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五十三話  蟻地獄

 □◆□◆


 ◇


 ――武瑠は、富川学園入学と同時にバスケ部に入った。


 富川学園のバスケ部は、県下でも有数の強豪校である。

 地区大会では常に、優勝候補の筆頭に上げられていた。


 今でこそチームの中心的な存在として、武瑠はレギュラーに定着している。

 だが一年生の時には、大会どころか練習試合にも出してもらえず、ベンチを温めることも出来ない。

 そんな存在だった。


 他の部員の身長は180cm以上があたりまえ。

 172cmという武瑠の身長は周りと比べて低すぎた。

 バスケットボールという競技は、身長が高い方がより有利な試合展開を望めるスポーツである。


 どんなに練習しても努力をしても、身長の低い者たちには目を向けようともしない当時の監督は、武瑠たちの指導はせず、練習メニューすらマネージャーに任せるという差別を行った。


 そんな扱いをされて気持ちが萎えないはずがない。

 武瑠たちの中から部員が1人辞め、2人辞め……。


 ついに武瑠の心も折れそうになった時、マネージャーの貴音が監督に盾突いた。


 伝統として、地区大会では最低でもベスト4以上の成績を求められている監督。

 当然、試合を有利に進めることができる身長の高い選手を育てて起用していきたいと考えていた。


 しかしそんな言い分で納得するほど、貴音はおとなしくはなかった。

 彼女は、この監督のやり方にずっと怒っていたのだ。

 身長が高い方が有利なのはわかるが、それだけで差別し、見向きもしないのはおかしいとまくし立てた。

 そして、勢いに任せてとんでもないことも付け加えた。


 レギュラーチームと試合をして武瑠たちが勝てば、レギュラーの総入れ替えをするようにと要求したのだ。

 自分の目に留まった選手と、そうでない選手とのレベルの違いを解らせるにはちょうど良い機会だと思った監督はその要求を呑んだ。代わりに、


 武瑠たちが負けたら、自分に逆らった責任を取って部を辞めるか?


という交換条件。

 それを貴音は呑んだ。


 武瑠たちが試合に出してもらえないのは貴音が悪いわけではない。

 なのになぜ、自分の退部まで賭けてしまうのか?


「あんたたちの半分は諦めかけてる。もう半分はやる気もない……。まだ何にもしてないじゃないっ! 今の状況を変える努力もしないうちに、なんで諦めちゃうわけ!? 男ならやれることは全部やって、戦って負けても何度だって立ち上がるくらいの根性みせてみなさいよッ!」


 身長が低くても戦い方はある。


 貴音はみんなを励ましながら、身長差を補うため、どのチームにもないほどのスピードを身につける練習メニューを考え、雑務までこなしてくれた。

 彼女の言葉と行動に奮起しない者はいなかった。


 試合結果は68対67で武瑠たちの――――負け。


 だが、その年の地区大会で準優勝したチームを、練習試合にも出してもらえなかったチームがあと一歩のところまで追い詰めたのだ。

 この事実と武瑠たちの奮闘ぶりは、監督に逆らえなかったコーチ陣の心を動かした。


 結局、監督は解任されることとなり学園を去った。


 それ以来、チームの雰囲気も良くなり総合力が増した。

 高さだけではなく、どのチームにもないくらいのスピードを駆使して戦えるチームに生まれ変わったのだ。


「地獄の貴音メニュー」と部員が恐怖する、徹底した走り込みのおかげだった。


 そして、次の年には全国大会でベスト8という成績を残すことが出来た。


〝どんな苦境に立たされても、諦めずに行動すれば道は開ける〟


 貴音はそれを証明してみせてくれた――。


 ◇


 土砂を掻き分け――石壁の底が見えた武瑠は、


  貴音、俺は……絶対に諦めないからな!

  何があっても、生きてこの島を脱出してみせるからなッ!


皆本や由芽と一緒に、渾身の力を込めて石壁を動かした。


 穴がさらに広がった。

 これなら、なんとか武瑠と皆本も潜り抜けられそうだ。


「神楽、先に行って!」


 由芽が武瑠の背を押した。


 皆本が気を失っている桃香に駆け寄り抱きかかえる。


  先に行って七瀬さんを引っ張れってことか


 武瑠は由芽に頷くと、腹這いになって穴を潜る。

 背中が少し引っ掛かったが、なんとか抜けることが出来た。


「いいぞ皆本。七瀬さんをこっちへ!」


 武瑠は穴に叫ぶ。


「あいよ~。いくぞ神楽~……」


 瓦礫の向こうから皆本の声。


「皆本なにやってんのよ! 足からじゃなくて頭からでしょ! 桃香のスカートがめくれちゃうじゃないっ!」


 由芽の叱咤と同時に、パチンという気味の良い音が聞こえた。


「こんな時にそれを気にする~!?」


 見えはしないが、呆れ顔で頭を擦る皆本の顔が想像できてしまう。


「こんな時もどんな時も関係ないっ。女の子にはもっと気を使いなさいって言ってるのっ!」


 もう一発、気味の良い音が響いた。


「はいはい、わかりました~。 すぐ叩く~……」


 皆本は小さくぼやきながら桃香を穴に押し込んできた。


 武瑠は桃香の肩を掴んで引っ張り、穴をくぐらせるとそのまま抱きかかえた。


 先ほどよりも桃香の顔色が悪い。

 呼吸も苦しそうに荒れているし、お腹も不気味なほどにうごめいている。

 トニトゥルスが腹を破り出てくるまで、あまり猶予ゆうよはなさそうだ。


 桃香の状態を確認している間に、由芽と皆本は穴を潜り抜けて来た。


「よし、行こうっ!」


 武瑠の掛け声で三人は走り出す。と同時に、どこからか大きな爆発音が響いた。

 再び大地震のような激しい揺れに襲われる。


「な なに!? 今のはなんなのよっ!?」


「考えるのは後で~! 今は走れ~ッ!」


 悲鳴を上げる由芽の背中を皆本が押す。


 小屋へと戻る階段はもう見えている。


 由芽を先頭に、三人は階段を駆け上がった。



 ◇



「武瑠! よかった、無事だったんだな!」


 小屋に戻った武瑠たちを迎えてくれたのは、和幸を背負う直登だった。


「直登、待たせてすまんっ!」


 『無事』という言葉に、武瑠と由芽の表情が沈んだが、


「話はあとにしよ~! この揺れは本気でまずい~ッ! 小屋も傾いてきたし、外へ出るぞ~!」


 皆本がみんなを促した。


「そ、そうだな。俺たちも外へ避難しようって言ってたところだったんだ!」


 直登は小屋の出入り口へと走った。


「皆本くん、この人運ぶの手伝って!」


 佳菜恵が、黒い迷彩服の隊員を持ち上げようと必死になっている。


「佳菜恵ちゃん。俺が代わるから先に行っちゃって~!」


 皆本は佳菜恵をどかして隊員を引っ張り上げる。


「ぎゃああああッ! もっとゆっくり出来ないのかよッ!」


 腰を痛めている隊員が悲鳴を上げた。


「そんな余裕ないし、小屋に押し潰されて死ぬよりマシでしょ~。 歯を食いしばって我慢しな~!」


 皆本は問答無用で引き摺って行く。


「一颯、私の肩に掴まって!」


 由芽は足を引く一颯を支えた。


「由芽、ありがとう」



 武瑠たちが小屋から出て30mほど離れた時、今度はそう遠くないところから重い爆発音が響いた。

 島全体が、痛みでのたうち回っているかのように揺れる。


 地面にしがみついて耐えている武瑠たちの目の前で、小屋が沈み始めた。

 地下研究施設が崩壊したのだろう。まるで蟻地獄に引きずり込まれているかのようだ。


 小屋は、大風見ともう一人の隊員の遺体を道ずれにして、その姿を消した。


 地震はだいぶ小さくなったが、それでも普通に歩けるというほどではない。


 いつのまにか、空は夕焼けで染まっている。


 流れるあかい雲の下。

 武瑠たちは揺れる地面に座り込み乱れた呼吸を整えていた。


 桃香を横に寝かせて、武瑠は立ち上がった。


「直登、和幸の具合はだいぶ悪いのか?」


「え?」


 その問いに、直登の顔が青くなった。


「また心臓の発作がおきたんだろ? こんな状況じゃ無理もないけど……。薬は飲ませたのか?」


 直登の背中でぐったりとしている和幸。

 顔は向こう側に向けているので表情はわからないが、その様子が気になっていたのだ。


 何も言わない直登に代わって、佳菜恵が武瑠の肩に触れた。


「神楽くん、和幸は……」


 そこまで言って口を手で覆った。

 そして涙を流しながら、


「和幸は死んだの……」


搾り出すような声でそう告げた。


「な!? なんで……? だって、薬さえ飲んでいれば、日常生活には問題ないって……」


 武瑠の身体から力が抜ける。

 ピクリとも動かない和幸の姿に、気が遠くなりそうになった。


「激しい運動は出来ないけど、

 薬さえ飲んでいれば日常生活には問題ないんだよ」


 和幸はそう言っていた。


  トニトゥルスに襲われたことが予想以上に心臓に負担をかけていたのか?


 和幸を気にかけてほしいと佳菜恵にお願いされ、武瑠は承諾した。


 多少苦しくても、心配させまいと強がるのが和幸だった。

 縁があって、一年生の時から同じクラスだった武瑠は、和幸の強がりを誰よりも見抜くことが出来ていた。

 だからこそ佳菜恵も、武瑠を信頼して頼んできたのだ。


  なのに……


「あ、あのー―す、すいませんでした!」


 武瑠は佳菜恵に深々と頭を下げた。


「俺がもっと気を配っていれば和幸は、和幸は……」


 言葉が続かない。

 後悔の念で胸が押し潰されそうだった。


「ちがうの神楽くん。ちがう、あなたのせいじゃ……」


 佳菜恵は嗚咽を漏らしながら首を振る。


 直登は背負っていた和幸をゆっくりと地面に寝かせた。


「武瑠、お前のせいじゃない。和幸はー―真治に殺されたんだ……」


「なんだってッ!?」


 武瑠は驚愕のあまり頭が真っ白になった。


  真治が和幸を殺しただって!?


 胸を赤く染めて横たわる和幸を見ながら立ちつくす。


 彼の青白い顔にはかげが落ち、ピクリとも動かない。


「大きな地震があった後に、階段の方で物音がしたんだ。和幸が様子を見に行ったんだが……そこにいたのは真治だった。あの野郎、ナイフで和幸の胸を……」


 苦しそうな直登は、揺れる地面に片膝をつく。


「真治くん、相模たちの方にも来たんだ……」


 語尾が伸びるクセを意識して止めたのか、皆本は少し語尾を強くした。


 嗚咽を漏らしていた佳菜恵が泣き崩れる。



 佳菜恵にとって和幸はただの生徒ではない。

 兄妹のいない佳菜恵にとって、和幸は弟のように可愛がってきた従姉弟だった。

 心臓が悪かった和幸を気遣うその姿は、歳も離れているせいか姉というより母に見えてしまう事もあった。

 大切な家族を殺されてしまったその感情は、「無念」・「悔しい」・「憎い」・「悲しい」などといった言葉では表せないだろう。



 一颯と由芽が佳菜恵に付き添う。


「あいつ……おかしなこと言いやがって。俺たちが篠峯を殺すわけないだろうッ!」


 直登は怒りを吐き捨てる。


「俺も、真治に同じことを言われた……」


 武瑠は真治の形相を思い出す。


 彼の怒りは凄まじかったー―


「僕はお前たちを殺すんだッ、死んで聡美ちゃんに謝ってこいッ!」


 そう言われて一度は殺されそうになった。


 船着場で真治を説得できていれば、和幸は死なずに済んだのかもしれない。

 後悔と無力さに苛まれ、武瑠は拳を震わせる。


「前もって真治くんの様子がおかしかったって言っていれば、こんなことにはならなかったのかも……」


 皆本はうつむき、肩を震わせた。


「言う前に七瀬さんを探しに行くことになったんだ。皆本のせいじゃない」


 武瑠は気落ちする皆本を気遣う。


「そういえば、なんで七瀬は拘束されてるんだ?」


 事情を知らない直登が不思議そうな顔をする。


「それが、実は……」


 武瑠は、桃香に起こった異変と貴音の死を……重い口調で説明する。



 ★



 夕日で影になった商店街の路地裏で、二名の隊員が惨殺されて死んでいる。


「チッ、あっさりと殺されやがって。使えない奴らだな……」


 隊員を見下ろした今河辰好は唾を吐き捨てた。



 ――距離を保って隊員の後をつけていた今河だったが、爆発音と共に島が揺れた時は危うく大声を出してしまうところだった。

 激しい揺れのなかでも隊員たちは何事もないように歩いていた。


  奴ら、爆弾を設置してやがったのか!


 その時に、隊員たちが地下炭鉱へ下りて何をしていたのかの疑問が解けた。


 自分たちが仕掛けた爆弾が爆発しただけ。

 そうでなければ、ああも自然に歩けるはずがなかった。


 しかし、突然その隊員たちの足が止まる。

 何事かと思ったが、隊員たちの前に現れたトニトゥルスを目にした今河は、慌てて物陰に身を隠した。


  あいつは……矢城をったやつじゃねえかっ!


 大きなヒト型の―――皆本が『ギガンストルム』と名付けたトニトゥルスに身が震えた。


 その姿は、前に見た時よりも大きくなっていた。

 成人くらいの大きさっだったのが、今は2mをかるく超えている。

 まさに、モンスターへと成長していた。


 待ち伏せしていたかのように現れたギガンストルムに隊員たちは驚く。

 慌てた隊員たちが機関銃を向ける前に――勝負はついていた。


 引き連れていたコウモリ顔と、皆本が『ルベルス』と名付けたヒト型二匹が、隊員たちの死角から襲いかかったのだ。

 機関銃を持つ腕に噛みつき、発砲を許さない。

 あまりの恐怖に情けない悲鳴を上げてもがく隊員たちだったが、その声はギガンストルムの鋭い爪が胸を貫くと同時に消されてしまった。


 そしてトニトゥルスの群れは、倒れた隊員たちの血肉を堪能したあと、何処へと去っていった――。



「いいモノ持ってるじゃねえか。こいつは貰っておくぜ、もうお前には必要ないだろう?」


 隊員らの持ち物を物色していた今河が、機関銃を手にした。


「――っ、きったねぇな。血が付いちまったじゃねえか」


 手とグリップについている血を、隊員の服で拭ってから立ち上がる。

 そして、ズボンのボケットから四つ折りにされたパンフレットを取り出した。


「さてと、……やっぱりここしかないよな」


 『希望の島』の地図を見て、漁港以外の、大型船が入港できる港を確認した。

 隊員たちが向かっていた方向から、この港だろうと確信する。


 この島に海岸はなく、港以外は切り立った崖や暗礁に囲まれている。


 彼らの格好と装備から、まともな人間ではないことはあきらかだ。

 ならば、厳しく入島制限され、巡視船もうろつく海域に大きな船を停泊させておくはずはないだろう。


「目立たず素早い……小型の高速艇ってとこか。うまく動かせりゃいいんだけどな……」


 操縦できるかどうかという不安はある。だが、


「いざとなったら、待ってる奴を脅して操船させるか」


 今河は、機関銃という武器を手に入れたことで気が強くなっていた。


 隊員たちは船のカギを持ってはいなかった。

 少なくても三人以上で来ているのだろう。


 島からの脱出に期待が膨らむ今河の、その口もとがみにくく弛んだ。


 □◆□◆

読んでくださり、ありがとうございました。

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