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散髪にいこう(前編)

今日は日曜日。

僕にとってはある意味運命の日。


『散髪』


僕が出来るだけ避けていたことだ。

おかげで僕の髪はボサボサ、前髪は鼻の頭ぐらいまで伸びて、表情を伺うことはできない。

正直、僕だって髪の毛を切りたい。

ならなぜ切らないか?

それは髪を切るとなると必然的にあるものが向けられるからだ。

そのあるものとは……『ハサミ』。

僕は髪を切るだけとわかっていても、どうしても『ハサミ』という刃物を向けられると本能的に身を守ろうとして相手をぶちのめしそうになる。

実際、小学生の時に暴れて母さんに止められた。

その時の記憶はなく、気がつけば病院のベッドに包帯グルグル巻きのミイラ状態で寝かされていた。

そんな過去があり、僕は極力散髪を控えている。

できれば今日だって行きたくない。

だから、僕は前日の晩ご飯を食べたら、そのまま自分の部屋から外へ脱出、一晩野宿してそのままとんずらしようと思っていた。

しかし、母さんは僕の動きに気がついたらしく、僕の晩ご飯だけに眠り薬を混ぜ、気付かずに完食してしまった僕は、階段を上っている時に強烈な眠気に襲われ、そのまま意識を失った。

そして今日、自分のベッドで目が覚めると全身が痛かった。

どうも意識を失った後、階段から落ちたらしい。


「はぁ…」


「なに?また溜め息なんかついて」


僕は朝の食卓に着いている。

箸で鮭の塩焼きをほじくりながら溜め息を吐くと、昨日実の息子に薬を持った張本人が迷惑そうな顔をしてお茶を飲んでいる。


「……この溜め息の原因の大半は母さんのせいだけど」


僕は母さんをジト目でみる。


「あら、どういうこと?」


「どういうことじゃないよ!昨日、僕に眠り薬を盛っただろ!!」


僕はバンと勢い良く両手をテーブルに叩きつけ立ち上がる。

その衝撃で食器が音をたてた。


「あら、そんなことしたかしら?」


「したかしら?じゃないよ!実の息子に薬を盛るってどんな親だよ!」


「……あのね、例え母さんが霞に薬を盛ったとしてもね、気付かない方が悪いのよ」


なっ、なんて親だ……。

僕は唖然として口をあんぐりあける。


「ふぁ〜、おはよぉ〜」


まだ眠たそうに欠伸をして涼が入ってきた。

その声に固まっていた僕は正気に戻る。


「やっと起きましたか……」


舞がキッチンから出てくる。

どうやら食器を洗っていたようだ。

エプロン姿がなかなか似合ってる。


「おはよー姉さん」


「おはようございます、愚弟」


ぐ、愚弟……?

いきなりなんだ?


「ね、姉さん?愚弟ってボクのこと?」


「あなたの他に誰かいますか?」


舞に言われて涼は泣きそうになっている。


「舞、なんで愚弟なんて言い出したのさ?」


涼が可哀想なのでとりあえず理由を聞いてみる。


「昨日の一件で、私の中で涼の株が大暴落しました。それにより呼び方が『愚弟』に下がりました」


つまり、見損なったということか……。


「ちなみに兄さんの株は鰻登りに上がりました。よって『兄上』に昇格です」


「あ、兄上ね……」


僕は苦笑いを浮かべる。

別に『兄さん』でもよかったんだけどな……。

そう思いつつ、僕は再び食事を開始する。


「それより愚弟、いつまでパジャマのままでいるつもりですか。早く着替えてきなさい」


「えっ?アレ?着替えてない!?」


……まだ寝ぼけてるのか?


「しかもそのパジャマ、女物です」


「えっ!嘘!?」


涼は自分のパジャマを見て驚いている。


「母さん、どういうこと!?これ買ってきたの母さんだよね!?」


「そうよ」


視線をテレビの画面に固定し、湯呑み片手に簡単に答える。


「なんで女物なんて買ってきたのさ!」


すると母さんは湯呑みをテーブルに置き、ふぅと溜め息を吐いて視線を涼に移す。


「そんなの決まってるでしょ。涼には男物が似合わないからじゃない」


まぁ、確かに今のパジャマでも違和感はない。

全体にアニメチックな猫がプリントされているパジャマなんて普通は中学男子は着ないと思うけど……。

そのことが影響してか、今の涼は女の子にしか見えない。


「うぅ…このパジャマ、可愛いから気に入ってたのに……」


気に入ってたんだ……。

なんか、本当に男なのか疑ってしまいそうだ。


「ごちそうさま」


僕は朝食を食べ終わり、食器を片付けてリビングを出ようとした。


「霞、ちょっと待ちなさい」


ドアノブに手をかけた瞬間、母さんに呼び止められる。


「なに、母さん」


「はい、これ」


そう言って差し出される紙幣。

樋口一葉の肖像画が印刷されている。


『5000円札』


あぁ、久し振りに見るな〜。

けど、これは?


「髪切るでしょ、だから散髪代よ」


「いつも行ってる床屋なら散髪代で5000円もいらないんだけど……」


1500円で充分だ。


「あ、理髪店じゃなくて美容院に行きなさい。舞と涼が行ってるとこよ」


えっ、美容院?

それはちょっと気が引けるんだけど……。

なんか、空気があわないっていうか、雰囲気がちょっとね。


「とにかく、美容院に行くのよ。場所は涼に案内させるから」


「ハイハイ、分かったよ」


僕は5000円札をヒラヒラさせて自分の部屋に戻っていった。



一時間後……

僕は再びリビングに戻って、ソファーに寝っ転がってテレビを見ていた。


―ピンポーン―


呼び鈴がなった。


「霞、ちょっと出て」


母さんに言われ、仕方なく僕は玄関に向かう。


「どなたですか?」


そう言ってドアを開けると東が立っていた。


「よっ、よぉ…」


「どうしたの?」


「い、いや…舞さんを迎えに……」


舞を迎えに?

……あ!そういえば僕の代わりに舞が遊びに行くことになってたっけ。


「今呼んでくるよ」


僕は東をその場に待たせて舞の部屋へ向かう。

舞の部屋は僕の部屋の2つ隣だ。

舞の部屋のドアには『Mai』とローマ字の看板が掛けられている。

そして、その下に『火気厳禁』と原発とかで見かけるあの黄色いマークの表示。

そんな物騒な表示がされているドアをノックする。

中から『はい』という声と同時にドアが開く。


「兄上?なんですか?」


「東が迎えにきたよ」


「分かりました。すぐに行きます」


舞は再びドアを閉めた。

さて、僕もそろそろ散髪に行こうかな。

僕は自分の部屋から財布を持ち、リビングへ行く。


「それでは行ってきます」


リビングに入ろうとした僕の後ろを舞が駆け抜けていった。


「いってらっしゃい」


僕がそう言ったと同時に閉まる玄関。

聞こえてないな。


「涼〜、そろそろ行こうか」


リビングで本を読んでいる涼に声をかける。


「えっ?そんな時間?」


「そうだよ」


それを聞いた涼は慌てだした。


「に、兄さん。ちょっと待って、準備してくる」


そう言ってリビングを飛び出していった。

涼が戻ってきたのは10分後だった。


「母さん、行ってくるよ」


「は〜い、いってらっしゃい」


家を出た僕は涼に連れられて美容院にむかった。

あぁ、嫌だな〜。

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