最終章・締まらない終わり方
闇夜に支配された夜。
本日は満月であったが、空にはどんよりとした雲が覆われて、満月は隠れてしまっていた。
光がないので当然真っ暗のはずだが、豊稲神社は松明の光に包まれていた。
「ねぇ、本当にここが襲われるの?」
巫女装束にアサルトカービン銃のモデルガンという戦闘体制の鳴海が、本殿の前に仁王立ちでいた。
隣では、狛犬が鎮座している。
――あやつからの情報じゃ、間違いないじゃろ
「あの人のこと、知ってるんだね」
――なに、ヤツが小僧の時にな
「ふ〜〜ん」
端から見たら、鳴海の独り言。だが、もう一つの声は確実にしている。
――さて、来たようじゃの
そんな古めかしい女性の声が響きわたると、狛犬の体が光った。
石像の狛犬が変化し、人間の形をなし、輝きを増していく。
「オーケー、やってやるわ」
「勇ましいのぉ」
光が治まると、そこには妙齢の女性が立っていた。
腰まである黒髪に、少し鳴海より高い身長。
ちょっぴり高そうな着物を見事に着こなし、帯のところには日本刀を差していた。
ただ、一番特徴的なのは、頭についている犬耳だ。
鳴海と女性の前に、一人の忍者を先頭に、黒い戦闘服に身を包んだ人間が現れた。
はじめに仕掛けたのは犬耳の女性だった。
日本刀の柄と鞘を持ち、着物を着ているとは思えない程のスピードで走り出した。
「ファイヤー!!」
鳴海の電動M4が火を噴いた。
弾は真っ直ぐ飛んでいくが、その軌道上には犬耳の女性もいる。犬耳の女性は後ろを見ず、迫る弾を避けながら走る。
無論、相手側も黙っちゃいない。走ってくる女性に銃口を向けて発砲する。こちらの銃は本物だ。
鳴海の弾が着弾し、爆発を起こす。その爆発で戦闘員が数人吹き飛んだ。更に爆発は連続して続き、戦闘員は吹き飛んでいく。
「やっぱ、弾だけじゃなくて銃自体に魔導加工すると、いつもの二倍の威力ね」
シュポポポポ
やはり、気が抜けそうな音をたてる発砲音。
フルオートで撃ちっぱなす。
「はあぁぁぁ……ハアッ!!」
犬耳の女性は、自分の間合いまで忍者に近づくと、体勢を低くして一気に鞘から刀を抜いた。居合い斬りというものだ。
だが、抜きはなった日本刀は残像を斬るだけだった。
「チッ……」
再び日本刀を鞘におさめ、柄を持ち構える。
目を閉じて精神統一。神経を研ぎ澄ませる。
「そこじゃ!」
目をキッと見開き、上に刀を振り抜く。
金属と金属が擦れる音が響く。
(なっ……力を流したじゃと!)
忍者は空中で一度受け、刀を傾かせて力を流したのだ。
「――!」
振り抜いてしまったら、すぐに戻すことは難しい。この時に生まれる隙が狙われた。
目の前に着地した忍者は、忍者刀を首に突きつけた。犬耳女性は刀を振り抜いた格好のまま、固まらざるおえなかった。
「豊稲の狛犬……それほどでもないな」
「……くぅ、体が鈍っとったか……」
鳴海も、戦闘員に銃を突きつけられていた。
「さぁ狛犬。ここに神がいるのは分かっている。案内しろ」
「ほぅ、霧神様が狙いかのぅ」
「いや、奴が隠している物がねらいだ」
そう言うと、忍者刀を構え直して更に犬耳女性の首もとに突きつけた。
「…………」
「さぁ!」
その時、何かが飛来し、忍者刀を弾き飛ばした。
「そこまでだ!」
声が響きわたった。
それは、鳴海にとっては聞き慣れた声だった。
「やはり来たな。霧島ぁ!」
忍者は振り向きざまに手裏剣を放った。
トストスと木の枝や幹に突き刺さった。
「前は油断してやられたが、今度はそうはいかない」
また、別の場所から声が響く。
「こっちには人質が――」
その瞬間、忍者の足元の地面が盛り上がった。
そして、刀が地面から突き出る。
素早く反応し、バックステップで距離をとっていた。
「上手くいったと思ったんだけどな」
盛り上がった地面の下から、忍び装束の霞が這い上がってきた。
パンパンと体についた土を払う。
「霞君!」
「鳴海、大丈夫みたいだな」
朱里と夏によって助け出された鳴海が駆け寄ってきた。
「兄さん!もう止めてよ!こんなことしたって何になるの」
「夏、君も邪魔するのか?」
「兄さん……」
ふと、夏は気づいた。
「兄さん……だけなの?」
黒井家の忍者も参加していたはずだが、この場にいるのは夏の兄、隼人だけである。他はどうしたのだろうか。
「奴らには眠ってもらったよ。ウルサかったし」
「――ッ!兄さん!!」
思わず殴り飛ばそうとして走ろうとした夏を、犬耳女性が首根っこを掴んで止める。
「止めい。あやつは取り憑かれとるんじゃ」
「取り憑かれてる?なにに」
「うむ、九尾の狐がじゃ」
「九尾の狐?」
「そうじゃ。昔は大陸の王をたぶらかして、国を滅亡させたり、最近じゃ、ドイツのヒトラーとアメリカのヘンリー・スティムソンとハリー・S・トルーマンに取り憑いておった」
第二次世界大戦でのキーマン。
第二次大戦を引き起こした人物と、原子爆弾の投下に関する人物。どちらも、十万人以上を間接的ではあるが殺している。
「相当ヤバそうなもんだな」
「おぉ、ヤバいぞ。実際、既に体の持ち主の心は飲まれとる」
「……つまり、これは先輩のお兄さんの意志でないと?」
「いや、少なからず"世界を変えたい"という意志はあったのじゃろ。それが邪気に当てられて乗っ取られたのじゃ」
未だに『兄さん』と叫ぶ夏に、犬耳女性は五月蠅いと空手チョップを頭部におみまいし、夏を黙らせた。
「だが、厄介なことになった。こうなると攻撃が――」
その瞬間、霞の視界の端に何か現れた。
脊髄反射の領域で反応し、忍者刀を引き抜いて攻撃を受ける。
(コイツ……人間離れした力してやがる!)
鍔競り合いで霞は押される。
ギチギチと刀同士が嫌な音を立てている。
「はああぁぁぁ!!」
そこに犬耳女性の居合い斬り。
隼人はバク転をすることで回避した。
「これじゃ、手の出しようがないぞ」
「……わしと鳴海で引きずり出す。しばらく奴を頼まれてくれんか?」
「……三分だ。その間に何とかしろ」
そう言った瞬間、霞は飛び出した。
息つく暇のない斬撃を繰り出していく。
「鳴海!」
「分かってる」
鳴海と犬耳女性は目を瞑り、ブツブツ呪文っぽい葉をつむぎだす。
「我流・紫電颯刃ぁ!」
勢い良く忍者刀同士がぶつかりあい、嫌な金属音と共に火花を散らす。
両者とも後ろに跳び、一旦間を開ける。
「斬撃・鎌鼬!」
真空の刃を放つ。
しかし、霞の攻撃は簡単に避けられ、逆に大量の苦無の投擲に晒される。
隼人に走って接近しつつ、降ってくる苦無を避ける。
いくつか掠って、顔に血が垂れる。
「はああぁぁぁ!」
一気に踏み込んで加速。
隼人の目の前まで接近する。
一閃。
隼人の前髪を散らした。
「……くっ」
隼人は仰け反った体勢から、体を回転しながらしゃがみこみ、更に霞の足を払う。
「――なっ!」
霞はバランスを崩し転ける。そこを狙い、隼人が刀を突き立てようとする。
「――ッ!」
霞はとっさに体を回転させ、刀を回避する。刀は霞の頭があった場所に突き刺さった。
「カスミさん!」
朱里の声と共に、霞の横に突き刺さった刀が吹き飛んだ。
どうやら、鎖鎌の分銅で飛ばしたみたいだった。
「ごめんね、兄さん」
夏も、大量の手裏剣を放ち援護する。
隼人はバク転しながら手裏剣の雨を避けるが、
「――ッ!」
同じく手裏剣の雨を掻い潜ってきた霞の追撃を受ける。
忍者刀で斬りつけられるも回避し、カウンターで霞の腹部を蹴って吹き飛ばす。
だが、ほぼ同時に攻撃の展開をしていた朱里には反応しきれなかったようで、鎖分銅が足に絡めつけられていた。
「ち……」
なんとか外そうと抗ってみるが、一向に解ける気配はない。
「させるか!」
霞も忍者刀での攻撃から鎖鎌での攻撃に切り替え、鎖分銅を隼人に絡めつける。
鎖で簀巻き状態になった隼人は、力ずくでの脱出に試みる。つまり、鎖を引きちぎろうというのだ。
隼人に絡まった鎖が、軋み始めて悲鳴をあげ始めた。
「……なんて力だ」
「もっていかれそう……」
霞と朱里の力が抜けそうになったとときだった。
更にもう一本の鎖が隼人の身体に絡まった。
「兄さんには、正気に戻ってもらいたいからね」
兄想いゆえの行動だった。
霞、朱里、夏の三人で
隼人を拘束する。
そして、時間は過ぎていく。
(……まだか!)
一体何を行うかは知らないが、既に三分は過ぎた。
なのに、一向に何も起こらない。
(これ以上、鎖鎌で拘束するのは無理だ。鎖が保たない……!)
霞の額に汗が滲んだ。
「……っ、………!……よし」
ブツブツと呪文っぽい言葉を紡いでいた鳴海が動いた。
どこからともなく取り出した大きな筒状のもの。
片方の先端には、ひし形の物体が取り付けられていた。
RPG7。テロリスト御用達のロケットランチャーだ。
「ちょ、それはヤバい……!」
霞の声は届かなかった。
――バシュン!
激しいバックブラストの炎を出し、弾頭が発射器から勢いよく飛んでいった。
弾頭はまっすぐ飛んでいき、隼人に向かっていく。
「ぐぅぅぅ……!」
隼人の眼前に弾頭が迫り来る。
――ズドン!!!!
強烈な爆風が霞達を襲った。
手に持つ鎖鎌には手応えがなくなっていた。
しかし、どうなったか霞の位置から粉塵で確認できなかった。
「どうなった……?」
しばらくして、粉塵が晴れる。そこには隼人が力無く倒れていた。
「兄さん!」
夏は傍らに駆け寄り、体を抱き起こす。
「う……夏……。一体俺は……」
「よかった。生きてるんだね……」
夏は、ホッと息をついた。
しかし、夏以外の人間は、夏と隼人のいる奥の方を茫然と見ていた。
――グゥゥ……まさか、弾き出されるとはな。
金色の毛並み。そして九本の尻尾。周囲には狐火だろうか、青白い火の玉が浮かんでいた。
「ふふ、久しいのぉ九尾。前あったのは六十年前じゃの」
――狛犬、相変わらず霧の眷属め
「口が悪いのも変わらん」
犬耳女性が日本刀を鞘におさめる。今の今まで出しっぱなしだった。
「その様子じゃと、霧神様にようかの?」
――やつの守る、門をくぐるだけだ。
「それは無理じゃと、何度言ったら分かるのじゃ!」
――無理なら、無理やり通るのみ
「それが何度失敗しとるのじゃ戯け!」
犬耳女性は、手にハリセンを召還し、九尾の頭をひっぱたいた。
――地味に痛いぞ
「当たり前じゃ!思いっきりじゃからな」
手に持つハリセンは、一発でぐしゃぐしゃに折り曲がり、使い物にならなくなっていた。
そのハリセンをポイと後ろに投げ捨て、話を続ける。
「いい加減諦めい、門をくぐったところで、貴様にはどうすることもできんよ」
――馬鹿にするな。そう言われて引くと思うか!
「油揚げあげるから」
――……!、……。
「……悩んだじゃろ」
――な、悩んでおらん!
なんだか話がついていけない。
霞達は置いてけぼりを食らっていた。
「あの……、すまないけど」
霞は勇気を出して、会話に割り込んだ。
「ん?なんじゃ霧島」
「話、分かんないのだけど」
霞の言葉に、人間な方達は頷いた。
たが、
「分からんでいい」
その一言で一蹴されてしまった。
「ほれ、油揚げやるぞ」
油揚げを九尾の前でちらつかせる。九尾の視線は油揚げにロックされていた。
「な、諦めい」
九尾少し悩み、差し出されている油揚げをくわえる。
そして、本殿とは違う神殿に向かって走り出した。
――誰が諦めるか!油揚げも門もな!
そのまま走って神殿に突入した。
なのに、犬耳女性は動こうとしなかった。
「お、おい。追わなくていいのか?」
「別にいい。霧神様もおるしな。それに……」
フッと口を不敵に歪めた。
「アヤツがおるしのぉ」
フフフと笑い出した。
「霧島らも帰ってよいぞ。全て解決ずみじゃ」
「いや……意味が……」
その時だった。
――ひぎゃあああぁぁぁ……
そんな叫び声が響き渡った。
そのあと、ドッタンバッタンと暴れまわる音がする。
しばらくその音は続き、突入口からみすぼらしくなった九尾が飛び出してきた。金色の毛並みは茶色く煤けて無残な形となっていた。
――くそ、あんな奴がいるとは!
九尾の体全体を、狐火の青白い炎が包み込んだ。
「逃げるかの?」
――違う!転進だ!
そう言い残すと、九尾は狐火に消えていった。
――九尾が消えたことにより、黒井家と黒き霧によるクーデターは完全に終息。制圧下にあった桃地、鷹山両家も暗部機関により解放され、忙しかった一日が終わった。