五十四話 カウントダウン
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「うそだろ? 貴音が――死んだ?」
話を聞いた直登は、貴音を探してもう一度周りを見回す。
武瑠と皆本、由芽は悲痛な顔でうつむいている。
一颯と佳菜恵も、信じられないと貴音の姿を探した。
しかし、当然ここに貴音の姿はない。
「そんなバカな事ってあるかよッ、貴音ならいただろ!? 武瑠たちと一緒に戻ってきたじゃねえかッ、そうだろ一颯!」
直登は一颯に同意を求めたが、一颯は小刻みに首を振る。
「私も、武瑠くんたちと一緒に戻ってきたと思ってた……。でも、見てないよ……貴音の姿は見てないよ!」
一颯に涙声でそう言われ、直登は力が抜けてよろけた。
貴音はいつも自分たちの傍にいるのがあたりまえだった。
武瑠・皆本・由芽・桃香が戻ってきたことで、〝貴音も戻ってきているはず〟という錯覚が、直登にいないはずの貴音の姿を見せていたのかもしれない。
胸の傷の痛みをものともせずに踏ん張った直登は、武瑠の胸ぐらを掴み上げた。
「武瑠ッ。お前がついていながら、なんでそんなことになったんだよッ!」
怒りと悲しみから、涙をうかべている直登。
身体の痛みより、心の痛みの方がはるかに勝っている。
「すまない直登、ほんとうに――申し訳ない……」
まともに直登の顔を見られない武瑠。
震える声でもう一度「すまない」とつぶやいた。
「すまないで済むかぁぁぁッ!」
直登は怒りに任せて武瑠を殴る。
「直登やめてッ!」
一颯が悲鳴を上げた。
「一颯は引っ込んでろッ! こいつは貴音を、貴音を守れなかったんだッ!」
倒れた武瑠に詰め寄ろうとする直登。
その前に皆本が立ち塞がる。
「相模、殴るなら俺を殴れ。神楽は、死ぬかもしれない佐藤を必死になって止めようとした。それを邪魔したのはこの俺だ」
皆本の言葉で、さらに直登の表情が険しくなった。
由芽も皆本の横に並ぶ。
「それなら私のことも殴って! 私も何もできなかった! 止めようと思えば貴音を止められたのに私は動かなかった! だから、神楽と皆本を殴るなら私のことも殴ってよ!」
由芽にまでそう言われた直登に動揺が走る。
起き上がった武瑠は皆本と由芽の間に割って入り、
「いいんだ、ふたりとも……」
怒りと動揺で揺らぐ直登の目を見つめた。
――直登は貴音のことが好きだった。
どうすれば貴音の気を引けるのかな?
武瑠にそういう恋相談を持ちかける度に、直登は永遠と貴音の話を繰り返した。
何度同じ話を聞かされたか……。貴音の話をする直登は、いつも恥ずかしそうに輝いていた。
まるで女子会で話をする女の子みたいだなって思ってるんだろ?
そう言いたげな目だったが、武瑠はそのことをからかったことはない。
一颯の話をする時は「自分もきっとこうなっているんだろうな」と、そう思うからだ。
きっと、恋をする気持ちに男や女といった境などないのだろう。
なにをどう言っても、貴音が死んでしまった事実は変わらない。
だから、直登の苦しみや悲しみは全部受け止めなければならない。
武瑠はそう思っていた――。
直登は左手で武瑠の肩を掴み、そして右の拳を上げた。
身体の力を抜いた武瑠はゆっくりと目を閉じる。
・ ・ ・ ・
直登の拳が振り下ろされることはなかった。
「――うっ――うう――っ……」
武瑠の両肩を掴んだ直登は、そのままズルズルと下がって泣き崩れていく。
その姿に、誰もかける言葉などなく、震える背中を見ていることしかできない。
しかし、そうでない者もいた。
「お前達の話が本当なら、その七瀬って子はここに置いていけ。残念だがもう間に合わん……」
黒い迷彩服の隊員が、地面に這いつくばりながらそう言った。
その空気を読まない発言は、皆の神経を逆なでするには十分すぎた。
特に過敏に反応したのが由芽だ。
「桃香を置いていけですって!? もう間に合わないってなによッ、まだトニトゥルスは出てきたわけじゃないわッ! 桃香は私が助けるッ、助けてみせるんだからッ!」
怒鳴り散らして隊員を睨む。
親友を見捨てろと言われたのだ、当然の反応だろう。
しかし隊員はそんな由芽を鼻で笑い、
「俺は詳しいことはわからないが、あと一時間足らずで出産なんてさせられるのか?」
バカにしたような目を向ける。
「あと一時間足らずって……それはどういう意味だ?」
凄む武瑠の目にも、隊員は動じない。
「もしかして、さっきの爆発とこの地震に関係あるんですか?」
一颯の言葉に隊員が目を細めた。
「ほう。そこのお姉ちゃんの方が頭が回るみたいだな。その通りだ、もうじきこの島は海に沈む。さすがにトニトゥルスの寄生体を連れて帰るようなリスクは冒せない。船まで行けば救急の医療セットがあるから傷口を縫うくらいのことは出来るが、さすがに帝王切開が出来るやつなんていないだろう? 船の中で産まれて万一何かあれば、俺たちは助かるものも助からなくなる。その子は置いていくのが一番いいんだよ」
「桃香を置いていくなんて出来るわけないでしょッ! だいたい、なんで島を沈めなきゃならないのよッ!?」
由芽が隊員の言葉に噛みつく。
「そんなこと知るかよ、そういう命令なんだ。けど……大方、証拠隠滅ってトコだろうけどな」
「証拠隠滅って、トニトゥルス研究のことか?」
武瑠の言葉に隊員の返答はなかったが、それしか考えられない。
「いくら小さな島だからって、そう簡単に沈むとは思えないけどな~」
口調は柔らかいが、皆本の圧倒的な気を当てられた隊員の顔から笑みが消える。
「べ 別に信じないならそれでもいい、みんな揃って死ぬだけだからな。確かに普通の島なら海に沈めるっていうのは簡単なことじゃない。でもな、この島では石炭を掘りまくってたんだ。島の地下炭鉱、それに海底炭鉱……この島はスカスカの穴だらけなんだよ。簡単じゃないが、要所を爆破してやれば海に沈めるってのはそう難しいことでもないのさ」
隊員は気を保とうと額の汗を拭った。
「さっきまで何を聞いてもだんまりだった人が、ペラペラとよく話すようになったのね」
気を取り直した佳菜恵が隊員を睨んでいる。
「こっちが知ってる情報を話したら、そのまま置いていかれる可能性があったからな。情報は小出しにしようと思っていたんだが、お前らは俺を見捨てない。――いや、見捨てられない奴らだっていうのがわかった。それなら、こっちの生存率を上げるためにも協力してやろうと思っただけさ」
「なぜそう思う~? あんたたちは俺たちの捜索を断ったんだろ~? だったらさ、こっちもあんたを助けてやる義理はないと思うけど~?」
皆本が不愉快な顔で入ってきた。
「おいおい、捜索を断ったのは大風見でおれじゃねえよ。それにお前がそうでも、そっちのリーダーは違うだろ?」
「――え、俺? り、リーダーって……」
隊員の視線を受けた武瑠は目を丸くする。
「小屋での話を聞いていただけなんだがな。お前は誰かを見捨てるようなことはしないんだろ? 気に入らないクラスメイトも助けようとしてきたらしいじゃないか。たいしたヤツだよ、うちの隊長にも見習ってほしかったぜ」
隊員は、小屋と一緒に大風見も沈んだ大穴に向けて唾を吐いた。
「たしかに神楽は仲間を見捨てるようなことはしないけど~、あんたは仲間じゃないってわかってる~?」
「それでも、リーダーが連れていくって言えばお前は従うだろ?」
皆本と隊員が睨み合う。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は別に、リーダーってわけじゃないぞ」
武瑠がその間に割って入った。
皆本が気の抜けた顔を向けてくる。
「いや、そんな顔されても……」
戸惑う武瑠。
いまさら何言ってんの~?
そう言いたげだったのだ。
隊員もあきれ顔だ。
「お前達があのバケモノ共と戦う姿だって俺は見てたんだぜ。 一番強いのはそこの剣道兄ちゃんだろうけど、お前を中心に個々の弱い部分を補っていた。お前の指示と行動がなければ、少なくとも今ここに、女が生き残っていることはなかっただろうな……」
「それに関しては同感~」
小さく手をあげる皆本。
いまさっきまで睨みあってたんじゃないのか?
皆本のマイペースを忘れていた武瑠はあんぐりと口を開く。
「大風見が言っていたように、俺たちはお前たちの救出に来たわけじゃない。だから、港で他の隊員に頼み込んでも撃ち殺されるだけだ。……約束は出来ないが、港まで連れてってくれるなら、俺がお前らも連れて帰るよう他の奴らを説得してやる」
隊員の言葉に、皆本が口をゆるめた。
「約束は出来ないなんて、そんな正直に言っちゃっていいの~?」
「大風見がああ言っちまった以上『約束する』って言っても嘘っぽいだろ? 疑われたあげく『やっぱり連れて行くのをやめる』って言われたら最悪だからな」
隊員は武瑠へ視線を戻す。
「悪い条件じゃないだろ? ろくな武器もないお前達じゃ、船を強奪するなんて出来っこねえ。ここは俺に賭けてみねえか?」
佳菜恵が大風見たちから回収した銃器は、小屋と一緒に沈んでしまった。
隊員はそれを駆け引きに使ってくる。
皆の視線が武瑠へと集まる。
や、やっぱり俺が決めるのか?
リーダーなんて言われてもピンとこないが、皆から頼りにされているのは感じていた。
「賭けるも何もない。俺は誰も見捨てるつもりなんてないよ。これ以上は誰にも死んでほしくないんだ。だから、当然あなたも連れていく」
武瑠の強い意思のある言葉に皆が頷いた。
また遠くで爆発がおき、武瑠たちが隠れていたアパートが塵煙を上げながら、バランスを失った積み木のように崩れていくのが見える。
武瑠は佳菜恵自作のソリを手にした。
「とにかく、今は急いで港まで行こう!」
皆本と一緒に隊員をソリに乗せ、そして桃香の傍まで引いた。
「お、おい! その女も連れて行こうってんじゃないだろうな!?」
桃香を抱き上げた武瑠に隊員が声を上げる。
「こんなところに置いていけない。当然七瀬さんも連れていく」
「俺の言ったこと聞いてたか!? 連れて行っても厄介ごとの種になるだけだって! やめとけよ! な、な!」
武瑠は何も言わずに桃香をソリに乗せた。
「ひ、ひぃッ!」
隊員は、動いた桃香のお腹を見て悲鳴を上げた。
「直登、動けるか? 狭いけど、ソリに乗ってくれ」
直登は迎えにきた武瑠に首を振り、
「俺はいい、自分で歩ける……」
歯を食いしばって立ち上がる。
「強がっているわけじゃない、胸の傷は見た目ほど酷いものじゃないんだ」
「でも、足の捻挫は……」
「お前の棒を貸してくれ。それで十分だ」
直登は渋面をしたかと思うと、
「さっきは気が動転していた。武瑠を責めるような事じゃないのに……すまなかった」
武瑠へ頭を下げた。
「いや、俺の方こそ……」
そこからの言葉が出てこない武瑠。
その肩に触れた直登は、
「貴音は……お前のことが好きだった。だから、後悔なんてしていないはずだ。きっと最後は……、武瑠を守れた喜びで笑っていたんだろうな」
うつむきながらそう言うと、ヨロヨロと武瑠の棒を預かっている由芽へ歩いて行った。
知っていたのか……
ずっと武瑠を想っていたという貴音の告白については話をしていない。いや、直登の想いを知っていただけに話せなかった。
小さく見える直登の背中がぼやける。
固く目蓋を閉じた武瑠の、グッと握った拳が震えていた。
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