十二話 助け合うのは当然
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正午を過ぎた空には、どんよりとした灰色の雲が速い風に乗って流れている。天気予報ではニコニコの太陽マークになっていたが、もしかしたら一雨来るのかもしれない。
一時的な気象だったとしても、この島の生存者にとっては不安が増すだけの嫌な空である。
一行は、風鳴りで不気味にうめく廃墟のなかをゆっくりと歩いていた。
武瑠を先頭に由芽と桃香が続き、その後ろには皆本がいる。
由芽と桃香のポケットには小石が詰め込まれている。
こんなモノで、あの『コウモリ顔』のバケモノに対抗できるとは思っていないようだが、少しでも自衛や援護に役に立てばと、手ごろな石を拾い集めたのだ。
直登は今河と最後尾を歩き、今の状況を説明してから今河の話を聞いていた。
バケモノに襲われた時は兵藤が最初に逃げ出し、自分は座間や三屋とはぐれたらしい。
女子の矢城希美・片平樹希・豊樹美砂江はどうなったのかはわからない。ボーリング場に逃げ込めたのはよかったが、バケモノの姿が見えたので慌てて隠れた。
そのすぐ後に、武瑠たちがやってきたのだという。
背中で話を聞いていた皆本がふり返る。
「今河さぁ、俺たちが来たこと知ってたよね~? バケモノがいるって教えてくれればよかったのに~」
「馬鹿かッ、そんなことしたら――」
今河は言いかけた言葉を飲み込み、わざとらしい咳払いをした。
「俺だって教えたかったんだけどよ……わかるだろ? 声を出したらバケモノが襲ってくるかもって思ったら、声が出なかったんだ」
この返答に、皆本は目を細めて「ふ~ん」とだけ言った。
その意味深な態度に、今河は不快感を表す。
「なんだよそれ。言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ?」
まるで脅すような言い方だが、皆本は「待ってました」とばかりに舌を出した。
「せっかくのお言葉なので~。 俺にはタイミングを計ってるようにみえたんだよね~。もしかして、俺たちが襲われている間に、自分だけ逃げようとしてたのかな~ってさ~……」
「な、なに言ってんだ皆本ッ、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞッ!」
大声を出して否定する今河。
図星を指されたので、怒鳴って誤魔化そうとしているのはバレバレだった。
「落ち着けって今河、俺はそんなこと思ってねぇよ。それより興奮するな、バケモノに気付かれるかもしれない」
なだめる直登の言葉で青ざめた今河は、慌てて辺りを見回した。
「皆本もヘンに疑うのはよせ。あんなバケモノが近くにいたら怖くて声が出ないのは当たり前だろ? これから協力しなきゃいけないんだから、仲良くしようぜ」
直登は、そう皆本をたしなめたが、
「仲良くねぇ~……」
それだけ言うと、皆本は足早に前へと歩いて行く。
「感じ悪いなアイツっ! なんなんだよッ!」
わざと聞こえるように皆本の背中に毒づく今河を、またも直登はなだめた。
武瑠は少し歩幅を弛めて皆本を待った。話したいことがあったのだ。
横に並んだ皆本はあきらかに不機嫌になっている。
のんびりとあくびをしている姿が印象的で、あまり感情を表に出さないタイプだと思っていたのだが、皆本も以外と感情的なのかもしれない。
そして、今河との『相性』は相当悪いらしい。
もっとも、彼と相性の良い人がいるとも思えないが……。
武瑠も、今河と上手くやっていけるかは不安だった。
だが直登の言う通り、「希望の島」を脱出するためには協力し合える人数は多い方がいい。
「なに~? 神楽も彼と仲良くしろって言うの~?」
「それもあるけど、皆本に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと? なんだろ~」
「まずはさ、さっきは助けてくれてありがとな。皆本がいなかったら、俺は死んでいたかもしれない」
頭を下げる武瑠に、皆本は笑顔を見せた。
「そうだな、だぶん死んでただろうね~。 でもさ、」
木刀で武瑠の角材を指す。
「その角材よりこっちの方が扱いやすいのにさ、神楽はこの木刀を俺にくれたでしょ~」
武瑠には、皆本が何を言いたいのかわからない。
「それは、俺が持つより皆本が持ってた方がうまく扱えるだろ? 実際そうだったし……」
木刀の方を渡したのは、その方が皆本の力になると思っただけ。
お互いにフォローし合うなら、剣道部の皆本には少しでも手に馴染むモノの方が良いだろうと思ったのだ。
「人ってさ、強力なものとか扱いやすいものは、誰かに渡すより自分が持っていたいって思うものでしょ~? 彼を見ればよくわかるよね~」
そう言って親指で後ろを指した。
直登が持っている槍を、今河が「俺にくれよ」とせがんでいる。
「武器が欲しいなら、物部や七瀬みたいに石を拾うなり、自分で探せばいいのにね~。こんな状況なのに、神楽は扱いやすい方を俺にくれたんだから、その期待には応えておかないと~」
そして少し表情を弛ませ、
「それに、仲間なら助け合うのは当然でしょ~」
そう笑った。
クサいセリフを言ってしまったと照れたようだ。
『助け合うのは当然』
あたりまえのことなのだが、言われてみるとなんだかこちらまで照れてしまう言葉に、武瑠も照れてしまう。
「話ってそれだけ~?」
「いや、もうひとつあるんだ」
武瑠は、由芽と桃香まで下がろうとする皆本を止める。
「バケモノの触角を切った時にさ、皆本は「そういうことなのかな~」って言っただろ? あれってどういう意味だったんだ?」
武瑠が聞きたかったのはこれだった。
「ちょこっとつぶやいただけだったのに。神楽は耳が良いんだな~」
なんとなく誤魔化そうとしているように感じる。
「……わかったからそんな目で見ないでくれ~」
黙って視線を送ってくる武瑠に、皆本は観念したように手をあげた。
「確証はないから、そのつもりで聞いてくれよ~」
武瑠は頷く。
「もしかしたらさ~、触角が弱点なのかな~ってね~……」
それを聞いて、バケモノは触角を一本失った途端、平衡感覚を失ったかのようにヨロけていたことを思い出した。
「ちょっとまて! あの触角がバケモノの弱点なのか?」
興奮を押さえられなかった。
その話が本当ならものすごいことだ。
バケモノの弱点を知っておけば、襲われてしまっても対処できる可能性がある。
生きて島を出るための貴重な情報に、武瑠の胸は高まる。
興奮気味の武瑠に対して、皆本は冷静だった。
「まだ確証はないって言っただろ~。偶然ヨロけただけだったのかもしれないしさ~」
「でも弱点だっていう可能性はあるんだろ? それならみんなも知っておいた方がいいんじゃないか」
辺りを見回した武瑠の目に、鉄筋がむき出しになったボロボロの住宅団地が入ってきた。
「よし、一度あそこの団地に隠れよう。そこで話を聞かせてくれ!」
武瑠は皆に声をかけ、住宅団地へと向かう事にした。
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