二十三話 脱出経路
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「あれ~、もしかして余計な事だった~?」
この特徴的な語尾が心地よい。
「みな――もと?」
姿を見ても、武瑠はまだ信じられない。
皆本は直登たちとアパートの管理人室にいるはずなのだ。
「ごらんの通りボク皆本~。助けに来たよ~……って大丈夫か神楽、頭でも打っちゃったとか~?」
あ然とする武瑠に、皆本は能天気な声で微笑んだ。
「皆本ッ、なにバカなこと言ってんだ!」
「そうよ! 神楽は連れて行くから、時間を稼いでよねッ!」
続いて現れた直登と由芽に叱責された皆本は、
「なんとかがんばってみますよ~。そっちも気をつけてね~」
ニヤけたまま木刀を構えた。
「な、直登、それに物部さんまで……どうして?」
ふたりに肩を借りる武瑠は目を丸くした。
「希美が教えてくれたのよ、神楽が危ないって」
「親友のピンチはほっとけないだろ? 助けに来たんだ!」
由芽と直登は武瑠を引き摺るようにして階段を下りていく。
「矢城さん無事だったんだ。よかったぁ……」
希美の無事を知って武瑠は安堵の息を吐いた。
「まったく。少しは自分の心配もしなさいよね!」
叱るような言い方だが、由芽の目は優しかった。
2階まで下りた時、下から今河と美砂江・桃香・希美が血相を変えて階段を駆け上がってきた。
「お前らどうしたんだよ、下で見張ってろって言っただろッ!」
「それどころじゃねえんだよッ! 向こうからバケモノが来やがった、しかも三匹だぞ! 三匹ッ!」
怒鳴る直登に負けず、今河も大声を放った。
「人間みたいな形のバケモノのもいるのっ。どうしたら、どうすればいい!?」
桃香も困惑している。
「ど、どうすればいいって、そんなこと聞かれても……」
直登は言葉を詰まらせた。
「神楽くんは大丈夫なのっ!?」
希美は顔色悪い武瑠に寄り添う。
「お前らが神楽を助けに行くって言ったからこうなったんだろうがッ! 責任取れよッ 責任ッ!」
吠える今河に由芽が髪を逆立てた。
「なに言ってるのよッ! 嫌ならついて来なくてもいいって言ったのに、アンタが勝手についてきたんでしょッ!」
「あ、あんなところに俺ひとりで待ってろっていうのかよッ!」
痛い所を突かれたのか、今河は言葉を詰まらせた。
「あれ~、まだこんなところにいたの~?」
皆本が階段を駆け下りてきた。
左の二の腕のシャツが破れて白い生地が赤く染まっている。
「皆本くん、その傷……」
「大した傷じゃないから大丈夫だよ~」
心配する桃香に皆本は手を振った。
「皆本、バケモノはどうしたんだよ!?」
直登の問いには苦笑いした。
「いや~、コウモリ顔だけならなんとかなるかな~なんて思ってたんだけど、ゴブリンみたいなヤツまで加わっちゃってさ~。時間も稼げたと思ったから逃げてきちゃった~」
まいったというように後頭部を掻く。
「ちょうどいいところに来たな皆本! 下にバケモノが三匹もいるんだ。お前が行って俺が逃げる時間を稼いで来いよッ!」
皆の非難の目が今河に集中した。
今のは皆本に「死んで来い」と言ったのと変わらない。
「みんなのためなら出来る限り頑張ってみるけど~、キミのためってのはハッキリお断りだね~」
皆本は腕をクロスさせ、胸の前でバツをつくった。
「なんだと……テメエッ!」
「待てッ、待ってくれッ!」
武瑠は、痺れから回復できていない身体に鞭を打って今河を止めた。
「今は言い争ってる場合じゃないッ! こっちのフロアに入って、ベンチを集めてバリケードを作るんだッ!」
直登と由芽から離れると、ヨロけながら2階フロアに入る。
皆も武瑠に続くと、待合席のベンチを積み重ねて入り口に壁を作る。
そこに、下りてきたコウモリ顔がバリケードを壊そうと体当たりを始めた。
「まだ足りないッ そっちの机も持ってきてくれッ!」
ベンチを押さえながら武瑠が叫ぶ。
「おい、机だってよッ! ほらそれだよッ、さっさと運べよッ!」
「ごちゃごちゃ言ってないで、アンタも運びなさいよッ!」
何もせず指示を出すだけの今河に、机を引っ張る由芽が怒鳴った。
直登と皆本を中心に、桃香や美砂江も懸命に机を運び積み重ねていく。
なんとか入り口にそれなりのバリケードが出来た。
下からの三匹も加わったのだろう。
バリケードへの衝撃が強くなったが、それでもしばらくはもちそうだ。
「それで? これからどうするんだよ。 助けも来ないのに、ここで籠城でもするつもりか?」
今河が窓から外を見る武瑠に声をかけた。
こうなったのはお前のせいだと言わんばかりの嫌みな言い方だ。
しかし今河の言う通り、籠城というのは助けが来ることを見越したものだ。
これではただの立て籠もりだった。
「いや、今のうちに雨どいをつたって逃げるんだ」
外にバケモノがいないことを確認した武瑠は向き直る。
当初の計画通り、バケモノたちが建物の中にいる今のうちに脱出するつもりだ。
「雨どいだあ? そんなものがあるのかよ?」
今河だけでなく皆が窓の外を確認しに行く。
ひとり窓には行かなかった皆本は、受付カウンターに隠れて座り傷の手当てをしていた。
左のワイシャツの袖を破り、包帯代わりにして傷に巻いている。
自分で二の腕に巻くのは難しいだろうと、武瑠は手を貸した。
「皆本、この腕――本当に大丈夫なのか?」
皆に気付かれないように小さな声で話しかけた。
「見た目は派手だけど~、ぜぇ~んぜん平気だよ~!」
手当てをうけながら皆本はにこやかに笑うが、武瑠は頬をつたう脂汗を見逃してはいなかった。
傷からの出血は相当だ、すぐにでもちゃんとした処置が必要だろう。
「俺のせいで……すまん」
傷口を縛り終えた武瑠は頭を下げた。
「な~んで神楽のせいになっちゃうわけぇ~?」
包帯の縛り具合を確かめながら首をひねる。
「それは……。だって、俺を助けに来たばっかりに……」
皆本は言いかけた武瑠を制し、
「かたいこと言いっこなしだって~」
立ち上がりながらぽんぽんと肩を叩いた。
そこに直登が来た。
「おい武瑠、俺たちはいいとして女子はどうするよ? 2階っていっても結構高いぜ?」
1階が駐車場になっている郵便局。
2階といっても一般住宅の屋根の上ほどもある。
「それなら俺たちで背負っていけばいいんじゃない~?」
答えたのは皆本。
「物部以外の三人を、俺と相模と神楽で背負えばちょうど数も合うし~」
確かに桃香・美砂江・希美を、武瑠・直登・皆本で背負えば数は合う。
「皆本、なんで物部さんは数に入らないんだ?」
武瑠の素直な疑問だった。
「私なら自分で下りられるからよ」
それに答えたのは物部由芽本人だった。
「私、前は体操部だったし、けっこう運動神経いいのよ。あれならひとりで下りられそうだから数に入れなくてもいいわ」
「ウチの学校に体操部ってあったっけ?」
一緒にバトミントン部に所属していたのに? と桃香が首をひねった。
「中学を卒業するまでだけどね。クラブに通って本格的にやってたのよ。優秀なほうだったんだから!」
由芽は自慢げにウインクを返した。そして皆本へ向き直り、
「相模は「女子はどうする?」って聞いたのに私を数に入れないなんて、皆本ってそんなに冷たかったけ~?」
青筋まじりで微笑んだ。
「相模が言ったのは「普通の女の子」って意味でしょ~? 体育の柔道で、男を簡単に投げ飛ばす女子を「普通の女の子」とは言わないよね~」
にこりと微笑み返す皆本に、由芽はため息を吐く。
「そんなの中学一年生の時の話じゃない。あんたまだそんなこと憶えてたの?」
「ショックだったからね~。遊びとはいえ、まさか女子に投げられるなんて思ってないからさ~……」
苦い過去なのか、皆本はしょぼくれ顔だ。
皆本と由芽の中学は男女で別れはするものの体育で柔道は必須だったらしい。休憩時間でのお遊びのはずの組手で、皆本は由芽に見事な背負い投げを決められた。
元々体操競技というのは、スポーツの基礎となる動きを徹底して反復練習する。
だから他のスポーツへの順応力も相当である。自分の身体の可動範囲(柔軟性)を知っているうえ、思い描いた動きをするにはどうすればよいかというのは経験と理屈で知っている。
スポーツに関しては、ある程度までならば少し練習すれば出来てしまうということも少なくないらしい。
「そっか。由芽と皆本くんって同じ中学だったよね」
桃香は納得して手を打った。
「中学だけじゃないよ。皆本とは腐れ縁でさ、小学校も一緒だったんだから。そういえば、四年生の時にラブレターもらったこともあったな~。ねえ、み・な・も・と!」
イタズラっぽく笑う由芽。
「あ、あれは~。若気の至りってやつだったんだね~……」
平静を装おうとする皆本だが、しっかりと赤面している。
「おいッ! いつまで和んでるつもりだ!? さっさと逃げようぜッ!」
窓から半分身を乗りだしている今河が怒鳴った。
今回ばかりは今河が正しい。一刻も早く逃げなければならないのだ。
「初めて今河が役にたった~……」
助け舟を出された格好の皆本のつぶやきに、武瑠は笑いを堪えた。
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