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十八話  重要な情報に希望の光を見る

 □◆□◆


 ★


 武瑠たちのいる管理人室は、変わらず重苦しい空気で満たされている。


 あの光景をどのように話せばいいのかわからなかった。だから武瑠は、見たことを見たままに話すしかなかった。

 あまりのショックな内容に、皆が口を閉ざしている。

 特に由芽と桃香のショックは大きいようだ。


 間下の言っていた言葉――。


 「女子はバケモノを増やすから……」


 あのバケモノは、繁殖するために女子の体内を使うという意味だった。

 能海実鈴だけではなく、行方のわからない他の女子も同じ目にあっているのかもしれない。


 青ざめながら、それでも恐怖心に飲み込まれないように身を寄せ合う由芽と桃香。

 その言い表し様のない嫌悪感とは如何程のものか……。

 自分も他人事ではないのだ。心境は男子には推し量れないものに違いない。



「う――ん……」


 気絶していた美砂江が苦しそうに唸った。


「豊樹、大丈夫? 聞こえる?」


 由芽に肩を揺らされた美砂江はゆっくりと目を開けた。


「物部? あんた――班が違うのに、なんであたしと一緒にいるのさ?」


 手を借りながら上体を起こした美砂江は不思議そうに由芽を見た。

 頭に巻かれた包帯が血で滲んでいるのは痛々しいが、目を覚ましてくれたことに武瑠は安堵した。


「豊樹さん、とりあえず今は安全だから。もう少し横になってたほうがいいよ」


 気を使う武瑠にも、美砂江は首をかしげる。


「頭を打ってるから一時的に記憶が混乱してるのかもね~」


「そうかもな。とにかく目を覚ましてくれて良かった」


 皆本に同意した直登も、安堵の笑みを浮かべた。


「頭を――打った?」


 頭の包帯に触れた美砂江。

 急に顔が強張ったかと思うと、彼女は由芽を突き飛ばして叫びながら後退り、


「来るなよッ! 違うッ あたしはバケモノなんて妊娠してないッ!」


恐怖に身を縮ませて震える。


「豊樹大丈夫だからっ、ここにはあんたを傷つける人なんていないよ!」


「野宮くんたちはもういないからっ。 豊樹さん落ち着こう、ねっ!」


 なだめに入る由芽と桃香だが、美砂江は狂乱したかのように叫び続ける。


 突然の事に武瑠たちは唖然としてしまったが、今河は舌打ちして立ち上がり美砂江へと歩み寄る。

 苛立たしげに美砂江を見下ろし、


「うるせぇんだよバカ女ッ! ピーピー騒ぐんじゃねぇ!」


その肩を蹴り飛ばした。


「い、今河、なにやってんだよ! やめろッ!」


 武瑠は倒れ込んだ美砂江に追い打ちをかけようとする今河を羽交い絞めにする。


「なんのマネだ神楽ッ、離しやがれッ!」


 暴れる今河に、武瑠は締める力を強めた。


「なんのマネだぁ? それはこっちのセリフだ! いきなり豊樹を蹴りつけるなんて、お前こそなんのマネだッ!」


 美砂江を今河から引き離した直登も怒声を上げた。


「おまえらバカじゃねぇのか!? この女の……豊樹の叫び声を聞いてバケモノが寄ってきたらどうすんだッ!」


 力任せに武瑠を引き離そうとする今河だが、元々の力が違いすぎる。


 バスケ部で鍛えられた武瑠に対し、今河はどの部活にも所属せずいつも自分より力のある者の威を借りて周りの人を見下してきた。

 不良同士のケンカの時も自分は参加せず、負けた方を罵倒し勝った方に媚びを売った。

 そして参謀を気取ってちゃっかりとNo2になるのだ。

 そんな今河を押さえつけるのは、武瑠にとって難しいことではなかった。


「離せよ神楽ッ! 俺に逆らってタダですむと思ってんのか! この島を出たら人数集めてやっちまうぞ!」


 虚勢を張る今河を皆本は鼻で笑った。


 勝手に使っていたとはいえ、不良たちのリーダーである座間の名を出していたからこそ今河にも発言力があったのだ。

 その座間がいなくなってしまった今、誰も今河に従う者はいないだろう。


「なんだ皆本ッ! 言いてぇことがあんなら言ってみろやッ!」


 いくらもがいても武瑠を振りほどけない今河は、怒りの矛先を皆本へと向ける。――が、睨んでくる今河の視線を、皆本は眠そうなあくびで流す。


「弱いワンちゃんてのは本当に良く吠えるんだね~。うるさいからさ、静かにしたら~」


「はぁ? 皆本ッ、俺に指図するたぁお前何様だッ!」


 室内に響く怒声。

 皆本は面倒くさそうに耳をほじり、


「ピーピー騒ぐとさ、バケモノたちが寄ってくるかもしれないんじゃなかったっけ~? うるさいバカ男は蹴飛ばしてもいいんだよね~?」


小指の耳カスをふっと吹いた。


「なッ!」


 言葉を詰まらせた今河の顔がさらなる怒りで赤くなる。


 ここで直登が言い返そうとする今河の口を押さえた。


「すまん今河。しばらく大人しくしててくれ……」


 そう言った直登の拳が、今河の腹部にめり込んだ。


「ごおッ! ぉぉぉぉ……ごぶッ……」


 強烈な一撃を喰らい、沈みながら胃液を吐く今河。


「そんなバカなっ!」


 慌てた直登は今河の背中をさする。


「……直登、おまえ何がしたかったんだよ?」


 苦しむ今河を本気で心配する直登に、武瑠は目がテンになった。

 あまりの態度に我慢できなくなったのかと思ったのだが違うようだ。


「騒いでるとバケモノが寄ってくるってのは一理あると思ったから、とりあえず今河には気絶してもらおうかと……。映画やマンガでよくあるだろ? みぞおちを殴って気絶させるってやつ……あれをやろうとしただけなんだ」


 思った通りにならずオロオロする直登。


「あれは、実際にやっても気絶させるのはほぼ不可能だし……。それに、みぞおちはもう少し上だったね~。でも、うるさい子には眠っててもらうってのには賛成かな~」


 今河の後ろにまわった皆本は腕を首に回して締め上げる。

 ろくな抵抗もできないまま白目をむいた今河は――おとなしくなった。


「みぞおちにしても今やった絞め技にしても、素人がやると相手が死んじゃうこともあるからさ、良い子はマネしないでね~」


 部屋の隅に今河を転がした皆本は、人差し指を立てて微笑んだ。


「目が覚めても暴れられないように、縛っておいた方がいいんじゃない?」


 今河を見る由芽の冷たい目。

 皆の気持ちを代弁したその言葉に武瑠たちは苦笑いした。



 ◇



 武瑠たちは、怯える美砂江に知り得る全ての情報と状況を説明した。


 男子を警戒する美砂江だったが、由芽と桃香が間に入ってくれたおかげで話し終えるころにはなんとか落ち着きを取り戻していた。


「……そっか。座間や三屋だけじゃなくて他にも死んじゃった人がいたんだ。もしかしたら、樹希も死んじゃってるのかな……」


 最近よく一緒にいるという片平樹希、同じく班員の矢城希美とははぐれてしまい安否はわからない。

 潤んだ美砂江の瞳からこぼれた涙が頬を伝う。


「豊樹だっておとなしくしていれば普通の、普通以上の女子なんだけどな……」


 直登がぼそりとつぶやく。




 美砂江は誰もが目を引かれてしまうほどの美人ではあった。

 しかし日頃の良くない素行と、誰かれかまわず射抜いてくる鋭い視線のせいで近寄り難い雰囲気がある。

 それに、今河のことは嫌っているようだが座間のグループに属していることでさらに恐れられるようになっていた。学園内ではさほどではなかったが、外ではいろいろ危ないコトをやっているらしい。

 事あるごとに、荒っぽい美砂江とマジメを貫く篠峯聡美は激しく衝突していたものだ。


 そんな美砂江も、気落ちしているとまるで別人のように見える。

 化粧が少し濃い気もするが元々の顔立ちは良い美砂江。おとなしいこの姿は日頃とのギャップで余計に可愛く……というよりも、護ってあげたくなるような少女に見えてしまう。




「残酷なようだけど、行方がわからない女子の人数分バケモノが増えている。っていう想定で動いた方がいいと思うんだけど~……」


 皆本は視線で武瑠に同意を求める。


「そうだな。最悪を想定して動く必要はあると思う。みんなでに島を脱出するために、どんなことでも考えておかなきゃな……」


 武瑠たちが確認したバケモノは延べ六匹。

 病院で見た五匹と皆本が倒した一匹、もしかしたら同じバケモノも含まれている

 のかもしれないが個体の識別なんて出来ない。


 襲われたのが武瑠たちだけではないことを考えると、最低でも十匹はいるのかもしれない。

 現時点で行方がわかっていない女子が全員、実鈴のようにバケモノを産まされていたとしたら――。

 武瑠は計算する。


  三島さんと貴音、それに武東たちと一緒だった才賀さんと

  宇津木さんは船に隠れているはず。

  七瀬さんと物部さん、それに豊樹さんはここにいるから……



 クラスの女子は17人。

 篠峯聡美と能海実鈴の遺体は確認しているので残るは8人。


 バケモノが女子を利用して増えるのであれば、最大で八匹のバケモノが増えているかもしれない。

 しかもあの人間のようにみえたバケモノは眼が赤く触角もなかった。皆本が倒したコウモリ型とは違う能力を持っているかもしれないのだ。



「どう動くかって言われても……。船長さんがどこにいるのかわからないわけだし、結局のところみんなで用心しながら探すしかないんじゃないかな?」


 考えている武瑠へ、桃香が遠慮気味に言った。


「そのことなんだけどさ――あたし、見たよ」


「見たって、なにを?」


 美砂江の言葉に由芽が反応した。


「船を動かしてた――中森だっけ? そいつと新人が小屋に入って行ったんだ」


 “新人”というのは、美砂江たち座間グループが教育実習生である高崎衛に付けた愛称である。


「高崎先生と?」


 桃香が不思議そうな顔をした。


 高崎と中森。

 ふたりが一緒に行動する理由は見当たらない。だが、そんなことはどうでもよかった。


「豊樹さんどこで? 高崎さんたちはどこにある小屋に入って行ったの?」


 武瑠は興奮を隠し切れない。

 船のカギは中森が持っている。彼を見つけ出すことが島脱出のための最低条件なのだ。


「島の西側にヘリポートがあってさ、その近くにある小屋の入り口をぶっ壊して中へ入って行ったんだ」


 希望の光が見えた気がした。

 小さな島とはいえやみくもに探すのは大変で、なによりバケモノに遭遇する確率が高くなってしまう。

 目指す場所がはっきりすれば対策も立てやすかった。


「よし! それじゃあ俺が少し先を偵察してくるから、みんなはここで待っていてくれ!」


 武瑠の言葉に全員が驚くなか、皆本だけが目を細める。


「なにひとりで行こうとしてるんだよ。俺も行くぞ武瑠!」


 直登が同行を申し出たが武瑠は首を振った。


「直登はまだ足が痛いだろ? だからここに残って、もしもの時はみんなを守ってくれ」



 直登は病院で足を挫いている。

 あれから足の腫れが酷くなったのだろう。本人は何も言わないが、時折足を引きずったり気づかれないように擦ったりしているのを武瑠は見逃してはいなかった。


 それは皆本も気付いていたようだ。だから302号室から管理人室に戻る途中に話し合ったのだ。

 そこで、固まって動くよりも誰かが先行して偵察しながら進んだ方が安全だという結論を出した。



「あれ~。俺が偵察に行くって事になってなかったっけ~?」


 変わらずのんびりとした声だが、皆本の目は怒っている。




 誰が先行するのか? という話になった時、直登の足を考えると武瑠か皆本かになった。

 男ならもう1人いるのだが……。


 「今河は信用できないし、そもそも彼は行かないでしょ~?」


 そう言った皆本は小石を拾い、自分と武瑠の間に落とした。

 地面を跳ねた小石は皆本へ転がる。


 「決まったね~。神楽が残ってくれればみんなも安心だろうしさ、当然の結果かな~?」


 そう皆本は笑った。

 もしかしたら自分の方へ転がるように調整したのかもしれない。

 だが武瑠は、皆本にはみんなと一緒に居ていざという時に守ってほしかった。

 本当は武瑠と皆本の二人で偵察に行ければ良いのだが、それでは今河の押さえ役が直登だけになってしまう。直登では役不足というわけではないが、ケガをしているので手こずる事も考えられる。


 美砂江に取ったあの行動――。今河を押さえるには強い男が必要だ。




「偵察に行くだけでバケモノと戦うわけじゃない。だから皆本はみんなと一緒にいてくれた方がいいと思う。足は俺の方が速いし、適材適所だろ?」


「適材適所か~。上手いこと言うね~」


 武瑠の言葉に苦笑いした皆本。怒りを収めて納得してくれたようだ。


「偵察しながら隠れられる場所を見つけて、そこまでみんなを案内する。そこからまた偵察に出て隠れられる場所を見つける……その繰り返しだ。時間はかかるかもしれないけど、これが一番安全に進む方法だと思う。直登も納得してくれ」


 直登はまだ納得していないようだ。


「でもよ、一人で行って何かあったらどうするんだよ……」


「相模と一緒に行くより安全だと思うけどね~」


 皆本の言葉に、直登の眉がつり上がった。


「どういう意味だよ?」


 声こそ荒げないがあきらかに怒っている。

 だが皆本に動じる気配はない。


「一緒に偵察に行って、もしバケモノに襲われちゃった場合……。相模はそんな足で逃げきれるのか~?」


「い、いざとなったら、武瑠が逃げ切るくらいの時間稼ぎはしてみせるさ!」


「……ふ~ん。じゃあ神楽は、相模を置いて逃げ出せるようなやつなんだ~?」


 直登に動揺が走った。


「今河や豊樹を見つけて、わき目もふらず一番に助けに行こうとする男が、相模を見捨てて逃るような男だと思ってるわけぇ~?」


「そ、それは……」


「はっきり言っちゃうとさ、相模がついて行っても邪魔にしかならない。ただの足手まといになっちゃうんだよね~」


 武瑠は口をはさみたくなる衝動をぐっと堪えた。言い方はどうであれ皆本の意見は正しい。

 しかし桃香が恐る恐る口を開く。


「み、皆本くん、そんな言い方ないんじゃないかな? 相模くんだって、神楽くんを心配しているから……」


 しかし、その語尾が小さくなっていく。


「普段ならそれでいいと思うんだ~。でもさ、今は中途半端な協力をすることで意図せず仲間を殺しかねない状況なんだよね~」


 皆本は優しく桃香を諭す。


「仲間を殺すって、相模が神楽を殺すわけないじゃん?」


 と美砂江。


「そういう意味じゃなくてさ、お互いを助けようとした結果は犠牲者が増えるだけってことになりかねないってこと~。 目的地はヘリポート近くの小屋って決まってるわけだからさ、神楽が襲われて戻って来れないとしても、そこで合流すればいいんじゃないかって話~」


「でも、神楽が――その……無事でいられる保障はないんじゃない?」


 武瑠を気にしながらの由芽。

 皆本は大袈裟にため息をしてから皆を見回した。


「例えバケモノに襲われたとしても、神楽なら逃げきれるだろうし、その小屋でまた会えるって俺は信じてるんだけど~……みんなは違うの~?」


 皆がハッと息を飲んだ。


 由芽の言う通り、誰にも武瑠の無事を保障することはできない。いや、この状況では何も保障することなど出来ないのだ。

 出来ることはただ一つ『信じる』こと。

 武瑠の無事を信じることだけだった。


「それじゃあ、そろそろ彼にも起きてもらおうか~」


 皆の沈黙を納得と捉えた皆本は、嫌々な顔で今河を見た。


「起きた途端また暴れるかもな……」


 冗談めかした直登の言い方に皆が笑った。


「その時はまた眠ってもらえばいいよ~。移動する時は、縛り付けて引きひきずった方がいいくらいなんだからさ~」


 それを期待しているのだろうか、皆本は楽しそうだ。


「皆本、今起こさなくても……。せめて神楽が戻ってくるまでそのままにしておいたらダメなの?」


 由芽は今河に目覚めてほしくないらしい。

 桃香も同意するように小さく頷いている。


「そうしたいのは山々なんだけど、ここが安全ってわけじゃないし~。なにより寝起きは思考と運動能力が落ちてるんだよね~。それが原因で死なれでもしたら後味悪いしさ~……」


 めんどくさそうに足取り重く、皆本は今河へと向かった。


 □◆□◆

読んでくださり ありがとうございました。

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