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二十話  希美の救出

 □◆□◆


 ★



  くっそ、なんとかしなきゃ……


 物陰に隠れている武瑠は焦っていた。



 管理人室から出た武瑠は、迷路のように入り組んでいる路地を西へと向かった。


 島を大きく2つに分けると、基本的に東側は住宅や商店街などの生活区域。そして西側は労働区域で、ヘリポートや大型船が入ってこれる大きな港がある。

 島内部の石炭を掘り出すための炭鉱の出入り口は至る所にあるのだが、その近くには海底炭鉱への入り口もある――と、パンフレットに書いてあった。



 美砂江の情報通りなら、中森はヘリポート近くにいる可能性が高い。

 彼を見つけ出すことが島を脱出するための要だった。しかし――しばらくも行かないうちに二匹の『コウモリ顔』、そして一匹の『ヒト型』のバケモノが誰かをを喰らっているところへ出くわしてしまった。


 血に染まっているブラウス。スカート姿だから女子の誰かだろう。

 小さなゴブリンのようなヒト型はスカートを捲り上げ太ももに喰いつくと、肉を喰い血を啜る。


 耳をふさぎたくなるような音と風に乗ってくる血の匂いが、武瑠の怒りを増幅させた。

 皆本が言った通り、バケモノの触角が弱点ならば追い払うくらいはできるかもしれない。けれどそれは一対一であることに限定される。


 動きが素早いコウモリ顔が二匹に、能力がわからないヒト型が一匹。


 しかもまだ産まれて間もなさそうなヒト型は、今この瞬間も成長している。

 目を疑う光景だが、肉を喰い血を啜るたびに体が少しずつ膨らみ大きくなっているのだ。


 卵から孵ったカマキリの子供が母親を喰らうように、バケモノは産まれたのちに宿主を喰らって成長するのだろう。



  戦うには分が悪すぎるッ!


 棒を握る武瑠の手に力が入った。



 この棒は今河が直登から奪ったモップの柄。

 角材を間下に取られてしまったので、代わりにと直登がくれたものだ。

 目覚めた今河がうるさく言うのではないかと心配になったが、


  「まだ寝てるし、持っていってもいいんじゃない?

   ぶつぶつ言うならまた寝てもらうし~」


と言う皆本と親指を立てた直登に任せて、ありがたく貰っておくことにしたのだ。



 武瑠がこの場を離れず物陰に隠れているのは、バケモノたちを挟んだ向こう側の物陰に矢城希美が隠れているのを見つけたからだ。


 彼女はまだ武瑠に気付いていない。

 隠れながら耳を塞ぎ、震えている希美をどうやって助けようかと思案していた。


  皆本を連れてくる時間もなさそうだし……


 幸いといっていいものか……。

 バケモノは誰かを咀嚼するのに夢中になっている。見つからないように、回り込んで希美の傍まで行くことは出来そうだった。



 バケモノに気をつけながら音をたてないように近づいてくる武瑠に、希美も気がついたようだ。

 手招きする武瑠に希美は震えながら首を振る。怖くて動けないらしい。


 なんとか希美のもとへたどり着いた武瑠に、彼女はしがみついた。

 よほど怖かったのだろう。


「神楽くん、樹希が――樹希が……」


 武瑠は声が大きくなってくる希美の口を手で塞ぐ。

 バケモノには――気付かれなかったようだ。


  あれは片平さんだったのか……


 美砂江が片平樹希の安否を心配していた。彼女への報告を考えると気が重くなる……。

 武瑠は希美を抱きかかえ、音を出さないよう気をつけながらこの場を離れた。


 ◇


 恐怖で呼吸が荒い希美は錯乱寸前だった。

 武瑠は自分を抱き潰そうかというくらいにしがみついてくる希美を抱え、崩れた壁の影に身を隠す。

 この状態で周りを警戒しながら移動するのは容易ではない。何度も周りを見回してバケモノの姿はないことを確認すると、武瑠はようやく安堵した。


「矢城さん。アイツらからは結構離れたし、静かにしていれば大丈夫だと思う」


 緊張を解すように優しく希美の背中に触れる。


「ご、ごめん神楽くん。もう少し、もう少しだけ――このままでいさせて」


 希美は震える身体をさらに密着させる。


「あ、ああ。少しだけなら……」


 武瑠にさっきまでとは別の緊張がこみ上げてきた。



 まるで恋愛ドラマのワンシーンのような言葉に武瑠の顔が赤くなる。

 この状況でなければなんと気持ちをくすぐる言葉だろうか……。

 もちろんそういう意味ではないとはわかっているし、この非常時に何を考えているのかとも思うが、普段から希美は武瑠に対してスキンシップが多かった。

 元々誰に対してもスキンシップは多い方だが、武瑠に対しては特に多いように思う。一時は「もしかして俺のことが好きなのだろうか?」と思ったこともあるくらいだ。


 そんな希美が、力を入れたら折れてしまいそうな華奢な身体を必死に密着させてくる。

 柔らかいながらも弾力のある膨らみを胸板で受け、髪からは鼻腔をくすぐる甘い匂い……。


 武瑠が好きなのは希美ではないのだが、赤面してしまうには十分だった。

 これが男の悲しい性なのか……。


 ・

 ・

 ・


 希美はゆっくりと武瑠から身体を離す。


「矢城さん、少しは落ち着いた?」


「う、うん……」


 うつむく希美と言葉を交わすと、武瑠は立ち上がる。

 そして崩れた壁の隙間から周りを警戒した。どこからバケモノが現れるかわからないのだ。……というのが半分。


 希美に抱きつかれながらも常に周りは警戒していた。

 もう半分は「抱きしめているのが一颯だったら……」と思ってしまった事への自己嫌悪だった。


  こんな時になに考えてんだ俺は!


 自分の緊張感のなさに腹が立ち、軽く頭を壁で打った。


「あ、あの、神楽くん……」


 後ろからの小さな声。


「な、なに?」


 振り向く武瑠は、なんとか声の裏返りを抑えた。


「そ、その……助けてくれて、あ、ありがとう」


 チョコンと頭を下げた希美は、まだ潤いのある瞳を向けてくる。


「わたし重かったでしょ? ごめんね、しがみついちゃって……」


「重い? 全然そんなことないよ。俺の方こそ、今まで結構走って汗かいてたから……汗臭いって言われたらどうしようって思ってたんだ」


 希美の申し訳なさそうな瞳に、武瑠は変な冗談しか返せない。

 それでも、希美はおかしそうに微笑んだ。――が、すぐに不安な顔で武瑠を見上げる。


「ねえ神楽くん……」


「なに?」


「アレってなんなの? なんで私たちが殺されなくちゃいけないの?」


 それは武瑠も知りたいことだった。


「それは俺にもわからないんだ。死にたくないから逃げる。今はそれしか出来なくて……」


「そう――そう、だよね……」


 希美は自分を抱きしめるように両腕を抱える。

 不安に押し潰されまいと必死に耐えているのが伝わってくる。


 かける言葉が見つからない武瑠だが、なんとか励まそうと言葉を探した。


「と とにかく矢城さんだけでも無事で良かったよ」


  あ、しまったッ!


 と思った時にはもう遅かった。


 希美の表情に影がおちる。

 彼女は、親友で最近の生活態度が荒れてきたという片平樹希のことが心配で同じ班になり、共に行動していたはずだった。

 その樹希が、目の前でバケモノに無残に殺されてしまうのを見ているしかなかったのだ。

 恐怖のあまり助けに行くことも出来ない自分を恥じながら……。


 うつむいた希美だったが、すぐにぎこちない笑顔を見せた。


「神楽くんも無事でよかったね。今までどうしてたの? 一人でいたの?」


 目じりには涙が光っている。

 気遣ってくれていると感じているのだろうが、気丈に振舞おうとするその姿が胸に痛い。


「いや、今は直登や皆本たちと行動しているんだ。他に物部さんと七瀬さんもいるし……」


「え? 由芽と桃香も生きてるのっ!?」


 希美の顔が少しだけ明るくなった。


「もちろん生きてるさ! 船には三島さんと貴音、和幸が隠れているし……そうだ、矢城さんと同じ班の、豊樹さんと今河も無事さ!」


 武瑠はもっと希望を持てるようにと明るく言った。しかし、急に希美の顔が恐怖で強張る。


「い、今河くんと一緒なの? ダメ、ダメだよ、そんなの……」


 希美は思い出したくないものを振り払うように頭を押さえて首を振る。


「矢城さん落ち着いて。ダメってなに? 今河の何がダメなの?」


「わ、私たち見ちゃったの……」


 声を震わせ、肩に触れた武瑠の手を痛いくらいに握り返してくる。


「見たって、なにを?」


 希美は苦しそうに胸に手をあてた。


「い、今河くんが……座間くんと三屋くんを殺したところを見ちゃったのよっ!」


 大きく目を開き悲鳴に似た声をあげた。


「なんだってっ!?」


 信じられない告白に驚く武瑠。


 今河が座間と三屋を殺しただって!


「な、なにがあったのか教えてくれる?」


 希美は震えながら頷いた。


 この時、武瑠も希美もまだ知らなかった。

 自分たちに近づいてくるバケモノの影があることに……。


 □◆□◆

読んでくださり ありがとうございました。

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