三十四話 悲しき再会
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武瑠と直登は肩で息をしている。
「お、俺たちでも……2人がかりなら、何とかバケモノを倒せるんだなっ!」
達成感に喜ぶ直登。
「相手は一匹で、しかも『ヒト型』だけどな」
武瑠も笑みを返す。
だらしなく舌を出して倒れているヒト型のバケモノ。
その首の後ろには錆びた包丁が刺さっている。
『コウモリ顔』に比べて、『ヒト型』の動きは鈍かった。
それでも厄介だったのは尻尾の動き。鞭のようにしなって動き回るそれには苦労した。
加えて散発的に出してくる電気を纏った体当たり攻撃。短時間ではあるが、バケモノが帯電している間は逃げ回るしかない。
武瑠が注意を引き付けて直登が攻撃。またはその逆を何度も繰り返し、やっとの思いで仕留めた。
皆本と由芽・武瑠と直登。
二組に分かれて、連れ去られた桃香とその後を追った美砂江を探していた。
今河と一緒では、時間が経てば経つほど桃香の身が危険だった。
戦力的に、分かれることには不安もあった。が、全員で行動するより、分かれた方がより早く桃香を見つけられると判断したのだ。
今河が桃香を連れ去った方角から、商店街もしくは官僚特別区域辺りにいる可能性が高かった。
パンフレットによれば、官僚特別区域は希望の島に関わる人々の中でも、
島の統括官や一部の役人
各坑道の現場を取り仕切る監督者など
特別な人材が住むことを許された区域らしい。
島に住む一般労働者やその家族は、鉄筋コンクリート製の高層アパートに住むことになっていた。
それに比べ官僚特区の住人は、庭付きの木造住宅に住むことを許されていた。
当時の人々にとって鉄筋コンクリート製の住宅というのは珍しいものだった。だが、いくら頑丈で多くの人が住めるとはいっても、永く木と共に暮らしてきた人々にとって冷たく重厚な鉄筋コンクリート製というのは性に合わなかったようだ。
この希望の島には山もなければ森もない。建築用の木材も船で運搬する必要がある。
そのことを考えても、木の温もりがする木造住宅に住めるというのがどれだけ特別なことだったのかを窺い知ることができる。
今はもうほとんどの家屋が倒壊し、かつての温もりある家並みは見る影もない。
未だ残っている家屋も、屋根は崩れ、床は朽ち土壁も崩れ、残していった生活用品が散乱しているだけの廃墟である。
とても人が住める状態ではないのだが、それでもまだ形を残しているどこかの家に、桃香が連れ込まれた可能性もあった。
一軒ずつ探している時に、皆本と由芽が向かっていた商店街から大きな崩壊音がした。
向こうは隠れられる場所も多いので、バケモノに遭遇してもやり過ごせる可能性は高い。
だがそれは、倒壊すれば巻き込まれる可能性が高いことも意味していた。
心配になって商店街へ向かおうとした時に、この『ヒト型』のバケモノと出会ってしまったのだ。
「さっきの音が気になるな……」
武瑠は砂煙が上がっている商店街の方角を見た。
「武瑠、行ってみるか?」
直登が横に並ぶ。
「……いや、今は七瀬さんを探すのが先だと思う」
行きたい思いを飲み込んで、武瑠は桃香捜索を優先させた。
向こうには皆本がいる。
ボーリング場では、隠れていた今河だけではなくバケモノの気配も感じ取った。
危険に対する嗅覚はずば抜けている。しかも一緒に行動しているのは物部由芽。
バケモノに襲われればひとたまりもないであろう彼女を、危険にさらさないためにも慎重に行動しているはずだ。
皆本の強さと冷静さ
時間が経つにつれ、武瑠の彼に対する信頼度は深まっていた。
「おい武瑠、あれ見ろよ!」
直登は桃香の捜索に戻ろうとした武瑠を呼び止めた。
「照明弾?」
武瑠の視線の先、商店街の方に光が浮かんでいた。
撃ったときの斜めに伸びた煙が風で流されている。
「そうかっ! 皆本たち、七瀬さんを見つけたんだっ!」
武瑠は興奮気味に拳を握った。
ピストルから撃ちだす照明弾は、船に積んであった救命ボートにあったものだ。
それを見つけた和幸が、何かに使えるかもしれないと直登に持たせてくれた。
桃香発見時の連絡と、由芽の護身用を兼ねて、その照明弾を皆本たちに持たせていたのだ。
「おいおい、そうとは限らないんじゃないか? さっきの崩壊に巻き込まれたから助けてくれって合図だったらどうするんだよ?」
皆本たちを心配する直登に、武瑠はある方向を指差した。
「よく見てみろよ。崩壊した建物からは離れた所から撃たれてるだろ? それに照明弾が上がった方向は……」
「そうか、ヘリポートの方角だっ!」
直登も納得したようだ。
目的地は船の『キー』を持つ中森がいるかもしれないヘリポート。
お互い、桃香を見つけた場合には合図を送るということになっていた。
皆本たちは照明弾で 武瑠たちは狼煙を上げる。
狼煙を上げるための火種は、気絶していた今河から皆本がくすねたライターだ。
煙草も持っていたらしいが「身体に悪い~」と言って捨てたらしい。
ヘリポートへ向かおうとしたふたりの前に、力なく歩く宇津木弥生が現れた。
武瑠たちは弥生に駆け寄る。
「宇津木さんっ、一体なにがあったんだ!」
武瑠の問いには答えず、弥生はゆっくりと顔を上げた。
大きな怪我はないようだが、制服は血に染まっている。
青白い肌 痩せこけた頬 口もとは血で汚れている。
「う、宇津木さん……」
武瑠はその目を見て一歩下がってしまう。
弥生の目は赤く濁っていた。
アパートの302号室で死んでいた能海実鈴。 彼女と同じ目をしていたのだ。
「う、宇津木さん、もしかして……」
武瑠から次の言葉は出てこなかった。
この目をしていた実鈴の腹からはヒト型のバケモノが這い出ていた。
そして――弥生の腹部も大きく膨れている……。
「武瑠、これって――もしかして……」
青ざめた直登が指差したソレは、弥生が持っている太めの棒。
――棒 ?
ソレは棒ではなかった。
こん棒のように見えたが、弥生が持つのは人の足。膝から下の人間の足だった。
足首を持っていたからこん棒のように見えたのだ。
「かぐら。それに、さがみもまだ生きていたのね。ほんとうにうれしいわ……」
弥生は口もとを吊り上げ、心からの歓びを表し、
「コレね、もう血が残ってないの。ワタシ、のどが渇いて仕方がないのに」
そう言って『足』を放り投げた。
「あなたたちが生きていてくれてよかったわ。だって――」
徐々に下がる武瑠と直登について行くように、弥生も足を踏み出す。
「新鮮な血が飲めるものッ!」
両手を突き出して飛びかかってきた。
「なッ!」
直登が驚くのも無理はない。通常では考えられないほどの速さだったのだ。
間一髪で避けた直登だったが尻餅をついてしまう。そこを再び襲われた。
だが、武瑠がモップの柄の棒で弥生を押し止める。
その隙に直登は立ち上がって距離を取る。
「くッ なんて力だ……」
なんとか弥生を押し離した武瑠は、棒を振って牽制した。
速さも力も尋常ではなく、普段の弥生の運動能力をはるかに超えている。
間を取った弥生は赤い眼をギラつかせ、
「なんで邪魔するのよ? ワタシは血が欲しいだけ、ちょっとくらいいいじゃないッ!」
興奮して歯を剥き出す。
「う、宇津木さん。他のみんなはどうしたんだ? 武東や道信、瀬良や才賀さんは無事なのか!」
今の弥生に通じているのかはわからないが、聞かずにはいられなかった。
武瑠の悲痛な表情に、弥生は目を細め口もとも弛める。
「武東なら、ワタシたちを見捨ててどっかに行っちゃったわ。名美は役目を果たしたし、兵藤は死んじゃったわよ。彼の血はあんまりおいしくなかったわ、名美はお気に入りだったみたいだけどね」
言っていることは無茶苦茶だが、会話は出来るようだ。
「瀬良も――逃げたのか?」
「瀬良? 彼ならそこに『アル』じゃない……」
直登の問いに、弥生は放り投げた『足』を指した。
「じゃ、じゃあ役目ってなんだ? 才賀さんはどんな役目を果たしたっていうんだ?」
棒を構える武瑠を、弥生が気にする様子はなく、
「名美は無事にこのコを産んだの。あのっ子たらすごいのよ、双子を産んだんだから……。ワタシももうすぐ役目を果たすの。でも、このコったらまだ栄養が足りないってゴネるのよ」
愛おしそうに膨れた腹部に触れた。
「船には一颯たちがいるって、そうあなたが言ったから行ってみたのに、誰もいなかったわよ? 高内の血を分けてもらおうと思ったのに……ウソつくなんてひどいじゃない」
弥生は口を尖らせた。
「船に……誰もいなかっただって?」
武瑠は血の気が引くのを感じた。
船にいないということは、一颯たちの身に何かがあったのは間違いない。
それはバケモノの襲撃かもしれないし、今の弥生のようになったクラスメイトに襲われたのかもしれない。
だが、弥生は一颯たちの心配をする時間を与えてはくれなかった。
武瑠は突進してくる弥生を躱す。
普段の弥生からは考えられないほどの速さだが、あくまで普段と比べての事だ。
弥生は運動が得意な方ではない。確かに普段より速く力も強いが、油断さえしなければ武瑠や直登が捕らわれることはないだろう。
動きも単純そのもので、突進もただ直線に突っ込んでくるだけだ。興奮するその形相に惑わされなければ、避けるのはさほど難しいことではなかった。
しかし、見方を変えれば「油断」すれば捕まってしまってもおかしくはない。
それだけの運動能力が、今の弥生にはあった。
もう一度突進してきた弥生の足を引っ掛けて転倒させる。
「やめてくれ宇津木さんッ、落ち着くんだッ!」
武瑠は、うつ伏せになった弥生の肩に膝を乗せて頭を押さえた。
直登も、暴れる弥生の足首に座って膝裏を押さえる。
「アハハハッ! なに? 2人がかりでワタシを犯るの? いいわよ相手をしてあげる! でもね、その前に血を頂戴よッ!」
普段の弥生からは考えられない言葉。
「冗談じゃねえ、どっちもごめんだッ! 武瑠、宇津木はどうしちまったっていうんだよ!」
「そんなの俺が知るわけないだろっ!」
弥生がどうなってしまったかなんてわかるわけがない。
それよりも今は――
「それよりも、ここからどうしよう?」
武瑠は唸る。
弥生を取り押さえたまではよかった。だが、ここからどうすれば良いのかわからない。
皆本ならば上手に気絶させてくれるのだろうが、生憎あんなマネは出来そうもない。
「ねえ、後ろからヤらないなら前からシテみない? あなたたちが気持ちよくなってるあいだ、ワタシは血を飲むの! 首筋からゴクゴク飲んであげるわよ!」
「うるせえッ、黙ってろ宇津木ッ!」
高笑いする弥生に直登が怒鳴る。
暴れ続けるこの人物は「もう弥生ではないのかもしれない」武瑠がそんなことを思った時、弥生の身体が激しく痙攣しだした。
あまりの激しい痙攣に、武瑠は振り落されそうになるのを必死に堪えた。が、直登は足のケガのせいで踏ん張りがきかず、膝を曲げた弥生に持ち上げられてしまった。
武瑠の背中に鼻をぶつけた直登が、弥生から手を離してしまう。
「な、なんだよこれッ!?」
悲鳴のような直登の声に、ふり返った武瑠は信じられないモノを見た。
直登の手の甲には四本の傷があり血が滲んでいる。だが、信じられないモノとはそれではなく、弥生のわき腹から生えている異形の手だった。
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読んでくださり ありがとうございました。




