四十九話 桃香を押さえろ!
□◆□◆
◇
「七瀬さんごめんッ!」
武瑠は棒で桃香の足を払い、転倒した背中に覆い被さって羽交い絞めにする。
「貴音ッ、どこかにロープ落ちてないか!?」
武瑠は、獣の声を出しながら激しく抵抗する桃香を押さえながら叫んだ。
「ロ ロープ!? そ、そんなもの……」
貴音は辺りを見回すが、ロープなどない。
あったとしても、長い年月でボロボロになっており、とても使い物になどならないだろう。
「だったらコレ使って!」
由芽がブラウスを脱ぎだした。
「ちょっと由芽っ、なにしてんのよ!?」
下着姿になった由芽に驚く貴音だが、
「ロープなんてないんだから、これで縛るしかないでしょッ!」
脱いだブラウスを手に、由芽は武瑠へと走る。
なにをしても親友を助けたい――そんな必死な想いが伝わってきた。
「うう……は、恥ずかしいなんて言ってらんないよね!」
意を決した貴音も、ブラウスのボタンをはずしながら由芽を追った。
「神楽ッ、しっかり桃香を押さえててよッ!」
近くから由芽の声。
「物部さん、七瀬さんを縛ってくれッ! まずは足を、をををををををッ!?」
援護に来てくれた由芽の格好を見て、武瑠は面食らう。
「タケッ! ジロジロ見るんじゃないッ!」
貴音の叱責が飛んだ。
「た、貴音、お前もか!? ふたりでなんて格好してんだよ!」
ふたりの下着姿に意味が解らず、武瑠は頭が真っ白になる。
「仕方ないでしょッ、ロープなんてないんだもん! そんなことより、桃香をしっかり押さえててよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ貴音。
「わ、わ、わかったっ!」
武瑠は外れそうになる手に力を入れなおした。
由芽と貴音で足を押さえようとするが、桃香の抵抗は激しい。
「タケっ、足も押さえられない!?」
「む、無茶言いやがって……」
桃香の腰に足をまわし、そのまま太ももまで下げて両足を挟み込んだ。
まったく、普段なら犯罪だぞこの格好はっ!
武瑠は心でぼやく。
「神楽そのままッ! 貴音いまのうちよッ!」
「わかってるッ!」
由芽と貴音が、ブラウスで桃香の足を縛ろうとしたその時だった。
地面が――――いや、島全体が大きく揺れた。
「なに? 地震!?」
貴音が叫ぶ。
激しい揺れ。
由芽や貴音だけでなく、皆本と真治も動けなくなっていた。
しかし、武瑠だけは暴れ続ける桃香を必死に押さえ続けている。
身体も跳ねる激しい揺れに桃香は頭を打ち、ぐったりとして動かなくなる。
――――そして、激しい揺れは収まった。だが、まだ微振動は続いている。
「神楽ッ、桃香は!? 桃香はどうしちゃったの!?」
由芽は武瑠を払いのけ、動かない桃香を抱き起こした。
「気絶してるよ。いまの地震で頭を打ったみたいで……息はあるから大丈夫だと思う」
その言葉に安堵したのか、由芽は大粒の涙を流した。
「よかった……。桃香、絶対に助けてあげるからね」
その姿に、貴音も涙を拭っている。
それにしても、貴音と由芽が下着姿のままでは目のやり場に困ってしまう。
武瑠はふたりのブラウスを拾いあげようとした時――
「神楽ッ、後ろだッ!」
その背中に皆本が叫んだ。
「え!?」
振り向いた武瑠の目の前には真治がいた。
そして、顔面を貫かれたような衝撃が走る。
「ぐはあッ!」
「タケッ!」
貴音が、吹っ飛ばされた武瑠に向かおうとする真治にしがみついた。
「真治ッ、あんたさっきからなんなのよ! タケやあたしたちが聡美を殺したなんて、本気でそんなこと思って――きゃあッ!」
あろうことか、真治は貴音までも蹴り飛ばす。
そして倒れた貴音に、
「佐藤さん。キミや三島さんも同罪なんだよ? 君達だって聡美ちゃんを殺したんだ。神楽くんを殺したら、次は君の番だからね」
冷たい視線を送る。
武瑠に、頭が沸騰しそうな怒りがこみ上げた。
「真治ぃぃぃッ! お前ってヤツはぁぁぁぁぁッ!」
聡美を殺したと誤解された。
それでも、話をすればわかってもらえると思っていた。
しかし真治は聞く耳を持ってはくれない。
それどころか、貴音まで殺すと言い放った。
「いい加減にしろよバカヤローッ!」
武瑠は拳を固めて真治へ向かう。
突進力だけなら、決して真治や皆本にも引けはとらない。
しかし真治は――
「フ……神楽くんじゃ、僕には勝てないよ」
ただ突っ込んで来るだけの姿を鼻で笑った。
"実力の差は判りきっている"真治は、迫る拳を余裕で受け止めようとする。
だが武瑠は、真治の手前で一瞬だけピタリと動きを止めた。
「え!?」
余裕だった真治の顔に動揺の色が走る。
次の瞬間、武瑠は真治の顔を殴っていた。
「ぐッ、そんな……」
予想以上の強い打撃にグラついた真治だったが、次のタックルは見事に避けていた。
視界に、走ってくる皆本を捉えた真治は武瑠たちから距離を取る。
皆本の実力に加え、武瑠の不確定な実力に危険を感じたのだろう。
「ふえ~、キレた神楽ってすごいな~。このまま真治くんをお任せしたいくらいだよ~」
武瑠のそばに来たとたん、皆本はとんでもないことを言い出す。
「バカ言うなッ、もう二度と当たんねえよ!」
真治から目を離さずに、武瑠は棒を拾い上げた。
今の一撃が入ったのは、真治の油断以外のなんでもない。
武瑠はただ、緩急をつけたフェイントをしただけ。
バスケットボールの試合中、ドリブルで相手を抜く時によく使う手だった。
ただしそのキレの良さは超高校級。大学関係者だけでなく、プロチームからも視察が来るほどだ。
しかし、バスケでならいざ知らず、格闘戦においては二度と真治には通用しないだろう。
「タケ、危ないッ!」
突然貴音が、勢いよく武瑠に抱きついた。
「うわぁッ!?」
とっさのことで、武瑠は受け身も取れずに倒れる。
「貴音っ、いきなりなんなんだー―」
言いかけた目の前に、人の胴体ほどもある岩が落ちてきた。
そして、パラパラと砂が降ってきたと思うと大小様々な岩が落ちてくる。
「これは~……」
見上げた皆本の顔が引き攣り、
「神楽、ヤバいぞ~……。崩れ落ちてきそうだから、とりあえず逃げよう~」
上を指差した。
さっきの地震で、屋根のようになっていたアーチ状の絶壁が今にも崩れそうだ。
「たしかに逃げた方が良さそうだ。でも、真治が逃がしてくれるかな……」
武瑠を殺すことに執着している真治。
彼が簡単に逃がしてくれるとは思えなかったのだが、
「真治くんなら、ナイフ拾って逃げて行ったよ~」
皆本が開きっぱなしになっている扉を指差した。
そこに真治の姿はない。
「さすがの真治くんも、自然が相手じゃ無事では済まないと思ったのか~……」
岩が落ちてきている状況で、皆本はニヤける。
「裸で神楽に抱きつく佐藤を見て、恥ずかしくなっちゃったのかもね~」
貴音はまだ、上半身下着姿で武瑠にしがみついている。
彼女は慌てて足下のブラウスを拾って胸を隠し、
「は、は、裸じゃないもんっ!」
顔を真っ赤にして抗議する。
「ここ、こんな時になに言ってんだ皆本!」
武瑠も顔を真っ赤にしている。
皆本も、真治が撤退してくれて気が楽になったのかもしれない。
「とにかく、ワイシャツを貸してくれ皆本。七瀬さんを縛ってここから逃げるんだ!」
武瑠は立ち上がった。
「はいはい、そう言うと思ってもう用意してますよ~」
すでにワイシャツを脱いでいた皆本が、由芽に抱えられる桃香へと向かった。
「貴音、さっきはありがとな。あんな岩があたっていたら死んでいたかもしれない」
人の胴体ほどもある岩が直撃……。考えただけでもゾッとする。
貴音は差し出されたその手を掴んで立ち上がる。
「だ、だから言ったでしょ、私は役に立てるってさ!」
貴音はまだ顔が赤くなっているのを誤魔化すように、プイッとそっぽを向いた。
□◆□◆
読んでくださり ありがとうございました。




