四十七話 人殺し!?
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探していた桃香は見つかった。
けれど、真治と一緒だとは思っていなかった。
病院の備品庫で直登をトニトゥルスへ突き飛ばし、自分だけ逃げ出した真治。
だがそのことは恨んでなどいない。
鍛えられた身体を持ち合わせてはいるが、極度に気弱なのが真治。
恋人の篠峯聡美を失ったショックもあって、どこかで震えているのだろうとその身を案じていたのだ。
しかしその真治が、敵意を持って桃香にサバイバルナイフを向けている。
武瑠は一歩二歩と前へ出る。
「なんだよ真治――。お前……なにやってんだよッ!」
叫ばずにはいられなかった。
気弱で人付き合いが苦手ではあるが、真治は優しい人間である。
誰かを脅したり傷つけるような男ではない。
しかも相手は自分よりもはるかに弱い桃香なのだ。
何かの間違いだと、武瑠はもう一歩踏み出す。
それに応えるように、真治はもの凄い速さで駆けて来た。
「神楽~。ちょっと無防備過ぎないか~?」
呆然と踏み出す武瑠のTシャツを、皆本が後ろから引っ張った。
「み、皆本? いきなりなにするん……」
そんな武瑠の顔前を、横薙ぎにサバイバルナイフが通り過ぎた。
何本かの前髪が切れ落ちる。
驚く武瑠へ真治が迫る――が、それよりも速く皆本が木刀を振っていた。
寸でのところでその一振りを躱した真治に、皆本はさらに斬撃を繰り出す。
皆本の剣圧は凄まじく、真治は大きく後ろへと後退させられる。
「皆本くん、なぜ邪魔をするのかな?」
間を取った真治は不満そうに目を細めた。
「真治くんこそ、なんで神楽を殺そうとするのかな~? 確か『言いたいことがある』んじゃってなかったっけ~?」
「やる事がある……そう言ったはずだよ? 邪魔しないでくれるかな。コレが僕の『やる事』なんだからさ……」
言い方こそ物静かだが、大きく目を開く真治は武瑠を捉えて離さない。
「なっ! ど、どうして真治が俺を殺したがるんだよ!?」
「いろいろあったからまだ報告できていなかったけど、俺たち商店街で真治くんと会ってるんだ~。その時にさ、神楽たちに『見捨てられた』みたいなことを言ってたんだけど……身に覚えあったりする~?」
ワケがわからない武瑠に、皆本は背中越しに聞く。
「み、見捨てたぁ!? なんだよそれっ!?」
武瑠は驚きを隠せない。
あの時の状況を思い返せば、むしろ武瑠たちが真治に『見捨てられた』といった方が正しいだろう。
皆本は木刀を構えたまま真治へ向き直る。
「こう言ってるけど、真治くんの勘違いじゃないのかな~? 俺もさ、誰かを見捨てる神楽なんて想像できな……」
「黙れぇぇぇッ!」
真治の怒号が響く。
「見捨てたじゃないかッ! お前らは聡美ちゃんのことを見捨てて……殺したじゃないかッ!」
「なっ!?」
もの凄い剣幕に一瞬たじろぐ武瑠だったが、
「なに言ってんだ真治! 俺たちが篠峯を殺すわけないだろッ!」
いわれもない非難を受け、興奮して叫んだ。
――あの時。
大怪我を負った聡美を救おうと、みんな必死だった。
一颯・貴音・和幸はなんとか出血を食い止めようと頑張った。
武瑠と直登だって命懸けで医療品を探した――。
それは真治も同じだったはず。
努力の甲斐なく、聡美は死んでしまったが、それを『殺した』なんて……。
真治の考えが解らない。
真治は怒りでさらに目を剥く。
「聡美ちゃんは強い女の子なんだ……。あれくらいで死んじゃうわけないんだよ! お前らが……お前らが殺したんだッ! 大怪我をした聡美ちゃんは足手まといになったからって殺したんだろッ!? そうに決まってるッ! だから僕はお前たちを殺すんだッ、死んで聡美ちゃんに謝ってこいッ!」
そう捲し立て、再び武瑠へと駆ける。
「待て真治ッ、俺の話を……」
武瑠は両手を広げて争う意思のないことを表すが、皆本に木刀で小突かれてしまう。
「神楽のそういうトコ嫌いじゃないけどさ、今は『話し合い』って雰囲気じゃないよね~」
確かに、真治の目は狂気に満ちている。
まともな話し合いなど望めないだろう。
「一度おとなしくさせれば冷静になるだろうから、手伝ってくれる~?」
苦笑いする皆本に武瑠は頷いた。
――気弱な人間はケンカも弱い。というわけではない。
真治の家は古武術の道場を開いている。
以前に、その『型』を見せてもらったことがある。
家の都合で仕方なくとは言っていたが、空手とも中国拳法ともどこか違う流れるような無駄のない動きは、芸術作品のように美しかった。
その場にいた誰もが真治に見とれ、『型』が終わった後には大きな拍手と喝采が生まれた。
その気になれば、実戦でもかなりの強さを誇ることは明白だ。
だが、いくら体が鍛えられていようとも『心』はそうではなかったようだ。
気弱で無口な事に対し、真治は今河や武東といった高圧的な人間から『いじめ』のような、言葉による精神的苦痛を与えられている。
もし真治が気弱で臆病な性格ではなく、人並みに自己主張出来る人間だったならば、今河や武東などは一撃で口を閉じられることになるだろう。
武術の鍛錬で身体の痛みを知り、いわれもない非道な言葉をぶつけられて心の痛みも知っている真治。
『痛み』を知るからこそ、坂木原真治は優しい。
人と接するのが苦手なだけにあからさまな事はしないが、そのさりげない気遣いに感謝する者も少なくはない――。
その真治が本気で武瑠を殺そうとしている。
「神楽、構えろよ~……」
木刀を構える皆本の目が真剣だ。
『実力者は相手の実力も知る』ということなのだろう。
トニトゥルスが相手でも互角以上に渡り合う皆本が、真治を相手に1対1では不利だと思っている。
そうでなければ、命を狙われている武瑠に手伝えなどとは言わないだろう。
真治の誤解を解くためにも負けられないっ!
武瑠は棒を構える手に力を込めた。
「神楽、行くぞ~!」
皆本が動いた。
姿勢を低くして、突進してくる真治の足を薙ぎにいく。
真治は木刀を避けようと上に飛ぶが、それを狙っていた皆本は木刀を勢いよく振り上げた。
宙にいる真治にそれは避けられない。――が、足の裏で木刀を受けると逆の足で皆本を蹴りにいく。
「くっ!」
のけ反るようにして顔に迫った蹴りを躱した皆本は、後転して素早く起き上がった。
だが真治の動きも速い。
起き上がったばかりの皆本の腹部を膝で襲う。
皆本はそれを木刀の柄で膝を弾くと、そのまま穴を穿つような鋭い突きを繰り出した。
あえて左に踏み込んで突きを躱した真治は、サバイバルナイフを左手に持ち替えると右の拳を下から突き上げる。
その拳を紙一重で躱した皆本。しかし、木刀を振り回すには近接しすぎている。
わき腹を突き上げにいく皆本の肘を、真治は後ろに倒れ込むようにして躱した。
そのまま倒れるかと思ったが、真治の長い足は皆本の腹部を捉えていた。
「ぐッ!」
痛みを堪えて木刀を振る皆本だったが、すでに真治は後方へ下がっている。
腹を押さえて真治との間を取った皆本は、
「か、かぐら~? 『行くぞ』って言わなかったけ~?」
困った顔を向けてくるが、武瑠は何も言えなかった。
な、なんだよー―いまの……
武瑠は一歩も動けなかった。
僅かな時間の攻防だったが、まるでアクション映画のワンシーンを見せられたかのような気分だ。
「次は来てくれよ神楽。やっぱり俺ひとりじゃ無理~」
呆然と目を丸くする武瑠に、皆本は苦笑いした。
「お、おうっ!」
気合いに反して武瑠の顔は引き攣っている。
今の攻防を見ただけで自分とのレベルの違いが判る。
このふたりと比べたら、自分たちがするようなケンカなんて子供が腕を振り回しているだけのようなものだろう。
真治を落ち着かせたい気持ちはあるが、
俺が参加したら、逆に皆本の足を引っ張るんじゃないか?
少なくとも今のような攻防についていける自信は全くなかった。
「できれば、真治くんをもっと怒らせてくれると助かるんだけどな~。神楽なら何を言っても真治くんを怒らせてくれそうだし~……」
「は? なんだよ、それ?」
真治を見据えたまま、皆本が小声で言った意味が解らない。
ただでさえ怒っているのに、これ以上怒らせてしまえばさらに手が付けられなくなってしまうのではないのか?
「どんな人でもさ、見境なく怒ると攻撃が単調になってムダな動きも増えるからね~。今の真治くんみたいに、冷静に動かれると厄介なわけさ~」
それって、冷静に俺を殺しにきてるってことなのか?
心をえぐられるような悲しみに襲われ、武瑠は胸を押さえた。
真治が怒っていて殺意もあるというのは、その様子を見ればよく判る。
説得をすることは出来ないのかもしれないと不安になってしまう。
「真治くんみたいに日頃から鍛錬をしている人はさ、なかなか見境を失くすってことがなくてね~」
皆本は気まずそうな顔をするが、
「大丈夫だって、ふたりでかかればなんとかなるからさ~!」
武瑠の背中を叩いたその時―――船着場に由芽の悲鳴が響き渡った。
「な、なにやってんだよ七瀬さんはっ!?」
武瑠は桃香の行動に驚き目を丸くした。
◇
由芽と貴音は、真治を武瑠と皆本に任せて桃香へと駆け寄っていた。
サバイバルナイフなんかを突き付けられ、桃香はどんなに怖かったか……。
武瑠もそれを心配していたのだが、信じられないことに桃香は由芽に噛みついている。
貴音が引き離そうとしているが、桃香はしっかりと由芽の腕を掴んで離さない。
「なんか嫌な雰囲気だね~。神楽、悪いけどさ~……」
「わかってる。皆本も……悪いけど真治のことは頼む!」
苦笑いする皆本を横目に、武瑠は女子たちへと駆ける。
その後を追おうとする真治の前に、皆本が立ち塞がった。
足を止めた真治は小さく息を吐き、
「なぜ神楽くんを庇うのかな? 皆本くんには関係ないと思うんだけど……」
サバイバルナイフを下げた。
「神楽にはずいぶん助けられてるからさ、あいつに死なれちゃ困るわけ~」
木刀を構える皆本は真治との間を計る。
「助けられてる? 信じられないな。神楽くんなんて、皆本くんがその気になれば簡単にねじ伏せられるでしょ? 『助けている』の間違いなんじゃない?」
「間違ってなんかいないさ~。無謀にしか見えない神楽の『あきらめない精神』は、俺たちの心を支えてくれてるからね~」
その言葉に、真治はぎりっと奥歯を噛む。
「――心を? 彼はただの人殺しだよ……」
「そこがわからないんだよね~。俺の知る限り、神楽は仲間を見捨てるような奴じゃないし~、むしろ命懸けで仲間を助けようとしてきたんだよな~。神楽がいてくれたから、俺たちは助け合いながらここまで来れた……。俺はそう思ってるんだけど~」
なんとか説得したい皆本だったが、真治は鼻で笑う。
「お人好しだね皆本くんは。そんなの、いざという時に君達を盾にして逃げるための策略に決まってるよ」
「そういう真治くんはひねくれ者だね~。いざという時に篠峯を守れなかった責任を、神楽に押し付けてるだけなんじゃないの~?」
そう言った後、皆本は時が止まってしまったかのような感覚を覚えた。
背中を、一筋の冷たい汗がゆっくりと流れる。
とても長い時間に感じた五秒間の沈黙の後、真治はサバイバルナイフを構えた。
「話し合いをするつもりはないんだ。皆本くんに恨みがあったわけじゃないけど、邪魔をするなら……。キミから先に死んでもらうよ」
真治が駆る。
「恨みが『あった』わけじゃないけど、今は『ある』わけね~」
武瑠へ向けていたのと同等……もしくはそれ以上の殺気を受けながら、皆本は掌の汗を拭い、木刀を構え直した。
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