最終章・それぞれの今
構成はあるけど、文にならない。
イタリア半島にある小さな国家。バチカン市国。
世界最小の独立国家として知られているだろう。
観光地として、バチカン宮殿やサンピエトロ寺院がある。
ローマカトリック教会の中心で、教皇庁がおかれている。
その教皇庁の地下深く。そこは倉庫になっており、予言書や聖杯といったものからオカルトチックなものが厳重に保管されている。
そんな所に、明らかに異文化な格好でコソコソと行動する二人組がいた。
「これ?」
「そうだ。これが第三の予言書だ」
そういって、忍装束の男が本を開いた。
その横から同じく忍装束の女が顔を覗かせた。
「…………」
「…………」
しばし目を通した後、
「これは……何語だ?」
「ラテン語じゃない?」
「どの道さっぱりだ」
そういうと、静かに本を閉じた。
そして、二人の姿が消える。
「ふぅ、ホテルに帰って一杯するか」
「そうね、久し振りだったし疲れちゃったわ」
次に現れたのはサンピエトロ寺院の上だった。
忍装束ではあるが、覆面はとってある。
その顔は、霧島家の父親と母親だった。
「大丈夫かしらね。子供達は……」
「何とかするさ」
「そうね……」
二人は寺院の屋根にもたれかかった。
目は、遠くにいる子供達を思っていた。
「こうなることは分かっていた。だからあの子達への試練を与えたんだ」
「分かってる」
「いつかは知る道だ。だから、今は信じよう」
「そうね」
そこにいたのは、ただ普通に子供達を思う親の姿だった。
某山脈の山奥。
秘境というより人跡未踏な場所にある桃地家由来の地。
桃地一族によって小さな村が形成されている。
無論、ガスは通っていないが、太陽光パネルと風力、川に設置した水力発電装置により電気は引いている。
ちなみに水道は、その川から直接引いている。
最近では、近代化の波をもろに受け、パラボナアンテナを設置して衛星経由でインターネットが出来るようになった。しかも光通信。
そんな桃地一族の村だけど、今は黒井家の忍者達に占拠されていた。
人々は、本家の建物の一角に詰め込まれ、軟禁状態に陥っていた。
偶々、実家に戻っていた朱里も例外ではなかった。
(この状態に陥ってかれこれ六時間です。陽も落ちてしまいました……)
格子状の小さな窓からは、夕日の光が入らなくなり部屋は既に暗くなっていた。
少々であるが、小腹もすいた。
「どうしましょう……」
誰かが助けに来るのを待っていたが、どうやら桃地の人間は全員捕まってしまったようだ。
それに、どうやら鷹山家も同じように占拠されているらしい。
だとすれば、頼りになるのは……
「カスミさん……」
朱里は脳裏に浮かんだ顔の人の名前を呟いた。
そして、脳内で王道的な展開が広がっていく。
(きっと、カスミさんが助けに来てくれて、なんだかんだ一緒に行動をする事によって相思相愛になってそれから……)
たちまち、顔がゆるんでいく。
「おい、聞いたか?」
「なにを」
「うち、霧島も襲撃したらしいよ」
「――っ!?」
かすかに聞こえてきた見張りの会話に、一気に現実に引き戻された。
(カスミさんのところを襲ったですって!)
瞬く間に顔色が青ざめていく。
(大丈夫でしょうか!?カスミさんのことでしょうから無事でしょうが……)
オロオロとするが、体は拘束されているので首をせわしなく動かすだけ。
周囲の人間は、そんな朱里を訝しむ目で見ていた。
「朱里ちゃん、どうかした?」
同じく拘束されていた従姉が芋虫のごとく這ってきた。
「霧島家が襲われたって……」
「う〜〜ん、そうみたいだね」
「なら、こんなとこで待ってる場合じゃありません!」
しかし、拘束されているし、周囲は黒井家の人間によって見張られている。
どうしょうもない。
「朱里ちゃん。一人なら何とかなるかもしれない」
「本当ですか!」
大声をだした朱里に、人差し指を口の前で……とはいかないので、必死に『し〜〜っ』と小声で言う。
「いい、私が朱里ちゃんの縄を切ってあげる。その後、床を外して脱出口を作って、軒下から逃げるの。今日の天気予報では、もうすぐ月が雲に隠れるはずだからその隙にね」
「分かりました」
「脱出口は、私達で隠すから、一人消えても分からないよ」
従姉は朱里の後ろに回り込むと、口で胸元から苦無を取り出して、口にくわえた苦無でロープを切り始めた。
しばらく悪戦苦闘したのち、朱里を拘束していたロープが切れ、ハラリと床に落ちた。
「さあ、行ってきなさい」
「はい……!」
小声ながら力ある返事を返し、朱里は床板を外して闇に消えていった。
――一方、その頃。
霧島家秘密の地下室。
医療室のベットに横たわる桜は未だに目を覚ましていなかった。
一時的に熱があった時もあったが、今は容態は落ち着いていた。
「……36.7℃。大丈夫なようね」
体温計を確認した夏は、ホッと息をついた。
しかし、その表情は憂いを秘めていた。
「兄さん……」
その呟きのあと、沈黙が長らく支配した。
時計の秒針の音と桜の呼吸の音が異常なまで聞こえた。
「……う…ぁ…」
「――っ!」
桜の声に我に返った。
「鷹山!気付いたか鷹山!」
夏の声に応じたのか、桜の目がゆっくりと開いた。
「…ここ…は?」
「霧島の地下室だ」
「確か……私は…」
そこで、何かに気づいたらしく目を見開いた。
「黒井……グッ!」
「まだ傷が治りきっていない。むやみに動くな」
「何故、黒井が……!」
そこで、夏は桜が言いたいことを理解したらしく、少し憂いの表情を浮かべる。
「私、抜け忍みたいなものだから……。安心して、黒井の忍者とは関係ないわ。だからここにいるのよ」
「……分かりました。信用します。で、ここは?」
「霧島の地下室だ」
「へぇ、すごい」
感嘆の声を上げ、キョロキョロと周囲を見渡していた。
その様子を見て、夏はもう安心だと判断した。
「何か飲む?のど乾いたでしょ」
夏がそう言って立ち上がり、医療室から出て行こうとした時だった。
桜があっ、と声を上げた。
「どうかしたか」
「宮内庁……」
ポツリ、そう呟いた。
「宮内庁がどうかしたか?」
「そう、宮内庁だよ!私逃げるときに聞いたんだ。忍三家や暗部機関、魔法協会が狙いじゃない!宮内庁なんだよ」
「……そう言うことね」
初めっから狙いはお役所。
暗部機関や魔法協会への襲撃は囮ということか。
しかも、宮内庁の襲撃が発覚したとしても、日本政府は、唯一といってよい対抗策の暗部機関は襲撃により混乱して動かそうにも動かせない。魔法協会も同じくだ。
警察や自衛隊に任せるには荷が重すぎるし、秘匿することもできない。
……しかし、何故宮内庁?
忍三家の管轄している組織だから?
でも、何かしら彼らが求める物があるのは間違いない。
(一体、何をするつもり?)
夏は、彼らと共に行動しているであろう兄を想った。
宮内庁。
一般には知られてはいないが、宮内庁舎には地下深くに倉庫がある。
この倉庫は、表社会に出してはいけないもの……"闇"に繋がる品々がかなり厳重に保管されている。
これらは、宮内庁直属の近衛軍団が警備している。皇宮警察では役に立たないのだ。
しかし、その近衛軍団も今は黒き霧と黒井忍者の主力部隊の攻撃で壊滅的な状態に陥っていた。
重要な倉庫すら、彼らの手に堕ちていた。
「……おい、本当に秘伝書があるんだろうな」
「…………」
黒井家若頭であり、反乱の首謀者である黒井 圭介は、先を歩く黒き霧のリーダー格の人間に言った。
宮内庁に来たのは、かつて霧島家が加わって"忍四家"となっていた時代に書かれた秘伝書が目的だった。
その秘伝書には、失われた技が書かれているらしく、それをもってすれば闇にかなうと教えられた。
目の前を歩く男に……。
だから、仲間を集めて反旗を翻したのだ。
「……見つけた」
「なに!?」
「こいつだ」
見れば、かなり古ぼけた巻物を持っていた。
圭介は、その巻物を奪い取ると期待に満ちた目をしながら巻物を開いていった。
「…………」
巻物を読み進めていくに連れて、顔がひきつっていった。
「なんだこれは!秘伝書とはま――」
パン!
乾いた音が響き渡った。
そして、黒井 圭介の体がゆっくりと崩れていった。
「君の役割は終わり、よくやってくれたね」
手に持つハンドガンの銃口からは硝煙が上がっていた。
転がり落ちていた巻物を拾い上げると、開いて軽く目を通す。
「……ふむ」
すぐに読み終えて巻き取ると、懐にしまい込んだ。
通信機の電源を入れると、マイクに呼びかける。
「こちらリーダー。もう宮内庁には用はない。速やかに次の目標に向かう。目標は豊稲神社。霧瀬市の豊稲神社」
そう言うと通信機の電源を切り、足元に転がる圭介を見下ろした。
「まったく、力がないくせに粋がるからですよ。"若頭"」
凶弾を受け、息も絶え絶えと言う状態でありながら、圭介は彼を睨みつけた。
「……ふっ」
彼は鼻で笑うと、おもむろに覆面を脱ぎ捨てた。
その顔を見た圭介は驚愕した。
「なっ――!」
「じゃあね」
彼は圭介の首に手刀を振り下ろし、意識を刈り取った。
素顔をさらした彼――黒井 夏の兄、黒井 隼人は冷酷な目をしていた。
「あと少し……あと少しだ」
そう呟き、天井を見上げた。
(夏、邪魔してくれるなよ……)
今、敵対する妹を思うのだった。