六話 船が動かない!
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――武瑠たちは辺りを警戒しながら港へと向かっていた。そこに聡美と真治の姿はない。
携帯が使えないこの状況では、一刻も早く港まで戻って担任の若狭佳菜恵に報告しなければならないのだ。
聡美の遺体を置いていくことに抵抗はあった。が、遠野悠作・沢部利春・そして――篠峯聡美が死んだ。これ以上の犠牲者を出すわけにはいかなかったのだ。
聡美に黙祷を捧げた後、武瑠と直登は部屋を出て真治を探したが彼はどこにもいなかった。
アイツらに追われて病院の外まで逃げたのかもしれない。
赤浜佑里恵も探してみたのだが、彼女の姿も見当たらない。
バケモノの姿も病院から消えていた。
遠野の他の班員。河添春来・能海実鈴・柚木芽衣子・水城尚央の姿もなかった。
彼らが無事でいることを、心から願いながら病院を後にしたのだ――。
◇
「だれも……いない?」
港を見回した武瑠は呆然となった。
佳菜恵や他のクラスメイトにバケモノのことを伝え、まだ戻ってきていない班を急いで呼び戻す。そして島から離れようという計画だっただけに、出鼻を挫かれる状況となっていた。
「武瑠くん、船にも誰もいないわ」
「集合時間は過ぎてるのに……。みんなどこ行っちゃったのよ」
船中を調べてきた一颯と貴音は、不安な表情をしている。
「和幸は? あいつと一緒じゃなかったの?」
「高内くんは船の中にいるわ。少し休ませてほしいって」
「病院にいた時から胸の調子が悪そうだったから……。高内もけっこう無理してたみたい」
「そうか、そう――だよな」
船を見た武瑠。和幸の姿は見えないが座席で休んでいるのだろう。
謎のバケモノの襲撃による極度の恐怖と緊張、そして友人の〝死〟で、和幸の心臓には武瑠たち以上の負担がかかっているはずである。
「船長は? 操船してた……え~と、中森って人もいなかったの?」
「うん。誰も」
一颯は胸にあてた手をキュッと握った。
先生やクラスメイトだけでなく、何人かいた船員すらいない。一颯や貴音も言葉にはしないが、武瑠と同じことを考えているのだろう。
きっとあのバケモノがここにも来たのだ。それで逃げたみんなは塵散りになってしまったのだと……。
「武瑠、ちょっといいか……」
辺りを見に行っていた直登が戻ってきた。
「怖い顔して、どうかしたのか?」
「話がある。来てくれないか?」
一颯と貴音を意識しているようだ。
聞かれたくない話か……
武瑠は黙って頷き、直登について行くことにした。
「直登、私たちには内緒なの?」
貴音が不満の声を出す。
「お前たちは聞かない方が……って和幸は? あいつはどこに行ったんだッ!」
和幸がいないことに気付いた直登は声を荒げた。
「直登、落ち着けって! 和幸なら船で休んでる。心配ないから安心しろ」
「そうだったのか。すまん……」
安心したのか、直登は大きく息を吐いた。
「ねぇ直登、先生もみんなも船員さんも、ここには誰もいないの。だから直登が何を見てきたのか……予想はつくけど、でも私や貴音にも話すべきだと思う」
一颯の言葉に貴音も頷いた。直登は少しだけ考え――そして、
「わかった。落ち着いて聞いてくれ」
意を決して話し始めた。
「向こうの、港の事務所の中で猪垣と羽豪。それと、あそこの小屋の角を曲がったところで座間と三屋が死んでた。遠野と同じだ、首を咬まれていた……」
誰かが犠牲になっているかもしれないということは予想していた。だが、それが現実になっていると聞かされて大きな衝撃を受ける。
「座間が――死んだ?」
武瑠にとって特に衝撃だったのは、座間までもが死んでいたという事実だった。
それ以上言葉が出てこない。
座間功は、学園の不良たちのリーダー的な存在だった。
筋肉質で大きな身体を武器に、喧嘩では負け知らず。その獰猛さは他校の不良グループからも恐れられているほどだ。
暴れ出したら手が付けられない彼だが、今時には珍しく硬派な男で、一般生徒に絡むようなマネは決してしなかった。何度も他校の生徒と喧嘩して停学処分にはなっているが、それは学園の生徒が絡まれているのを助けたからだ。
座間を怖がる生徒は多い。だが、武瑠は学園内での不良同士のケンカを仲裁l(拳で)する座間の姿を何度も見ている。彼と協力することが出来れば、まだ無事でいるクラスメイトたちを救えるかもしれないと考えていたのだ。
「や、やっぱりあのバケモノ ここにも来たんだね……」
貴音もそれ以上なにも言えなくなってしまった。
「それと、これも落ちてたんだ」
直登は手に持っていたバッグを見せた。
全員が使用している学園指定のバッグだ。血がべっとりと付着している。それに名前が書いてあるウサギのキーホルダーがぶら下がっていた。
「TO SI KO――そんな……これ利子のバッグなのっ!?」
一颯は大きな声を出してしまった口を両手で塞ぎ周りを見た。
「大丈夫だ一颯。この辺にバケモノはいないみたいだから」
直登は九条利子のバッグを一颯に渡す。
九条利子――「おいしいお菓子やスイーツが食べたかったら利子に聞け」というくらい食べ物をこよなく愛するぽっちゃりした女の子だ。
特に一颯とは仲が良かった。新作スイーツが出ると、利子はその見た目や味をうれしそうにクラスの女子全員に報告する。そして、放課後に一颯を含む何人かを連れてお店まで行くことが多かった。
次の日、一颯はそのスイーツがどんなにかわいくておいしかったかを楽しそうに教えてくれたものだ。
そんな友人がアイツらに襲われたのだ。しかもバッグに付いた多量の血、もしかしたら利子はもう……。
一颯の心境はどれほどのものか。受け取ったバッグを抱きしめ、涙を流す姿が哀しい。
それを横目に直登は向き直った。
「それでな武瑠。これからどうするのかをみんなで話し合うべきだと思うんだ」
武瑠は頷く。
遠野悠作・沢部利春・猪垣真佐留・羽豪高師・座間巧・三屋勉。
確認は出来ていないが、おそらく赤浜佑里恵・九条利子も……そして篠峯聡美。
これで九人ものクラスメイトが、あのバケモノに襲われ犠牲になっている。これからどうするのかは重要な問題だ。
「そうだな、それは話し合った方がいい」
和幸の意見も大事だと、武瑠たちは船へと向かう。
嗚咽を漏らし、力が入らない一颯を貴音が支えた。
何も言ってあげられない自分がもどかしい。武瑠は、言葉すら見つからない不甲斐無さに拳を固めた。
◇
船から出迎えてくれた和幸を交えて話し合いをした。
何をするべきなのかははっきりしている、試したのは船の無線機で外部と連絡を取り助けを呼ぶことだった。しかし、なぜか無線機も通じない。
そこで直登が主張したのは、自分たちだけでこの『希望の島』を脱出することだった。
もちろん、クラスメイトを置き去りにしてしまうことには抵抗がある。
特に和幸は、従姉である担任の若狭佳菜恵を置いていくなんて出来ないと反発した。
だが、佳菜恵や他のクラスメイトたちがどこにいるのか判らない。探しに行ってもさらなる犠牲者を出しかねなかった。
最悪なのは誰にも知られないまま、全員がバケモノに殺されてしまう事だ。
直登はそんなことになる前に、自分たちで船を動かして助けを求めに行く方が良いと主張したのだった。
警察でも自衛隊でも連れてきて、バケモノを退治してもらう方が犠牲者を少なく出来るのだと。
和幸も渋々納得したのだが、大きな問題が見つかった。
船のエンジンを動かすためのカギがなかったのだ。
操船していた中森という人が持って行ってしまったのだろう。TVドラマや映画のように、配線をバチバチやればエンジンがかかるのかもしれないが、あいにく誰もそんな知識は誰も持ち合わせていない。
下手に配線をいじくって元に戻せなくなってしまえば、島を脱出する手段がなくなってしまう。
どうしたらよいのかわからず皆は黙ってしまった。その時、貴音があるモノを指差した。
「ねえ、アレ使えないかな?」
それは救命ボートだった。
一定以上の大きさがある船舶には、海難事故に備えて常備することが義務付けられているものである。
「みんなで交替しながらボートを漕げば、本島まで行けるんじゃないかな!」
「貴音よく気がついたな! そうだよ、救命ボートがあるじゃないか!」
興奮する直登と照れる貴音。
名案だと思われた。しかし、
「無理だよ、あんなボートじゃ島から出ることも出来ないよ」
和幸が残念そうにつぶやいた。
「心配するなって、和幸は乗ってるだけでいいんだ! 漕ぐのは俺と武瑠に任せとけって!」
体調のすぐれない和幸を思いやっての言葉だったが、和幸は首を振った。
「そうじゃないんだ。これ見て……」
バッグから取り出したのは、希望の島の歴史を振り返るパンフレットだった。
海に囲まれた島にもかかわらず「希望の島」には海水浴場がない。
港以外は崖や岩に囲まれた島なので元々砂浜がないというのもあるが、一番の理由は潮の流れだった。
島周辺の潮の流れは非常に速く、すぐに沖に流されてしまう。そこからは本島とは逆の方角へ、つまり大海へと流されてしまうのだ。
悲しいことに、昔はそれを知っていても海で遊ぼうとした子供が流されてしまう事があった。救助しようとした大人までも犠牲になったらしい。遺体すら見つからなかったこともあったという……。
「船でもこの島まで一時間半もかかったんだよ。それにこの潮の流れ……手漕ぎボートなんかじゃ、運が良くても漂流することになっちゃうよ」
和幸は静かにパンフレットを閉じた。
「でもでも、海に出てからケータイで「助けてくださーい」って言えばいいんじゃん?」
「む、無線機だって通じないんだ。携帯電話が通じるのかな?」
貴音のアイデアに武瑠は腕を組んだ。
詳しい知識があるわけではないが、携帯電話と無線機では周波数というものがあり、届く範囲に大きな違いがあったはずだ。
とりあえず海へ出てから試してみる手もあったが、もし通じなければ大海を漂流することになるだろう。どこかの船に救助される可能性もあるが、救難要請もできないのではその可能性は極めて希薄だ。
自分たちを探そうとしてくれているわけではないのだから……。
もう一度話し合った結果。船長の中森を探しながら生き残っている人たちと合流し、カギを手に入れることが最善だと判断した。
一颯と貴音、そして体調の悪い和幸は船の中に隠れていることとなった。
中森を探しに行くのは武瑠と直登。
だがその前に、武瑠と直登が見たことを一颯たちにも話すことにした。
あのバケモノがどんなに危険な生物なのか、皆が知っておく必要がある。
◇
「デンキウナギみたいな攻撃をしてくる……って思えばいいのかな?」
沈んだ空気が流れるなか、貴音が小声で口を開いた。
まるで感電したような沢部利春の死に方を思えば、的を得た表現だった。
デンキウナギはその名前の通り、体当たりしたときに体内で発生させた電気で獲物を感電させ、マヒしたところを捕食する魚である。
「デンキウナギか……そうだな。でも人間が焦げるくらいの電気なんだ、特にアイツらの体が光りはじめたら気をつけろよ」
武瑠の言葉に、直接目の当たりにした直登も注意を促した。
「気をつけろって言われても、具体的にどうしたらいいの?」
貴音の疑問ももっともだが、それは武瑠も直登にもわからなかった。
「そんなこともしてくるから やっつけようなんて思うなよってことでしょ?」
一颯が困り顔のふたりをフォローする。
「やっつけようなんて、そんなこと考えないよっ!」
否定する貴音を、
「ど、どうかな? 貴音って気が強いところがあるし……」
「そうだな、貴音ならバケモノが隙を見せたら蹴りかねないし……」
一颯と直登は心配そうに見つめた。
「一颯まで? わ、わたしそんなに暴力的じゃないもんっ! ねえ! タケもそう思うでしょ!?」
ジッと見つめてくる視線に武瑠はうろたえる。
「ぼ 暴力的だとは思ってないぞ。でも……隠れていれば大丈夫だと思いたいけど、もしもの時は一番戦力になるっていうのは間違いない……かな?」
「戦力って……。女の子にそんな言い方するぅ?」
ふてくされる貴音。だがすぐに気を取り直した。
「まあいいわ。タケが頼りにしてくれるならわたし頑張る! だから……」
一呼吸おいた貴音は、潤んだ瞳を武瑠へ向ける。
「だから、ちゃんと帰ってきてね、タケ」
武瑠は貴音を安心させるように、拳を出した。
「あたりまえだろ、ちゃんとカギを持って帰ってくるさ!」
笑顔を見せる武瑠の拳に、貴音は涙を拭いながら自分の拳を合わせた。
バスケの試合前にやる恒例の儀式だ。
そして直登へ向くと、
「直登もちゃんと帰ってくんだぞっ!」
明るい笑顔を見せて拳を出す。
「おれはついでか?」
直登は小さく苦笑いしながら拳を合わせる。
武瑠は窓からバケモノがいないかを確認するため立ち上がり、
「和幸、どうかしたのか?」
話の途中から黙ってしまったままの和幸に声をかけた。
「デンキウナギみたいなって、どこかで……電気?」
和幸は小さな声でブツブツ言いながら口に手を当てなにかを考え込んでいる。
「和幸? どうしたんだよ。 おい和幸っ!」
肩を揺らされた和幸はハッと顔を上げた。
「あ。ゴ、ゴメン。なんの話だっけ?」
「話はもう終わったよ。俺と直登は今から行ってくる。悪いけどあのふたりのこと、守ってやってくれ」
見張りをするよう直登に言われ、窓の傍に立つ一颯と貴音に目をやった。
不安なのだろう。ふたりは並んで手を取り合いながら外の様子を見ている。
「微力ながらがんばってみるよ」
そう頷いた和幸に、武瑠も力強く頷いた。
「気をつけろよみんな。危なくなったらここにこだわらずに逃げるんだ。必ず見つけ出してみせるから。みんな一緒に、この島を脱出しよう!」
武瑠の言葉に皆が頷いた。
先に外に出ようとした直登に一颯が声をかける。
「直登、気をつけてね」
「ああ、一颯もちゃんと見張ってろよ」
外へ出た直登を見送り、一颯は武瑠へ向いた。
「武瑠くんも、絶対に帰ってきてね」
「もちろんさ。絶対……絶対に帰ってくるよ!」
想いを寄せる一颯のはげましで、恐怖や不安がやわらいだ気がした。
外へ出ると直登が和幸から何かを受け取っていた。
「直登、準備はいいか?」
「ああ、いつでもいいぞ」
並んで前へ出る武瑠の肩に和幸が触れる。
「ふたりとも気をつけて。無茶をして死んじゃだめだからね」
「死ぬつもりなんてないさ。和幸も無理はするなよ」
頷いた和幸は心配そうに何度も振り返りながら船内へと戻って行った。
前を向いた武瑠と直登は拳を合わせ、辺りを警戒しながら身を隠せる場所まで駆け出す。
武瑠は背中に受ける視線を感じつつ、
必ず戻ってくる。みんな一緒に生き残るんだッ!!
再度、そう心に誓っていた。
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読んでくださり ありがとうございました。