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三十三話  鳥肌がたつほどの……

 □◆□◆


 ★


「意外だったよ。皆本くんはひとりで行動するタイプかと思ってた……」


 真治は、歩み寄ってくる皆本に声をかけた。


「知らなかった? 俺って結構寂しがり屋だったりするんだよ~」


 皆本はにこやかに笑うが、真治は無表情のままだ。


「何をするにしても面倒くさそうな顔してたのに……。皆本くん、この数時間で変わったね」


 その言葉に、皆本は自虐的な笑みをこぼした。



 真治の指摘通り、皆本は何をするのも面倒くさかった。

 幼い頃から器用だった皆本は、何をするにしても少しの練習や学習で、トップのレベルにまで達することが出来た。

 特にスポーツに関しては、その才能が顕著に表れた。

 しかしそれは、他の者から見れば嫉妬の対象となる。長年1つの競技に打ち込んできたにもかかわらず、短期間で自分を追い越していく皆本を快く思わない者たちもいたのだ。

 そんな人たちとの複雑な人間関係に嫌気がさし、皆本はすべてのことに無頓着を装うようになったのだ。



「真治くんこそ、この数時間で変わったんじゃない~? 無口だったのに、いつのまにかよく話すようになってるし~。それに――」


 皆本はわざとらしく首をかしげる。


「どこかに感情を置き忘れてきちゃったのかな~?」


 その小馬鹿にしたような態度にも、真治は表情を変えない。


「僕の事はどうでもいいよ。それよりも、神楽くんたちを探してるんだけど……今どこにいるか知らないかな?」


「知らない」


 間髪入れず答えた皆本に、真治は数秒の間を置いた。


「そうなの? おかしいな。武東くんから、神楽くんたちはキミと一緒だって聞いてたんだけどな」


 皆本は眉間を掻いた。


「確かにさっきまでは一緒だったんだけどね~。ごらんの通り、今は一緒じゃないよ~。郵便局でバケモノに襲われた時に七瀬とはぐれちゃってさ、俺たちは別々で探していたところだったんだ~」


 真治の眉がピクリと動く。


「そう、キミたちも神楽くんに見捨てられたんだね……」


 表情が大きく変化したわけではないが、真治の雰囲気はあきらかに変わった。

 怒りを超えた――『憎しみ』の感情がピリピリと伝わってくる。

 常人では尻込みするような威圧感なのだが、


「そうなの~? 俺たちって、神楽たちに見捨てられちゃったのかな~?」


皆本はあえて前へと進む。


「彼らはね、七瀬さんを探すふりをして逃げたんだよ」


 真治は自分の方――ではなく、由芽と桃香へ近づく皆本を目で追う。


「仲間想いの顔をしてるけど、足手まといになれば平気で仲間を見捨てる……。それが神楽くんたちの本性なんだよ」


 由芽たちとの線上に立ち、真治へと向いた皆本。


 彼が口を開く前に由芽が顔を上げていた。



「神楽たちが仲間を見捨てるわけないでしょッ! 仲間が危ない時は命がけで動いてくれるやつらなんだから!」



 そう叫ぼうとした由芽だったが、眉間に小石が当たり、その痛みでうずくまる。



 小石を放ったのは皆本。

 親指で弾いた小石は、後ろにも目があるのではないかと思うほどの正確さで由芽の眉間を捉えていた。

 皆本の前にいる真治からは死角になっている。


「それが本当ならショックだね~」


 後ろからの呻き声をかき消すように、皆本は大袈裟に驚いてみせた。


「温厚な真治くんも、それには腹が立って神楽たちを探しているわけだ~」


 真治の表情は変わらない。


「そんなところかな。彼らには言いたいことがあるんだ。そういえば、野宮くんと間下くんにも会ったよ」


「俺たちも会ったよ。すぐにどっか行っちゃったけど~」


「ふたりはボートで島を脱出するって言ってた……船が動かないんだってさ。皆本くんたちも、島を出たいなら港に行ってみたら? ボートはまだいくつか残ってるはずだよ」


「手漕ぎボートなんかで海に出るなんて、正気じゃないね~」


「この島で来るかもわからない救助を待つのも、正気じゃないと思うけど?」


「そりゃそうだ~。でも、他の手を考えてみるよ。俺はちゃんとパンフレットを読んだからね~」


「?」


 なんのことかわからない真治は僅かに首を傾げた。


「どうするのかは自由だよ。じゃ、僕は行くね」


「ボートで海に出るつもりなら、やめておいた方がいいよ~」


 皆本は、踵を返した真治に話しかけた。


「そんなつもりはないよ。僕にはやる事があるからね。……本当に、神楽くんたちがどこにいるのか知らないんだよね?」


 振り返った真治の目が怪しく光る。


「知らないよ~。でもきっと生きてると思うよ、あいつら結構しぶといし~」


 皆本は微笑みで受け流した。


「そうだといいね。僕も、生きててくれることを願ってるんだ。それじゃ……」


 そして真治は、振り返ることなく去って行った。


 ◇


 真治が去った後も、皆本はその方向を見ていた。


「真治くん、ひとりで大丈夫かな~……いてッ」


「大丈夫かな~……じゃないでしょ! なんで坂木原を行かせちゃったのよ?」


 皆本は叩かれた頭を擦りながら振り返る。

 由芽は眉間を擦っていた。


「なんでって言われても……どうしたの~? 頭痛いの~?」


「あんたが石ぶつけたんでしょうがッ!」


 もう一度頭を叩かれた。


「物部ってこんなに暴力的だっけ~?」


 皆本は苦笑いするしかなかった。



 武瑠たちの話になった時、あきらかに真治の雰囲気が変わった。

 それも良くない方向に……。


 武瑠たちを悪く言うのなら、それを聞いて黙っている由芽ではない。


 真治の雰囲気は異質だった。

 〝狂気〟があったといってもいい。


 由芽が何かを言うことで、余計な刺激を与えたくなかったのだ。



「皆本、なんで坂木原にウソついたのよ?」


「うそ? 俺はウソなんて言ってないよ~」


 皆本はわざとらしく首をすくめる。


「神楽たちのことは知らないとか言ってたじゃない」


「ああ、あれね。真治くんはさ、神楽たちは“今どこにいる?”って聞いてきたからね~。〝今〟はどこにいるのかなんて知らないし~」


「なんか屁理屈っぽいよ」


 とぼけ顔の皆本に、由芽はため息をつく。


「なんで坂木原を行かせちゃったわけ? あいつ、神楽たちのこと誤解してるみたいだったし……、ちゃんと言っておいた方がよかったんじゃないの?」


「さあ~、それはどうなんだろうね~」


「どういう意味よ?」


 怪訝な顔をする由芽。


「神楽たちが真治くんと一緒だった時の事なんて知らないし~」


「ちょっと皆本。まさか、本当に神楽たちが坂木原を見捨てたなんて思ってるわけじゃないでしょうね……」


「お、思ってないよそんなこと~。でも、少なくとも真治くんはそう思い込んでるし、そう思い込むような何かが、あいつらの間にあったのは間違いないって言いたかったんだよ~」


 怒気をはらんだ由芽の目に、皆本は手を小さく上げて二歩下がった。


「それに、今の真治くんを神楽たちに会わせるのはー―ちょっとね~……」


「たしかに……。さっきの坂木原はちょっと怖かったし、いま会うのはまずいかもね」


 いつもと違う真治の様子を思い出した由芽は頷く。



  ちょっと怖い?

  そんな可愛いものじゃないよ~。 あれは――


 皆本はもう一度、真治が去った方を見た。


  殺気だよ。 強烈な殺気だった……。


 由芽から見えないように、腕の鳥肌を隠す。

 真治はいなくなったのに産毛はアンテナのように逆立ち、未だ警戒を解いてはくれない。



「それにしても、武東たちも無事だったみたいね。弥生や名美も、神楽が言っていたバケモノが本当に〝いる〟って知って驚いただろうね」


 由芽の言葉に、皆本は顔をしかめた。


「う~ん。残念だけど、たぶんもうみんな死んじゃったかもね~……」


「え?――それってどういうこと?……ちょっと、皆本っ!」


 その問いに答えることなく、皆本は桃香が見つめる瓦礫の山を登って行く。




 皆本には、真治との会話でいくつかわかったことがあった。


 真治は武東に会ったとは言っていたが、弥生たちの事には触れなかった。

 つまり武東と会った時、彼は弥生たちとは一緒ではなかった。

 おそらくバケモノに襲われた時、武東は自分だけ逃げ出したに違いない。


 そんな武東が、真治と一緒にいなかった。

 偉ぶるわりに小心者の武東が、ひとりで行動するとは思えない。

 真治の足首に付いていた血の手形は、大きさからして武東の手形だろう。


 武東や弥生たちは死んでいる可能性が高い。

 どこで襲われたのかはわからないが、船に隠れていた時だとすると――


  三島や佐藤、高内たちだって、もしかしたらもう……


 これに関しては確信がないので、皆本は武瑠と直登に言うべきか悩んでいる。


 野宮と間下はボートで海に出たらしい。

 事前に配られたパンフレットに書かれていることが本当なら、今頃は後悔しているかもしれない。

 このふたりに関しては、巡視船に見つけてもらっていることを願うしかない。




「そういうことか……」


 瓦礫に囲まれた穴へと入った皆本は、倒れた壁の下から血が流れて出ているのを見て、この下に美砂江がいるのだと悟った。

 その傍に落ちている、色とりどりの小さな石が光るピアスを拾い上げる。


 それは、桃香が可愛いと言った美砂江のピアスだった。




 瓦礫の山を下りた皆本は、


「七瀬、立てるか~?」


由芽に支えられながら座り込む桃香の傍に歩み寄った。

 彼女は虚ろな目で瓦礫の山を見つめたままだ。



 なるべく桃香の方を見ないように配慮する皆本。


 乱れた着衣、すり傷や打撲痕だらけの身体。


 この姿を見れば、何があったのかは予想がついた。


  アパートで絞め落とした時 そのまま絞め続けておけばよかった……


 今河という男に虫唾が走る。



「もう少し休んでていいからさ~。――コレ、預かっててくれないかな~?」


 皆本に差し出されたモノを見た桃香。その虚ろだった目に光が戻ってくる。


「瓦礫のなかに落ちてたんだ~。俺が持ってるより、七瀬が持っていてくれた方がいいと思うんだけど~」


 桃香は震える手でソレを受け取った。

 目じりの涙を拭った彼女の瞳は力強い。


  美砂江ちゃん。私もう……くよくよしたりしないから!


 ピアスをギュッと握る。


 美砂江の分まで強く生き抜く。

 その約束を守る為、桃香は生きて島を出るという決意を新たにした。


 □◆□◆


読んでくださり ありがとうございました。

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