二十一話 今河の罪・美砂江の葛藤
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直登は窓から外の様子を見ていた。
「武瑠のやつ遅いな、なにやってんだよ……」
イラ立ちを抑えきれず、拳で壁を小突いた。
周辺の見回りに行った皆本と代わって直登が見張りをしていたのだが、戻ってこない友人が心配でつい愚痴ってしまう。
「相模くん、神楽くんならきっと大丈夫だよ。たぶんこの人数が隠れられる場所がなかなか見つからないんじゃないかな?」
桃香が直登の横に並んでぎこちなく微笑んだ。
「桃香の言う通りだよ相模。だいたい神楽が出てってまだ15分くらいなのに、何回同じこと言ってるのさ……」
由芽がため息を吐く。
向かい合って座る美砂江もあきれ顔だ。
「まだ15分? もう15分だろっ!」
警戒しながら皆が隠れられる場所を見つけるのは決して簡単なことではないだろう。武瑠も苦労しているに違いない。
そんなことは直登にもわかっている。けれども親友が心配で仕方がないのだ。
部屋の隅に座り、黙って手を動かしていた今河がギロリと直登と桃香を睨む。
「おいお前ら、もう少し窓から離れろよ。バケモノに見つかったらどうすんだ」
それだけ言うとふてくされ顔で、ひっくり返した机の脚を外す作業に戻った。
その姿に、皆は顔を背けて声を出さないように笑った。
直登と皆本は起こした今河に一応謝罪したものの、予想された通り今河は烈火のごとく怒った。が、そんな彼を皆本はまた絞め落とした。
そしてすぐに目を覚まさせると、
「静かにしてないと、何度でもやっちゃうよ~」
絞め落とすことで考えられる脳へのダメージと身体への影響をにこやかに語った。
いつも〝虎の威を借りる狐〟のポジションにいる今河には、実力行使でおとなしくなってもらった方が早いと考えたらしい。
効果は抜群だった。
今河は青い顔をして口を噤む。
乱暴な言葉には慣れているのだろうが、実力の差を体験させた後にあえてにこやかに容赦はしないと言ったことで恐怖感が生まれたらしい。虎のいない今河は〝借りてきた猫〟のようになった。
しかし自分の武器が無くなったと知ると、早くも文句を言い始める。
「武器が欲しければ自分で用意したら?」
嫌みたっぷりの由芽の言葉。
何か言いたそうな今河だったが、皆本と目が合うと小さな舌打ちをして黙って木の机へ向かったのだった――。
カチャ
ドアの開く音に身を強張らせた美砂江だったがすぐに胸を撫で下ろす。
「驚かせちゃった~? ごめんね、開ける前に声かければよかったね~」
笑顔を見せる皆本は椅子に木刀を立て掛けた。
「アイツらはこの辺にはいないみたいだね~。今は、だけど~……」
その情報で、とりあえず皆は安堵の息を吐いた――。
◇
由芽と美砂江がこそこそと話をしているところに桃香も加わる。
「ん? お前らどうかしたのか?」
その様子を不思議に思った直登が声をかけた。
「な、何でもないよっ」
桃香が赤面しながら手を振る。
「なんでもないことないでしょ桃香。私たちには大事なんだから……」
そういう由芽も恥ずかしそうに顔を赤くしている。
なんのことかわからず、キョトンとしている直登の代わりに今河が口を開いた。
「なんだよ、小便ならさっさと行って来いよ」
それだけ言うと、机の脚という武器を満足そうに眺めた。
ぶっきらぼうな発言に驚いた桃香と由芽の顔がさらに赤くなる。
「と、トイレ? そ、そうか。え、と……ど、どうしようか?」
動揺して困る直登は皆本に意見を求める。
「なんで俺に聞くの~?」
平静な顔に流れた一筋の汗。
皆本も動揺しているのかもしれない。
管理人室のトイレにドアは無く、便器が丸見えになっている。
彼女たちがそんなところで用を足せないのはわかる話だ。
「アンタね、もっと言い方があるだろ! デリカシーの欠片もない男だねッ!」
美砂江に非難の目を向けられた今河は鼻で笑う。
「もぞもぞしてっからはっきりと言ってやっただけだろ。だいたい、デリカシーだあ? この状況で恥ずかしいもなにもないだろう」
皆本が木刀を手に椅子から立ち上がる。
「な、なんだよ、俺は騒いだわけじゃねぇぞ……」
ビクついた今河を、不愉快そうに一瞥した皆本は由芽たちへと向いた。
「隣の部屋のトイレはまだドアがついてたよ。部屋の正面を俺が、奥に入って裏を相模が見張れば少しは安心でしょ~?」
恥ずかしそうではあるが、由芽たちの顔が明るくなった。
部屋を出ていった皆本を追って、直登・由芽・桃香が部屋を出る。
「なんだよ、おまえはここでするつもりか?」
一人残った美砂江に、今河はいやらしい笑みを浮かべた。
「あまり調子に乗らない方がいいよ今河。いつまでもそういう態度取っているなら、みんなと一緒にいられなくしてやるんだからね」
今河を睨む美砂江だが、彼には通用しなかった。
「ここにいられなくするだあ? 調子に乗ってるのはどっちだ? おまえが力ずくで俺を追い出すってか?」
やってみろと言わんばかりに両手を広げる。
美砂江は一呼吸の間をあけた。
「あんたが座間と三屋を殺したって知ったら、みんなはどう思うんだろうね」
その言葉で今河の表情が激変する。
「はあ? おまえなに言ってんだ?」
大きく見開いて美砂江を睨む。
「私も樹希も、希美だって見てたんだよ。あんたが座間や三屋をバケモノへ突き飛ばして、自分だけ逃げて行ったところをねッ!」
今河からギリッと奥歯を噛む音がした――。
◇
――矢城希美を班長に、
今河辰好・豊樹美砂江・座間功・三屋勉・兵藤道信・片平樹希
が班員だった。
この班がコウモリ顔のバケモノに襲われた時、皆が腰を抜かすなか座間だけが希美に覆い被さるバケモノを引き剥がして女子に逃げろと叫んだ。
最初に反応したのは兵藤で、わき目もふらず逃げ出した。
美砂江と樹希も希美を引き起こして逃げた。
「コイツッ、馬鹿力出しやがってッ!」
座間は腕から逃れようとするバケモノを必死に締め上げている。が、バケモノは長い尻尾を首に巻き付けてきた。
そして二匹目が現れた時、
「今河手を貸せッ!」
彼は今河に援護を求めた。
その時今河は、腰を抜かして立ち上がれない三屋を引き起こしていた。
「あ ありがとう今河くん……」
ずれたメガネを直しながらお礼を言った三屋。
今河はその後ろに回って肩に手を置く。
「気にすんな、礼を言うのは俺の方だからよ」
「え?」
どういう意味なのかを聞く前に、三屋は突き飛ばされていた。
その先には向かってくる二匹目のバケモノの姿があった……。
「ひいぃぃぃッ!」
顔が引きつった三屋とバケモノがもつれあう。
「バカ野郎ッ! 今河ッ、てめぇなにやってんだッ!」
自力で尻尾を解き、バケモノの顎を蹴り上げた座間が怒声をあげる。
バケモノの牙が三屋の首に喰い込む。だが彼は血を吐きながらも助けを求めて必死に手を伸ばす。
その様子に、座間は奥歯をギリッと噛みしめ、
「まだ助かるかもしれねえ。今河、右に回りながらヤツの注意ををひきつけろ。俺は後ろに回って三屋を助けてみるからよ……」
まだ顎を蹴られてヨロついているコウモリ顔を横目に座間は、じりじりと三屋に噛みつくコウモリ顔へ回り込もうと左側へ動く。しかし、
「バカはてめえだよ、お前がひきつけて俺のために時間を稼げや……」
後ろから聞こえたのは今河の声。
振り向いた座間の頭を鈍痛が襲った。
「ッ! があぁぁぁ……ッ!」
頭を押さえて沈み込む座間に、今河は両手で持っていた石を背中に叩きつけた。
「あんなバケモノ、相手にできるわけねえだろ! こんな時にまで硬派気取ってカッコつけてんじゃねえよ、ばぁぁぁかッ!」
止めとばかりにバケモノへ蹴り出し、一目散に逃げ出す。
「い ま が わぁぁぁぁぁッ!」
座間の怒声にも今河が振り返ることはなかった。
数秒後、座間はろくな抵抗できずに最後を迎えた――。
◇
「なんだ、見てたのかよ。さっさと逃げたのかと思ってたぜ……言っとくけどお前らだって同罪だぞ? 座間と三屋を見捨てたことに変わりはないんだからよ」
悪びれることのない態度と衝撃な言葉に、美砂江の顔が青くなる。
「なッ、あたしたちは座間が逃げろっていうから……」
今河はその言葉を遮ってたたみかける。
「逃げたんだよなあ! 俺が逃げた時、座間はまだ生きてたんだろ? それでお前らはどうしたんだ? 座間を助けに行ったとでもいうのかよ!」
言葉を詰まらせた美砂江の肩に手を置く。
「隠れながら座間が死ぬのを見てただけなんだろ? 今は仲良くしてるみたいだが、それを知った物部や桃香はどう思うだろうなあ?」
「も、物部や七瀬がなんだっていうのさ……」
由芽と桃香の名を出された美砂江は緊張の面持ちで一歩下がった。
「桃香たちからみれば、お前だって不良って呼ばれるこっち側なんだぜ? お前を助けるために命を懸けたあいつらが、豊樹美砂江は同じ班の仲間を見捨てる卑怯者だと知ったら……。そんなヤツは信用できないって言うに決まってるよな。お前も一緒に追い出されてみるか?」
顔面蒼白になった美砂江は言葉を失う。
美砂江も自分の素行の悪さは自覚している。
それでも人として、今河ほど腐ってはいないと思っていた。
けれど――今河の言う通りなのかもしれない。
桃香や由芽にとって、自分は今河と同じところに属している。
普段は会話もなく、それどころか桃香に至っては自分を怖がっていることも知っている。
この状況だから仕方なく相手をしてくれるだけではないのか?
もし桃香や由芽たちが、座間を見殺しにしたことを知ったら、
『いつも一緒にいる座間をも見捨てるのだから、
自分たちも簡単に裏切られる』
そう思われてもおかしくはない……。
よろけて倒れそうになる美砂江。――だが、その肩を誰かが支えた。
「おっとと~。豊樹、大丈夫か~?」
皆本だった。
「皆本、豊樹がどうかしたの?」
由芽が部屋の外から顔を出した。
その横から、桃香が心配そうに美砂江へ寄って来る。
「豊樹さん大丈夫? もしかして、また頭が痛くなってきたの?」
桃香は、細かく震え目を合わせようとはしない美砂江の手を引いて行く。
その後に皆本が続いた。
「豊樹――お互い仲良くしようぜ」
部屋を出る寸前、今河が声をかけた。
一瞬立ち止った美砂江は……何も言わずに出て行った。
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武瑠が偵察に出て30分以上が経った。
「なあ、やっぱり武瑠のやつ遅すぎないか?」
直登は今度こそ青い顔で皆を見た。
桃香や由芽は身を寄せ合っている。
美砂江は少し前から部屋の隅で黙ったまま。
皆本も、珍しく難しい顔で腕を組んでいる。
「――神楽のヤツ、死んだな……」
今河のハッキリとしたつぶやき。
「今河ッ、何勝手なこと言ってんだ! 武瑠が死ぬわけないだろうッ!」
ぎょっとした視線が集まるなか、直登が今河に詰め寄った。
「それならなんで戻ってこないんだよ? バケモノに襲われた以外の理由があるのか?」
本当に「他人事」というような態度に、直登の怒りが急上昇する。
その時だった。管理人室のドアが激しく叩かれた。
皆の緊張が一気に高まる。
「な、なんだよ、なんで誰も見張ってないんだよッ!」
「黙ってろッ!」
悲鳴をあげる今河を一睨みした直登は腰から錆びた包丁を抜く。
皆本は木刀を手に直登へ目配せをした。
バケモノがこのまま去ってくれれば良し、もしドアを破ってくるようなことになった時には由芽と桃香、美砂江を連れて逃げろというのだ。
一瞬戸惑う直登だったが、由芽たちに窓の方へ来るよう促した。
なおもドアは激しく叩かれる。
身構える皆の耳に入ってきたのは、意外にも人の声だった。
「みんなここにいるんでしょッ! たすけてっ、お願いだからたすけてよッ!」
悲痛な叫びをあげたのは――
「のぞ――み? 希美なの!?」
声の主が矢城希美だと気付いた由芽。その声で激しいノックが止まる。
「今の声は由芽だよね? 相模くんと皆本くんもいるんでしょ! お願いたすけてッ、神楽くんが……神楽くんが危ないのッ!」
泣き崩れたのだろう、ドアを引っ掻く音が下へと落ちた。
「た、武瑠が――なん……だって?」
青ざめた直登、そして表情が厳しくなった皆本がドアへと駆けた。
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読んでくださり ありがとうございました。




