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五話  二時間前④  瀕死の聡美

 □◆□◆



 ◇



「ガー―――ア゛――ア゛ア゛…………」


 言葉にならない声を出して、沢部はその場に崩れた。

 毛や肉が焼けるイヤな臭いが鼻をつく。


「なー―んだ。いまのは……?」


 直登は、白い煙を漂わせながらぴくぴくする沢部から目を離せなかった。

 何が起きたのか理解できない。目も眩む閃光のあと、直登が目にしたのは焼け焦げた沢部の姿だったのだ。

 だが考える時間などなかった。バケモノは沢部から直登へと向き直り、敵意丸出しの威嚇をしてきたのだ。


「こんなヤツ どうやって相手すりゃいいんだよ……」


 直登は、丸椅子を盾にしながら後退している自分に気付いてはいなかった。



 武瑠にもバケモノの身体が光りはじめたのは横目で見えていた。突然の横からの閃光は、一瞬とはいえ武瑠の目も眩ませている。

 その一瞬が武瑠と対峙するバケモノが動く絶好の機会となった。


「い゛や゛ぁぁぁッ! た ず けでぇぇぇぇ……ッ!」


 右腕を伸ばし、佑里恵は声を振り絞って助けを求める。


「あ、赤浜さんッ!」


 バケモノに左腕を咬まれた佑里恵は、ものすごいスピードで食堂の奥まで引きずられ、開きっぱなしになっていた非常口の奥へと連れ去られてしまった。


「武瑠後ろだッ! 避けろッ!!」


 佑里恵を追おうとした武瑠は、直登の声で大きく横へ飛び退いた。

 その横を、もう一匹のバケモノが走り抜けて非常口へと消えて行った。


「大丈夫か武瑠ッ!」


 駆け寄った直登が起き上がる武瑠に手を貸した。


「赤浜さんが連れ去られた! 沢部は? あいつは無事か!」


「いや。……たぶんもう――死んでる」


 直登は苦々しい表情で沢部へ視線を送った。

 焦げた臭いを放ちながら、もうピクリとも動かない沢部。


「さっきの光でああなったのか?」


「ああ。アイツの身体が光ったら……」


 焼け焦げた沢部は、まるで雷に打たれたような姿になっていた。


「こうしちゃいられない、赤浜さんも危ないんだッ。助けに行かないとッ!」


「待てよ武瑠ッ!! どうやって助けるんだよ あんな、あんなバケモノ相手になにができるんだよっ!」


 直登が非常口へ走り出そうとする武瑠の腕を掴む。


「な 直登? おまえ何言ってんだよ……?」


 直登も見たはずだった。

 赤浜佑里恵はまだ生きている。放っておけば、外で首を喰いちぎられていた遠野悠作や、たった今殺された沢部のようになってしまうだろう。


「どうすればいいかなんて判らないッ! でも、なんとかして助けないと!」


「待てって武瑠、いちど冷静になれよッ!」


 直登は、武瑠から丸椅子を奪い取る手に取る。


「お前だって見ただろ? あんな化け物見たことねぇよッ! 追って行けば武瑠……お前もやられちまうぞッ!!」


 直登は手も声も震えていた。


 その様子は、武瑠にもあの化け物を冷静に思い返すきっかけとなった。と同時に、遠野・沢部というクラスメイトの死という現実も実感し、全身が震えてくるのを感じる。

 直登の言う通り、あんなバケモノが相手では勢いだけで助けられるはずもない。それでも、佑里恵を放っておくわけにはいかないのだが……全身の震えが止まらない。


 言葉を無くし沈黙するふたり。

 だが、気落ちする暇などなかった。外から空気を裂くような絶叫が響いてきたのだ。


「また誰か襲われたのか!?」


「武瑠、いまの声――篠峯っぽくなかったか?」


 震える直登の声で、武瑠は慌てて窓から身をのりだした。


「まさか……。そんなっ、三匹目がいたのかよッ!」


 目にしたのは、建物の入り口前であのバケモノに襲われている仲間たちの姿だった。


「いつまでビビってんだ俺はッ! 動けよッ!」


 武瑠は、恐怖で弱腰になっている自分の足を殴りつけ、


「行くぞ直登ッ!」


弱気になっている心にも喝を入れるように言い放ち走り出す。その後を直登が追った。

 廊下を走り抜け、階段を駆け下りる。


  くそッ、外までがこんなに遠いなんてッ!


 焦りから舌打ちする。

 外までは、走れば20秒ほど。その距離がやたらと長く感じてしまうのだ。


 階段を下り、正面口へ向かう武瑠が見たのは、バケモノに立ち向かう真治の姿だった。





「さ、聡美ちゃんを離せぇぇぇッ!」


 聡美を救うため、バケモノに詰め寄っていく真治。

 だが、バケモノは聡美を盾にするように動いて真治から逃れる。そのたびに、左ワキを咬まれた聡美のブラウスが血に染まっていく。


「なんなのよコイツッ! 聡美を離しなさいよッ!」


 貴音も勇敢に手持ちのバッグで叩きに行くが、あっさりと避けられてしまう。


 真治は聡美が気になって本来の動きが出来ないようだが、それを差し引いてもバケモノの動きは素早かった。

 足は短いが力強い瞬発力を持っている。器用に長い腕を支点にした小回りな回避運動で、真治と貴音の手から逃れている。





 和幸が、バケモノから離そうと一颯の手を引く。


「三島さん、早く離れてッ!」


「でも聡美が、聡美が……」


「そんなに震えた足で何が出来るのさ。ここは坂木原くんと佐藤さんに任せて、僕たちは邪魔にならないように離れていなくちゃいけないんだよ!」


 バケモノに襲われかけた一颯は腰を抜かしていた。


 無理もない。大型犬ほどもあるバケモノに襲われれば、誰でもこうなってしまうだろう。

 それでも、聡美を助けるべく必死に立ち上がろうとするのだが、足が動いてくれないのだ。


 和幸に諭されて、一颯は涙を流しながら引きずられていく。


 その時、武瑠と直登が病院から駆け出て来た。


「篠峯さんを離せぇぇぇッ!」


 武瑠が跳ぶ。


 真治や貴音からの攻撃に気を取られていたようにみえたバケモノだったが、まるで後ろから来た武瑠たちの接近を知っていたかのようにその場を離れようとする。

 だが、聡美を咥えていた為に反応が遅れた。


「グガウッ!」


 背中を蹴られた衝撃で聡美を放したバケモノ。その黒い体が勢いよくふっ飛んだ。

 だが、スグに体勢を立て直して武瑠たちを威嚇する。


 痛みで叫ぶ聡美を抱き上げた直登。


「大丈夫か篠峯ッ、痛いだろうけどもう少し我慢してくれ! みんなっ、早く逃げるぞッ!」


 皆に声をかけ――その足を止めた。


「なにあれ、もう一匹いるの?」


 逃げようとした方向から現れたバケモノに、貴音が悲鳴に似た声を上げる。

 バケモノに挟まれてしまったのを見て武瑠は唸った。


  このバケモノは素早いけど、全力で走れば逃げ切れないほどじゃない!

  でもそうなると……


 おそらく、武瑠・直登・真治の足の速さなら大丈夫だろうが、一颯・貴音・和幸がついて来れるかが心配だった。

 しかし、それよりも気がかりなのが聡美だ。


 傷は相当深いらしく、抱きかかえた直登の腕を伝って血が滴り落ちている。上手く逃げきれても、出血多量で命が危ないかもしれない。

 そうなってしまう前に傷の手当てが必要だった。


  コイツらを相手にする余裕なんてないのにッ!


 武瑠は、今にも飛びかかってきそうなバケモノを睨む。


「みんな、病院の中に入るんだッ! はやくッ!」


 叫びながら一颯の手を引いて中へ入る和幸。


  なにか考えがあるんだなっ!


 そう直感した武瑠。


「みんなッ和幸について行くんだッ!」


 その声で、皆は和幸の後を追った。





「この部屋に入って!」


 和幸と一颯が、受付の奥にある部屋のドアを開けて待っていた。

 聡美を抱えた直登と貴音が入っていく。最後に、石を投げてバケモノたちを牽制していた武瑠が部屋に逃げ込み鍵を閉めた。


 50年前までは病院の事務室だったのだろうか。

 部屋には引き出し付きの机がいくつかと、小物が部屋の隅にかためられていた。


「神楽くんと坂木原くんは机で窓を塞いでッ! 三島さんと佐藤さんは僕と一緒にこの机を並べるんだっ!」


 和幸が指示に皆が動いた。


「つ、机を並べてどうするの?」


「ベッドの代わりにするんだ。篠峯さんの血を止めなきゃ、ここから逃げても船まではもたないかもしれないから。さあ早くッ!」


 うろたえる貴音に、和幸は早口で言う。


 和幸も武瑠と同じことを考えていたらしい。

 聡美の手当てが最優先だと判断したのだ。


 追ってきたバケモノがドアを破りそうな勢いで叩いてくる。だが幸いなことに、おもったよりも頑丈なドアは破れない。

 しばらくすると、あきらめたのか音がやんだ。


 並べた机をベッドの代わりにして聡美を寝かせたのだが、助かったと胸を撫でおろす間はなかった。


「聡美ちゃん! 聡美ちゃんッ!」


 真治の乱叫が響く。


「いたいッ……痛いぃぃぃッ! だれか助けてぇぇぇッ!」


 傷口を押さえ泣き叫ぶ聡美。


「聡美っ、聡美ぃ! ごめんね、私のせいで……。ごめんね聡美っ!」


 寄り添う一颯も錯乱状態だ。


「制服ごと喰いちぎられてる……。マズイぞ……どうするっ?」


 直登の言う通り、聡美は左ワキの傷が酷過ぎる。

 ブラウスごと肉が喰いちぎられ、胸骨の一部が見えてしまっている。


「とにかく、これを使って傷口を圧迫止血しよう!」


 和幸がバッグからタオルを取り出して聡美の傷口を押さえた。

 聡美の絶叫が響く。想像を絶する痛みなのだろう、傷を押さえる和幸に身をねじって抵抗する。


「坂木原くんッ、篠峯さんを押さえてッ!」


 おろおろする真治に和幸の叱咤が飛んだ。


「大丈夫だよね、聡美ちゃんは大丈夫だよね!」


 動揺しながらも、暴れる聡美の身体を押さえる真治。


「くそッ、血が止まらないッ! なにか――何か止血出来るモノないっ!?」


 和幸は傷口を押さえながら部屋を見回すが……治療道具らしきモノは見当たらない。


「ね、ねぇー―コレ、病院内の案内マップじゃないかな?」


 貴音が部屋の隅から板を引っ張り出してホコリを掃った。

 たしかに、貴音が見つけたのは病院内の案内マップだった。立て看板にしてあるので、来院用に入り口に立てていたのだろう。


「でも、インクが消えかかっててほとんど読めないぞ」


「いや 待て……。これ〝備〟って書いてあるように見えないか?」


 マップを凝視する直登の横から、武瑠が3階にある一室を指差した。


「もしかしたら備品室かも。なにか残ってるかもしれないっ!」


「わ、わたし見てくる! 聡美、待っててね。なにか手当てできる物持ってくるから!」


 武瑠は、ドアへ走る一颯の手を引いた。


「ダメだッ。まだアイツらが外にいるかもしれないんだぞッ!」


「離してよッ! このままじゃ聡美が 聡美が……」


 一颯の目から涙が溢れる。


「わかってる。だから、俺が行ってくるよ。みんなは篠峯さんを頼む!」


「武瑠くん……。ダメっ、聡美が怪我したのはわたしのせいなんだからわたしが行かなくちゃ!」


 武瑠は、そっと一颯の肩に手を置いた。


「三島さんが行っても、あのバケモノに出くわしちゃったらきっと逃げきれないよ。でも俺なら大丈夫! 三島さんは俺の足の速さ知ってるよね?」


 その言葉に頷きながらも、自分も行くと言ってきかない一颯。


 部屋の外は危険過ぎる。

 一颯を――好きな女の子を連れてはいけない武瑠は必死になだめる。


「一颯、お前がついて行っても足手まといだ。武瑠の負担になるつもりか?」


 突然の直登の辛い言葉に、一颯は唇を噛んで黙った。


「武瑠お前もだ、まだアイツらがいるかもしれないのに「俺が行ってくる」なんて危ないこと言うなよな」


「でも、なにか探してこないと篠峯さんが……」


 聡美の制服――白いブラウスは真っ赤に染まっている。


「わかってる。だから、「俺が」じゃなくて「俺たち」で行こうぜ。何か探すとしても、アイツらに出くわしたとしても、人数は多い方がいいだろ?」


「直登……。よし、俺たちで行こう!」


 直登の申し出が嬉しかった。本当は武瑠も怖くて不安で仕方なかったのだ。


「あ、あのー―ぼ、ぼくも……僕も一緒に行くよ!」


 声を上げたのは真治。


「人数は多い方がいいんでしょ? お願いだよ、ボクも 僕だって聡美ちゃんのために何かしたいんだ。僕も連れてって!」


 顔を見合わせた武瑠と直登は頷きあう。

 極度に気の弱い真治だが、武術の腕は確かだ。一緒に来てくれるなら心強かった。


「わかった真治、一緒に行こうぜ。俺と武瑠の後ろについてアイツらが来ないか警戒してくれ」


「うん!」


 直登の言葉に真治は力強く頷いた。


「三島さんは、貴音と一緒に和幸を手伝ってあげて」


 武瑠に言われ、頷いた一颯と貴音は真治と交代。もがき苦しむ聡美を押さえた。


「し、真治、真治っ!」


 聡美は、痛みを堪えながら真治の手を握った。


「真治、あなたは強いんだから……。怖がらずに冷静になれば バケモノなんかに……」


 そこまで言うと激痛で顔を歪める。


「さ、聡美ちゃん!!」


 顔を青くする真治の手を、聡美はさらに強く握った。


「真治はあんなバケモノなんかに負けたりしないんだから。……ちゃんと、戻ってきてね」


 無理に笑おうとする聡美の手を、真治も力強く握り返した。


「もちろんだよ! 絶対に戻ってくるから、聡美ちゃんは僕が守ってみせるからねっ!」


 それを見ていた貴音は武瑠と直登へ向き、


「タケ! 直登! あんたたちもちゃんと戻ってきなさいよね!」


 拳を突き出した。


 まるで命令するような言い方。

 バスケ部のマネージャーとして、部員を奮起させる時によく聞く言い方だ。


「あたりまえだろ、ちゃんと戻ってくるから心配すんな!」


 拳を突き出した武瑠と直登に、貴音は満足そうに微笑んだ。





「外にはいないみたいだよ」


 真治がドアに耳をあてて外の様子を窺う。

 そして直登がゆっくりと、少しだけドアを開けた。


「いないな……。アイツらはいないぞ。行くなら今だ!」


 まわりを警戒しながら直登と真治は部屋を出た。


「あ、あの、武瑠くん……」


 一颯が部屋を出ようとした武瑠に声をかける。


「なに?」


「その……き、気をつけてね」


 心配する一颯に、武瑠は大丈夫だと微笑む。


 和幸を手伝いながら閉まるドアを見送った一颯は、三人が無事に戻って来れるように、心から祈っていた――――。



 この時はまだ、聡美が死んでしまうことになるとは誰一人思っていなかった。


 □◆□◆

読んでくださり ありがとうございました。

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