三十七話 大風見の思惑
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――島の港。
大きな港に二隻の高速艇が接舷している。
この港は、武瑠たちがやってきた魚港とは島の反対側に位置している。
掘り出した石炭を積み込んだり資材を搬入するために、吃水の深い大型船でも入港出来る港だった。
「大風見隊長、準備が整いました」
ひとりの隊員が抑揚のない声で報告を上げた。
「やっとか、ちんたらしやがって……」
舌打ちした大風見は、半分ほどになった二本目の煙草を踏み消す。
ふり返れば、七名の隊員が横一列に整列している。
全員が肩に機関銃を担いでいる。
全身黒ずくめのその姿は、特殊部隊というより殺し屋集団のように見えてしまう。
「全員、時間を合わせろ」
大風見の号令で、手首のタイマーが残り三時間からのカウントダウンを始める。
「高崎が、救難信号を出した後に妨害電波を出しているため通信機は使えない。現状では時間で動くしかないが、各自与えられた任務をこなすように。トニトゥルスがうろついているらしいが……自分たち以外は敵とみなせッ!」
五名の隊員たちが一斉に動く。
各員、黒い箱を背負って方々へと散っていった。
◇
大風見は残った二名の隊員と共に、ヘリポートの傍にある小屋へと来た。
コの字の壁に囲まれているその小屋は、長年の風雨によって壁が崩れていなければ姿さえ見えなかったであろう。
用事がなければ決して踏み入らないような場所だ。
カギが壊れたドアを慎重に開けて、大風見たちは小屋の中へと入った。
そこには誰もいない。
この小屋にある隠し階段は、地下の研究施設へと繋がっている。
大風見の目的は『サンプルの回収』。
本来は、サンプルのを手に入れたであろう高崎の保護が任務なのだが……。サンプルを手に入れられれば高崎の事はどうでもよかった。
救難信号を送ってきた高崎がこの合流地点にいないのならば、どこにいるのかはわからないし生きているのかもわからない。
高崎が妨害電波を出す装置を作動させたから連絡のつけようがないのだ。
不慮の事態が起きた時、なにも知らない者が船の無線機や携帯電話を使って救助要請を行うのを阻止するためのものだったが、高崎は本当に使用する事になるとは思っていなかっただろう。
大風見の興味はただひとつ……。
ホコリで白くなっている机の横を通って、彼らは奥の部屋へと進む。
小さなくぼみのある壁を引き戸のように横へ動かすと、裏に地下へと続く階段が出てきた。
機関銃を構えた隊員のひとりが先頭に立ち、うっすらとした明かりのある地下へと向かう。
階段を半分も下りた時――奥から足音が聞こえたと思うと複数の人影が現れ、階段を駆け上ってきた。
「う、うわああああああッ!」
先頭を走っていた男が、隊員を見て叫び声をあげる。
「高崎かっ!」
大風見は、隊員が構えた機関銃の銃口を上げた。
「お、大風見さんっ!」
情けない声を出す高崎に、大風見はイラ立ちを覚える。
「ちょっとッ、止まってる暇なんてないのよ! 後ろからバケモノが追って来てるんだから、早く行きなさいよッ!」
足を止めた高崎へ、貴音が怒声を放つ。
学生か。このヘタレ坊主よりよほど肝が据わっている……
大風見は貴音と高崎を見比べ、口を弛めながら隊員に指示を出した。
階段を下りた隊員は、通路を走ってくる『コウモリ顔』のトニトゥルスに照準を合わせ――引き金を引いた。
「うわッ!」
狭い通路に反響する銃声は、鼓膜が破れるかと思うほどに響き渡る。
高崎をはじめ、皆が耳を押さえた。
◇
高崎や一颯たちを押し退けて階段を下りた大風見は、倒れたトニトゥルスの傍らに立つ。
「しぶといヤツだ。まだ生きてやがんのか……」
腰から拳銃を抜くと、痙攣しながらも睨んでくるその額に撃ち込んだ。
流れ出た血が広がり、形を変えていく。
満足気に口を弛めた大風見は、背中から自分に向けられた複数の視線に気付き、
「おい、皆さんを上までお連れしろ」
拳銃をしまいながら隊員の一人に指示を出した。
一颯たちは隊員に連れられ階段を上っていく。
残った大風見はサバイバルナイフを抜き、トニトゥルスの腹部を切り裂いた。
内臓をかき分けて握り拳ほどの臓器に切先を入れる。
「銃弾で破損してなきゃいいんだが……ん、これか?」
取り出したのはトニトゥルスの『卵』。
それを小さな試験管のようなサンプル瓶に入れて蓋をする。
「思ったより早く終わっちまったな。さてと、どうしたもんかね……」
大風見はわざとらしく眉を寄せ、楽しそうな笑みを浮かべた。
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