五十話 真治の凶行
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気絶している桃香を抱えた武瑠を先頭に、来た通路をひたすら戻る。
さっきの地震によって、天井や壁も崩れてきているので早く戻らないと生き埋めになってしまうのだ。
貴音と由芽、いまはブラウスを着ている。
皆本のワイシャツの右袖を引き千切って桃香の手を縛り、残った部分で足を縛ったのだ。
しばらくも走らないうちに後ろから大きな破壊音がして通路を激しく揺らした。
落下した絶壁が船着場を壊したのだろう。
「きゃっ!」
貴音がぬかるみに足を取られて転倒する。
「大丈夫か貴音っ!」
武瑠が振り返った時には、由芽に手を引かれてすでに起き上がっていた。
「大丈夫だよ! はやく戻らなきゃ!」
いまの振動でさらに天井が崩れてきた。
再び一行は走り出す。
皆本が武瑠の横に並んできた。
「神楽~、疲れたなら代わってやるぞ~」
「俺なら大丈夫だ! よけいな心配しなくていい!」
息を切らせながら武瑠は強がった。
走るスピードが落ちてきているのは自分でもわかっている。
ろくな休憩もなく走ったり戦ったり……。身体中が悲鳴を上げていた。
さらに、気絶して脱力している人間というのは想像以上に重い。ただ運ぶだけならなんの苦労もないが、いつ落盤してもおかしくない状況で走り続けるというのは精神的にも大きな負担だった。
それを心配してのことだろうが、皆本だって満身創痍だ。
特にさっきの真治との戦いで、身体の至る所に切り傷や打撲痕が出来ている。
力が入らず、木刀すら何度も落としそうになっている皆本に代わってもらうわけにはいかなかい。
武瑠は歯を食いしばり、気合いで走るスピードを上げた。
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小屋で武瑠らの戻りをを待つ一颯たち。
「さっきのは本当に地震だったのかな? 遠くから爆発したような音が聞こえた気がしたんだけど……」
和幸は窓のホコリを拭って遠くを見た。
「けっこうデカい地震だったし、まだ揺れてるな……。和幸、なにか見えるか?」
座っている直登は壁にもたれたまま見上げる。
「ううん、なにも……」
見える範囲では爆発の噴煙は見当たらない。
「なあオッサン、あんたなにか知ってるのか?」
直登は和幸から黒い迷彩服の男へ目を移した。
「オッサン」と呼ばれるにはまだ若い顔つきの隊員。
男は大風見という隊長の下にいた部下の生き残りだった。
『大型』の――皆本が『ギガンストルム』と名付けたトニトゥルスが屋根から降りてきた時に潰された隊員だ。
死んだのかと思われていたのだが、その衝撃で気絶していたのと、皆本や武瑠たちの奮闘もあって九死に一生を得たらしい。
しかし、腰を痛めているようで歩くことが出来ないようだ。
佳菜恵が外の様子を見に入った時に「助けてくれ」と声をかけられ、和幸とふたりで小屋のなかに運び入れたまではよかった。
しかし隊員は、何人でどのようにしてこの島に来たのかというのは話したが、任務については――
「なにも知らない方がいい」
――そう言って口をつぐみ、なにも語ろうとはしなかった。
自分の名前さえも言わないのだ。
目も合わさず口を閉ざす隊員に直登は舌打ちする。
「助けてほしいけどなにも教えないってか? ずいぶん自分勝手だなあ!」
「落ち着いて直登。せっかく血が止まりかけてるのに傷が開いちゃうよ」
興奮する直登を一颯がなだめる。
隊員が何も言わないということはさっきの地震はただの地震ではないのかもしれない。
一颯も地震の直前に爆発音が聞こえたような気がしたのだ。
微弱ながら、いまだに地震は続いている。
まるで島が苦しんでいるかのようだ。
「相模くん、三島さんの言う通りよ。せめて神楽くんたちが戻ってくるまでは安静にしてなさい」
ひっくり返した机の傍で作業をしている佳菜恵も直登をなだめる。
自分たちの為に努力をしてくれている佳菜恵に言われては直登も口を閉ざすしかなかった。
隊員に目を向けた佳菜恵は、
「なにも言いたくないのなら今はそれでもいいわ。私たちはこの島から脱出できればそれでいいんだもの」
そう言って作業に戻った。
――佳菜恵は、詳細を語ろうとしない隊員を助けるにあたってひとつ条件を出していた。
それは特殊部隊がこの島にやってきた船――二艘のうちの一艘を盗むのに協力させることだった。
「我々の任務は人命救助ではない」
隊長の大風見はそう言って武瑠たちの捜索を断った。
ならばこの隊員をこのまま港に連れて行ったとしても他の隊員が反対し、自分たちまで連れて帰ってくれる保証はない。
ならば、いっそのこと一艘盗んでしまおうという話になったのだ。
「〝先生〟がそんなこと言ってもいいの?」
と和幸は呆れたが、
「非常事態なんだから仕方ない!」
と佳菜恵は言い切った。
そして佳菜恵は、自力で動くことが難しい隊員と直登や一颯を運ぶため、机をひっくり返して脚にロープを括り付けた簡素なソリを作っている。
直登・一颯・隊員
歩くことが難しい三人が乗っていても、武瑠や皆本を主にした全員で引けば港まで運ぶのは難しくはないと考えたのだ――。
「出来たわよっ!」
完成したソリに手を添えて、佳菜恵は満足気に胸を張る。
「昔から姉ちゃんは考えることは豪快なんだよな……」
本当に作ったのかと呆れたような口調だが、和幸は誇らしげな視線を『姉』に向けた。
「失礼ね……昔って言われるほど歳とってないわよっ」
佳菜恵がふくれる。
その仕草があまりに可愛かったので、和幸や一颯だけでなく不機嫌だった直登も吹きだしてしまった。
「なに? なんでみんなで笑うわけ!?」
和幸は笑いの涙を拭いながら佳菜恵に感謝する。
次々とクラスメイトが死んでいく非日常で『絶望』的な状況のなか、佳菜恵は持ち前の明るさでみんなを支えてくれている。
そういった思いやりを自然に振舞えることを和幸は知っていたのだ。
再び大きな音がしたかと思うと小屋が揺れ、天井の板が落ちてくる。
「今のは近かったな……」
パラパラと落ちてくる天井板とホコリで咳込みながら直登が呟いた。
「今度のは何かが落ちたような音だったけど。大丈夫なのかな、この小屋……」
和幸が不安気に天井を見上げる。
小屋の中にいるより今は外にいた方が良いのかもしれない
そう感じた和幸は外の様子を見に行こうと立ち上がる。
「待って! ……いま、奥の部屋から音がしなかった?」
緊張した声で、人差し指を口に当てた一颯は奥の部屋を見た。
「神楽くんたちが戻ってきたのかな。ちょっと見てくるね」
そう言って和幸は奥の部屋へと進む。
「和幸、気をつけるのよ」
心配する佳菜恵に手を挙げ、和幸は忍び足で進む。
そっと部屋の隅にある階段を覗いた和幸は驚きで目を丸くした。
「さ、坂木原くん!?」
「――高内くん。こんなところに隠れてたんだ……」
思わぬ再会に喜びを隠せない和幸に対して、真治の目がドス黒く光っていた。
真治とは病院で別れた以来だ。
あれから数時間しか経っていないというのに、和幸は何日も会っていなかったような懐かしさを感じる。
「よかった。坂木原くん、生きていてくれたんだね!」
仲間との再会に、喜びで胸がいっぱいになった。
砂で汚れケガもしているその姿を心配する和幸に、
「落盤に巻き込まれて少し砂をかぶっただけ。たいしたケガはしてないよ」
と真治はシャツの砂を払った。
それを聞いた和幸はほっと胸を撫で下ろす。
「みんな! 神楽くんたちじゃなかったけど、坂木原く……」
一颯たちに知らせようとした和幸だったが、突然真治に腕を掴まれ、強引に壁へと押し付けられた。と同時に、胸に焼きつくような痛みが走る。
「――え?……ゴブっ! な、な゛んで――?」
こみ上げてきた血を吐きながら、和幸は深々と胸に刺さるサバイバルナイフに目を向けた。
そして信じられない気持ちで真治に目を戻すと――その顔は狂気に満ちていた。
「聡美ちゃんの仇だよ。高内くんは天国へは逝けないだろうから、地獄から聡美ちゃんに謝り続けるんだ」
真治は噛みしめるようにそう言うと「くっくっく……」と、嬉しそうに喉を震わせた。
和幸から力が抜け、口をぱくぱくさせながら階段を転がり落ちていった。
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