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三十二話  真治vs『ヒト型』トニトゥルス

 □◆□◆


 ★


 砂埃も落ち着いた瓦礫のなか、桃香は生きていた。

 ペタリと座り込み、ただボー然としている。


 澱んだ瞳に映るのは崩れた瓦礫の山……。


 しかし認識などしていない。

 何が起きてどうなったのか――そんなことは考えたくないし、考えることもできない。


 今の桃香は石。


 自分で動くこともなく、思考することもない。


 ただそこに在るだけの――石のようである。


 まるで、生きながらにして死んでいるかのように……。



 崩れた瓦礫から血が流れ出る。

 その血液は、地面を這うように桃香へ近づいていく。


 桃香の指先の手前で、触れることを躊躇するように流れを止めた血液が溜まっていく。

 その小さな血だまりからさらに流れた血液は、そっと、慈しむように桃香の人差し指を包んだ。



  桃香っ、いつまで座ってんのさ!



「美砂江――ちゃん?」


 新しい友人の声が聞こえた気がした桃香。その瞳に光が戻る。


「どこっ! どこにいるの美砂江ちゃんっ!」


 周りを見回すが、返答など返ってくるはずもない。


 それでも、桃香は美砂江を呼び続けた。


  声が聞こえたんだもん きっと生きてるんだ。

  探しに行かなきゃっ!


 立ち上がった桃香は指が濡れていることに気付く。


「――あ」


 指先からこぼれた滴が、小さな血だまりに落ちた。

 その波紋のなかに映った美砂江が、


  いつまでもしょぼくれてないでさ 生きてよ桃香。

  あんたが生きててくれれば

  あたしはずっと桃香と一緒にいられるんだからさっ!


そう励ましてくれた気がした。



 桃香は、血の付いた指を胸に抱いて崩れた。


「こんなの――こんなのってないよ美砂江ちゃん。美砂江ちゃん、美砂江ちゃん美砂江ちゃん……」


 涙が止まらない。


 まだ温かい血液が、指から手の甲まで伝わる。

 美砂江も涙を流しながら、まるで桃香を抱きしめようとしているかのようだ。



 カラカラ……


 落ちてきた小石が足に当たって、桃香は瓦礫の山を見上げた。


「なんで……なんでアンタが来るのよッ!」


 そう叫び、ソイツを睨んだ。



 桃香を見下ろしているのは『ヒト型』のバケモノ。

 鋭い牙を剥き、長い尻尾を大きく振って獲物を見つけた喜びを表していた。


「私は生きるんだッ! アンタみたいな、醜いバケモノの好きになんてさせてあげないんだからッ!」


 桃香は、飛びかかってきた『ヒト型』の顔に瓦礫の破片を投げつける。

 バケモノは空中でバランスを崩して瓦礫へと突っ込む。



 美砂江は言った。

 友達になれて本当に嬉しかったと、自分の分も生き抜いてほしいと……笑った。


  私は生きるんだッ!

  美砂江ちゃんの分まで生き抜いてやるんだからッ!


 桃香は、穴から出ようと瓦礫をよじ登る。


「痛ッ!」


 突如激痛が走る。


 ヒト型の長い尻尾。その鋭い尖端が、桃香の左側の尻部に深々と突き刺さっていた。

 まるで注射をされた時のように、なにかが体内に入ってくる。


「こんなのッ、美砂江ちゃんはもっと痛かったんだッ!」


 気合いで尻尾を引き抜き、瓦礫を登りきった。

 そのまま山を下って逃げる途中で、


「あ。きゃあああああッ!」


桃香は足をもつれさせ、瓦礫の山から転がり落ちた。


 全身の切り傷や打撲も気にする余裕はない。

 追ってきた『ヒト型』が瓦礫の山を下りてくるのだ。――しかし身体に力が入らない。


「こんな、こんなところで……。私は死ねないのにっ!」


 桃香は動いてくれない身体を引き摺って後退るが、『ヒト型』はすぐそこまで迫ってくる。

 その鋭い牙が眼前に迫った時、


 ドゴッ


と鈍い音がして、『ヒト型』が桃香の視界から消えた。



「七瀬さんだったよね? 聞きたいことがあるんだけど……」


 桃香の傍に立つ大きな影。


「さ、坂木原――くん?」


 意外な人物に出会ったと、桃香は目を丸くした。



 坂木原真治のことは武瑠と直登から聞いていた。

 病院ではぐれてしまい行方知れずとのことだったが……。


「よかった。坂木原くんも無事だったんだね!」


 と、思いはしたものの声は出なかった。

 それは真治の雰囲気が、あまりにもいつもと違っていたからだ。



 坂木原真治は、気弱でおとなしく物静かな青年だ。

 休み時間も大体はひとりで本を読んで過ごしている。

 声も小さく、驚くほどの人見知りで、篠峯聡美が間に入らないと会話にならないほどだ。



 その真治が、自分からはっきりとした声で話しかけてきたことに驚いた。

 だが桃香の声を失わせたのは、真治からにじみ出ている異様な威圧感だった。


 いつもの柔らかい雰囲気ではない。

 触れた途端に切り刻まれてしまいそうな鋭い刃――そんな雰囲気を纏っている。



「まったく、僕は聞きたいことがあるだけなのに……」


 頭を掻いた真治は、威嚇してくるヒト型のバケモノへと向いた。


 それを待っていたかのように『ヒト型』は動いた。


 顔は人とは似ても似つかないが、体長1メートルくらいに成長しているヒト型。

 二本足で走って来ると、体には不釣り合いな長い尻尾をしならせた。


「キミたちは攻撃のパターンが少ないんだよ」


 難なく尻尾を右手で弾いた真治は、『ヒト型』へと一歩踏み出す。


「動きも鈍いよね。人間の『形』になったのは間違いだったんじゃない?」


 繰り出したのはローキック。


 本来ならば相手の足にダメージを与えるキック。だが、身長の高い真治の鋭い蹴りは身長の低い『ヒト型』の頭を捉えていた。


「あのコウモリみたいな顔をしたバケモノの方が、まだ素早かったよ」


 爆発に巻き込まれたような勢いで瓦礫に叩きつけられたバケモノが真治を睨む。

 そして「フッ フッ フッ……」と呼吸が荒くなったかと思うと、その体が光りだした。


「そう。追いつめられるとそう来るよね」


 青白かった光が白へと変わり、『ヒト型』はバチバチと放電させながら真治へと突進してくる。


「動きが直線的すぎるよ」


 真治が躱すと、『ヒト型』はまたしても瓦礫へと突っ込んだ。

 瓦礫に幾つもの光が走る。と同時に、その体から光が消えた。


「できないのかしないのか。電気の持続時間がもっと長ければ、違う結果になったかもね」


 『ヒト型』が振り返るよりも速く、真治は足を払って倒す。

 そして首に足を当てると、


 ボキッ


なんの躊躇もなく骨を踏み折った。


 何度か痙攣した『ヒト型』は、その動きを止めて絶命した。


「さて――と……」


 真治は桃香の方――ではなく、崩壊した入口へと表情のない顔を向けた。


「そんなところで見てないで、手伝ってくれればよかったのに……」


 そこに立つ男は、木刀をワキに挟んで小さく拍手をしている。


「いや~。真治くんの邪魔をしちゃ悪いかな~と思ってさ~」


 語尾の伸びる軽い口調。


「み、皆本くんっ!」


 桃香の顔が明るくなる。


「やっほ~七瀬。無事……ってわけじゃなさそうだけど、生きててくれて良かったよ~」


 皆本はさわやかな笑顔で手を振った。

 そんな彼の後ろからもう1人――


「ちょっと皆本っ! あんたなにやってんの!? こんなところに突っ立ってないで、はやく桃香たちを探し……」


「由芽っ!」


 現れた由芽を、桃香は大声で呼んだ。


「も、桃香っ!」


 由芽は転びそうになりながら桃香へ駆け、


「桃香っ! 無事で……無事で本当に良かった!」


親友を胸に抱きしめた。


「遅い――遅いよ由芽ぇぇ……」


 桃香は涙声で、由芽に強くしがみついた。


「遅いって……。ちょっと桃香、どうしたのこの格好!?」


 由芽は、この時ようやく桃香の服が破れ、身体中が傷だらけだということに気がついた。


「こんな……。ひどいッ! 今河のヤツねッ!」


 怒りで震えながら、ハンカチで桃香の傷についた砂を払う。

 そしてあることを思い出し、由芽は周りを見回した。


「そういえば桃香、豊樹を見なかった? あなたを助けるって、後を追ってきてるはずなんだけど……」


 美砂江の名前を出されて、桃香は身を固くした。


「美砂江ちゃん。美砂江ちゃんは……みさ――っ――わああああっ!」


 大声で泣く桃香は、血の付いている指を大事そうに抱きしめる。


「み、美砂江ちゃんって……?」


 由芽は一瞬目を丸くしたが、


「そっか。豊樹のやつ、桃香を助けてくれたんだね……」


この場にいない美砂江が、どうなったのかを悟った。



  七瀬はあたしが必ず連れ戻すから!


 豊樹美砂江はそう言って桃香を救いに行った。


 あの強い瞳が忘れられない。

 一瞬でも美砂江を疑ってしまった自分が恥ずかしかった。


  豊樹 疑ってごめんね

  桃香を助けてくれて――ほんとうにありがとう……。


 強く桃香を抱きしめ、由芽も涙を流した。


 □◆□◆

読んでくださり ありがとうございました。

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