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二十八話  美砂江VS今河  そして・・・

 演出上、暴力的・卑猥な言葉が出てまいります。

 読んでくださる方の気分を害する可能性がありますのでご注意ください。

 □◆□◆


 ★


「そこまでだよ今河ッ! 桃香から離れなッ!」


 女の声で怒声が飛んだ。


 目を開いた桃香の目に、息を切らした豊樹美砂江の姿が映った。


「とよきさん? 豊樹さん、豊樹さんっ……」


 助け人を前に、桃香は何度も美砂江の名を呼んで感謝を表した。


「桃香、すぐ助けてやるからねッ!」


 その強く頼もしい言葉に、身動きできない桃香は何度も頷いた。


「はあ? だれが、誰を助けるって?」


 今河が美砂江を睨む。

 ご馳走を前におあずけを喰らったので、目が血走り怒りがあらわになっている。


 負けじと美砂江も睨み返す。


「今河、桃香を離しなッ! すぐに神楽や皆本たちが来てくれるんだ、こんなことをしでかしたからには、あんたはもう無事じゃ済まないからねッ!」


 今河は武瑠と皆本の名を出されて怯む。だがそれも一瞬の事、


「豊樹ぃ、そんなウソが通用すると思ってんのか?」


バカにしたように笑った。


 その態度に美砂江の表情が凍る。


「なッ、なにがウソなもんかッ! 神楽たちはすぐ近くにいるんだ、あたしが叫べばすぐに来てくれるんだよッ!」


「呼んでみろよ」


 今河の低い声に、美砂江は絶句した。


「さあ、どうした? 近くにいるんだろ? だったら早く呼んでみろよぉッ!」


 その大声に、美砂江は歯ぎしりする。


  バレた。どうしよう、どうやって桃香を助けたらいい……?


 美砂江も喧嘩慣れしているつもりではあるが、やはり男と女――力では到底かなわない。

 だが、武瑠や皆本の名を出して今河が怯んでくれれば隙をつくことも出来る。

 それが美砂江の作戦だったのだが、早くも頓挫してしまった。


「とよき――さん?」


 希望を打ち砕かれたように、桃香の顔が青くなった。

 逆に、今河は勝ち誇ったように笑う。


「おまえは単純なんだよ! お嬢さんは不器用だからよ、ウソが下手でいけねぇなあ! あいつらがいるなら、女をひとりで行動させるわけねぇだろうがッ!」


 そして、美砂江にも上から下まで舐めるような視線を送る。


「豊樹ぃ、今から俺と桃香が愛し合うところをよく見ておけよ。ムラムラしてきたら、後で相手してやってもいいぜ。普段なら、オヤジ汁がたっぷり滲み込んだお前なんか相手にしないんだけどよ、今日は特別だぁ!」


「やめな今河ッ! 桃香の前でそんな話をするんじゃないよッ!」


 美砂江は目を剥くが、高笑いする今河はそれを受け流して口もとを醜く釣り上げる。


「はあ? 今さら何言ってんだぁ? 桃香だって知ってるさ、普段お前がどんなオヤジと、どんな事をしているのかなんて……」


「言うなあああああッ!」


 美砂江は拳を上げて駆け出した。


 自分の日頃の行いなんて自覚している

 それをみんなが知っていることも――。


 でも今は この場では


 桃香の前でだけは、そのことを言われたくなかった。


「あん? やるつもりかよ豊樹」


 迎え撃とうとした今河は桃香の腕を離した。

 その隙をついた桃香は、おもいっきり今河の顔を引っ掻いた。


「ぎゃああああッ!」


 指が目に入り、今河は右目を押さえ桃香を睨みつけた。


「も――も――かぁぁぁ……おまえぇぇぇぇッ!」


「ひ、ひぃッ!」


 そのあまりの恐ろしい形相に、桃香の顔が引き攣った。


 今河が桃香に気を取られた僅かな時間は、美砂江には絶好の好機となった。


「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁッ! 痛ッてェッ! イテテテ……ッ!」


 美砂江は今河自慢の長い髪を、特に揉み上げあたりを中心に両手で鷲掴みしてハンマー投げをするかのように振り回す。


「離せッ! 離せよ豊樹ッ! お前、こんなことしてタダですむとおもっ……いッ! がああああッ!」


 遠心力で抵抗も出来ず、振り回された今河は、勢いそのままに壁に叩きつけられた。

 重い音と一緒に、天井からパラパラと砂利が落ちてくる。


 手に絡んだ茶髪の束を掃った美砂江は桃香へ向いた。


「桃香立てるかい!? 急いで逃げるよッ!」


「待って! 足が……足に力が入らないよっ!」


 手をパタパタさせて助けを求める桃香を、美砂江は抱き起こした。


「大丈夫? 走れる?」


「ご、ごめんなさい。うん、走れるよ」


 とはいうものの、桃香はまだ全身が震えていた。


  今河なんかに押し倒されたんだ

  精神的なショックを受けててもおかしくないね……


 美砂江は桃香の手を引いて出口へと向かう。



「逃がすかよ、クソ女がああああッ!」


 出口まであと三歩というところで、今河の手が美砂江を捕らえた。


「ッ!」


 髪を掴まれてそのまま振り回されてしまう。さっきとは逆の展開だ。


「やめてッ! 豊樹さんを離してッ!」


 桃香が今河に飛びかかり、後ろ髪を引っ張った。


「いてててッ!」


 その拍子に解放された美砂江だったが、そのまま背中を壁に叩きつけられる。

 天井から拳ほどの瓦礫が落ちてきた。


「かはッ! くう……ッ」


 一瞬呼吸が止まった美砂江は、尻餅をついて咳込む。


「何やってんだ桃香ッ。離せッ、離せええええッ!」


 その怒声に桃香は身を震わせた。


 今河が怖くて仕方がない。

 それでも、美砂江を助けたいという想いの方が強かった。


「いい加減にしろやボケがぁッ!」


 今河は振り向きざまに桃香の顔面を肘で打った。


「きゃああああッ!」


 床へ倒れたところへ、桃香は腹部にも強烈な蹴りを喰らう。


「ぐッ――ぅぅぅ……」


 桃香は激痛に耐えきれず、お腹を押さえて身を縮めた。

 それを見た美砂江が叫ぶ。


「も、桃香ああああッ!」


 立ち上がるも、僅かに今河の方が速かった。

 美砂江は頭を押さえられて再び壁に叩きつけられ、さらに鼻に頭突きも喰らう。


「あああああッ!」


 美砂江は鼻を押さえるが、今河はそんな美砂江を引き摺り倒すと、上乗りになって足で右手を、左手で左腕を封じた。


「途中で止めるなんて甘いんだよクソ女ッ! 喧嘩っていうのはなあ、相手が倒れたらすぐに……こうするんだよッ!」


 残った右手で美砂江の顔面を殴りだす。


 美砂江の口が切れ、鼻血が飛び散る。


「ぐッ! うう――うううッ!」


 美砂江は耐えるしかなかった。


 腹部を押さえる桃香が、泣きながら手を伸ばす。


「やめて……もうやめてよッ! 豊樹さんが死んじゃうッ! お願いだからもう、もうやめてよぉぉぉっ!」


 殴り続ける今河を止めに入りたいのだが痛みで動けない。


 不意に今河は殴るのを止めた。しかし桃香の声が届いたわけではないようだ。


 息を切らしながら美砂江のアゴを上げる今河。


「どうした豊樹、さっきの威勢はどこに行ったんだろうなあ! ああッ!?」


 目を剥いて睨みつける。


 美砂江の顔は血まみれだった。

 左の目蓋は大きく腫れ、眼球も赤く充血している。

 視界はそうとう狭くなっているだろう。


「て、抵抗できない女を殴って、そんなに楽しいかい――今河……」


 それでも、美砂江は今河を睨み返した。


「ああ楽しいね! 最高だッ! やりたい放題出来るんだぜ? こんな事とかなあッ!」


 今河は、美砂江のブラウスに手をかけて勢いよく引き千切った。


 下着も外れ、豊かな左胸があらわになる。


「どうする豊樹? 俺は心の深い寛容な男なんだ。ちゃんと謝れば、今から可愛がってやってもいいんだぞ?」


 ニタぁ~と笑った今河。

 その顔は砂埃や汗、よだれが混ざって汚いことこの上ない。


「はッ、冗談ッ! 自信過剰にもあきれるよッ! アンタの極細短小で、あたしを満足させられるとでも思ってるのかい?」


 鼻で笑った美砂江を、今河は静かに冷たい目で見ていた。


「おまえバカだな。 どうせみんなバケモノに殺されるんだぜ? 最後にいい思いをさせてやろうと思ったのによぉ……」


 目を瞑りため息を吐く。


「どうせ死ぬなら、誰に殺されても一緒だよなあ? 豊樹ぃ……」


 目を開けた今河は狂気に満ちていた。


「お前は、いま死ねやあああッ!」


 拳を固め、大きく右腕を振りかぶる。――その反動で腰が浮いた。


 美砂江の目がきらりと光る。


「――バカはアンタだよ、今河……」


 言い終えるより速く、今河の股間に美砂江の鋭い膝蹴りが入っていた。


「ごぅッ!……おお……ぉぉぉぉ……ごおッ!」


 股間を押さえ悶絶し、ゆっくりと横に倒れる今河。


 起き上がった美砂江はその頭を踏みつけた。

 今河は呻き声を出したが、脳天を突き上げるような痛みで動くことが出来ないでいる。


「単純なのはお互い様だったね今河。こんな安い挑発に乗ってくるようじゃ、アンタの底もたかが知れたわけだ」


 そう吐き捨てた美砂江の身体がふらついた。

 意識が遠くなる感覚――


  あ……これはやばいかも

  倒れたら気を失っちゃう!


 美砂江はなんとか耐えようとするが、流れる身体は止まらない。


 しかし、そんな美砂江を桃香が支えた。


「豊樹さん、しっかりして!」


 大粒の涙を流しながら、抱きしめるように支えている。


「もも――か。あんた、なに泣いてるのさ……」


 美砂江は微笑もうとするが、口が上手く動いてくれない。


「ごめんね豊樹さん。私の、私のせいで……」


 桃香は、あまりに酷い美砂江の傷に触れることもできない。

 言葉が続かない桃香の頭を、美砂江は優しく撫でた。


「桃香のせいじゃないよ。悪いのはみんな今河さ」


 そう言って、宝物を扱うように優しく抱きしめた。

 驚いた桃香は一瞬身を固くしたが、安心から美砂江の背中に手を回し、静かに泣き出した。



 今河はまだ苦しんでいる。

 しばらくは動けそうにないだろう……。


「桃香、物部や神楽たちが待ってる。みんなのところへ帰ろう」


 髪を撫でられた桃香が、胸のなかでコクリと頷いた。

 出口に向かって歩き出すふたり――その背中に今河が叫びかけた。


「お、おい待てよ! 俺は? 俺はどうすんだよッ! いまバケモノが来たら殺られちまうじゃねえかッ!」


「あんた、みんなのところへ戻れるとでも思ってるのかい?」


 桃香に支えられている美砂江は、振り向かずにそう言った。


「お前と桃香が言ってくれればいいだろ? 俺は桃香を助けようとしただけだってよ!」


 悪びれもしない態度――美砂江は桃香を押し出すようにして一歩踏み出す。


「だったら、だったらよ、せめて俺が動けるようになるまでここにいてくれよ! なっ! なっ!」


 青ざめた今河は懇願する。


 確かに、いまバケモノが来たら終わりだろう。

 股間を押さえて動けずにいる今河を憐れに感じないこともない。だが――


「身勝手さだけは一級品だね。 悪いとは思わない、あたしたちは行くよ。あんたがここで死のうが生き残ろうが、もう関係ないね。ただ、これだけは言っておくよ――」


 美砂江は今河を睨んだ。


「今度あたしたちの視界に入ってきたら……その時は間違いなく殺すッ! あんたを殺す事だけは躊躇したりしない! それだけは覚えておきなッ!」


 凄みのある眼力に今河が凍りつき、力が抜けたようにうなだれた。

 その姿に、美砂江は満足した笑顔を見せた。


「桃香、行こっか!」


 桃香は頷くも、「あっ」と言ってスカートのポケットを探った。


「その前に、その服なんとかしないとね。みんなびっくりしちゃうよ」


 美砂江の破れた服を、取り出したヘアピンで留めだした。


「器用なもんだ。桃香は良いお嫁さんになるタイプだね」


「そ、そんなことないよ! 私なんて……豊樹さんほど綺麗じゃないし、もらい手があるかどうかもわかんないし……」


 桃香は寂しそうに微笑んだ。

 その反応で美砂江は気付いてしまった。

 桃香には好きな人がいる。

 けれども、叶わぬ片想いだと諦めてしまっていると……。


「ならその時は、あたしが桃香をもらってあげるよ!」


 おもわずドキッとしてしまう美砂江のウインクに、桃香は真っ赤になった。


「え? え? ええぇぇぇ!」


 こんな冗談で照れる桃香を、本当に可愛いと思う。

 同時に「心から優しい娘なんだ」と、美砂江は尊敬に似た念を抱く。


 あきらかにこの会話は時間稼ぎだ。

 その証拠に、桃香はチラチラと今河の方を見ている。


 腫れた頬 切れた口もと はだけた服


 あんな目に合わされたのにもかかわらず、今河が少しは動けるようになるくらいまでは残ってあげようというのだ。


「もっと早く、あんたと話が出来ていればね……」


 小さくつぶやいた美砂江は自虐的な笑みをこぼした。

 それが無理だったのは自分が一番よく知っている。



 同性の話し相手といえば、最近『こちら側』に来た片平樹希くらいだった。

 今なら“羨ましかったんだ”と認めることは出来るが、桃香や一颯、クラス委員長だった聡美など。

 友人たちの輪に囲まれている者達は寄せ付けてこなかった。


 この島では最悪な事ばかりだが、「こんなことがなければ、桃香と話をすることなんて一生なかっただろう」そう思うと、改めて桃香を大切にしたいと思った。



「え? ごめん、聞こえなかった。なんて言ったの?」


 ハンカチを取り出そうとした桃香の手が止まった。

 そのキョトンとした表情に、美砂江はイタズラな笑みを返す。


「大したことじゃないよ。桃香の服もなんとかしないと、神楽たちが見たら興奮

 してどうにかなっちゃうかもねって言ったのさ」


「え? あ――」


 胸の下着が見えたままになっているのを指摘され、顔を真っ赤にした桃香はブラウスをヘアピンで留めだす。


 美砂江が今河へ目を向ければ、彼はもぞもぞと動いていた。

 あと一分もしないうちに動けるようになるだろう。


「それは歩きながらでも出来るだろ? もう行くよ」


「う、うん……」


 肩を抱かれた桃香は、チラリと今河を見て頷いた。


 ふたりは支え合って歩き出す。

 その時、地鳴りのような音が響いた。


「なに? なんなのこれ?」


 困惑する桃香。


 ゴゴゴゴ……という音はするが地面は揺れていない。


「まずいッ、建物が崩れるんだッ! 逃げるよ桃香ッ!」


 ろくな整備もされず、老朽化の激しい建物はいつ崩れてもおかしくはなかった。

 今河や美砂江が壁に叩きつけられた衝撃が影響してしまったのだろう。


 桃香の手を引いて走り出した美砂江だったが、頭上の天井が崩れてきた。


「桃香危ないッ!」


 とっさに桃香を突き飛ばした美砂江。


 そして、ふたりはもうもうと砂塵舞う崩壊に巻き込まれた――。


 □◆□◆


 読んでくださり ありがとうございました。


 『今河』という〝悪役〟や、『美砂江』の〝心の変化〟を表現するためではありましたが、暴力的・卑猥なセリフがありました。

 気分を害された方には、心よりお詫び申し上げます。


 『美砂江』という女の子が、幼少の頃の寂しさをキッカケに心が荒れてしまい、それゆえに犯してしまった過去の過ち……。『今河』がそれにつけこむことで、

   “『桃香』に必要とされたい”

そう願っている『美砂江』の心を奮起させ、

   “二度と過ちは犯さない!”

そう誓う心の叫びを、

   「言うなあああああッ!」

という言葉に込めた演出でした。


 重ねますが、気分を害された方には心よりお詫び申し上げます。


 〝反抗する〟・〝誰かを傷つける〟ことでしか自分を表現出来なかった『美砂江』の成長を、温かく見守っていただけると幸いです。   富山k2

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