三十九話 皆本の〝クセ〟
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小屋からヘリポートを跨いだ草むら。
皆本たちは背丈が高く伸び放題になっている草むらに潜み、一颯たちの様子を見ていた。
「ねえ皆本。なんであっちに行っちゃいけないのよ?」
姿勢を低くしたまま、隣の皆本に小声で話しかけたのは由芽。
一颯たちとは距離があるので普通に話しても問題はないのだが、隠れているので小声になってしまうようだ。
「知らない人には注意しましょうって、先生に習わなかった~?」
「あたしゃ小学生かっ!」
由芽が草をちぎって投げる。それが口の中に入ってしまった皆本は渋顔をした。
「な~んか様子もおかしくなってきたみたいだし、とりあえず隠れてみたのは正解だったかもよ~」
草を吐き出す皆本の顔が引き締まっていく。
◇
――20分程前。
ヘリポートに着いた皆本たちは武瑠と直登の姿を探した。けれども、彼らはまだ来てはいないようだった。
照明弾の合図には気がついたはず~……
あのふたりのことだから、今頃はこちらに向かっているだろう。と、皆本は疑わない。
しかし、遮蔽物がないヘリポートにいたのでは目立ちすぎる。
そこで武瑠たちを待つ間、草むらに隠れることにしたのだった。
隠れて間もなく、三人の男たちが現れた。
全身が黒ずくめ。しかも、その手には映画でしか見たことがない機関銃らしきものを持っている。
「きっと救助隊が来てくれたのよ!」
そう喜び、出て行こうとする由芽を皆本は制した。
彼らが救助隊であれば良いんだけどね~
皆本もそう期待したかったが、武瑠は“船の無線機は通じなかった”と言っていた。
ならば、彼らは『なぜ』、『何を』しにこの島に来たのか?
銃器を用意してくるのだから、島での行動が危険であるというのは承知してのことだろう。
相手の正体が判らない以上、不用意な接触は避けた方が良いと判断したのだ。
皆本がそうこう考えているうちに、黒づくめたちはコの字の壁に囲まれたボロボロな小屋へと入っていく。
そして数分後、黒ずくめの一人が帰ってきた。
しかも後ろには一颯たちを引き連れている。
嬉しさが堪え切れず、今度こそ出て行こうとする由芽をまたも皆本は止めた。
文句を言ってくる由芽をなだめるのには苦労したが、皆本には引っ掛かっていることがあった。
それは、黒ずくめに一颯たちを労わろうとする様子が全くないこと。
それと、一颯が黒ずくめから距離を置いていることだった。
助けられたお礼を言ったのだろう。黒ずくめに頭を下げた貴音が一颯の隣に座った。
一颯の律義さはクラスの誰もが知っている。
普段の一颯なら、黒ずくめに頭を下げた貴音の隣で、一緒にお礼を言っているはずだった。
皆本の印象だが、三島一颯という女の子は人の本質を見抜く力に長けている。
それは意識してのことではないだろうが、一見すると悪にしか見えない座間や美砂江にも普段は普通に話しかけている。(無視されてしまう事が多いが)
彼らの〝根〟にある人間らしさや優しさ、ワルぶってしまう理由があることを見抜いているかのように。
その一颯が黒ずくめを警戒している。
それだけで様子を見る理由としては十分だった――。
◇
「なにあれ? ケンカでも始まりそうな感じね……」
不穏な空気を感じ取った由芽が皆本へ向く。
一颯たちが、戻ってきた大柄な男に向かって身振り手振りで何かを訴えている。
しかし、男に応じる様子はない。
「ケンカになっちゃたら加勢するんでしょ!」
なぜか興奮しだす由芽。
「う~ん……」
頭を掻く皆本。
「なに考え込んでんのよ! 『仲間』は見捨てないんじゃなかったのっ!」
由芽は「自分だけでも加勢に行く」という顔をする。
「そうじゃなくてさ~。 取っ組み合いのケンカをする三島の姿って、想像できる~?」
「あ――」
冷静な皆本の言葉に由芽の気が抜けた。
「そ、そうよね。貴音ならまだしも、一颯がいるならそんなことにはならないか……」
「佐藤もとんでもない言われようだね~」
皆本は、心から貴音に同情した。
「向こうも気になるんだけど~……。七瀬、具合はどう~?」
皆本はさっきから一言も発しない桃香へと振り返った。
ここに来る途中から気分が悪そうだったのだが、草むらに隠れてからはずっと苦しそうに座り込んでいる。
「ちょっとまだ……気持ち悪くって……ごめんね」
顔色が悪い桃香が口に手を当てた。
由芽はポケットを探る。
「ケガしてるんだから無理することないよ桃香。もう少し休んでれば、きっと良くなるから」
「うん。ありがとう、由芽」
差し出されたハンカチを受け取った桃香は、青い顔で微笑むと横になって目を閉じた。
美砂江の分まで頑張るんだと息巻いていた桃香だったが、もう気丈に振舞う余裕もないらしい。
一颯たちへと視線を戻した皆本が小さく唸る。
嫌なモノを見てしまったのだ。
「あちゃ~。とんでもないことになったな~……」
「え、なに? ケンカになっちゃったの?」
由芽も視線を戻したが、変わらず一颯たちは大柄な男に何かを訴えているだけだった。
「変わりないじゃない。大事になったかと思ったじゃない」
「これから大事になるんだよ」
皆本の語尾が伸びていないことに気がついた由芽は息を飲んだ。
目が合うふたり……。
じっと見つめてくる皆本に、由芽の胸がトクンと鳴った。
「な、なに見つめてくれちゃってるのよ! さては、また私に惚れたな~……ってそんなわけないか」
焦りを笑いで誤魔化そうとする由芽に、皆本の顔が少しゆるんだ。
「また惚れたわけじゃないよ――」
「そ、そうよね、だって……」
「――ずっと惚れ続けているんだから」
由芽の口が止まる。
「俺は、なにがあっても由芽を守りたい。由芽が神楽たちについて行くっていうから、俺も『こっち』につくことにしたんだ」
その真剣な表情に、由芽は心拍数が上がってくるのを感じていた。
言葉が出てこない由芽に何を感じたのか。
皆本は少し寂しそうな顔をした。
「でも……友情を守るのも大切だよね~」
語尾が戻った皆本は木刀を手にして立ち上がる。
「ちょっと行ってくるから、ここで待ってなよ~」
にこやかに指を立てた皆本は草むらを抜け出し、全速で一颯たちへと駆けて行った。
◇
残された由芽は呆然としていた。
「由芽……」
遠慮がちな声に、由芽は慌ててふり返る。
桃香は横になったまま目を開けていた。
「も、桃香、あなた眠ってたんじゃ……って、も、もしかして、今の……」
「き、聞いちゃった」
照れ隠しにペロっと舌を出す桃香。
由芽の顔が、お湯が沸かせるのではないかと思うくらいに熱くなる。
「あ あいつ、な、なに言ってんだろうねっ! 『由芽』なんて呼び捨ててくれちゃってさ、そんなのあの時以来なかったー―のに……」
由芽は哀しそうに唇を噛んだ。
――小学生の時、友人は多い方だった由芽だが皆本とは特に仲が良く、お互いのことを『理・由芽』と名前で呼びあうのが普通だった。
ある日、由芽は赤面した皆本からラブレターを貰った。
由芽も皆本のことが好きだったのだが、男勝りでひねくれ者の性格が災いした。
嬉しかったのだが、わざと困った顔をした。
皆本の反応を見たくなったのだ。
案の定、皆本は焦っていた。
そんな彼の事を“私も好きだよ”と思いながら、「返事は手紙に書いてくるね」と言った。
しかし昼休みに机から手紙を落としてしまい、それを女友達に拾われてしまったのだ。
『恋』というものに過敏に反応するお年頃……。
放課後に興味津々な友人たちにからかわれた由芽は、
「あんな奴なんとも思ってないしっ、こんなの貰っても迷惑なのよねっ!」
照れ隠しに、そう強がってしまった。
忘れ物を取りに戻ってきた皆本の前で……。
その時に一瞬見せた皆本の表情は、今でも忘れることができない。
言い訳も
謝る事も
返事すら出来ないまま、会話のない日々が続いた。
ある日、久しぶりに話しかけられたのだが、皆本は『由芽』とは呼ばなくなっていた。
態度は変わらず、今まで通り仲良く接してくる。
ただ、呼び名が『物部』になっていたのだ。
そしてそれにつられて、由芽も皆本のことを『理』ではなく『皆本』と呼ぶようになっていった――。
「由芽?」
桃香の声で、由芽は我に返る。
「こ、こんな時に困ったもんだよ! 変な冗談言ってくれちゃって、あは、あははは……」
冗談ではないことは由芽が一番よく知っていた。
皆本の語尾が伸びるのは昔から変わっていない。
だが、真剣な想いを口にする時には語尾は伸びなくなる。
それは、由芽だけに見せる皆本の〝クセ〟だった。
「誤解も受けやすいけど、皆本くんって良い人だよね」
桃香が優しく微笑む。
「う、うん。それは、認める……」
由芽はぎこちない笑みを返した。
皆本の後ろ姿を見送る。たくましく、勇敢な背中だ。
皆本……
由芽はグッと胸元を握った。
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