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四話  二時間前③  『コウモリ顔』のバケモノ

 □◆□◆



 ★



 適当に島を散策した武瑠たちは、来た時にも通った商店街を歩いていた。

 学校の傷みが少なかったせいか、壁が崩れ落ち、鉄骨がむき出しになっている多くの建物に哀愁を感じる。


「勝手に忍び込むなんて 何かあったらどうするつもりだったのよ……」


 班長の聡美が、非難めいた目で直登を見た。


「なにもなかったんだからいいじゃないか。それに、篠峯も楽しかっただろ?」


「わ、私が何を楽しんでたっていうのよ」


 直登の言葉に、身に覚えのある聡美は慌てている。


「昔の教科書を見つけてはしゃいでたじゃないか」


「う゛……」


 顔を赤くして言葉をつまらせた聡美に、皆はクスクスと笑った。


 学校に侵入……もとい〝校内探検〟をした。

 50年前の学校の雰囲気を味わった武瑠たちはご満悦だった。




 学校に忍び込もうと言い出したのは直登だ。


「たいして傷んでないし、ちょっとくらい〝見学〟しても平気だろ?」


 その言葉に皆の目が、特に武瑠の目が輝いた。入るなと言われれば入りたくなる。それが人間の心理だ。和幸なんかは、立ち入り禁止のテープをくぐっただけで、


「なんか悪いことするみたいでドキドキするね!」


と興奮していた。


「何言ってんの! 立ち入り禁止なのよ! これって立派な不法侵入なんだからね!」


 と、お堅い聡美が言ったのは言うまでもない。しかし、


「わ、わたしは行かないわよっ!」


そう言いながらも、やはり好奇心を押さえられなかったのだろう。皆を呼び戻すという名目でついてきたのだから聡美も同罪だ。



 島を全部見て回ったわけではない。だが、この小さな島の建物のほとんどが、木造が主流だった当時としては珍しい鉄筋コンクリート製。

 公園・病院・学校・いくつもの公共住宅の棟や商業施設。

 実際に多くの労働者とその家族が安心して暮らせるよう気配りされているのを目にして、武瑠たちはこの希望の島がどれほど重要で、どんなに繁栄した島だったのかを実感できた気がした。


 船からこの「希望の島」が見えた時は、


「すごい威圧感で要塞みたい。なんか、怖い島だね……」


と言っていた一颯も、


「不自由な事はいっぱいあったんだろうけど、島の人たちは『みんなが家族』みたいな関係だったんだろうね」


そう微笑んでいる。ずいぶん印象が変わったようだ。


 武瑠も同感だった。

 密集している建物を見る限り、当時は相当不便な思いをしたに違いない。それでも「お隣さんに醤油を借りる」というのがあたりまえだった古き良き時代の〝残り香〟のようなものが、この希望の島にはあった。





「ちょっとまって。 なにか――聞こえなかった?」


 不意に和幸が足を止めた。


「どうした和幸。何が聞こえたって?」


 武瑠も足を止める。


「わからないけど、なにか聞こえたような気がして……」


 和幸は辺りを見回しながら、脅えたような顔で耳を澄ましている。

 武瑠も耳を澄ましてみたが――何も聞こえない。


「タケ、どうしたの?」


 貴音も足を止めてふり返った。


「なに、どうかしたの?」


 先頭を歩いていた聡美が真治と戻ってきた。


「いや、和幸が何か聞こえなかったかって……」


 武瑠はもう一度耳を澄ませてみる。


「和幸、何が聞こえたんだ?」


 一緒に耳を澄ましていた直登。

 しかし、武瑠と同様なにも聞こえなかったらしい。


「なにかこう――悲鳴みたいな声が聞こえたような気がしたんだけど……」


「悲鳴ぃ? 一颯なにか聞こえた?」


 悲鳴と聞いて貴音は眉をひそめた。


「ううん。私はなにも……」


 一颯は首を振る。


「――気のせいだったみたい。ごめんね」


 皆に向いた和幸は恥ずかしそうに頭を掻いた。


「和幸は音に敏感だからな、きっと何かの音が悲鳴に聞こえたんだろ。気にすんなって!」


 直登は笑いながら和幸の背中を軽く叩いた。


 心臓が弱い和幸は、無理をして誰かの負担になるのを避けるために静かなところで本を読むことが多い。いつも誰かに気を使わせているという心理が働いてしまうのか、ちょっとした物音にも反応してしまうのだ。

 その和幸が何か聞こえたというのならば、〝なにか〟が聞こえたのだろう。


「こんな島で悲鳴っていうのもおかしな話だよね!」


 そう笑いながらも、和幸はまだ首をひねっている。


「それならもう行きましょうか。そろそろ集合時間だし」


 気を取り直すように皆に声をかけた聡美。それに従い皆が再び歩き出そうとした時、どこからか鋭い悲鳴が響いた。

 そのただ事ではない悲鳴に、真剣な眼差しになった直登。


「おい、いまの……。和幸、お前が聞いたのはこれか?」


「う、うん……」


 和幸は青い顔で頷いた。


 もう一度、断末魔のような悲鳴が響き渡る。


「ちょっと。なんなのよこの声……」


 脅えた表情の貴音が、同じく脅えた表情の一颯と寄り添った。


「くそッ、声が反響してどこからなのか判らないぞっ!」


 三度耳を澄ませていた武瑠は唇を噛む。


  誰の声かは判らない――けどッ!

  何か良くない事が起きたのだけは間違いないッ!

  どこだ……どこらか聞こえてきたんだ!?


 辺りを見回すが悲鳴はもう聞こえない。

 商店街や公共住宅など、小さな島に大小の建物が密集しすぎているため、聞こえてきた方向も判別出来そうにない。


「たぶん、あっちだと思う……」


 和幸は声がしたらしき方向を指差した。


「あっち?……病院があった方か! 武瑠、行くか?」


「あたりまえだろ、もたもたしてるとおいてくぞ!」


 直登の言葉よりも早く、武瑠は走り出していた。


「様子を見てくるから、お前らはここで待ってろ!」


 そう言いながら直登は武瑠の後を追った。




「ふたりだけで大丈夫かな?」


 武瑠と直登を見送った後、心配そうに和幸が呟いた。


「わ、私も行ってくる。なにか手伝えるかもしれないし」


 言いながら、一颯は小走りでふたりの後を追う。


「そ、そうだね。私たちみたいに、勝手に建物に入った子たちになにかあったのかもしれないしね!」


 まだ顔色の良くない貴音も、気丈に振舞いながら一颯を追った。その後ろに和幸も続く。


「真治、私たちも行くわよ」


 聡美も動いた。


「で、でも、相模くんは待ってろって……」


 オロオロしている真治に、聡美ため息を吐く。


「何があったにせよ、人数は多い方がいいわ。それに、班の基本は団体行動だしね。イヤなら真治は残っててもいいのよ?」


 振り向くこともなくそう言われた真治の顔が青くなった。


「い、イヤだなんて言ってないよ。ボクも行くから! 聡美ちゃんまってよ!」


 真治は慌てて聡美を追った。



 ◇



 病院の前に着いた武瑠と直登だったがそこには誰もいない。


「どこだ……病院の中か?」


「武瑠、あそこに誰か倒れてる!」


 入り口へ向かおうとした武瑠を呼び止め、直登が伸び放題になっている草むらへ向かった。

 仰向けで倒れているのは、遠野悠作だった。


「遠野ッどうしたんだ!? 何があったんだッ!」


 遠野を抱き起した直登。

 しかし突然、弾くようにしてその手を放した。


「おいおい直登、それはさすがに痛いだろ……」


 後ろから武瑠が話しかけるが、直登は黙って遠野を見ている。


「直登?」


 妙な雰囲気を感じて、そっと遠野を覗き見た武瑠は絶句する。

 そこには首を真っ赤に染めて悲痛な顔で目を見開いている――遠野悠作の変わり果てた姿があった。


「お、おい――まさか……死んでるー―のか?」


 直登は震える背中で頷いた。


 遠野の首から流れた血は草を真っ赤に染めていた。首を何かに咬まれたのだろう、肉が喰いちぎられ大きな傷口が開いている。

 抱き上げた時、遠野の体が不自然に重かったのだろう。その生命力のなさから腕と首がだらんと下がった。

 直登はそこで死んでいると気付き思わず手を放してしまったのだ。


 武瑠は力なく草の上に横たわる遠野から目が離せない。


「なんなんだよ……。凶暴な野犬でもいるってのかよっ!」


 初めて見る人の死というものをどう受け止めればよいのか解らず、声が震えた。


 放心しかけたが、病院の中から響いてきた怒声と金属音で我に返った。


 クラスの人数は三十五人。班の数は五班。

 つまり、遠野悠作の他にあと六人いるはずだった。


「行くぞ直登。人を殺すような野犬に襲われてるなら放っておけない!」


 武瑠は震えている自分に喝を入れるように力強く言い放つ。


「わ、わかってる! こんなことをするクソ犬は、俺が蹴り飛ばしてやるッ!」


 遠野の目蓋を閉じた直登は、怒りの目で立ち上がった。



 武瑠も直登も、遠野悠作とは進級してからの仲なのでよく知っているわけではなかった。だが、陸上部長距離のエースで、人懐っこく仲間想いの遠野。バスケ部キャプテンで情熱家の直登。

 ふたりは馬が合っているらしく、最近の休み時間には迫る最後の夏の大会への意気込みと、後輩たちへの想いをよく語り合っていた。

 これから先、もっと仲良くなれたはずの友人をこんな形で失ってしまった直登の心情は察するに余りある。



 病院のなかへ入ったふたりは、階上から女子の悲鳴を聞いて階段を駆け上がる。

 2階へ上がった時に再び怒声を聞き、そのまま廊下の奥へと走った。


 たどり着いたのは食堂。

 ホコリまみれの長机や丸椅子がそのまま残されている。

 そこに、黒い生き物を相手に怒声を上げながら鉄パイプを振り回す沢部利春の姿があった。


「沢部、今行くぞ!」


 食堂に入るなり丸椅子を手に取って援護に行く武瑠と直登だったが、沢部が相手にしている黒い生物を見て足が止まってしまった。


「な、なんだ コイツはッ!」


 直登が叫ぶのも無理はなかった。

 黒い生物は、今まで見たことも聞いたこともない生物だったのだから……。


「か、神楽? 相模も来てくれたのかっ! は、はやくたすけてくれぇ!」


 沢部の泣きそうな叫びが響く。


「た、たすけてくれったって……な、なんなんだよコイツはよぉ!」


 武瑠が丸椅子を構えて叫ぶ。


「こんなバケモノ俺が知るかよッ! ひぃッ!」


 近づこうとするバケモノに、沢部はさらに激しく鉄パイプを振りまわした。

 武瑠も直登も、相手は野犬だと思っていた。しかし目の前にいる生き物は――。



 大型犬ほどもある黒い身体からは、不釣合いな長い腕が生えていて、手には鉤のような爪がある。

 頭の長い触角がせわしなく動いている。尻には人の腕くらいはある太く長い尻尾があり、先端が鋭く尖っていた。


 どことなくコウモリに似た風貌。

 尻尾を着けたコウモリの体を大きくしたようなその風貌は、生き物というよりバケモノと呼んだ方がしっくりくる。



 その『コウモリ顔』バケモノは、尻尾を鎌首のように持ち上げながら、隙あれば襲いかかろうと沢部を威嚇している。


「武瑠、気をつけろッ! もう一匹いるぞ!」


 直登の視線の先には、同じバケモノがもう一匹いた。


「赤浜さん!」


 武瑠の声で、そのバケモノが顔を上げ黒い眼を光らせる。


 もう一匹は、仰向けに倒れている赤浜佑里恵の上に覆いかぶさっていた。


 佑里恵の顔は四本の指がある手で押さえられている。鉤爪が頬を貫いて口から血が流れているのが痛々しい。

 流れる涙、恐怖で声も出せずにパクパクさせる口が、まだ生きていることを証明しているが身動きは出来ないようだ。

 バケモノは佑里恵の上から鋭い牙が光る大口を開けて、武瑠と直登を威嚇してくる。


「そんなやられちまった女なんてどうでもいいだろうがッ! 俺を、早く俺を助けろよッ!」


 自分勝手なことを喚く沢部。

 イヤなことに、そんな沢部の叫びで、武瑠と直登は自分たちが動けずにいたことに気がついた。


「直登、俺は赤浜さんを助ける。お前は沢部に行ってやってくれッ!」


「わかった! 沢部のやつ、クソみてぇな事言いやがって。あのバケモノ追っ払ったあとで説教してやるっ!」


「気をつけろよ直登!」


「お前もな、武瑠っ!」


 ふたりは丸椅子を手にして動いた。



 接近する武瑠に、佑里恵は手を伸ばした。

 バケモノの尻尾はスカートの上から佑里恵の下腹部に刺さっている。どれほど出血があるのかはわからないが、一刻も早く救出しなければならないだろう。


「このぉぉぉッ、赤浜さんから離れろぉ!!」


 武瑠は渾身の力で丸椅子を投げた。

 まともに投げてしまえば佑里恵にも当たりかねないが、丸椅子は手前で跳ねてバケモノに当たるだろう。このコントロールは、バスケ部で培った絶対の自信だった。


  丸椅子が当たって怯んだ隙に、蹴りを喰らわせて赤浜さんを救出する!

  たとえ避けられたとしても、彼女からは離れるに違いない!


 武瑠はそう読んでいた。

 あとは、まだ周りにある丸椅子を投げつけながらこの場から逃げる……という算段だ。


 しかし、そんな武瑠の計画は出だしで躓くことになってしまった。


 丸椅子は赤浜の手前で跳ね、確かにバケモノへ向かった。

 だが、バケモノは跳ねた丸椅子を長い腕で払い除けたのだ。


「うそだろっ!?」 


 急ブレーキをかけた武瑠は、間合いを取って傍にあった丸椅子を2つ手に取る。


  早く助けなきゃいけないのに!


 奥歯をグッと噛む。


 ふつうの動物なら、向かって飛んでくるモノがあれば身を引いて避ける。それが生き物の防御本能だ。

 飛んでくるモノが自分にとってどれほどの脅威かを見極め、避けるか受けるか払い除けるかを選択できるのは人間くらいだろう。

 つまり、このバケモノは人間並みの認識能力を持っている可能性がある。まして相手は正体不明のバケモノ、迂闊に踏み込めばケガでは済まない。


 武瑠は焦りを感じながら流れる汗を拭った。





「こっちに来んじゃねぇよバケモノが! よく見ろっ、あっちにも美味そうな獲物がいるだろうがよッ!」


 鉄パイプを振り回しながら、沢部は直登を指差した。


「クソみてぇな事言いやがって……。助けてやんねぇぞ沢部ッ!」


 直登は丸椅子を投げた。


 だが、バケモノは難なくそれを避けた――いや、違う!

 避けたのではなく、沢部との間合いを詰め襲いかかったのだ。


「ひ、ひぃッ! くそッ、くそぉぉぉッ!」


 沢部はバケモノの頭をめがけて鉄パイプを振り下ろした。が、バケモノは長い腕を伸ばして鉄パイプを掴む。


「は、離せッ、離せよバケモノがッ!」


 沢部は必死に引き抜こうとするが、しっかりと握られてる鉄パイプを抜くことは出来なかった。

 そして、バケモノは「フッ、フッ、フッ」と小刻みな呼吸を繰り返す。


「アイツ、何をするつもりだ!?」


 直登は、次の丸椅子を手にしながらバケモノの変化に目を見張った。

 身体が僅かに青白く光っている。そしてその色が完全な白になった時――



 バシュッ



 ――白い閃光に視界を奪われた。


「ぐぁッ な なんだッ!?」


 目を擦りながら、視力を取り戻した直登が見たものは……


 全身からプスプスとした白煙を上げ、天を仰ぐ沢部の姿だった。



 ◇




「来ちゃダメだッ!」


 今まで聞いたことのない和幸の鋭い声に、聡美の足が止まった。




 武瑠と直登を追って病院前まで来たのだがふたりの姿はない。かわりに和幸が草むらに誰かが倒れているのを見つけた。


 大きく見開かれた目、血に染まる草、肉が喰いちぎられた首……遠野悠作がすでに絶命しているのはあきらかだった。

 あまりの凄惨な姿に、和幸は胸を押さえて両膝をついた。




 心配した聡美が、駆け寄ろうとしたところを止められたのだ。


「高内くん、大丈夫なの!?」


 離れた所から心配する一颯に、苦しい胸を押さえながら立ち上がった和幸は気丈に振舞う。


「ボクなら大丈夫だよ。それよりみんな、離れずに一緒に行動しよう。この辺になにかいるみたい……」


「な、なにかってー―なによ?」


 戻ってくる和幸のただならぬ雰囲気に、貴音は顔を青くする。


「判らないけど、たぶん野犬だと思う。 それもかなり凶暴な……っ!」


「高内くん、僕に掴まって」


 素早く動いた真治が、胸を押さえてふらついた和幸の肩を支えた。


「で、あれは誰だったの? あなたの様子からして――もしかして、もう……」


 不安そうに手を胸で組む聡美。


「あれは遠野くんだよ。彼はもう……」


 痛々しい表情でうつむく和幸。

 遠野がどうなってしまったのかを知るには十分だった。


 しばしの沈黙のあと、聡美が口を開いた。


「こうしてても仕方ないわ。早く先生にこの事を知らせないとっ!」


 聡美は携帯を取り出すと若狭佳菜恵の番号を呼び出す。


「……つながらない? うそ、この島って圏外なのっ?」


 いろんな方向へ携帯かざしてみるが、圏外の文字が消えることはなかった。


「と、とにかく先生に知らせなきゃ……。はやく港に戻りましょう!」


 皆を促した聡美を貴音が呼び止めた。


「まって聡美。タケと直登がいないよ、探さなきゃ!」


「こんなときに……。あのふたりはどこまで行っちゃったのよ?」


 皆で周りを見回した時、病院の中から物音が聞こえた。


「今の音……病院の中にいるの?」


 一歩踏み出した聡美より一颯が先に動いていた。


「わたし武瑠くんと直登を呼んでくるっ!」


 そう言って走り出す。


「まって三島さん、入り口に何かいるよっ!」


 初めて聞いた真治の大声に、一颯の足が止まった。


 たしかに、病院の中に何かがいた。

 ソレは影になっている入り口からゆっくりと姿を現す。


「なななな、なんなのよコイツ!」


 貴音が皆の感想を口にした。


 長い腕で黒い身体を引き摺るようにして現れたのは、コウモリのような顔のバケモノ。


 その頭で動いていた触角が、一颯を指して止まる。

 見たこともない異様な生き物に、息を飲んだ一颯はその場から動けなくなった。


 バケモノが一気に間を詰めて襲いかかって来る。

 突然のことに誰もが立ちすくんでしまっているなか、彼女だけが――篠峯聡美だけが一颯へと走っていた。


「一颯逃げてぇッ!!」



 篠峯聡美は、クラス委員長でこの班の班長である。

 社交的で皆からの信頼も厚い。時に友人にも厳しい意見を述べる事もあるが、それは友人を大切に想うからこそである。

 そして、篠峯聡美という女の子は責任感が強い。

 そんな彼女だからこそ、誰もが動けなかったこの状況でも動くことが出来たのだろう――。



 聡美は、精一杯両手を伸ばして一颯を突き飛ばした。

 がら空きになった聡美のワキに、バケモノの鋭い牙が喰い込む。

 誰もが「あッ」と思った次の瞬間、空気を裂くような絶叫が響き渡った。



 □◆□◆


読んでくださり ありがとうございました。

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