっ!」


 一颯も必死になって訴える。


「まあ待て、慌てるな。あいつらを置いていこうって言っているわけじゃない」


 近づこうとしたルベルスへナイフを放ってから、政木は苦笑う。


「俺たちの任務が完了しているのなら、もうじき最後の大爆発があるはずだ。それでこの島は海に消えることになる。いつでも脱出できる準備はしておくべきだ。それに、船に乗っていれば助かるってわけでもないしな……」



 島が沈むときには、崩落する坑道に溜まっている大量の空気が泡となって浮上してくる。

 その空気に触れてしまえば、船は浮力を失い沈没してしまう。

 そうなってしまえば助かる道はない。

 早いうちに、出来るだけ島から離れていた方が良いのだ。


 まだ戻ってこない皆本と由芽を待つことに反対はしないが、いつでも脱出できる準備はしておくべきだと政木は主張し、強引に納得させた。



「意外でした。あなたは今すぐに脱出しようって言い出すのかと思っていましたから……」


 一颯が船へ向かったのを見届けた佳菜恵が、政木へ声をかけた。


「あんたたちを脱出させる為に出来る限りの協力をする。ってのが、俺をここまで運ばせる条件だったからな。一応の努力はしてやるさ――それに」


 ナイフを手に奮闘している直登の背中に、政木は目を細めた。


「命がけの『友情ごっこ』ってのを見ているのも、そう悪くはねえしな……」


 穏やかになったように見えるその顔つきに、佳菜恵の口もとが弛んだ。


「それにしても、アレはどうにかならないのか……先生?」


 視線を動かした政木は、呆れたように真治を見た。

 向こうではトニトゥルスではなく、人間が人間を殺そうとしている。



 仲間のために命がけで身体を張るなどという甘さには笑いもこみ上げてきた。


  気に入らないヤツを始末してしまおうとすることの何が悪いのか?


 そうも思っていた。


 だから、真治が和幸を殺した時も何も思わなかった。

 こちらにとばっちりが向かないよう願っていただけだ。


 しかし今は、仲間を殺そうとしている真治の姿に唾を吐きたくなっている。



「今の彼はー―心情が複雑のようだから……」


 そう言った佳菜恵の表情もまた、複雑であった。


 船が低い音で唸る。

 一颯がエンジンをかけたらしい――。



 ◇



「どうしたの? そちらから来ないならこっちからいこうか?」


 真治は、動こうとしない武瑠に眉をひそめる。



 格闘では圧倒的な力の差を自覚しながらも、真治は武瑠を舐めているわけではなかった。

 武瑠はバスケットボール選手としては小柄ではあるが、体格の大きな選手に負けないように鍛えられた筋力は決して侮れないし――特に、その瞬発力に関しては驚愕に値する。


 体格で劣る武瑠が、打撃戦で真治に勝てる見込みはまずない。しかし、寝技に持ち込んで関節技か絞め技に持ち込めば、武瑠にも勝機が生まれる。

 現に船着場での戦いの時、武瑠はグラついた真治へタックルを仕掛けている。


 組み付いてしまえば、真治といえども外すことは難しいだろう。

 それは、武瑠が真治に“勝つ”ただ一つの方法なのだ。


 それが解っているからこそ、真治は組み付かれる事だけには注意している。


 だが真治は気付いていなかった。

 武瑠は一刻も早く一颯たちのもとへ行きたいが、自分に邪魔されたくない。

 しかも自分は武瑠を殺そうとしているのだから、武瑠は自分を動けないくらいに『痛めつけにくるだろう』という思い込みが、彼の予想を偏ったものにしていることに――。



 武瑠は構えていた棒を下ろして小さく息を吐き、


「真治、もう一度だけ言う――そこを退くんだ」


静かな声でそう言った。


「神楽くんを三島さんたちのところへ行かせて、何かあったら困るんだ。キミにはまだ死んでほしくないんだよね――」


 武瑠との間は約5メートル。


「僕が殺す前に、神楽くんは三島さんたちが死ぬところを見ていればいい……」


 真治は、無防備を晒す武瑠を警戒している。

 出足ならば、陸上部すら置き去りにする武瑠の瞬発力を知っているからだ。


 不意に、武瑠は折れた棒を放り出した。


「そうはならないぞ真治。俺は殺されたりはしないし、三島さんたちも死んだりしない」


「どういう意味なのか、よくわからないな」


「難しいことじゃないさ。俺は、今から向こうへ行くって言っているだけなんだからな」


「どうやって行くつもり? まさか、僕が見逃してあげるとでも思っているのなら、それは大間違いだよ?」


「見逃すどころか、手を貸すつもりもないんだろ? だから答えは明白だ――俺は、お前を倒して向こうへ行く。ここからは本気で行くからな、覚悟しろよ真治」


「本気を出すって? 今までは本気じゃなかったのかな?」


 サンドバックにしかなっていなかった武瑠が、今さら何を言うのかと鼻で笑う真

 治だが、その言葉とは裏腹に右足を半歩引いて構えを取っていた。


 武瑠は無防備なまま言葉を続ける。


「俺が本気を出していたなら、お前なんかにやられるわけないだろ」


「だったら僕も本気を出そうかな。〝強い〟神楽くんへの礼儀としてね」


「俺が強いわけじゃない、お前が〝弱い〟んだ 真治」


「僕が――弱い?」


 真治の笑みが消えた。


「そうだ。『仲間』を見殺しにしようとしているお前は弱いッ! 俺たちを責めることでしか罪悪感をまぎらわせないお前は弱いんだ 真治ッ!」


「か、勝手なことを言うなぁぁぁッ! 聡美ちゃんを見殺にしたお前たちに、僕を責める権利なんてないッ! 都合が悪くなったら友達でも見捨てるくせに、仲間面するなぁぁぁッ!」


 怒髪衝天――表情が一変した真治が武瑠へ襲いかかる。


「自分勝手な解釈だけで……。篠峯を救えなくて辛い想いをしたのが、自分だけだと思うなッ!」


 拳を固めた武瑠も動いた。

 前傾姿勢で真治へ向かう。


 右足を上げた真治は、低くなった武瑠の頭へミドルキックを――放たない。


「そういうの、馬鹿の一つ覚えっていうんだよッ!」


 蹴りが届く間合いの手前で止まっている武瑠に合わせ、真治も蹴りの動きを止めていた。


 真治は、突っ込んで来ると見せかけて直前で一瞬動きを止めるという武瑠のフェイントを読んでいた。

 船着場では油断からこのフェイントに引っ掛かり、手痛い一撃を喰らってしまうという失態を犯した。


  同じ手には二度と掛からないッ!


 動きを止めた獲物を瞳に捉え、真治の狂気が色濃くなった――が、武瑠も真治はフェイントには引っ掛からないと解っていた。


 『地獄の貴音メニュー』で鍛えた足腰は半端なものではない。

 出足ならば陸上部すら置き去りにする瞬発力で間合いに侵入した武瑠は、前のように殴りにはいかず、頭を狙ってきた蹴りを、さらに姿勢を低くして潜り抜ける。


「そう簡単には組み付かせないよッ!」


 真治は素早く身体を回し、振り向きざまに後ろへ回り込んできた武瑠へ左の裏拳を放つ。

 しかし、予想した位置に武瑠の姿はない。それどころか、背中を押さえられて回転を止められていた。と同時に、膝裏に膝をあてられた真治の膝がカクンと落ちる。


「なにッ!?」


 驚く真治。重心が下がったところで背中から武瑠の気配が消えた。

 そして、右側から現れた武瑠に鼻の頭を殴られ地面へ叩きつけられる。


 目の前には武瑠の足――

 真治は両腕をクロスさせ顔面をガードする。

 ――だが武瑠の攻撃が来ることはなかった。


「話しは後だ真治ッ! 頼むから邪魔だけはしてくれるなよッ!」


 真治を飛び越えた武瑠は、棒を拾って一颯たちへと走って行く。



 武瑠は一人でも多くの仲間を救い島を脱出したいという想いで行動しているだけなのだが、真治は武瑠に手心を加えられたと勘違いした。


 真治の事を気にしている暇はないッ!

 篠峯のようになりたくなければ引っ込んでろッ!


 走り去る武瑠にそう言われたと感じてしまっている。



 真治は腰からサバイバルナイフを抜いた。


「ば、バカにしてぇぇぇッ! 殺すッ、絶対に殺してやるッ! 全員、生きてこの島を出られると思うなぁぁぁッ!」


 乱暴に鼻血を拭い、鬼の形相で武瑠を追った。


 自分はおろか、皆本にすら手も足も出ないはずの武瑠に二度も不覚をとったことで、真治のプライドは深く傷つき、さらに冷静さまで失っている。


 追う途中真治の耳には、風を切る音の中に誰かのささやくような声も混ざって聞こえていたが、


「うるさいッ、黙れぇぇぇッ!」


 怒り狂う彼は、怒鳴ってその声をかき消していた。


 □◆□◆

 読んでくださり ありがとうございました。

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