最終章・奪回、暗部機関!
少し最後辺りをカットしました。
霧瀬市の隣町、保上町。
そこにある御笠山。
その中腹には墓場がある。
その名は御笠霊園。そこに、暗部機関への入り口がある。
「しかしだ」
墓場のある一角で霞達は立ち止まっていた。
既に、暗部機関の入り口の墓標まで来ているのだが、何故か突入を躊躇っていた。
怖がっているわけではない。
「これから先のセキュリティーをどうするか問題だ」
「しかし、兄上は既にセキュリティーパスがあるのではないのですか?」
「そんなもの、とっくに変えられてるさ」
暗部機関が攻撃を受けた時点で、既にセキュリティーは変えられているだろう。
「ということで、涼の出番だ」
霞はある墓石を叩きながら、涼の方を見た。
涼は全く分からないらしく、キョトンとしている。
仕方なく、霞は話を進める。
「コイツをこうしたら……」
墓石の側面をペタペタ触り、感触が違う場所を力任せに外す。
墓石の中には、半導体の基盤やコード類でゴチャゴチャしていた。
「ここから警備システムに侵入して、無力化して欲しい。コイツを何とかしないと入れない」
「分かったよ兄さん」
涼は墓石の中に頭を突っ込み、コードの類を弄る。
基盤にコードを付けたり、逆に取り外したり……
そして、ドコからともなくノートパソコンを取り出すと、一つのコードを取り外してノートパソコンに接続する。
――カタカタカタカタカタ
涼のタイピングの音が鳴り響く。
「ねぇ兄さん」
「なんだ」
「なんかさ、システムが見つかんない」
「……どういうことだ」
「警備システムとかそういったもの以前に、全体的なシステムデータがないんだよ」
「ということは、警備は働いていない……そういうことか?」
「うん」
ということは、今までの事は無駄だったのか。
そう思うと力が抜けてきた。
「……とりあえず、コイツを動かそう」
霞が力任せに開けようと、墓石に手をかける。
その時、
――ゴゴゴゴゴ
墓石が二つに別れ、したへと続く階段が現れる。
一体何故?
「兄さん、とりあえずこの入り口は開けたよ〜」
未だにパソコンをカタカタとしている涼が言った。
どうやってしたか知らないが、涼が入り口を開けたらしい。
「……なんだ、このやる気を奪う感じは」
「兄上、とにかく突入しましょう」
「そうだな。涼、行くぞ」
「ちょ、兄さん待って……あ、姉さんダメだよ。勝手に変なものとか弄っちゃ……ひゃあ、ゴメンナサ〜イ!」
「愚妹の癖に、姉に口答えですか!」
状況を分かっているのかどうなのか、姉妹喧嘩を始めた二人。
喧嘩といっても、舞が涼を叩くという一方的なものである。
霞はそんな二人に不安を覚え、ため息をつきつつも階段を降りていくのだった。
○
――ハアッ……ハアッ……ハアッ……
息があがっている。
呼吸の声が、静かな通路に響き渡る。
暗部機関の戦闘員、木野 拓也は身を隠しながら、ある場所を目指していた。
《木野さん、急いでください》
耳に取り付けている通信機から、オペレーターの女の子の声が聞こえる。
「退避は完了したのか?」
《はい、司令部は完全に機能を"船"に移しました》
「そうか……」
《ですので、木野さんも早くこちらに撤退を》
「そうしたいのは山々なんだがな……」
通路の分岐にさしかかる。
木野は、通路の角に身を隠すと、ベルトからナイフを取り出す。
光り輝く刀身を鏡代わりにして、通路の安全を伺う。
ナイフの刀身には、二名の戦闘員が見ることができる。
黒い戦闘服と防弾チョッキに、頭には鉄ヘル。
武器は、先頭を歩く奴がショットガンとして信頼性の高いレミントンM870。
そしてもう一人は、ヘッケラーコッホのG36。アサルトライフルだ。
対して自分の武器はアサルトカービン銃のM4。
今、装填されている弾は残り少ない。
30発の予備のマガジンが現在二つ。
殺り合ってもいいが、出来るなら発砲音で気付かれるような事はしたくない。
しかし、撤退するには奴らがいる通路を通る必要がある。
奴らはこちらに警戒しつつ、向かってくる。
時間はない。
――ゴクリ…
唾を飲み込む。
汗が、頬を流れてゆく。
M4を単発射撃に切り替えて再び握りなおした。
(……よし!)
木野はいきおいよく通路に飛び出した。
同時に、銃口を先頭の戦闘員に定める。
そして、相手が発砲する前に発砲する。
――タン!
銃声と共に先頭の戦闘員が倒れる。
木野は銃口をもう一人の戦闘員に向け、発砲した。
こちらも銃声と共に倒れる。
木野は、戦闘員が倒れたのを確認すると、全力で走り出す。
倒れている戦闘員を飛び越える。
《拓也!聞こえてる!?》
「そんな怒鳴らなくても聞こえてる副長!」
その時、後ろで木野が撃ったはずの戦闘員が立ち上がった。
「敵だぁ!!いたぞ!」
――ダダダダダダダ!!
立ち上がった戦闘員のG36が火を噴いた。
銃弾が耳元や足など、様々なところを掠っていく。
(しまった!防弾チョッキに当たっていたか!!)
今、悔やんでも仕方がない。
素早くフルオートに切り替えて、後退しながら射撃を行う。
《拓也!聞いてるの!?》
「ウルサい!今、交戦中だ!」
《だったらとっとと逃げ出しなさい!》
その瞬間、銃弾が耳の通信機を貫いた。
見事に、通信機が機能を奪われる。
「ちっ!」
木野は舌打ちをすると、通信機を取り外し、その辺に投げ捨てた。
(身を隠す場所が……ない……!)
なんとか、自らの不規則な動きと、発砲による牽制により、被弾することは避けられているが、最早彼は限界であった。
疲れが足を鈍らせ、瞬発力を弱めていた。
銃弾が、木野の左ふくらはぎを撃ち抜いた。
木野はその場に膝を付き、崩れ落ちそうになるがなんか耐える。
銃口は依然前に。
引き金を引き、発砲するが、今度は右肩を撃ち抜かれる。
「――グゥ!」
遂に、木野は崩れ落ちた。
すぐに死につながる致命的な傷は受けていないが、肩に足、そして腕にも銃弾を受けていた。
銃を発砲することはおろか、立ち上がり走ることも難しい。
動けない木野を見て、銃口を依然こちらに向けたまま敵の戦闘員が近づいてくる。
(……これまでか)
諦めが支配し、木野は十数年の人生を振り返る。
物心つく前から銃を握り、硝煙と血の匂いの世界で過ごしてきた。
表社会の、ふざけているとしか思えない馬鹿げた"決まり"を守るために……。
信じて戦ってきた。
仲間も沢山死んだ。
だが、ある時表社会を見て愕然とした。
たかが紙切れの束に踊らされる人間たち。
世界を知ろうとしない人間たち。
平和ボケでとろけきっている人間たち。
そんな国民を見て、言い知れぬ怒りを覚えた。
俺達が命を散らしてやってきたことはなんだったのか。
こんなことなら半世紀前の"決まり"なんかなくなってしまえばいい。
だから俺達は、表社会の"決まり"……"憲法9条"を嫌悪する。
平和を謳う憲法。
馬鹿げてる。そんなもので平和が保たれる筈がない。
他国や闇にそんなものは関係ないのだから。
それすら分からないこの国の中枢や国民には呆れかえる。
特に、平和な国で平和を一方的に語る活動家など、本当の平和を理解していると思えない。
本当の平和を理解するならば、戦争を理解しなければ分かる訳がない。
結局、この国の"憲法9条"を守っているのは武力だ。
闇の暗部機関。そして、表社会でいう自衛隊という武力が他国の抑止力になっている。
間違っても、憲法9条が抑止力になっている訳ではない。
そうでないと、俺達の"やっていること"はなにになる。
……そういえば、このことを俺達の"教官"に話したことがある。
しかし彼は、俺達を逆なでするように飄々として言った。
「それがどうした」
ニヤリと犬歯を覗かせた悪人のような笑い方。
それが"教官"の笑い方だった。
「文句言ってキャンキャン吠えるのは、弱いヒョッコだけだ。そのクセ、何にも知っていない。お前等は俺にとって表の奴らと変わらないんだよ」
その言葉に、俺はキレた。
見事に返り討ちにあったが。
倒れ込んでいる俺に教官は言った。
「変えたいのなら、世界を知れ。そのために強くなれ。どんな権力も、どれだけの金でも、単純な暴力の前では意味をなさないからな」
それから、俺は強くなった。
だが、今はどういうことだ。
四肢を貫かれ、銃口を向けられて、もう数十秒もたたない内に引き金は引かれ、死んでいるだろう。
「チクショウ……」
自然とそんな言葉が口から出てきた。
そんなことに驚いた。
まだ、生きることを望んでいたとは。
出血が思ったより多かったのだろう。薄れゆく意識の中でそう思った。
そんな時だった。
「ざまぁないな」
懐かしく、ムカつきを覚える声だった。
黒いつなぎの戦闘服。強化繊維プラスチックの簡易防毒マスク。
そして、鷹のような猛禽類の目。
見間違うはずがなかった。
暗部機関最強と謳われながら、ある特定特殊任務で消息不明になった機関員。
コードネーム"教官"。
彼の帰還だった。
その頃、霞達、霧島家兄妹はすべてのセキュリティーを破り、進軍中だった。
発砲音が続く方向へ向かって突き進む。
突き進むのだが……
「何があったんだ」
「死屍累々ですね」
沢山の人間が倒れていた。
痛みに唸っている。
見る限り、全員が急所を外しているので、今すぐ死ぬといった事態にはならないだろう。
「ボク達が来なくても大丈夫だったんじゃない?」
涼のいうのももっともだった。
侵入してから一度も接敵をしていない。
接敵をしたとしても、敵が既に戦闘不能になっているのだ。
しかし、それなら暗部機関の機関員を見かけないというのもおかしい。
霞は疑問を抱きながら走り抜けていた。
「――ッ!兄上!」
舞の声に反応し、瞬時に忍者刀を抜いた。
通路の分岐に当たる。
霞が自慢の俊足を生かし、先陣を切って飛び出す。
目の前には、戦闘員と忍者の混合部隊がいた。
霞は素早くその部隊の中心に突貫し、凪払っていく。
中心にいては、相手の戦闘員は発砲することができない。
高確率で味方に当たるからだ。
それを見越しての霞の行動だった。
少し遅れて舞と涼がやってくる。
舞は大量の爆裂玉を、そして涼はそれと同等の手裏剣を放った。
霞は巧みな体さばきで飛来する手裏剣を避け、尚且つ敵を凪払う。
次に、壮大な爆発が起こった。
その爆発による煙から、霞と舞、涼が駆けだしてくる。
爆発をモロに受けた戦闘員と忍者は戦闘不能に陥っている。
霞のいる位置のみ爆発がこないように、周囲を爆発させた舞の精密爆撃のおかげだ。
霞にはダメージはない。
「兄さん、やったね」
「あぁ、上手くいった。だが、これからが激しくなる」
「そうですね」
更なる気配を感じとっていた。
前方の方に、新たな敵の一団を認識することができた。
「舞、涼!いくぞ!」
「はい、兄上!」
「うん」
霞達は速度を上げて駆け抜けていった。
○
"船"の中。
暗部機関臨時司令部。
非常灯の灯りで赤く照らされる室内。
大型モニターが三つ、中にぶら下げられ、その奥には壁と見間違うような巨大なモニターがある。
「ナビィ、"船"の起動はまだできない?」
『ジェネレーターの出力がまだ低いです。全体の起動には時間がかかります』
美里は、全体を見渡せるように高い位置にある場所で思案する。
その横で、ショートカットで、全身を白いタイツのような物で身にまとった格好の女性が立っていた。
ただ、首の辺りからコードが伸びており、そのコードは美里の席の前にあるコンソールに繋がっていた。
「ナビィ、ジェネレーターの出力が正常値になるのにどの位かかる?」
美里が隣に立つ女性に話しかける。
『10分から15分というところです』
「なら、5分で済まして」
『不可能ではありませんが……暴走させても知りませんよ?』
「……なら、10分でいいわ」
『了解しました』
女性……ナビィ有機生体版は、ニコッと笑うだけで何もしない。
いや、実際は動く必要がないだけで、頭の中の人工頭脳がフル回転で働いて、システムを動かしているのだ。
「オペレーター。拓也と連絡は?」
「いえ、全く繋がりません」
「マズいわね……。やられたとしたら、痛い戦力ダウンだわ……」
ふと、美里は中にぶら下がるモニターの一つに目をやった。
それは、施設内の戦闘がどのようになっているか表しているものだった。
「……えっ」
何故かどんどんと敵の赤い点が消えていく。
しかも、二カ所でその現象が起こっている。
味方の青い反応もない。
「どういうこと……?」
その時、部屋に声が響きわたった。
《久しぶりだな!!》
「――っ!」
その声には聞き覚えがあった。
暗部機関最強の機関員の声だった。
『回線に強制介入ですか……。驚きです』
「そんな事より、教官!今何を!」
《雑魚を蹴散らしている》
「じゃあ、とりあえず勝手に駆除しちゃって」
《そうか、なら勝手にさせてもらう》
そこで一時通信が止まり、再び入る。
《そうだった。木野が負傷して倒れていた。救護隊を向かわせろ》
「分かったわ」
美里は通信を切ると、再びモニターとにらめっこを始めた。
先程の通信で、敵を殲滅しているのは教官だと分かった。
しかし、反応はもう一つある。
一体誰なのだろうか?
思案する美里に、一人の人物が思い浮かんだ。
「……もしかして」
そう呟きながら、美里は携帯電話を取り出し、電話をかけ始めた。
○
――ピロロロロ、ピロロロロ
その電子音に霞は急停止をした。
ちょうど周囲に敵はいない。
「……僕だな」
霞は懐に手を突っ込んで何やら探し出す。
そして、白い携帯電話を取り出した。
「もしもし」
『あ、霧島君?今どこ?』
樫野 美里だった。
「今、暗部機関の施設内だが……?」
『やっぱりね』
「やっぱり?」
『いや、こっちの話』
なんだかはぐらかされた気がするが、気にしないことにした。
『今ね、ウチの機関員が一騎当千の働きをしているから、巻き込まれないでね』
「は?」
そんな強い人間がいただろうか?
そんな疑問が浮かんだが、話は続いた。
『あと、その先拓也が倒れてると思うから、回収してくれない?』
「拓也…?木野のことか」
『そっ、回収してコッチに来てくれたらいいから』
「待て。敵はほったらかしか?それにコッチとはどこのことだ」
『一度に聞かないでよ!』
何故か怒られた。
『まず場所だけど、これは拓也に聞いて』
「うむ」
『次に、敵についてだけど……』
美里は少し言いよどむ。
『ウチの機関員にやられたくないでしょ?』
「…………」
何となく理解した。
霞は無言で頷いた。
電話ではその行動は無意味だが。
『分かった?だったら拓也をお願いね』
「了解した」
そう言って、霞は電話を切った。
「兄さん……?」
「……活躍、ほとんどなしか」
「えっ?」
「何でもない。行くぞ」
霞はそう言って駆け出す。
その後を、舞と涼がついてくる。
しばらくして、
霞達は木野を回収し、誘導に従い"船"に到達した。
なお、暗部機関本部は、当機関の戦闘員、コードネーム"教官"により完全に奪回。
敵部隊は全滅した。