五十九話 皆本VSギガンストルム――&予期せぬ邪魔者
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この方向に来たのは偶然ではない。
飛び散ったような細かな血痕――その跡を追ってきたのだ。
皆本……。無事だよね? 死んでなんかいないよね?
由芽は血が止まらない足の傷を手で押さえ、皆本の姿を探していた。
――武瑠が体が光る『コウモリ顔』を迎え撃とうとしたその時に、ふと皆本の姿がないことに気がついた由芽は辺りを見回した。
皆本が無事なのなら、武瑠と一緒に戦っているはずなのだ。
すぐに細かな血痕を見つけた時には頭が真っ白になった。
なにかを考えるよりも早く、由芽は血の跡を追っていた――。
武瑠たちからは直線距離で100mほど離れているだろうか。
鉄筋がむき出しになっている柱は横倒しになっており、すでに柱としての役目は果たしていない。崩れ落ちた〝元建物〟は、もはや廃墟とも呼べない有様になっている。
そんな瓦礫の傍で、皆本はギガンストルム相手に孤軍奮闘していた。
「皆本っ!」
生きていたことが嬉しくて、由芽は思わず大声を出してしまっていた。
◇
皆本の予定通りならば、ここには来る筈もない人の声。
「ゆ、由芽!?」
その声に反応してふり向いてしまった皆本の木刀が重い衝撃で弾かれた。
「わわわッ!」
手から離れそうになった木刀を慌てて握り直すが、形勢は一気にギガンストルムへと傾いてしまう。
「やっべ。ち~とばかり油断しちまった~」
繰り返し襲ってくる大爪を、軽口を言いながらなんとかいなす。が、後退しながらの防戦一方となってしまう。
勢いに圧されて皆本の足がもつれた。
ここで転倒でもしてしまえば勝負は一瞬で着いてしまうだけでなく、同時に由芽の運命までも決まってしまうだろう。
賭けっていうのは苦手なんだけどな~……
心でボヤく。
バランスが崩れそうになるのを堪えた皆本は、力を込めて飛び上がり木刀を振り上げた。
「ぃやあッ!」
気合の息吹。
狙うはギガンストルムの頭。
ボーリング場で、『コウモリ顔』の頭を割った時以上の力を込める。
しかし、ギガンストルムは首を横に傾け木刀を躱した。
肩を強打したが、皆本は太い腕で挟みこまれるように身体を抱えられてしまう。
肋骨から鈍い音が響く。
骨折――少なくとも骨にヒビは入っただろう。
皆本にしては迂闊な行動だった――。
片目で応戦するギガンストルムは、皆本の速さが厄介だったに違いない。
だから、大爪で切りつけるというよりも皆本の素早い動きを封じるために『掴みかかる』という攻撃を繰り出してきていた。
跳び上がっている間は絶好の的だ。
鳥でもない限り、攻撃を避けることなど出来はしない。
――しかし皆本は不敵に笑う。
「こ、ここまではなんとなく想定内~」
苦痛に耐え、目の前のギガンストルムに――頭突きをした。
ただの頭突き。本来ならばとてもダメージなど期待できない攻撃だ。
しかし、皆本の頭突きは眼に刺さっている棒へのものだった。
「グギャアアアアッ!」
ギガンストルムは仰け反りながら悲鳴を上げる。
力が弛んだ隙に太い腕を跳ねのけた皆本は、さらに棒を押し込んで止めを刺そうとする。が、痛みで暴れ狂うギガンストルムの尻尾で殴られてしまう。
狙われた攻撃ではなかっただけに予測出来ず、皆本はたたらを踏んだ。
痛みでもがくギガンストルムが、ここで追い討ちをかけてこなかったのは不幸中の幸いだ。
「この好機を逃す手はないでしょ~ッ!」
千載一遇のチャンス。
もう一度自分の名を呼ぶ由芽の声援を背中で受け、皆本は木刀を構えて無防備なギガンストルムへ駆けた。
戦いの途中から、ギガンストルムが掴みかかってきていることに皆本は気付いていた。
隙を見せれば掴まってしまうことは計算の内だった。
まさかあんなにも熱い抱擁を喰らうとは思わなかったようだが、〝賭け〟だったのは身体を大きな手で『握られる』のか、それとも大爪で『貫かれる』のか……。
危ない賭けではあったが、どちらにしてもギガンストルムの懐へ急接近出来る。
皆本に迷いなどなかった。
あのまま戦っていても殺されてしまうのは目にみえていた。
自分が死んでしまえば誰も由芽を救えない。だから最低でも『相討ち』に持っていく必要があったのだ――。
ギガンストルムは、もうひと押しで脳を破壊出来る筈だった棒を引き抜いて、迫り来る皆本へと向いた。
潰された左眼を固く閉じ、右目で睨むその瞳が怒りで燃えている。
迎え撃つ体勢を整えられる前に、皆本はその目前にいた。
「これで終わりだギガンストルムッ!」
ギガンストルムを上回る眼光で木刀を振り上げた。
これが決まれば皆本の勝ち。
ギガンストルムの頭は割れたザクロのようになるだろう。
勝利を確信した皆本が木刀を振り下ろす。
ギガンストルムの頭が割れるその直前――
パララララッ!
乾いた連続音が響き、背中を撃たれたギガンストルムが前のめりに倒れた。
「ぁつッ! ぐッ!?」
音とほぼ同時、下腹に激痛が走った皆本も倒れ込む。
そんな皆本に影が差した。
「バケモノがお前らを殺して、どっかに行ってから港に戻ろうと思っていたのによ――」
頭上からの嫌な声に、皆本は震えながら上体を起こした。
「――なんだ、お前にも当たってたのかよ。運が悪かったな……」
「なんだ、今河か~。まぁだ生きてたんだ、運が悪かったね~」
サブマシンガンを手に、偉そうに皆本を見下ろしている今河が舌を打つ。
「おいおい、助けてもらったのにずいぶんな言葉じゃねえか?」
「おいおい、人の邪魔をしておいて恩着せがましくないか~?」
「そんな言い方していいのかよ? このまま置き去りにすることだって出来るんだぜ」
「そんな言い方したって、助けるつもりもないんだろ~?」
今河がヒキつきだした。
「それはどうかな、今の俺は最強だ。お前の態度次第では連れてってやらないこともないんだぞ?」
「それはどうかな~? そんなものチラつかせたくらいで最強を気取るなんて、おめでたいにもほどがあるよね~」
脂汗を流して口を弛める皆本に、サブマシンガンを手にしている今河は青筋を立てた。
「人をマネした答え方しやがって、俺をバカにしてんのか!? おいッ!」
皆本は下腹を押さえて苦しそうに笑う。
「いやいや、たった今賢くなったよ~。それを自覚できるようになっただけでも大したもんだ~」
「ふざけるなッ!」
蹴られた皆本が倒れた。今河は追い討ちをかけ、何度も踏みつける。
「前々からお前の態度にはうんざりしてたんだッ! いつか人数集めてシメてやろうと思ってたんだけどな、手間が省けたぜッ!」
「ぅぐあッ!」
腹部を踏まれ、皆本がうずくまる。
それを見て優越感に笑う今河。
「船まで戻っても、神楽のバカが『皆本が戻ってくるまで島を出ない』とか言い出しそうだからな、ついでに連れてってやろうと思ったのに……もうヤメだッ! お前はバケモノと相討ちになったって言っておいてやるよッ!」
「か、神楽が信じるとは思えないけどね~……」
「俺に逆らうようなら、あいつもぶっ殺せばいいだろ? 結局は俺に従うしかないんだよ! 運のないお前はここで死ねッ!」
銃口を向けて高笑いする今河を、皆本は冷ややかに笑った。
「まいったな~。運が悪いのはお互いさまだったね~……」
「あ? お前なに言ってん……」
突如、訝しむ今河がふっ飛ばされた。
地面を転がるも、サブマシンガンは手放さない。
「ぃッ――つぅ……ッ!?」
頭を振って身体を起こした今河は青ざめ――
「な、なんで……。なんでコイツが生きてるんだよッ!」
――みっともない悲鳴を上げながら後退る。
だがそれも仕方がないのかもしれない。
今河を見据えているのは、殺したはずのギガンストルムだったのだから。
「ありがたいね~。俺は見逃してくれるって?」
自分を無視して今河へと向かうギガンストルムに、皆本は小声でつぶやいた。
今河はサブマシンガンを構える。しかし、手が震えて指が上手く引き金に掛からない。
「く、来るなッ、来るんじゃねえよッ!」
泣きそうな声で叫ぶが、ギガンストルムの歩みは止まらない。
「このバケモノがッ、くたばれッ!」
ようやく引き金に指がかかり、銃口を向け――
パララララッ!!!
サブマシンガンを撃った。―――が、素早く動いたギガンストルムが銃口を掴み上げていた。
銃弾はむなしく空へと消えていく。
逆の手を大きく振り上げたギガンストルム。その大爪が赤黒く光った。
「ひッ ひぃぃぃぃッ!」
それは勘か偶然か。
頭を下げた今河は、槍のように突き出された大爪を躱していた。
そしてサブマシンガンを手放してギガンストルムの脇をすり抜けると、一目散に逃げ出す。
ここで、無理にサブマシンガンを取り返そうとしない所が彼らしいのだろう。
奪われてしまったサブマシンガンを力ずくで取り返すのは不可能だし、そうしようとする間に殺されてしまうのは目に見えている。
どんなに強力な武器や人を身近に置いていようとも、使えなければ意味がない。
不良たちのリーダーだった座間も、他の“筋肉バカ”共から自分の身を守るための『道具』だった。
その『道具』が三屋を助けるために自分を『利用』しようとした時点で、今河にとって座間は価値のないものへと変わった。
サブマシンガンも同じ、奪われてしまった時点で価値のないものになったのだ。
今河は皆本に向かって走り――――その横を駆け抜けていった。
「じゃあな皆本! 今度は俺が逃げる時間を稼いでくれよっ!」
「あ、あの野郎~。根暗にもほどがあるでしょ~……」
皆本は、高笑いする今河に心底呆れた。
どうやら彼は、郵便局で
「ちょうどいいところに来たな皆本! 下にバケモノが三匹もいるんだ。お前が行って俺が逃げる時間を稼いで来いよッ!」
と言った時、
「みんなのためなら出来る限り頑張ってみるけど~、キミのためってのはハッキリとお断りだね~」
と言われたのを根に持っていたらしい。
苛立ちをぶつけるように、サブマシンガンを放り投げたギガンストルムが向かって来る。
皆本は落ちていた木刀を拾い、杖の代わりにしてなんとか立ち上がった。
「あんな馬鹿のためじゃないけど、確かにもうひと踏ん張りしなくちゃね~」
迫り来るギガンストルムを正面に構え、横目で由芽を見た。
腰が抜けているのだろうか? 両膝を地面につけて立っている由芽は動こうともしない。
「神楽、頼むから早く来てくれ」
最も信頼できる仲間が、自分と由芽を探してくれている。
そのことだけは疑わない皆本だったが、銃弾をうけた身体でどれだけ持ち堪えられるのかは不安で仕方がない。
「せめて、由芽だけは守らないとな!」
ずっと……。何年も想い続けてきた愛しい女性を護るため、呼吸を整え気を引き締めた。
ギガンストルムはすぐそこまで迫っている。
さすがに銃弾の直撃はかなり痛かったようで、その赤い眼が怒りに燃えている。
「ここが最後の正念場ッ!」
皆本は気合いの声を上げた。
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