最終章・親不在につき
長くなりました。
つい3日前のことだった。
霧島家では、トップ二人が大きなトラベルバックを持って、玄関に立っていた。
いつものラフな服装でなく、余所行きの服装だ。
「それじゃ、行ってくるわね」
「いや、どこに?それにその荷物……」
「旅行だ。とりあえず二週間は帰らない。場所はヨーロッパだ」
「二週間って……。家のことはどうすんだよ」
「お前に任せた」
「任せたって……ちょっと!?父さん!母さん!」
そんな感じで霧島家のトップ二人は旅立っていった。
「まったく、父さん達にも困ったよ」
「だよね兄さん」
のんびりとテーブルを囲んでお茶を飲む霞と涼。
とても平和な時間を過ごしていた。
最近は、昼間でも随分と寒い。
何だかんだでもう冬だ。
今年は『秋』が短かったような気がする。松茸だって食べていない。
しかし、鍋はすでに食べている。
「寒いね兄さん」
「そうだな。こんな日は家に居るのが一番だ」
「そうだよね」
ズズズ………
温かい緑茶を飲む。
あぁ、和むなぁ。
そう思いながら、平和を噛み締める。
あの両親がいないだけで、こんなにもゆっくり出来るのだ。
いきなり手裏剣が飛んでくることもない。
「あ、兄上!」
――ドスン!
しかし、包丁は飛んできた。
見事にテーブルの真ん中に突き刺さっている。
「…おぅ……」
霞はそんな声しか出なかった。
パタパタとスリッパで音を鳴らし、舞が台所からやってくる。
「スミマセン。ネギを斬ろうとして振りかぶったらすっぽ抜けてしまい……」
「"切る"じゃなくて"斬る"に聞こえるのは僕だけか?」
「兄さん、意味分からないよ」
それは置いといて
「ネギを切るなら振りかぶらなくてもいいじゃないか」
「いえ、奴にはそれぐらいしないと」
「どんな恨みがあるんだ?ネギに」
「万能ネギというくせに、壊れた鍋の取っ手がくっつきませんでした」
「万能ネギに何を求めているだよ……」
霞は呆れたように言う。
同じく涼も呆れていた。
そんな二人の様子に、舞はムキになる。
「万能ですよ!?万能ということは、あらゆる事象すべてに効果があることです。ならば、鍋の取っ手ぐらいくっつける事ぐらい出来るはずです!」
「いや、そう力説されてもな……所詮ネギだし」
「……うん、ネギだしね」
「――ナゼッ!何故分かってくれないのですか!」
舞はついに膝をついた。
そのままシクシクと泣き出す始末。
「……姉さん、もういいよ。お昼はボクが作るから」
ヤレヤレといった表情で立ち上がると、涼は自分の湯のみを持って台所へ行った。
その姿を舞は確認すると
「フッ、チョロいもんですね」
ニヤリと黒い笑みをこぼした。
「舞、お前なぁ……」
霞は気付いていたようだ。
今までのが舞の演技であった事に。
「流石にネギに恨みを持つ事はないと思っていたが、案の定か」
「流石は兄上です。しかし、ネギの話は本当に思っていることですので」
「…………」
少し、舞の将来が心配になった霞であった。
○
ランチタイムも終了し、午後の一息。
霞は食後のお茶をすすりながら新聞を読み、涼はソファーに寝っ転がって週刊の少年マンガを読み、そして舞はポータブルオーディオプレイヤーで音楽を聞いていた。
――平和な午後だった。
それまでだった。
コンコン……
ガラスをたたく音。
その音に反応し、霞と涼がそちらに顔を向ける。
そこには、庭にボロボロで今にも倒れそうな忍者がいた。
「――ッ!大丈夫か!?」
霞は急いで窓を開けた。
途端に、霞の胸に忍者は崩れ落ちる。
「……か……す………み…さん……」
「桜じゃないか!おい、しっかりしろ!」
霞は覆面をとる。
そこには桜の見慣れた顔があった。
しかし、傷だらけのボロボロで生気が失われている。
「舞、治療の準備だ!涼、ちょっとこっちきて手伝え!」
「わ、分かった」
霞と涼は、とにかく治療のために桜をソファーに寝かす。
ちょうど、舞が医療キットを持ってきた。
桜の傷を確認すると、感情が籠もらない口調で呟くようにいった。
「……思ったより傷が深い所がありますね。骨も折れているかよくてもヒビがいっている所もあります」
そして、ポツリと一言。
「正直、ここまで酷いとは思いませんでした」
「一体どうしたんだろ……」
涼が唖然として呟いた。
「兄上、もしや何者かの襲撃を受けたのでは」
「そうだろうな」
いつになく、霞は真剣な表情で頷いた。
そして、目が鋭くなる。
「どうやら囲まれたようだな」
「え?一体何が――」
「静かに!」
霞は静かに苦無を取り出す。
「舞、お前のラボに桜さんを運べ。涼、舞を手伝え」
「でも、兄さんは」
「ここで来客をもてなせねばならないからな」
「でも……」
涼はどうやら心配のようで、行きづらいみたいだ。
その様子をチラリと見て、霞は苦笑する。
(涼に心配されるとは……兄貴としてまだまだということか)
「そら、早く行け!ゴーゴーゴー!!」
「う、うん」
霞に急かされ、涼と舞は桜を担いで出て行った。
一人残った霞は、静かに息を潜める。
気配を感じれるだけで、外には五人。同業者だ。
(奇襲のつもりか……だったら逆にこっちから仕掛けるか)
霞は忍装束になると、床板を取り外して床下へ、そこから匍匐前進をして進む。
そして、庭の物陰に素早く隠れた。
そっと周囲を伺うと、二人の忍者の姿が確認する事ができる。
(まずは、あいつ等から……)
霞は忍び針を取り出すと、吹き矢の要領で飛ばす。
そして見事に命中し、昏倒する。
それを確認すると、素早く二人目に狙いを定め、忍び針を飛ばして昏倒させる。
これで、相手方よりも先手をとることができた。
仲間がやられた事に動揺したのか、巧みに隠れていた忍者達が、次々とボロを出していく。
屋根の上で伏せている者、壁に張り付いて擬態している者、草むらから覗いている者。
どれも忍者だ。
(そこだ!)
霞は手裏剣を煌めかせて放つ。
相手にも、忍者のプライドというものがある。
手裏剣をかわし、逆にその倍以上の手裏剣を放った。
四方八方から迫る手裏剣。
しかし、それは霞に命中せず、何故か丸太に突き刺さっていた。
「――残念だったな」
屋根にいた忍者が目を見開く。
背後から、有り得ない声が聞こえたから。
そして、その声の正体を確かめようと、後ろを向こうとしたとき、光が一閃し、意識がなくなった。
「……これで三人」
霞は次の獲物を見る。
その目は、猛禽類のように鋭く、相手に恐怖心を与えるのに十分だった。
残る忍者二人は、互いに顔を合わせると頷き合い、霞に襲いかかる。
「――遅い!」
光が一閃した。
途端に忍者達が倒れ込んだ。
霞は忍者が気絶していることを確認すると、チンと涼しい音を立てて、忍者刀を鞘におさめた。
そして、ハッとする。
「しまった……!なんで僕たちを襲ったのか聞くのを忘れた!」
再び、足元に転がる忍者を見る。
目が鳴門になっていて、聞ける様子でない。
霞は溜め息をひとつ吐く。
「仕方ない……な」
とりあえず、簀巻きにでもして拘束しておこう。
そして目が覚めたところでじっくりと話を伺うことにしよう。
勿論、場合によっては拷問もありだ。
霞は懐から麻縄を取り出し、クルクルと巻いて拘束していく。
「よ…こら…せと」
簀巻きにした五人の忍者を担ぎ上げる。
流石に重いのか、少しばかりふらついている。
五人一度に担ぎ上げたのは無理があったようだ。
――ブチ!
麻縄が千切れた。
担いでいた忍者達が、屋根から転げ落ちていく。
「あ、しま――」
しまった、そう言い切る前だった。
霞の足元に苦無が突き刺ささる。
「――誰だ!」
苦無は放たれたであろう方向に顔を向ける。
そこには、電柱のてっぺんで漆黒の忍装束の忍者が立っていた。
「忍が名乗る訳ないだろう」
とても冷ややかに、冷徹さを醸し出す口調でいった。
霞はニヤリと笑い、ポツリ呟く。
「違いない」
二人の間に、一陣の風が吹いた。
その瞬間、戦いのゴングがなった。
まず、空中で無数の苦無と手裏剣が火花を散らし、空中衝突していった。
「ちくしょうめ……」
霞は愚痴りながら疾走する。
相手の忍者に接近戦を試みる。
既に先ほどの戦闘で、手元にある手裏剣の数が少ない。遠距離戦では分が悪い。
ならば、接近戦を仕掛けるのが最善と判断した結果だ。
(一撃で決める……!ならば!)
霞の会得している技の中で、最速の攻撃スピードを持つ技を……
「我流・紫電颯刃!!」
霞、最速の斬撃が放たれた。
――スパン!
真っ二つに切り裂かれる。
目の前でスプラッタな展開が予想されたが、その予想は裏切られる。
誰だって、血を見るのは嫌である。
「――変わり身!」
そこには、真っ二つになった丸太が転がっていた。
霞の背後から、鎖分銅が飛んでくる。
それは霞の右足首に絡みついた。
「――ッ!」
一瞬、霞の動きが止まる。
その一瞬の隙を、相手の忍者が見逃すはずもなかった。
高速で飛来する苦無。
それが、霞の眼前まできていた。
「斬撃・鎌鼬!!」
真空の刃を放ち、飛来する苦無を断ち、そして鎖分銅の鎖も切った。
自由になった霞は、相手の忍者と距離をとる。
(コイツ、今までの奴と違う……。強い……!)
霞は背中に冷や汗が流れるのを実感する。
もしかしたら、相手は自分よりも強いかもしれない。
流石に、今回ばかりは無事ではすまないだろう。
だが、
「……ここで退くわけにはいかないんだよな」
霞は愛用の忍者刀『月影』を握りなおした。
「さぁ、行くか」
霞は再び駆け出した。
○
「斬撃・鎌鼬!!」
霞は真空の刃を放つ。
対して、相手の忍者は丸い球体を霞に向かって投げつける。
真空の刃はその球体を切り裂く。
ボンと音を立てて、白い煙が立ち込めた。
(煙幕!くそ、ドコだ!?)
周りを見渡すが、何も見えない。
焦る気持ちを抑え、冷静に努める。
(そうだ、視覚だけを頼るな……全ての感覚を研ぎ澄ませ……自分の感覚を信じるんだ……)
目を閉じ、神経を張り詰める。
そして、
「そこだ!」
素早く、斬りつけた。
「なっ!また変わり身だと!?」
そこに転がるのはただの丸太だった。
驚愕する霞に向かって、四方八方から飛来する苦無。
煙幕で視界が短く、霞は防ぐので精一杯。
足元に転がってきた球体に気付くのに遅れた。
――ドン!
球体が炸裂し、爆発が霞を襲う。
爆発の影響で煙が晴れたが、変わりに霞は傷つき、ズタボロの状態で現れた。
膝をつき、忍装束も煤けている。
腕のところが破けて、出血をしていた。
霞の後ろに忍者が現れ、首に忍者刀を当てた。
霞、絶体絶命。
(僕もヤキがまわったか……)
「ちくしょうめ……」
霞は諦めたように呟いた。
首元に当てられた忍者刀が引かれる……その時だった。
「兄さん!!」
甲高い声が響き渡った。
霞の横に、また一人忍者が現れる。
「……夏」
「もう止めて兄さん!そんなの間違ってる!」
「……夏?まさか先輩か?」
いまいち状況は掴めないがチャンスだ。
霞は首元の忍者刀を払い、忍者から距離をあける。
「しまった。夏!邪魔をするな!」
「いや!こんな事納得いかない!」
霞の前に夏が庇うように立ちはだかった。
「夏、例えお前でも、邪魔するようなら……死んでもらう」
「……兄さん」
夏も臨戦態勢に入る。
忍者刀を構えた。
「先輩……止めておけ」
「霧島……」
「兄妹でやり合うものじゃない」
霞はヨロヨロと立ち上がる。
ダメージは酷く、戦える状況でない。
「兄上!!」
「兄さん!!」
霞の後ろに、涼と舞が忍装束で現れた。
舞は鎖鎌をブンブンと回し、涼は霞の傷の治療をしている。
「チッ、増えたか。一時撤退だ。次は覚悟しろ霧島」
「兄さん!」
夏の叫びに、静かに背中を向ける。
「……残念だ。夏」
忍者はフッと姿を消した。
「……兄さん」
夏は静かに呟く。
その夏に、舞が近づいて肩に手を添えた。
「黒井先輩、詳しく話を聞かせていただきます」
「分かってる。でも今は霧島を何とかしないと」
○
霧島の秘密の地下室。
近代的な高度なセキュリティーが施され、地下室への入り口も分からないようにされている。
霧島家の中で最も安全な場所とされており、代々の秘伝の術が書かれた巻物や重要書物が保存されていたり、かなり危険な薬品や忍び薬などが保存されている。
他にも、長期籠城が可能なように食糧庫に武器庫、医療設備もある。
核に晒されても耐えられるように設計されており、換気システムだってしっかりしている。
そんな何でもある地下室の一角に舞のラボがある。
ある意味、地上に存在させることが無理だったのだ。
その舞のラボでは、包帯だらけの桜がベッドで眠り、霞はパイプ椅子に座り、涼に腕に包帯を巻いてもらっている。
「さて、話を聞かせてもらうよナッツ」
「夏!ナッツはやめて!」
「兄上……」
白い目で妹達から見られ、形だけでも霞は謝った。
「で、なにがあった」
「反乱……というより決起。黒井一族のね」
その夏の言葉に、霧島兄妹はピクリとした。
「決起だと?」
「そ、黒井一族の復権が目的だ」
「復権ですか?どうゆうことです?」
涼が頭を傾げる。
「昔、黒井一族は忍三家で覇権を握っていた。だけど力が衰えてきて、今じゃ"役立たず"と言われている。それが若頭には耐えられなかったみたいだ」
「それで、一発かますつもりということか」
「それだけじゃない。この忍三家というシステム自体を壊して乗っ取るつもりだ」
その言葉に息をのむ。
「おいおい、そんな事したら……」
「表に闇が侵蝕して、表社会は混沌となるな」
夏は冷静に述べる。
「首謀者は分かっているのか!?」
「分かってるけど自分達の力だけで処理できると思っているみたいだ」
「馬鹿が……!三つの家でやっとなのに、出来るわけない!」
「しかも、まだ悪い知らせがある」
その夏の言葉に、霞は頭を抱えた。
本来なら、父さんや母さんが処理する問題だ。
しかし、旅行でいない今、この問題は霞が処理しなくてはならない。
霧島家忍者として、闇の監視者で闇に介入出来る、唯一の一族としての初仕事にしては、問題が多すぎる。
「やめてくれ、これ以上は流石に冗談きつい」
「いや、これが一番大切だ。"黒き霧"が関与している」
「黒き霧……最悪だ」
「奴らは暗部機関、魔法協会を襲撃している」
「…………」
「桃地、鷹山家もやられた。動けるのは私たちだけ」
「じゃあ、ボクたちがやられたらおしまいということなんだね」
涼の軽い口調は、本当に現状を理解しているのか疑いたくなった。
「兄上、どうしますか?」
「…………」
霞は決断した。
「現実から逃げ出したって、いつかはやらなきゃいけないんだ。やってやる」
「兄さん……!」
「分かりました。では、まずどこから?」
「暗部機関だ。解放後、魔法協会に向かう。桃地と鷹山家は最後だ」
霞は立ち上がり、ラボの出入り口に向かう。
「兄上、待ってください。私もやります」
「ボクも……!」
「私も、兄さんを止めたいし」
「……分かった。人手は欲しい。だが、先輩。あんたはここに残ってくれ」
「何故だ」
その言葉に、霞はある方向を指差す。
その先には、未だに眠る桜の姿があった。
「あいつを診てやっててくれよ」
「……分かった。この娘が意識を取り戻したら直ぐに行く」
「よし……。舞、涼!各自フル装備で持てるだけ持って集合だ」
「「ハイ!」」
その声と共に、三人の姿は瞬時に消えた。
残った夏は静かにパイプ椅子に座り直した。
ラボの中は、桜の寝息が聞こえるくらい、静まり返った。