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二十七話  美砂江の『希望』

 性的に乱暴なシーンがございます。ご注意ください。

 □◆□◆


 ★


 商店街まで来た美砂江は肩で息をしている。


「くっそ――今河のヤツ、七瀬をどまで連れていったのさ……」


 武瑠たちを由芽に任せ、桃香を連れ去った今河の後を追ったのだが――ふたりを見失ってしまった。


 一瞬とはいえ、由芽が自分を疑ったのはその表情でわかった。それでも、すぐに「あなたを信じる」という目をしてくれた。その想いに応えたかった。

 それに――



「桃香たちからみれば、お前だって不良って呼ばれるこっち側なんだぜ? お前を助けるために命を懸けたあいつらが、豊樹美砂江は同じ班の仲間を見捨てる卑怯者だと知ったら……。 そんなヤツは信用できないって言うに決まってるよな。お前も一緒に追い出されてみるか?」



 アパートで今河に言われたあの言葉が悔しかった。


  あたしは あたしはアンタほど腐っちゃいないッ!


 確かに座間や三屋を見捨てる形にはなってしまった。それをバラされたら由芽や桃香たちがどう思うかと怖くもなった。

 しかし今は、


  自分を変えるチャンスなのかもしれない


そう思えるようになっていた。



 ――そのキッカケをくれたのが桃香だ。

 うつむいている自分を心配して、積極的に話しかけてくれたのが桃香だった。今河が何を言ってきたのか――そんなことは聞いて来なかった。ただ――


「私ね、豊樹さんとお話ししてみたかったの」


 たどたどしくはあったが笑顔で話しかけてきた。


  そんなのうそに決まってる


 その時は、そんな桃香にイラついた。


 自分が桃香にどう思われているのかはわかっている。

 優等生でおとなしい桃香が、日頃から素行の良くない自分と話してみたいはずがない。怖い自分とは、話すどころか近づきたくもないはずだ。だが桃香は――


「ときどき豊樹さんのことが気になってたの。ひとりでいる時、すごく寂しそうな目をしているから……」


 そう言われて美砂江の顔が赤くなった。

 その反応に桃香は慌て、


「あっ、でもいつもジロジロ見てるわけじゃないよ!」


と赤い顔をして手をパタパタと振った。


 怒ったわけではない、


  あたしを心配してくれてたの……?


そう戸惑ってしまっただけだった。



 美砂江は比較的裕福な家に生まれた。

 両親は別々で起業しておりそれなりの収入があった。

 普通よりは金持ち、しかし大金持ちとはいえない。

 その中途半端な裕福さが、両親を仕事の鬼に変えていた。


 父に遊んでもらった 母の手料理を食べた


 それがいつだったのかさえ記憶にない。

 それどころか、幼少期からちゃんと顔を合わせることもなく、炊事洗濯は通いのお手伝いさんに任せきりだった。

 無愛想なその人は遊び相手をしてくれることもなく、子供だった美砂江はひとりでいることが多かった。


 当然のように美砂江の心は荒れる。


 度を越えたイタズラや弱い者へのいじめ、万引きなどの“悪さ”をするようになった。

 それは幼いながらも、両親の気を引きたいという叫び声だったのかもしれない。


 だが両親は、その責任を互いに押し付けあった。

 毎日にのように繰り返される醜い罵り合い……。


 中学生になるころには、美砂江の心はボロボロになっていた。

 不良グループに入ったのもそのせいだ。


 『大人に反抗する』

 『社会のルールを破る』


 それが楽しかった。


 警察に補導される事も度々だったが、呼び出されては頭を下げる親を見るのが一番楽しかった。

 どんな悪さをしても、どんなに怒られても気にならない。


  だってあたしはいらない人間なんだもん。

  誰も、ちゃんとあたしを見てくれないんだから……。


 そう思っていた。今までは――



 桃香は色々と話しかけてきた。


「豊樹さんっていつも良い香りがするよね、なんていう香水なの?」


「豊樹さんがいつも付けてるそのピアス可愛いよね。 私は耳に穴開けるの怖くって……。イヤリングで似たものってあるのかな?」


「豊樹さんがいつも食べてるシュークリーム。 あれって駅前の『フクマル』でしょ? 私も大好きなの!」



 香水は好みのモノを買った。


 エロオヤジ共の評判は良くなかったが、そんなのは気にしない。


 ピアスは店から万引きした。

 好みのモノではなく、スリルを味わっただけの戦利品だから、欲しいのならあげてもいい。


 シュークリームが特に好きなわけじゃない。


 甘いものが欲しくても、駅から学校までの間にはシュークリームの専門店『フクマル』しかないだけ……。



 美砂江はそう思っていたが、実際になんて答えたのかは覚えていなかった。

 桃香はずっと笑顔だったから、当たり障りのない返答をしていたのだろう。

 戸惑いのなか、美砂江は胸に温かいものを感じていた。


  「いつも――」


 そう 桃香は「いつも」と言った。


「いつも」自分を見てくれていた人がいて、それが嬉しいということだけははっきりとわかった。


 親は自分の事を何も知らない。

 朝に会いはしたが、今日のルージュの色も覚えてはいないだろう。


 不良グループの仲間もそうだ。

 基本的には自分が良ければそれでいい連中だ。誰かとちゃんと向き合おうとする者などいない。

 よほど、桃香の方が自分の事を知ってくれているではないか。


  もし、桃香と仲良くなれたら……


 ちゃんとした……いや、普通におしゃべりをしたり、服を選びあったり、恋の話で盛り上がるようなどこにでもいる女の子になって生きて行けるのではないか?

 そう思い始めていた――。




 今河と桃香の姿は見失ってしまったが、今河の行動を推測するのは容易だった。


「七瀬は……。桃香はあたしの『希望』なんだ! 今河なんかの好きにさせるわけにはいかないッ!」


 ギリッと食いしばった美砂江は、廃墟が密集している方角へと再び走り出した。



 ◇



 たくさんある商店街の一店舗。

 店に入る時、微かに『豆』という字が読めたので、元は豆腐屋だったのだろう。


 その作業場奥の石の床に、桃香は転がった。

 迫ってくる今河から逃げようとしたのだが、足を引っ掛けられて転んでしまったのだ。

 天井の一部が崩れ、瓦礫が重なっている床を、今河がゆっくりと近づいてくる。


「なんで逃げるんだよ桃香。お前だってこうなることを期待してたんだろ?」


 いやらしい笑みに、顔を青くした桃香は激しく首を振った。


「ち、ちがう。わたし、こんなこと――の、望んでない」


「またまたぁ~。そうやって俺を誘惑しているのに、その気がないなんて言っても説得力ないぜ?」


 転んだ時にスカートがまくり上がっていたらしい。

 あらわになった桃香の白い足を、今河は視線で舐める。


 寒気を感じ、慌てて足を隠した桃香だったが、その隙をつかれて押し倒されてしまう。

 両腕を掴まれ、覆い被さられてしまったので身動きが出来ない。


「いやッ、やめてッ、やめてよッ!」


 必死にもがく桃香だったが力の差は歴然だった。

 桃香の首筋に顔を埋めた今河が大きく息を吸う。


「ハア~……いい匂いだな桃香は。それに、こんな魅力的な胸で俺を誘惑しやがってぇ……」


 クックックと喉を鳴らす。

 そして桃香のブラウス、制服のボタンを下から噛み千切りだした。


「やだぁぁぁ……やめてぇ……」


 あまりの恐怖で大きな声が出ない。

 それでも桃香は必死に抵抗した。

 激しく顔を振ったためにメガネが落ちたが、それを見た今河の息が荒くなる。

 桃香が抵抗すればするほど興奮するようだ。


 制服がはだけて胸の下着があらわになった。


 白い肌に大きな膨らみ


 桃香は着痩せをするするタイプらしい。


「どうせあのバケモノにみんな殺されちまうんだ。その前に、俺が気持ちいいコト教えてやるよ……」


 想像以上のご馳走を目にした今河は舌なめずりをし、


「桃香、泣くほど嬉しいのか? 安心しなって、優しく教えてやるからよ」


 頬を伝う桃香の涙をねっとりと舐めた。


 もう声すら出せない桃香は、苦悶の表情で屈辱に耐えるしかなかった。


「なぁに、痛いのは最初だけ。すぐに自分から求めてくるようになるって……」


 そして、上の下着を剥がそうと歯をかけた今河。

 そこに、


「そこまでだよ今河ッ! 桃香から離れなッ!」


女の声で怒声が飛んだ。


 □◆□◆

 読んでくださり ありがとうございました。


 前回の二十六話以降、各キャラクターの『心』というものに大きく触れていこうと思っております。

 そうすることで物語に深みが出てくればよいのですが……。

 私の力量でどれだけ表現できるかはわかりませんが、引き続きお付き合いいただければ幸いです。

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