最終章・エマンジェシー
エマンジェシーで正しかったかな?
時間は少しさかのぼる。
暗部機関の本部の統合司令部室。
その部屋の中心、司令官がいるべき位置にひとりの少女がいた。
ショートカットの髪につけている黄色いカチューシャが、薄暗い室内で目立っていた。
「あ〜〜、暇よねナビィ」
『そうですが……逆を返せば、それは平和ということですよ』
知らない人が見たら、驚くだろう光景だ。
何もないところに話しかける少女に、その少女に応えて響き渡る声。
しかし、司令部にいる人達には日常的な光景であり、驚くことはない。
「だけど、なんか変な気分なのよねぇ〜」
『変な気分ですか……?私には分からないことですね』
「仕方ないわよ、それは」
司令官シートの椅子をクルクルと回して少女、樫野 美里は暇を持て余す。
『時に副長。そこは司令の席ですが……』
「いいのよ。お役所の役人よ?選挙関連で忙しいのに、コッチに来る訳無いじゃない」
椅子を回すのに飽きたのか、美里は今度は胸ポケットに入れていたボールペンで、ペン回しをし始めた。
「ナビィ、現在の状況はぁ?」
『各区画、異常はありません。機関員の小競り合いなども見られませんね』
「じゃあ――」
『ゴキブリ、ムカデなどの害虫やネズミも発生していません』
「……そう、何も無いわね」
『せっかくなんです。外出してみてはどうですか?』
「現在の気温は?」
『8度です』
「寒い。止めとくわ」
引きこもり副長、美里は以前ペン回しに夢中だ。
『……あ』
ナビィが素っ頓狂な声を上げる。
人工知能でありながら、妙に人間くさい。
「どうしたの?」
『第七区画に侵入者です!人数は……どんどん増えています!』
ナビィの声に、素早く美里が反応した。
手元にあるマイクにスイッチを入れて叫ぶ。
「レッドアラート発令!戦闘員は直ちに武装し、第七区画に急行!発砲は各自で判断せよ!」
『侵入者は第五区画、第八区画にさらに侵攻!』
「全く、嫌なことは当たるものね」
ペン回しをしていたボールペンを胸ポケットに入れて、頭のカチューシャを装着し直す。
『第三区画で交戦開始。押されています』
「戦闘員の増員、急がして!」
統合司令部が慌ただしくなっていく。
「木野機関員より通信!敵は忍者と黒き霧の戦闘員の混合部隊との事です!」
オペレーターと思われる女の子が声を張り上げる。
「オペレーター、協会に支援要請。ナビィ、第三区画から第八区画に続く通路全ての隔壁閉鎖。指定区画にいる機関員に撤退指示!!」
次々と寄せられる報告に、美里は素早く的確に判断し、指示を出していく。
「副長!協会に支援要請しましたが、向こうも襲撃を受けているようです!」
『状況からして、同時拠点攻撃ですね』
「分かってるわよ。でも、狙いはなに?」
美里は親指の爪を噛む。
眉間にはシワが寄っている。
『隔壁閉鎖完了。非戦闘員の退避、無事に終了しました』
「副長、戦線後退の許可を求めています!」
「第二区画までの後退を許可!それ以上は許可できないわ!」
統合司令部室のモニター上では、この施設の見取り図上で赤い点と青い点が衝突している。
赤色が敵、青色が味方を表記している。
「戦闘区画の監視カメラの映像出せる?」
『無理です。すべて破壊されています』
「あぁ、もう!」
美里は苛立ち、デスクを思いっきり叩いた。
それと同時に爆発音がした。
――ドォン!
「な、なに?そんなに叩くのが強かった?」
『副長と違います。第八区画の隔壁が魔力砲撃によって破られました。その音です』
「魔力砲撃……。まいったわね。コッチの機関員は魔法が使えないのに」
『敵の増援を確認。このままでは第二区画が……』
「畳み込まれているわね……。このままじゃあ、やられるわ」
トントントンとデスクを指で叩く。
明らかな劣勢。
戦力差でも負けている。
しかも相手は自分達が使えない魔法を使える人間がいる。
このままでは、全く勝てる気がしない。
何か、現状打破のための奇策はないものか……。
『副長、防衛ラインが崩壊!こちらに向かってます!』
そのナビィの声に、美里は思案の海から帰る。
どうやら、策を考える暇もないようだ。
つい数分前は暇で困っていたのに、皮肉なものだ。
やはり、時は金なりということか。
「……撤退」
「副長?」
「総員、撤退よ!"船"に移るわよ!」
美里の発言に、司令部が静まり返り、そしてざわめいた。
「しかし副長、今"船"に移るとなると、敵にその存在が露呈します」
「だからといって、ここに留まってやられても、どの道露呈することには変わりないわよ」
『では、私はどうすれば?』
「ナビィは有機生体に入って。データベースとシステムのコピーと完全消去忘れないでね」
『分かりました』
「さて、オペレーター!全機関員に"船"への撤退を指示!他は必要な物を持って撤退準備!」
美里の言葉に、司令部内の人が返事をしてテキパキと作業を始める。
敵は眼前まで迫っている。
撤退は手早く的確に。
撤退作業は、素早く行われた。
その後……
暗部機関統合司令部は陥落し、暗部機関は黒き霧と黒井家忍者の混合部隊によって制圧された。
一方、魔法協会。
首都東京の霞ヶ関の上空に存在し、ちょっとした異空間に隠れている。
並みの人間では、協会の建物がある異空間に行き来することができない。
そんな場所に存在する魔法協会。荘厳な石造りの建物で、その土地は深く抉れている。
そこから見える景色は素晴らしい。
「綺麗なんだけどねぇ〜」
「どうしたの?いきなり」
テラスの一角で、二人の魔女が紅茶を飲みながら会話をしていた。
一人は楠木 加奈だ。
黒い三角帽子にローブ。
いつもの格好だが、三角帽子の先が折れ曲がっていた。
「いや、こうもいつも見ていると、感動が薄れてくるわねぇ〜」
「そうかな?」
「そうよ、毎日好きな物食べたら飽きるみたいな感じよ」
優雅に加奈は紅茶を飲む。
その紅茶は、残念ながら冷めてしまっていた。
「……冷めたわね。入れ直そうかな」
「いくら第二深界だからって、やっぱりこの時期に外は寒いよ」
「そうね、中に入ろうか」
加奈は、紅茶セットを片付けようとした時だった。
――バシン!
電気が放電されたような音が響き渡った。
その音は一度でなく、何度も何度も続く。
「何事!?」
加奈はテラスから身を乗り出した。
「危ないよ加奈ちゃん」
友人の忠告も耳に入らず、加奈は食い入るように広がる空を見渡す。
「……あそこ!みて!」
「なに……って…うそ……」
加奈が指さした先、それを見た瞬間、友人は声を失う。
巨大な寸胴。
強固な装甲。
そして巨大な砲身。
まだ少し遠くて詳しくは見えないが、まるで戦艦のようなものが"空中"にあった。
――キュイン…
二股に別れた巨大な砲身から光が収束した。
――ドオォォォン!!!
光の帯が、砲身から発射された。
その光は魔法協会の施設を囲む防御結界に直撃した。
その衝撃に、防御結界が歪む。
だが、依然と照射される光線に、防御結界の歪みは激しくなる。
そして、ついに防御結界が砕け散った。
「防御結界が破られた!」
「そんな!」
加奈とその友人は驚愕する。
空中のそれは、未だゆっくりと近寄ってきながら90度回転、横の姿を現した。
一際大きな砲身からは水蒸気のようなものが出ているが、他の砲身がこちらを向いていた。
――ドォン!!
加奈達がいる場所でも、空気を震えるのが分かった。
それほどの音だった。
二連装の砲身が火を噴いて、砲弾を発射する。
その砲弾は、魔法協会の建物前に着弾し、クレーターを作った。
「なによなによあれは〜!!」
「か、加奈ちゃん、危ないよ!とにかく避難しよ」
「そんな事している――」
――ドォン!!
加奈達の近くに着弾し、建物の破片が襲いかかる。
「大丈夫!?」
「う、うん。シールド張ったから」
「とにかく、早く逃げよう!」
加奈は友人に手を引かれてテラスから立ち去る。
その時に少し外を見たとき、魔法協会の魔法使い達が魔法砲撃を加え始めた所だった。
「どうしよう。加奈ちゃん……」
「戦うしかないんじゃない?」
「でも、あんなのとどうやって……」
こちらの魔法砲撃を行うとしても、あちらの方が圧倒的な火力がある。
今は魔法砲撃で近づかせないようにしているが、どの道時間の問題だ。
思案の中で、加奈はふと思い付いた。
「……ねぇ、近付いたらいいんじゃない?」
「え?」
「いくら火力があっても、砲台の照準補足速度は遅い。なら近付いて攪乱させながら攻撃すればいいじゃない」
「でも、そんなに上手くいくかな?」
「やってみなきゃ分からないわよ」
加奈そういって駆け出す。
手から光が溢れ、箒が現れる。
そのままテラスから飛び降り、箒に跨り飛び立った。
「加奈ちゃーん!」
友人の声が聞こえたが、無視をした。
加奈は、箒をグングンと加速させていき、空中戦艦に近付く。
砲塔の一つがこちらを向き、火を噴いた。
「――ッ!」
それに気がついた加奈は、急旋回。
その途端、横で砲弾が炸裂した。
加奈はゾッとしながらも、箒をかっ飛ばす。
速度を落とせば、狙われて一巻の終わりだ。
「もう少し……」
そう呟いたときだった。
二つの砲塔が加奈に向けられる。
さっきの物と少し形状が違う。
――ダン!ダン!ダン!……
連続で砲弾が発射された。
加奈はとっさに降下するが、爆風に煽られてバランスを崩す。
――バララララ……!
追い討ちをかけるようにして、20mmの弾が浴びせられる。
加奈はこれをシールドを展開しながら、箒の機動によって何とか凌ごうとする。
「くそ……!」
容赦ない弾幕に近付くことはおろか、箒のバランスを保つことも難しい。
「くそ!くそ!くそ!!」
あまりに無力な自分に腹が立つ。
自分なら……自分の箒を操る技術なら……
そう思って飛び出したはいいがなんてざまだ。
ヒーローや英雄、勇者なんかと違うのだ。
ただの魔女。しかも他の人に比べて新人だ。
あの"忍者"を捕まえて、おごっていたのだろう。
自分の力量がわからない奴が一人前な筈がない。
(……加奈ちゃん!!)
「――ッ!」
頭の中で友人の声が響き渡った。
(良かった。生きてるね)
(何とかね)
(加奈ちゃん。大魔術師様が地下に撤退だって。加奈ちゃんも早く)
(そう……でも、私はまだ退けない。ごめんね)
(加奈ちゃん!)
友人の悲鳴に近い声が頭に響き渡ったが、無視をする。
加奈は前方にシールドを展開し直し、最小の面積で魔力をありったけ練り込み、シールドを最大まで強化した。
そして、全速力で戦艦に突っ込む。
「いっっけぇぇぇ!!」
砲撃がシールドに直撃しても怯まない。
ただ突っ込む。
シールドにヒビがいく。
まだ行ける。まだ飛べる!
シールドが欠けた。
もう少し……!
そして遂に戦艦の真上に到達した。
シールドは破壊され、体も傷だらけだ。
「これで決める……!破滅の光!ライトニングキャノン!!」
加奈の杖の先で光が収束し、極太の光線として放たれた。
光線は戦艦の甲板後部に直撃した。
「やった……!」
喜びもつかの間だった。
攻撃の直撃を受けた砲塔はひしゃげて使用不能に陥っているが、周りの砲塔などの火器は生きていた。
――ダン!ダン!ダン!
砲撃が加奈を襲う。
シールドを張る時間もない。
爆風が加奈を襲う。
直撃は間のがれたものの、加奈が跨る箒は真っ二つに折れた。
(……私はまだ、死ねない!)
加奈は落ちていく中で、杖を振った。
光が加奈を包み込む。
その光が粒子となって消えたとき、加奈の姿も消えていた。
その後……
戦艦から黒き霧の戦闘員、黒井家の忍者が上陸。
魔法協会の建物全域は混合部隊の占領下に置かれた。