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五十五話  桃香逃亡

 □◆□◆


 ★



 港に停泊しているのは、卵を横にしたような奇妙な形をした黒い小型船。


 その傍にいる黒い迷彩服を着た三名の男たち。いずれも武装しており、鋭い眼光で周りを警戒している。


 今河も、肩から下げた機関銃を両手で抱え、少し離れた石柱の陰に潜んでその様子をうかがっていた。



 石柱は等間隔で何本も建っており、島中をめぐっている。

 50年前まで、掘り出して地上に上げられた石炭はベルトコンベアに乗せて運搬され、港に集められたあと船に乗せて本島へと輸送していた。

 そのコンベアを支えていた石柱だけが風化に耐え、当時の面影を残している。



「随分と物騒な物を持っているんだね、今河くんは……」


 今河から10mほど離れている廃墟。

 半分は瓦礫と化しているその廃墟の二階に身を潜め、隊員と今河の様子を見ていた真治がそうつぶやいた。

 地震の影響で小刻みに揺れている足場だが、彼にはまるで問題がない。

 見事なバランス感覚だ。


 今河や隊員たちが手にしているのはサブマシンガン。

 トニトゥルスに襲われて死んだ……もしくは死にかけていた隊員から銃を奪ったのだろうというのは容易に推測できた。


 黒ずくめの隊員たち。

 彼らにどんな目的があるのかは知らないが、少なくとも自分たちの救助に来たわけではないというのは、その友好的ではない雰囲気でわかってしまう。


 ――だが、真治にはそんなことはどうでもよかった。

 目的はただ一つ。

 聡美を見捨てた武瑠たちへの復讐――――それだけだ。


 皆本や佳菜恵に邪魔をされ、武瑠や一颯を仕留め損なった真治はこの港で待ち伏せすることにした。

 ケガをした隊員のひとりが一颯たちと一緒にいたことから、武瑠たちは必ずこの港にやって来ると確信している。


 周りが見えるこの場所から見張り、武瑠たちが来たらこの港に着く前に襲撃するつもりだ。


 もし、騒ぎを聞きつけた三人の隊員が武瑠たちの援護にまわってしまえば、復讐をやり遂げることは難しくなってしまう。


 ――しかし、その心配も杞憂に終わりそうだ。


「いいところに来てくれたね。僕の邪魔をしそうな人達はみんな……死ねばいいんだ」


 港に向かってくるトニトゥルスの群れを目にし、真治は狂気の笑みを浮かべた。



 ★



 黒い小型船。その狭い船内には、震えながら爪を噛んでいる高崎の姿があった。


  まだかッ、まだ出港しないのかッ!?

  サンプルは手に入れたんだ!

  コレを持ち帰る事が最優先だというのにッ!


 サンプル瓶が入った内ポケットを押さえ、イラ立ちだけがつのる。


「隊長の大風見はトニトゥルスに殺された。早くこの島を脱出するべきだッ!」


 何度そう言っても、三人の隊員たちは「まだ予定の時間ではない」と言って聞かず、高崎を船内に押し込めた。


 外の隊員たちは「戻ってこない二人の隊員を待つ」というわけではない。

 彼らは『タイムスケジュール』に沿って行動しているだけ。時間が来れば何事もないように、戻ってこない隊員たちを見捨てるだろう。


 このまま船を動かして逃げてしまおうかとも思う高崎だったが、そんなことを報告されてしまえば、余計にただでは済まない事も承知していた。


 トニトゥルスが、あんな「形」を持って生きながらえていたというのは本当に知らなかった。しかし、こんなことになってしまっては弁解の余地もない。



 ――多くの生徒が犠牲になってしまった。

 情報操作で誤魔化せる範囲を大きく逸脱いつだつしてしまっている。

 島を爆破して海に沈めるというのは、研究施設と生徒の死体を隠すための工作。

 悲惨な災害として処理するための力技だ。

 この国の政治を裏から操れるほどの影響力を持つ『あの方』も、きっと今頃は大物政治家への根回しに奔走していることだろう。


 高崎の任務はトニトゥルスの「核」である『源卵』の回収だった。

 そのために、教育実習生のフリまでして富川学園に潜入したのだ。


 この学園が、半世紀ぶりに「希望の島」への入島を許される「見学校」に選ばれたのは偶然だった。

 そうでなければ違う学校に潜入していたことだろう。


 高内吉政が残した書類から、トニトゥルスの素晴らしい特徴を知り「T計画」を立ち上げたのと同時期に、政界では新政権へと移行した。


 新政権は「希望の島保存委員会」を立ち上げ、あっという間に「見学」の許可まで出してしまった。

 『国民に開かれた政治を!』をスローガンに掲げたアピール作戦の一環だった。


 不動のものと思われていた前政権時には野党だった彼ら――特に若手議員への影響力はまだ弱く、勢いを止めることが出来なかったのが痛かった。

 彼らは『希望の島』をよく調べもしなかったため、研究施設が発見されなかったのは幸いだった。しかしそれも時間の問題。

 根回しが済む前に、彼らにトニトゥルスを発見されるわけにはいかない。


 なんともまわりくどい任務だとも思ったが、富川学園への潜入は安全かつ合法的に島に入る為の作戦だと説明された――。



 船外から連続した発砲音が鳴り響き、高崎は身を固くする。


  トニトゥルスだッ! ついに、ここまでやって来やがったんだッ!


 そう直感して操舵席へと飛び込む。


 他に発砲する理由などないのだから外に出て確認するまでもない。


「俺の忠告を聞かなかったお前たちが悪いんだッ!」


 カードキーでかけたエンジンの振動に高揚感が高まる。


 隊員たちを見捨てることにはなるが、任務は果たさなければならない。

 なにより、生きて帰る事が出来る喜びが大きかった。


 三人の隊員は連携を取りながら物陰まで移動して、『コウモリ顔』とヒト型のトニトゥルス、『ルベルス』を迎え撃っている。


 トニトゥルスたちは瓦礫を上手く利用しながら、確実に隊員たちへと近づいていた。


 モニター画面に映し出された外の様子に、


「もううんざりだ、こんな島からは早く――――ッ!」


舵を握った高崎が出港しようとした時、背中に鋭い痛みが走った。


「――あー―あれ――?」


 痛いのは背中なのに、なぜか腹部からも先端が針のようになっている杭が生えている。

 高崎は、止まる寸前のぜんまい仕掛けのおもちゃのように、その根元を追って上を見上げた。

 いつのまにか開いているハッチからは、太く長い尻尾が伸びている。


「ィッ、ぎ――がァッ!」


 高崎の身体が浮く。


 もがくことも出来ずに持ち上げられた先には、共喰いによって巨大化した大きなヒト型のトニトゥルス『ギガンストルム』がいた。


「ごぶッ!」


 叫ぼうとした口から、声の代わりに大量の血を吐き出す。


  や、やめてくれ……

  たすけて――こ、殺さないでくれ……


 涙を流しながら、声が出ない口をパクパク動かす。


 ギガンストルムは、そんな高崎を目の前まで持ち上げ――不敵に笑った。


  あー―


 高崎の目の前で大きな口がゆっくりと開く。

 前歯は鋭い牙、奥歯は食した物をすり潰せるように人間と同じ平らな歯だった。


  なぜ……なんでこんなことに?

  いやだ、死にたくない――まだ、俺はまだ死にたくな――――


 高崎の思考もそこまで。


 顔の半分を喰いちぎったギガンストルムは、骨を砕くバリバリという音を立てて高崎を喰った……。



 ★



 港から響くいくつもの銃声は、近くまで来ていた武瑠たちの耳にも届いていた。


「あの音は……って、理由は一つしかないか~」


 足を止めた皆本が舌打ちをする。


「ああ。港にトニトゥルスがいるみたいだな」


 同じく、武瑠も表情を険しくした。

 不意に銃声がやむ。


「おいおい、まさか仲間が全員やられちまったんじゃないだろうな……」


 ソリで横になっている政木が青い顔を上げる。




 ――隊員の名前は「政木」というらしい。


 ここまで来る途中、何度も皆本が話しかけていたのだが、


「あんたはさ~……」

「あんたが~……」

「あんたに~……」


という「あんた」口調に耐えきれず、隊員は「年上に対する敬意ってものはないのか!」とキレた。


「名前を教える気はないんでしょ~? なら、『あんた』って呼ぶしかないじゃ~ん!」


 目を細める皆本に、隊員は仕方ないという顔で「政木」という名字を教えたのだった――。




「それは判んないよね~。もしかしたら、政木の『部隊』がトニトゥルスをやっつけてくれたかもしれないわけだし~」


 と、由芽から木刀を受け取った皆本は政木を見下ろした。

 『敬意』の欠片もないその態度に、政木は諦めのため息を吐く。



 港にいる隊員たちを、政木は「仲間」と言ったが皆本は「部隊」と呼ぶ。

 それは政木の「仲間」は、決して自分たちの「仲間」ではないという皆本の考えの表れだ。



「神楽。ちょっと様子を見てくるから、ここはよろしく~!」


 返事を待たずに駆け出そうとする皆本に、政木が待ったをかけた。


「慌てるな剣道兄ちゃん。あと……20秒だけ待て」


 そう言って腕時計を見る―――。


 ・・・3


 ・・・2


 ・・・1


「やられちまったか……」


 そうつぶやいた政木が舌を打った。


 皆本が眉をひそめる。


「やられた? どういうこと~?」


「もしトニトゥルスと戦闘になった場合、仕留めた後一分以内に煙玉を打ち上げることになっている。それがないってことは……」


 苦虫を噛んだような表情で、政木は港の方角を見ている。


 その時にまた、近くで大きな爆発音。

 上下に揺れる地面に亀裂が入り、武瑠たちの20m手前で止まった。


 政木の言った通りなら、この島はあと約40分で海に沈んでしまう。


 姿勢を低くしている武瑠と皆本が目を合わせた。


「もう時間がない。様子見なんて言ってられないぞ」


「一か八かの強行突破。それしかないよね~……」


 立ち上がったふたりの後ろから、


「ひッ! やめろッ、こっちにくるんじゃねえッ!」


 政木の悲鳴。と同時に、


「桃香ッ、落ち着いて!」


という由芽の声もした。


 今の振動で目を覚ましてしまった桃香が、凶暴な呻き声を出しながら拘束された身体をバタつかせている。


「ふ、ふざけんなよこのガキがぁッ!」


 政木は恐怖でおののきながら、内ポケットから小さな投げナイフを抜いた。


「やめろおおおッ!」


 間一髪。支えの棒を手放した直登が、倒れ込みながら振り下ろされた政木の腕を弾く。

 直撃は避けられたものの、ナイフは桃香の手を切っていた。


「邪魔するんじゃねえッ! この女はもうダメだッ、今ここで殺すしかないんだよッ!」


 直登を殴り飛ばし、政木はもう一度ナイフを振り上げた。


 今度は武瑠がそれを蹴り飛ばし、政木の手を踏みつける。


「ぃがッ! いででででッ! なにすんだッ、この足をどけろッ!」


 怒鳴った政木だが、武瑠と目が合った途端にその身体が硬直した。

 本気で怒る武瑠の〝気迫〟にあてられてしまったのだ。


「言ったはずだ。俺は誰も見捨てるつもりなんてないし、これ以上は誰にも死んでほしくないって……」


 その鋭い眼光は政木を射抜いたままだ。


「七瀬さんが危険な状態なのは十分に理解している。だけど、打つ手がないわけじゃないッ! もう二度と、俺の仲間に手を出すなッ!」



 ――宇津木弥生のようになってしまった桃香。

 港に行けば、船には救急医療セットがあるらしい。

 さすがの由芽も帝王切開は出来ないだろうが、なにかしらの医療道具があった方が心強いに決まっている。

 桃香が助かる望みがある限り、決して諦めるわけにはいかない――。



「忘れるなよ~。他の隊員が港にいないのなら、『あんた』を連れて行く理由はないんだからな~」


 皆本が付け加えた。


「しまった!」というように政木は目を見開く。



 武瑠たちも連れて帰るよう他の隊員を説得するというのが、動けない自分を港まで運んでもらう為の条件。

 それは政木自身が言い出したことだった。

 トニトゥルスに襲われ、港にいる部隊が全滅したのならば自分を連れて行く理由も消えたことになる。



「安心してくれ。あなたを港まで連れて行くという約束を破るつもりはない。ただし……」


 武瑠はその先を言わなかった。

 しかし、『仲間』に手をあげるようなら島に置いていくという意思のこもった目に、政木はコクコクと小刻みに頷いた。



「桃香ダメッ!」


 由芽が桃香に突き飛ばされた。


 政木のナイフは、桃香の手を拘束していたワイシャツを少し切っていた。

 その切れ目から噛み千切った桃香は、由芽を突き飛ばして立ち上がり、足を拘束するワイシャツを引き千切っていた。


 取り押さえに来る武瑠と皆本の手を避けた桃香は「グルルル……」と喉を震わせ赤い眼で皆をひと睨みすると、突然港の方角へと走り出す。


「待って桃香ッ!」


 一颯や佳菜恵の制止も聞かずに、由芽はその後を追いかけて行く。

 そして、皆本も無言で追いかけて行った。


「悪い直登っ、後は頼むッ!」


 武瑠も後を追おうとしたが一颯に呼び止められる。


「待って武瑠くんっ、これをっ!」


 投げられた棒を受け取った武瑠は、


「七瀬さんとトニトゥルスはなんとかしてみるッ! みんなは隙を見つけて、先に船に乗り込んでくれ! 俺たちが間に合わないようなら待つ必要はないッ! そのまま島から脱出してくれッ!」


 口早にそう言って桃香たちの後を追った。


 □◆□◆

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