四十話 乱戦・奮闘
□◆□◆
★
和幸がこちらに向かって駆けて来る人影に気がついた。
「あれは……皆本くんだ! 三島さん、佐藤さんっ。皆本くんがこっちに来るよ!」
ふり返った一颯たちも、ヘリポートを横切って疾走して来る皆本が目に入った。
必死に何か叫んでいるようだが、まだ遠くて聞き取れない。
「皆本くんこっち! はやくこっちにいらっしゃい!」
佳菜恵も前へ出て嬉しそうに手を振った。
機関銃を構えた隊員は皆本を見て構えを解いた。が、次の瞬間に落下物によって潰された。
「な、なんだコイツはッ!」
落下物を見た大風見は驚愕する。
隊員の上に乗っているのは大きなヒト型のトニトゥルスだった。
その『大形』は身長190㎝ある大風見と並ぶくらいの大きさで、爪には血や土で汚れたボロボロのワイシャツが引っ掛かっている。
もうひとりの隊員が『大形』に向かって機関銃を構えた。
「気をつけろッ! まだ屋根の上にいるんだッ!」
近づいてきた皆本の声が届く。
引き金を引く前に、隊員は降ってきた体長1mほどの『ヒト型』に襲われた。
頭を抱くようにしがみついてくるトニトゥルスに、悲鳴を上げる隊員は銃を乱射する。
「ひ、ひいいいいいいッ!」
高崎は頭を抱えながら逃げ出した。
一颯たちも叫びながら身を縮ませる。
「落ち着かんかッ、このバカ者がッ!」
襲ってきた『コウモリ顔』を空中で撃ち抜いた大風見。そのまま銃を乱射する隊員へと駆け寄ろうとするが、『大形』に進路を塞がれる。
「あうッ!」
左のふくらはぎに激痛が走り、一颯の顔が苦痛で歪んだ。
流れ弾が当たってしまったらしい。
皆本は走ってきた勢いで、乱射する隊員の背中を蹴り飛ばした。
前のめりで倒れた隊員の手から機関銃がこぼれ、『ヒト型』はいち早く顔から飛び離れている。
宙にいるその『ヒト型』を木刀の柄で叩き落とし、
「はあッ!」
皆本は木刀でその赤い眼を突き刺しにいく。が、避けられてしまう。
「佳菜恵ちゃんッ、高内ッ。三島のところへ行ってあげてッ!」
そう叫んだ皆本は、『ヒト型』を牽制しつつ、迫ってきた『コウモリ顔』へと動いた。
◇
「うわああああッ!」
皆本に蹴り倒された隊員は機関銃を拾い上げると、目の前に下りてきた『コウモリ顔』へと引き金を引く。
銃弾で右腕を吹っ飛ばされた『コウモリ顔』。だが、残った左腕で隊員の銃を叩き下ろした。
そのまま首へと咬みつきに行くが、隊員は腰を抜かしたのが幸いし避けることが出来た。
もう一度銃を構える隊員。
しかし引き金を引く前に、隊員は胸を尻尾で貫かれていた。
大量の血を吐き、力を無くして横たわる。
右腕を失くした激痛で震える『コウモリ顔』は、息絶えた隊員にゆっくりと覆い被さった。
◇
縦一線に振り下ろした木刀を『コウモリ顔』は躱す。
追う皆本だったが、先ほど仕留めそこなった『ヒト型』の尻尾によって叩かれてしまう。
「ぐッ!」
ケガをしている左腕への打撃に、一瞬動きを止めてしまった。そこへ『コウモリ顔』が飛びかかってくる。
皆本はなんとか身を捻って躱すと、後ろから「フッ、フッ、フッ……」という荒い息づかいを聞いた。
その気配に木刀を突き出す体勢を取る。が、そのまま上へと飛んだ。
皆本の下を駆け抜けた『ヒト型』。
その体は青白く光っている。『ヒト型』は足を止めようとしたようだが勢いは止まらず、そのまま『コウモリ顔』へと向かう。
バシュッ!!!
ぶつかった瞬間に光を撒き散らしたが、『コウモリ顔』は平然としていた。
「はは、雷を出すヤツが雷で倒れるわけないか~」
皆本は苦笑う。
桃香を探していた時、真治を襲った『ヒト型』が息を荒くした後に体を発光させるのを見た。
この〝電撃〟を他のバケモノに喰らわせたら……
と、少しは期待したのだが……。
ボヤく暇もなくさらにもう一匹現れた『ヒト型』が襲ってきた。
避けながらソイツの足をかけて転ばせた皆本は、首を踏みつけ止めを刺そうとする。
しかし、『コウモリ顔』の長い手がそれを阻んだ。
舌打ちして間を取る皆本。
「ちょっと~、キミたち多すぎないか~?」
『ヒト型』が二匹に『コウモリ顔』が一匹。
三匹のバケモノに囲まれても、冗談を言うような口調は健在だ。だが、
「ありゃりゃ。まずい、まずいよこれは~……」
一颯たちもコウモリ顔に襲われているのが目に入ってしまい、さすがの皆本にも焦りの汗が流れた。
◇
動けない一颯を守るように、砂利を構える和幸。
対峙している『コウモリ顔』のトニトゥルスには見覚えがあった。
目に刺さっているドライバー
それは船で和幸が刺したものだ。
隣にはスプレー缶を構える佳菜恵もいるが、トニトゥルスは和幸を睨んでいる。
「姉ちゃん。アイツは僕が注意を引くから、三島さんたちを連れて逃げてッ!」
「な、なに言ってるのよ。和幸だけ置いていけるわけないでしょッ!」
和幸の申し出に佳菜恵の顔が青くなった。
「高内くんっ 私なら大丈夫だから……」
「そんなワケないよッ!」
強がる一颯に和幸は声を荒げる。
「足を撃たれたんだよ! 走れもしないのに、大丈夫なワケないよッ!」
前へ出ようとしたトニトゥルスの顔をめがけいくつかの砂利を投げつけた。
つぶての一つがドライバーに当たると、『コウモリ顔』が飛び退いた。
横に飛んだところへまた投げつけ、前へ出るタイミングを与えない。
「アイツは恨みがある僕の方へ来るはずだよ! だからその隙に逃げてよッ!」
「だったら私も残るわ!」
佳菜恵は貴音へと向く。
「佐藤さんと九条さんは三島さんを支えて――」
「それじゃダメなんだよ姉ちゃんッ! 九条さんは手の痛みで三島さんを支えられない! 速く逃げるには、姉ちゃんと佐藤さんのふたりで支えなきゃダメなんだよッ!」
和幸は石を投げるフリをして時間を稼ぐ。
「みんながいたら僕だって逃げられないじゃないか! お願いだから、はやく逃げてよッ!」
動揺する皆を叱咤する。
さすがのトニトゥルスも、石がドライバーに当たると傷にひびくらしい。
ポケットにある残り少ない石で、どれだけ時間が稼げるか……。
真剣な和幸の横顔に、佳菜恵は唇を噛み、
「佐藤さん、私と一緒に三島さんの肩を支えて! 九条さん、ケガに響くだろうけど頑張って走って!」
一颯の腕をとった。
貴音と利子が頷くが一颯は叫ぶ。
「先生ッ! ダメッ、そんなの絶対にダメッ! それなら私を置いて逃げてッ!」
和幸が死んでしまうかもしれない。
篠峯聡美は一颯を守ったがために死んでしまった。
二度と、自分の為に誰かが犠牲になるようなことにはなってほしくなかった。
そんな一颯たちの前に『ヒト型』が現れてしまう。
「いったい何匹いるのよおッ!」
貴音が石を投げる。
だが、それをものともしない『ヒト型』は一颯へと飛んだ。
「ッ!」
息を飲む一颯。
弱い者が襲われ、死んでしまうのは自然の摂理。
それにもれず、『ヒト型』は動けない一颯を襲った。
その動きがゆっくりに見える。
私、死んじゃうんだ……
誰かが犠牲になっちゃうくらいなら――これで、いい……
覚悟した一颯は固く目を閉じた。
でも、最後に
ひと目だけでも――会いたかったなあ……
ある人を想い、目じりに涙が浮かんだ。
「か、一颯ああああああッ!」
貴音が手を伸ばすが、もう間に合わない。
ドゴッ!!!
鈍い音が響いた。
一颯はまだ襲われてはいない。
「三島さんっ、大丈夫か!」
その声に一颯は耳を疑った。
開いた一颯の目には、会いと願った人物が映っていた。
★
「思ったより時間かかっちまったな」
足を引き摺って歩く直登がつぶやいた。
「あのままにしておくのも可哀相だったし。皆本たちならわかってくれるさ」
とはいうものの、武瑠も、心配しながら待っているであろう皆本たちには少し申し訳なく思っていた。
ふたりは、崩壊した家屋の隣に建っていた蔵の中に宇津木弥生の遺体を運んでいたのだ。
島を脱出できたら救助隊を連れてくる。その時には遺体の回収もすることになるだろう。
それまで野晒しというのはあまりに不憫だったし、放置してしまえばバケモノに喰われてしまうかもしれないと思ったのだ。
蔵の前まで運ぶまではよかったが、引き戸を開けるのに苦労してしまった。中から閂がかけられているだけの単純な造りだったが鍵が見つからない。
鍵穴から針金で持ち上げれば簡単に外せそうだったのだが、そんな経験のないふたりにとってそれは簡単ではなかったのだ。
「直登、皆本だ。皆本がいるぞっ!」
武瑠はヘリポートを指差しながら、後ろを歩く直登へ向いた。
「あいつも無事だったんだな。って、なんか様子がおかしくないか?」
直登も嬉しそうだったが、次の瞬間には怪訝な顔になる。
皆本もこちらを見つけて駆け寄ってきたのかと思ったのだが、そうではないようだ。
ヘリポートを全力で駆け抜けて行く皆本。
崩れかけている壁の向こうに入ったかと思うと、直後に爆竹でも鳴らしたような大きな音が響いた。
「直登っ、先に行くぞッ!」
武瑠はとんでもないことが起きていることを察知した。
本人は大丈夫だと言い張ってはいるが、やはり歩くだけでも辛そうな直登に言い放ち、全力で駆け出す。
壁の向こうからスーツ姿の男が走り出してきた。
「あれは、高崎さんか?」
頭を抱えて現れたのは、養育実習生の高崎だった。
彼は皆本が来た方向へと逃げて行く。
高崎さんがひとりだったとは限らない
皆本が物部さんたちから離れるとは思えないし……
きっと、バケモノに襲われている誰かを助けに向かったに違いないっ!
走る速度をあげて壁を曲がった武瑠が目にしたのは、
「み、三島さん!?」
一颯だけではない。貴音と和幸、それに佳菜恵と利子もいた。
誰かは知らないが、黒い戦闘服の男たちもいる。
疑問はたくさんあったが今はそれどころではなかった。
『ヒト型』のバケモノが一颯へ向かっている。
どういうわけか一颯は動かない。
ま に あえぇぇぇッ!
武瑠は飛んだ。
★
間一髪だった。
飛び蹴りを喰らった『ヒト型』が地面を転がる。
「三島さんっ、大丈夫か!」
目を開いた一颯は信じられないという目をしている。
どうしてここにいるのか? という意味ならその疑問はお互い様だ。
「タケ、高内も危ないのッ。助けてあげてッ!」
貴音が、起き上がった『ヒト型』へ石を投げる。
確かに、和幸は今にも『コウモリ顔』に掴まりそうだ。
本来ならば手を取り合って再会を喜び合いたいところだが、そうもいかないらしい。
「武瑠ッ、アイツは俺が引き付ける! 和幸は任せたぞッ!」
追いついた直登が、包丁を構えて『ヒト型』と対峙した。
「わかった! 直登も気をつけろよッ!」
武瑠は和幸へと迫る『コウモリ顔』へ向かう。
◇
手持ちの石を使いきった和幸は、必死に『コウモリ顔』の攻撃を避けている。
「和幸ッ!」
武瑠は『コウモリ顔』へ棒を振り下ろすも難なく避けられてしまう。
地面で跳ねた勢いで、目に刺さっているドライバーへもう一振りするが、これも避けられてしまった。
そう何度もやられてはくれないか……
郵便局での一撃は相当堪えたらしく、『コウモリ顔』は大きく間を取った。
武瑠は視界に皆本を捉えた。
倒せないまでも、木刀だけで三匹ものバケモノを相手にしている。
やっぱりスゲぇな皆本は……
自分との違いに苦笑いする。
「神楽くん? ぶ、無事で良かったっ!」
和幸は、思わぬ再会に涙ぐんだ。
「和幸も無事で良かった! ビックリだよ、なんでお前たちがこんなところにいるんだ?」
「そんなことより、三島さんが足を撃たれたんだっ! 逃げるなら支えてあげなきゃ」
「撃たれた? 撃たれたってなんだ!」
武瑠に動揺が走った。その時、
パララララ……
と乾いた音が響いた。
振り向いたその先には――仲間を喰らって進化し、『矢城希美』の命を奪ったあの『大形』がいた。
「あいつ、アイツはああああッ!」
怒りで、武瑠の全身の毛が逆立つ。
その『大形』は、黒服の大柄な男が向けた機関銃を叩き落して爪を振るう。
男はそれを躱して、腰から抜いたサバイバルナイフで応戦している。
「神楽くんッ、三島さんが怪我をしたんだよ! 今は逃げなきゃッ!」
和幸が、無意識に踏み出していた武瑠の腕を掴む。
直登は一颯たちの前に立ち、『ヒト型』を近づかせないように包丁を振り回しており、佳菜恵と貴音は激痛に耐えて立ち上がった一颯を支えていた。
「そうだな。逃げないと、生き抜かなきゃ意味ないもんな……」
バケモノを倒すのが目的ではない。
一人でも多くの仲間たちと島を脱出する――。
死んでいった仲間たちのためにもそうしなければならない。
唇を噛みしめた武瑠は、『コウモリ顔』を牽制しながら後退した。
□◆□◆
読んでくださり ありがとうございました。




