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十六話  『トニトゥルス』

 □◆□◆


 ◇


 ――――話は、今から80年ほど前までさかのぼる。


 ヨーロッパでの遺跡の発掘調査中に、古い地層から見たこともない生物のミイラが発見された。地中からミイラというだけでも不可解だったが、そのミイラを解剖した時に腹部から取り出された3個の卵はさらに研究者たちの頭を悩ませた。


 直径1cmほどの卵は半透明でゴム玉のように柔らかく、中には黒い胡麻のようなものがあった。研究者が卵の1つを水で洗ったところ、卵の中の胡麻が僅かに動いたというのだ。

 仮死状態のようなカタチではあるが、確かに卵は生きていた。


 しかし、いろいろな方法を試してみたが卵を孵化させることが出来ない。卵の1つを切り開いたところ、中の液体と一緒に胡麻も蒸発してしまい、跡形もなくなってしまった。


 当時、発掘調査隊として、そして若き研究者の1人として携わっていたのが、和幸の曾祖父だった高内吉政。


 将来は高内財閥の後を継ぐことを約束されていた吉政は、知識と見聞を広めるために特別留学していたのだという。

 しかし、戦争の火の手が世界を巻き込み始めると帰国を余儀なくされる。


 ミイラ解剖時に、興味本意から卵を一つ盗んでいた吉政は、記録にはない4つ目の卵を持って帰国。

 そして帰国後も自分の研究施設を造り、卵を孵化させるためにひとりで研究に没頭するようになった。

 海外の優秀な研究者でも孵化させることが出来なかった難題に対する挑戦――研究者としての意地だったのかもしれない。だが、考え付く限りの方法を試してみても卵を孵化させることは出来なかった。


 自分の無力さを嘆いていた吉政だったが、事態は思わぬことで転機を迎えた。可愛がっていた飼い犬の〝ハナ子〟が、卵を飲み込んでしまったのだ。

 研究で疲れ切っていた吉政がそれに気がついたのは、ハナ子に異変が起きてからだった。


 突然苦しみだしたハナ子は激しく痙攣する。そして、妊娠しているはずがないのにお腹が大きく膨らんでいたのだ。

 異変が起きて10数分後、檻のなかに入れたハナ子の腹部が破られ、見たことのない生き物が顔を出した。その眼は、地層から発見されたミイラによく似ていた。


  恐怖 憎悪 好奇心


 いろんな感情が入り乱れるなか、吉政は未知なる生き物にくぎ付けになる。


 産まれ出た生き物は、ハナ子の肉を喰らい、血を啜り始めた。するとなんということか――その生物が見る間に大きくなっていく……。

 僅か数分で、柴犬のハナ子を追い越して大型犬と同じくらいにまでに成長した。


 吉政は歓喜した。この偉大な功績は自分のものだと、誰も成し得なかったことを自分はやってのけたのだと、さらに研究に没頭するようになった。


 一番苦労したのはその凶暴性。

 おとなしくさせるには薬やガスを使うしかない。迂闊に近づくと、太い尻尾や体内で発生させた電気で攻撃してくるのだ。

 油断をすれば黒こげにされるような凄まじい電気。興奮する生物の身体は青から白へと発光し、バチバチと音を立てて放電する。


 その姿を見た吉政は、この生物にラテン語で「雷」を意味する――


  『トニトゥルス』


――そう名付けた。


 しかしこのトニトゥルスの正体が解らない。

 トニトゥルスが欲するのは他の生き物。

 オスは肉を喰われ血を啜られる。メスは、注射針のような尖端を持つ尻尾で子宮に卵を植え付けられ、僅かな時間でその生き物に似た姿で産まれる。

 トニトゥルスは他の生命体をコピーしたような姿で産まれてくる。ネコに似たトニトゥルスがネズミに卵を植え付ければネズミに似たトニトゥルスが誕生した。

 これは〝ハナ子〟のように卵を飲み込んだ場合も同様だった。まるで、卵は意思があるかのように体内を移動して子宮に到達し、成長していく――。


 とはいっても、トニトゥルスとしての特徴はあった。

 どんな姿をしていようが、必ず太くて先端が尖った尻尾を持っており、体の大きさも大型犬くらいにまで成長する。


  トニトゥルスはどのように進化してきたのか?


 そして――


  そもそも、トニトゥルスは地球が生みだした生命体なのだろうか?

  トニトゥルスを目覚めさせてはいけなかったのではないか……。


 吉政は恐ろしくなってきた。


 そんな時、この研究は軍部の抜き打ち監査によって摘発された。

 終戦も近い戦争末期。

 敗戦色濃い状況をなんとか打開したかった軍部は、秘密裏にトニトゥルスを生物兵器として利用するための研究を吉政に強要したのだ。



 ◇



「――ひいお爺様はどこかに研究所を移して研究を進めるよう強要されたんだけど、思うような成果を出すことが出来ないまま終戦。軍部は生物兵器開発の摘発を恐れて、研究所を封鎖したらしいんだ……」


「その封鎖された研究所が、この島にあるの?」


 和幸は一颯の目を見て頷く。


「トニトゥルスがいるってことは、そうなんだろうね……」


「高内、ひいおじいさんからトニトゥルスの弱点とか苦手なものって聞いてないの?」


 それがわかればトニトゥルスを撃退できるかもしれない。

 そんな期待をする貴音の問いに、和幸はすまなそうに首を振った。


「話を聞いた時は僕もまだ子供だったし、全部覚えているわけじゃないんだ。それにさっきも言ったけど、ひいお爺様には妄想癖があったんだ。毎日ノートに何か書いていたから、自分で考えた小説の話だと思っていたんだよ……」


 和幸はうつむいたままの高崎へ目を向けた。


「高崎さん、さっきサンプルって言ってましたよね? もしかして、トニトゥルス研究が再開されるんですか?」


 ビクッと震えた高崎がゆっくりと顔を上げる。


「高内くん、三島さんと佐藤さんも聞いてください……。安全のためにも、今の高内くんの話は、決して誰にも口外しないでください」


 懇願する目を向ける高崎を貴音が非難する。


「あんた何考えてんの! 安全ってなに? 人が死んでるんだよ! なのに自分はバケモノとは関係ないってことにしたいワケぇ!?」


 和幸の話が表に出れば、高崎とトニトゥルスの関係も調べられることになる。

 どんな罪状かはわからないが、多くの人間が殺されてしまっている以上ただでは済まないだろう。


「ち、ちがいますっ。わたしが言っているのはあなたたちの安全です!」


 高崎は大きく首を振って否定。


「わ、私たちの安全――ですか?」


「安全もなにも、すでにこの状況が安全じゃないじゃないッ!」


 意味がわからない一颯と貴音の前で高崎は立ち上がる。


「トニトゥルス研究は大きな計画に基づいて動き出しています。あなたたちが口外してしまえば……いえ、知っているというだけで、この島から脱出できてもその身に危険が及ぶことになってしまうんです!」


「大きな計画? 今の時代に兵器開発なんかしてどうしようっていうのよっ!」


 声を荒げた貴音は、壁に潰されて絶命しているトニトゥルスを指差す。


「へ、兵器開発なんてしませんよ!」


 圧倒される高崎。


「もしかして、あの人も……。僕の父も関わっているんですか?」


 和幸は怒りの目で高崎を見据えた。


「高崎さんが僕だけは脱出しなければならないと言ったのは、なにかあった場合は僕を保護するよう言われていたからではありませんか?」


 高崎は何も言わなかったが、その反応が正解だと告げていた。そして、


「いま、この島に特殊部隊が向かっているはずです。後で合流地点まで案内します。今は少しでも休みましょう……」


 そう言ったきり、何を聞いても口を開かなかった。



 □◆□◆

読んでくださり ありがとうございました。

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