最終章・"教官"
主人公が……主人公が活躍してくれない……!!
暗部機関臨時司令部"船"。
本部を奪回したのだが、施設破壊が深刻で司令部として機能させることが出来ないと判断し、当分の間司令部を"船"におく事になったのだ。
『ジェネレーター出力正常値。各ブロック異常なし。完全に起動しました』
「ふぅ……」
美里は安堵した。
背もたれに寄りかかり、背伸びをする。
「とにかく、一段落ね。今は」
『そうですね』
「霧島君達は?」
『今こちらに向かっているとの事です』
しばらくして、プシューと音をたてて扉が開いた。
そこから、忍装束の霧島家兄妹が現れた。
「なんなんだここは……」
「うわぁ、SFみたい」
「……広いですね」
三者三様の反応だった。
「樫野、ここは一体なんだ?」
「ここは、暗部機関保有の"船"よ」
「"船"?」
霞のクエスチョンにナビィが答えた。
『正式名は、高機動型全域空中航空巡洋艦『フェニックス』。分かりやすく言えば宇宙戦艦とでも言うでしょうか……』
「「「宇宙戦艦!?」」」
霧島家兄妹は一同驚愕した。
驚くのも無理もない。漫画やアニメで見るようなものにいるのだから。
オーバーテクノロジーといってもよい。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「いや、驚くから」
「そう?」
闇に慣れた人間には当たり前に近いらしい。
霞はまだ闇には慣れていないようだ。
『副長、そろそろ……』
「そうね。じゃあみんな、準備を始めて!」
パンパンと手を叩き、作業を促した。
途端、人がせわしなく動き出して騒がしくなる。
霞たちは何が起こっているのか分からず戸惑うばかりだ。
「ちょっとすまないが、一体なにするつもりだ?」
霞は美里に尋ねた。
美里も、何やらコンソールを叩いて作業中なので少し控えめに。
「何って、決まってるじゃない」
クルリと椅子ごと振り向いた。
「魔法協会を助けるのよ!」
○
「プラズマ魔導炉、エネルギー変換効率100%。ジェネレーターの機関を切り替えます」
「深界潜行システム起動。第二深界に接続中」
「火器管制システム、レーダーシステム正常に作動」
『航路クリア。オールグリーンです』
「オーケー。フェニックス、出撃!」
『あ、やっぱりストップ』
気合いが籠もった美里の出撃の合図も、ナビィの妙に人間くさい言葉に止められた。
美里は、前を指差しポーズを決めていたが、ガクリとズッコケそうになっていた。
「なによナビィ。せっかく決めていたのに……」
『いえ、その……。先程航路上に……というより、この艦の上に人がいます。今、光学映像を出します』
パッと、大型モニターに艦の外の様子が映し出される。
ある部分をズーム、更にズーム。もう一つズームしてやっと人が認識できた。
「忍者……だな」
「忍者ですね」
「忍者だね」
「忍者ね」
『忍者です』
忍者だった。
ただ、"ひょっとこ"のお面をしているが。
変態にしか見えない。
「あいつ……こいつを爆破するつもりか?」
「でも兄さん。爆裂玉じゃあ無理だよ」
「……すみませんが、手元をもう少し拡大できませんか?」
「ナビィ」
「了解しました」
舞の頼みでナビィがズームをする。
画面に映るのはちょっと変わった球体だった。
「あれは……」
その球体を見た途端、舞は顔をしかめた。
霞も顔をしかめている。
「ヤバいな」
「なに、あれは?」
「施設破壊用爆裂玉……。通常爆裂玉の桁違いの威力です」
「この艦がどれ程の装甲かは知らないが、最悪あれ一発で吹っ飛ぶぞ」
「嘘でしょ!あいつを倒さなきゃ」
「僕が行く。最短経路を教えてくれ」
その時、回線に無理やり介入する者があった。
《俺だぁ!聞こえているか》
「教官!」
「「「……教官?」」」
霧島家兄妹は疑問の声を上げるが、美里は一切無視して話を続けた。
「待機を命じていたはずよ!今どこ!?」
《なに、いまから変態を狩りにいくだけだ。いいから霧島の奴らと見学しとけ!》
「ちょっ――」
《それと、これが終わったら休暇貰うからな。二年くらい。通信終わり!》
「教官!?なに勝手なこと言ってんですか!聞いているんですかぁー!!」
返答がないのに、美里はひたすらマイクに叫び続けた。
○
「フッ」
簡易防毒マスクに内蔵された通信機の電源を切った。
そして、眼下でひたすら工作活動に専念する忍者を見据える。
その目は、獲物を狙う猛禽類の目だった。
彼は、マスクの下で口を歪めた。
久し振りの戦場。
訳あって今まで来ることが出来なかったが、ちょっと前の戦闘で確認した限り、腕は鈍っていなかった。
彼は、腰のホルスターからハンドガンを取り出した。
グロック18Cという小型のハンドガンだ。
自動連射機構を搭載したモデルだ。
彼は、フルオートになっているレバーをセミオートに切り替える。
この時、始めてセーフティーにしていなかった事に気付いた。
暴発しなくてよかったと思いつつ、今あるマガジンの残弾と愛銃の性能を考慮しつつ戦略を考える。
しばしの思案の結果、ある結論に至った。
「考えるだけ無駄だ。目の前の敵性がある奴は排除するだけ」
そう、いくら策を練ったとしても圧倒的な力の前では意味をなさないのだから。
「さあ、狩りを始めようか」
マスクの下でニヤリと口元を歪め、彼は飛び降りた。
空中で無駄に二回転くらいしてから、音もなく艦に着地する。
それに気付いた忍者は、少し間をおいて襲いかかってきた。
少しの間は驚いていたからなのだろうか?
お面をしているので表情は分からない。
まず、彼は手始めに一発頭に向かって発砲した。
9mmパラベラム弾は、忍者に首だけの動きで簡単にかわされてしまう。
それでいい。そうでないとこちらは面白くもない。
彼は再び発砲する。
接近してくる忍者に立て続けに発砲するが、ことごとく避けられている。
「避けられてるというのもあるが……集弾性が低いのも難だな」
そう愚痴りながら、体を反らす。
顔スレスレのところを苦無が通り過ぎる。
彼は体勢を元に戻すと同時に、空いている左手で腰に付けていた小さな短剣を抜く。
その短剣は、少し青みがかった透明な刀身だ。
どうみても鋼で出来ている物でなかった。
既に、かなり接近していた忍者を発砲で一瞬牽制し、その時に出来た隙をついてこちらから切り込んでいく。
彼の急な接近に驚いたのか、忍者は前に出そうとしていた足を押し止めようとしてバランスを崩す。
そんなチャンスを彼が見逃すはずもない。
素早く足払いをし、忍者を転かす。そしてそのまま短剣を突き立てた。
予想していた肉の感触はなかった。
「……身代わりか」
丸太に突き刺さった短剣を引き抜く。
丸太には律儀にひょっとこのお面が装着されている。
こんな無駄な行動ができるほど余裕があるということは、スピードが遅いのか……鈍ったな。
彼は自分の足を二回程踏み鳴らした。
「まぁいい。これといって問題はない。一回で仕留められなかったのは残念だが」
セミオートにしていたレバーを、再びフルオートに切り替える。
ついでに、マガジンを取り替えた。
さっきのマガジンには、既に弾が入っていないのは分かっていた。
彼は銃口を上に向けた。
その先には、お面が外れた素顔の忍者が、彼に向かって降下してくるところだった。
――ダダダダダダダダダダッ!!
彼のグロック18Cが火を噴く。
空薬莢が、落ちて軽い金属音を響かせる。
忍者は怯むことなく、彼に突っ込んでいった。
――カイィィィィィン
金属音とは少し違った高い音が響いた。
そして、
「――なっ!」
「フッ」
忍者の忍者刀の刀身が見事に真っ二つに斬れた。
その事実に忍者は驚き、彼は得意げだった。
「残念だな。こいつは"大体"のものは斬れるんだ」
そういって、短剣をクルクルと回したのちに、腰にある鞘におさめた。
そして、忍者に銃口を向ける。
「戦闘中に呆けるな」
――ダダダダダッ!
彼は発砲した。
忍者は何とか避けるが、判断するのが遅すぎた。
二発、弾が当たる。
忍者は苦しみながらも、彼と距離をとろうとする。
苦無を大量に放った。
「……面白くないな」
彼はそう呟くと発砲した。
――ダダダダダダダダダダッ!
飛来する苦無を、すべて撃ち落とす。
「もういい。終わらせよう」
もう飽きたとでもいいたげに淡白だ。
彼は一気に距離を詰める。
この戦闘で見せなかったスピードだった。
足が鈍っているとは思えなかった。
忍者が反応する前に背後に回り込む。
直後、マガジンキャッチを押し、マガジンを落とす。そして青いマークをいれた新しいマガジンに入れ替えた。
更に、セミオートに切り替えた。
「いい夢を」
――タン!
彼は忍者の背後、少し離れたところから銃を発砲した。
○
「凄い……」
霞は画面に映る光景を見て感嘆の声を上げた。
"教官"と呼ばれいる機関員と黒井家の忍者との戦闘。
圧倒的な強さを見せて、教官の勝利に終わった。
「教官、遊んでいたわね」
「あれで遊んでいたのか!?」
「えぇ、その気になれば瞬殺よ」
「嘘だろ……」
霞は言葉を失った。
上には上がいるということだ。
そんな時、再び教官から通信が入った。
今度は強制的に介入はしてこなかった。
《変態は倒した。一応、暴徒鎮圧用のゴム弾でやっといた》
「ご苦労様。助かったわ」
《フン、とっとと行きな》
「なによその言い方。せっかく礼を言ったのに」
《あんたが礼を言うのが気味悪かったんだよ》
「なっ――!」
《じゃあな!》
一方的に通信を切られた。
美里は拳を握りしめ、この鬱憤をどこにぶつければいいか不完全燃焼な気分だった。
全く、あの教官はいつもいつも……。
プルプル震える拳をどこにぶつければいいんだ!
『副長、そろそろ出航を……』
「そうね。分かってるわ」
スーハースーハーと深呼吸をして心を落ち着かせる。
冷静な心を持たなければ、司令官としてやっていけない。
何千という命を預かっているのだから尚更だ。
「気を取り直して……フェニックス、出撃!!前進微速!!」
『前進微速!』
○
「やっと行ったか……」
"教官"は、ドックからゆっくりと出て行くフェニックスを見届けた。
彼の足元には、気を失った忍者が転がっていた。
「しかし、俺も甘くなった。"表"に感化されたんだろうな……」
マガジンキャッチを押して、マガジンを取り出す。
マガジンの中には、弾頭が青色の硬質ゴムでできたゴム弾が入っている。
このゴム弾は、通常の銃器で発射できる最先端兵器の一つでもあるのだ。
「前なら、問答無用で殺していたが……丸くなったか」
カチャリと音をたてて、マガジンを再び入れる。
そのままセーフティーにしてホルスターに戻した。
「さて、俺も行きますか」
彼は、気を失っている忍者の足首を持ち、引きずっていく。
たまに、忍者の頭が段差で打ち付けられたり、ドラム缶にぶつけられたりしていた。
忍者が目を覚ますのは、まだまだ先になりそうであった。