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一話  仲間の 『死』

 はじめまして。富山k2(とみやま けーじ)と申します。

 PC操作が不慣れな本格的素人です。文章も稚拙で読みにくいところも多々あるとは思いますが、温かい目で見守っていただけると幸いです。

 これを読んで、「こういう物語、けっこう好きかも」と思ってくれる方がいてくれたら、大変うれしく思います。

 □◆□◆


 ★


 大海の孤島『希望の島』。


 決して大きくはないこの島だが、50年ほど前まで多くの人々が住んでいた。

 島民みんながご近所同士。顔を合わせれば挨拶を交わし、誰かが困っていれば助け合う。

 大人も子供も、明るい笑顔が絶えない島だった。


 ここはそんな島の病院。


 かつては清潔感あふれる白い壁が美しく、最新設備を整えて島民の健康を守ってきたが――――現在に至るまでに外壁は剥がれ落ち、内部の床の多くが天井の崩落と共に抜けてしまっている。

 ボロボロになっている壁や、長年の風雨によって割れた窓ガラスは白く濁り、その破片が散乱している。


 まさに廃墟と呼ぶにふさわしい惨状となってしまっていた。


 そんな病院の暗い一室。

 ふたりの学生が今、命の危機の真っ只中にいる――――。


 ◇


「武瑠ッ! はやく俺の手を掴め!」


 壁際の、天井が崩れて出来た穴からの声。


 武瑠は強く壁を蹴り、差し出される直登の手を握った。

 その衝撃で、今にも崩れそうな壁が揺れる。


「くっ!」


 直登は身体ごと引っ張られそうになるのを耐え、命の危機にある親友を落とさぬように力を込めて引き上げた。



 武瑠へと突進してきた黒い何かは目標を失い――壁に激突。

 ズンという音とともに、壁の一部が壊れて落下する。


「直登、助かった!」


 天井へとよじ登った武瑠は、手を差し伸べてくれた親友に感謝した。

 危機が去ったわけではない。だが、今は自分の命があることに安堵する。


「もたもたしてる暇はないぞ武瑠。早く逃げないと、別のヤツが来ちまう!」


 口早に言った直登が隣の部屋へと跳び降りる。そして、痛めている左足をかばいながら部屋の出口へと走り出した。

 武瑠も黒い生き物を一瞥してから隣の部屋へ飛び下り、足を引き摺る直登に肩を貸す。


 止まってはいけない


 そう思いながら廊下へ出た武瑠は、いま出た部屋を振り返った。

 『バケモノ』が追ってきていないかを確かめたかったのだ。


 息を切らし、無我夢中で二人は走る。


 足を止めた時、それは自分たちが死ぬ時なのかもしれないのだから……。



 ◇



 獲物を逃した黒い生き物は、天井を見上げながら苛立たしげに壁を引っ掻いた。

 太く短い足で立ち、異様なほどの長い腕を伸ばす。しかし、穴まで届かないことがもどかしいのだろう。ガリガリと耳障りな音をたて、ドス黒い眼差しで獲物がいた場所を睨む事しか出来ないでいる。


 グゴォォォ……


 その『バケモノ』は、蛇のようにうねる尻尾を鎌首のように持ち上げ、汚いイビキのような声で唸った。

 ソイツは壁に背を向けると、頭に生えている二本の触角を動かし、長い腕を杖のように使いながら部屋を出て行った。


 逃した獲物を追うというよりは、次の獲物を探しに行く。――――そんな様子に見えた。



 ◇



 部屋を出た武瑠と直登は、早くみんなの所へ戻るべく足早に階段を駆け下りる。


 50年前は病院だったこの建物も、今はただの廃墟になっていた。

 病室のベッドは片付けられ、ナースステーションも殺風景。それでも3階の備品庫で、真空パックされた清潔な包帯を手に入れられたのは幸運だった。


 しかし、聡美のあの傷では「ないよりまし」程度のものだろう。

 本当は傷を縫合するための針と糸が欲しかった……。けれども、それを探し出す前にあのバケモノが来てしまったのだ。


 1階へと下りてきた二人。


 階段を見上げた武瑠は、バケモノの足音が聞こえないか耳を澄ませる。

 直登も待合所兼ロビーを見回して警戒する。


「真治のやつ、俺をバケモノに突き飛ばしやがって……」


 バケモノがいないことを確認してホッと胸をなでおろした直登は、小さな声でこの場にはいない坂木原真治への怒りを吐き捨てた。


「直登。とにかく今は、はやくみんなの所へ戻ろう」


 武瑠は柔らかい口調で、イラつく直登を落ち着かせる。


 武瑠・直登・真治を除いた他の4人は、受付の奥にある事務室で待っている。

 ここまで来ればもうすぐそこだ。


「それとな、さっきのこと――」


 振り向いた武瑠に、


「わかってるよ。あんなこと篠峯の前で言えるかよ」


 先の言葉を察した直登が苦笑いを返した。



 ◇


 篠峯聡美は坂木原真治の恋人である。


 バケモノに襲われて大怪我をしてしまった聡美。

 その治療をする為、


 神楽武瑠かぐらたける相模直登さがみなおと坂木原真治さかきはらしんじ


の三人は、何か使えるものはないかと探しに出たのだ。


 注意はしていた。だが、備品庫に入るところをバケモノに発見されてしまったらしい。


 大型犬ほどもある体を持ち、異様に長い腕に短い足。見た目は翼を無くしたコウモリのようなバケモノ。

 ソイツが空腹を満たせる歓びを表すように、長い舌で舌なめずりをしながら真治に襲いかかってきた。


 真治は恐怖で叫び声を上げ、横にいた直登をバケモノへと突き飛ばした。

 不意を突かれたバケモノと直登は互いに避けきれず、もつれあうように倒れる。


 その時に、直登は左足を痛めてしまった。


 狙いを移したバケモノは直登へ覆いかぶさってきた。

 首へと噛みつこうとするバケモノ。


 よだれなのか、ヌメリのあるその顎を手で押さえ直登は必死に耐えた。


 その隙に真治は部屋を出ると、ドアを閉めて逃げてしまったのだ。



「このバケモノがぁッ!」


 武瑠は、微かに体を青白く光らせ始めたバケモノの腹部を蹴り上げた。


 濡れた体毛から滴が飛び散る。

 鈍い呻き声を出しながら備品棚にぶつかったバケモノは、倒れてきた備品棚の下敷きになった。

 抜け出そうともがいている隙に武瑠はドアを開け、足を押さえて動けない直登を引きずるようにして逃げようとしたが、廊下にはバケモノがもう一匹いた。


 まだこちらに気付いていないようだが、このまま出れば見つかってしまう。


  どうする? どうするッ!


 焦る武瑠の目に入ったのは、天井が崩れて出来た穴だった。


  向こうの部屋とつながっている?


 そう思うと同時に、武瑠は直登を穴へと押し上げていた――。



 ◇



 なんとか助かりはしたものの、自分たちを見捨てて逃げ出した真治に対しては、武瑠も直登と同様に怒りを感じていた。

 けれど、そのことを責めるつもりもみんなに言うつもりもない。


  助けを求める級友達を見捨てて逃げたのは、自分も変わらない……


 まだ真新しい罪悪感が胸を締め付けてくる。

 今は真治の無事を、生きてまた再会できることを願うだけだった。





 武瑠は直登の肩を支えながら事務室の前に立った。


 コンコン  コン  ココン


 不規則なノックでドアを叩く。

 これが、バケモノと間違えてドアを開けてしまわない為の合図だった。


 ドア越しでも、部屋の中に緊張が走ったのを感じる。


「だ、だれ?」


 か細い声だ。誰の声なのかはすぐにわかった。


「三島さん。俺だけど、開けてくれる?」


 武瑠は緊張している三島一颯を気遣い、落ち着いた声を心掛けた。


「う、うん。ちょっとまって……」


 一瞬ためらうような間があった。

 カギを外す音がして、ゆっくりとドアが開かれる。


「ただいま、三島さん」


 暗い表情の一颯を元気づけようと、武瑠は精一杯の笑顔を見せた。

 だが、一颯は目を合わさずに視線を落とす。


「とりあえず、持ってこれたのは包帯だけだ。篠峯の様子はどうだ?」


 直登が聡美へと歩み寄る。

 ドアのカギを閉めた武瑠も後に続く。


「貴音、篠峯さんの血は止まったのか?」


 武瑠は話しかけたが、貴音は聡美の前で呆けている。

 その視線を追った武瑠は言葉を失った。


 顔面蒼白の篠峯聡美は微動だにせず、ベッドの代わりにした机の上に横たわっている。


 武瑠たちが部屋を出たのは15分ほど前である。


 その時は「痛い痛い」と泣き叫んでいた聡美が、今は大人しく眠っている。


  ――眠っている?

  違うだろ これは……


 呼吸をしていない聡美につられて、武瑠も呼吸を忘れた。


「ごめんなさいっ!」


 謝りながら泣き崩れたのは一颯だった。

 右手を口にあて、声を押し殺して泣いている。


「三島さん……」


 武瑠のつぶやきに、一颯はビクッと身を震わせた。


 壁にもたれるようにして座っていた和幸が、


「三島さんは悪くないよ。 どうしようも……なかったんだ」


 哀しそうに武瑠に目を向けた後、膝を抱えて力なく頭を垂れる。



 三島一颯みしまかずさ高内和幸こうないかずゆき佐藤貴音さとうたかね 


 この三人が事務室に残っていた。

 左ワキを喰いちぎられた篠峯聡美の傷口を圧迫止血するためだ。


 そして武瑠は、危険を承知で直登や真治と共に、聡美の傷口を塞ぐようなモノが残っていないか探しに出ていたのだ。


 一颯たち三人は手だけでなく、服にも赤い血を滲み込ませている。


 武瑠は一颯を責めようとしたわけではなかった。


「いや、俺は三島さんを責めるつもりなんて……」


 つぶやきの誤解を解こうとする前に、一颯が口を開く。


「いいの高内くん。聡美が死んだのはわたしのせいなんだから……、責められて当然よ……」


 その言葉で、重い沈黙が流れた。



「一颯を責めたわけじゃない。武瑠は一颯を心配しただけだぞ」


 武瑠に代わってフォローを入れた直登が、優しく一颯の肩に触れた。


「直登。私をかばったせいで、聡美があんな大怪我しちゃったんだよ。私が 動けなかったから……」


 肩に置かれた直登の手を握り、一颯は嗚咽を漏らす。


 そう、篠峯聡美は三島一颯を護るために傷つき――――死んだ。


 しかし一颯が動けなかったように、皆も――――聡美を除いて、全員が動けなかったのだ。




 クラスで一番勇敢で、勇気があって、面倒見が良くて、頼れるクラス委員長。

 それが、篠峯聡美しのみねさとみという女の子だった。



 武瑠は机で眠る聡美へ視線を移す。



 透き通るような白い肌。

 まるで眠っているかのようなその顔に、生気は全く感じない。

 左のワキから胸にかけて、ブラウスごとバケモノに喰いちぎられた真っ赤な傷が痛々しい。

 机に広がった鮮やかな赤い血液は、床にも大きな血だまりをつくっていた。


 膝を抱えたままの和幸が、事のいきさつを話し出した。


「神楽くんたちが部屋を出ている間も、篠峯さんの血が……脈を打つたびに噴き出すように溢れてきたんだよ。みんなでなんとかしようとしたんだけど、血が……止まんなくてさぁ――」


 徐々に涙声になってくる。


「痛い痛いって泣いてたのに、二分もしないうちにだんまりになっちゃってさ。呼吸も脈も止まっちゃうし……。心臓マッサージをしても、傷から血が出てくるだけで動かないし……」


 そこまで言って、和幸は黙ってしまった。




 篠峯聡美は動脈を喰いちぎられていた。


 心臓というポンプは、全身に血液を巡らせるために高い圧力をかけて送り出している。

 動脈が切れてしまえば、その傷口からは噴水のように血液が噴き出してくるのだ。ろくな道具もないままそれを治療するのは、例え医師であっても容易なことではない。

 普通の高校生である彼らに出来たのは、圧迫止血だけだった。


 もし、これが静脈だったら状況は違っていたのかもしれない。

 静脈は心臓へと戻る血液が流れている。圧力はかかっていないので傷口から血が噴き出すということはない。傷口を押さえて血が止まってくれれば、助かった可能性もある。

 しかし聡美の場合、傷を負った場所が悪かった。

 動脈の出血は心臓に近ければ近いほど激しく出血する。


 聡美の傷は左ワキ。制服のブラウスごと肉を喰いちぎられていた。


 酸素を多く含んだ、赤みの強い鮮紅色の血液が、噴水のように出血した。

 致死量を超えるまで五分もかからなかっただろう。


 もし 傷が心臓から離れた箇所だったら


 もし 動脈ではなく静脈の傷であったなら


 もし あんなバケモノに出会わなければ


 どんな〝たられば〟を並べてもそれに意味などない。


 篠峯聡美はもう、動くことも話すこともないのだから。




 武瑠は聡美の傍まで行くと、目を閉じて黙祷する。

 すると誰からともなく、皆も聡美に黙祷を捧げた。


 彼らにとって、それは必要な時間だった。

 いつまでもここにいるわけにはいかない。だが、聡美を連れていくわけにもいかない。

 一緒に帰れたならどんなに良かったか……。


 クラスメイト三十五人のうち、何人生き残っているのだろうか?


 この島にあんなバケモノがいるなんて聞いていない。

 修学旅行で訪れたこの島で、武瑠たちは突然バケモノに襲われてしまったのだ。


 約二時間前。この希望の島に着いた時には誰一人、こんなことになるなんて思わなかったにちがいない――――。



 □◆□◆

 読んでくださり ありがとうございました。

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