惚れ薬ぱにっく!(後)
後書きとかって読みます?
いえ、ただの質問です。
穏やかな風が吹く。
お昼下がりで気温的にも心地いい。
食後であるなら睡魔が襲ってきて、昼寝をしてしまうだろう。
しかし、霞にはそんな悠長な事をしている暇はなかった。
「まいったな……」
霞は一人、屋上で愚痴っていた。
今、屋上には誰もいない。
目を開けていられた。
「うむ……やはり留守電か……」
家にいるであろう、母さんに救援を求めたのだが、買い物に行っているのだろうか?
あわよくば、学校をサボって地下のラボで研究に勤しんでいる舞が、電話に出てくれるかと思っていたが、甘かったようだ。
メッセージを録音することもなく携帯電話を切り、ポケットにしまう。
「とにかく、逃げるしかないのかな……」
その場にゴロンと寝っ転がり、目を閉じる。
(このまま、眠ってしまおう)
しかし、世の中そんなに上手くはずもない。
「何が逃げるしかないんだ?」
「…………」
「……おい、聞いているのか?起きているのは分かっている」
この高圧的な口調。
「おい、無視か。無視なのか!?先輩だぞ!」
そして、ことある事に先輩であることを主張する人間。
間違いない、黒井 夏だ。
「……なんだ」
とりあえず、そのままの状態で答えた。
「なんだじゃない!ちゃんと先輩を敬え!」
「はいはい」
「なおざりにするなぁ!!」
全く、ウルサいったらありゃしない。
早くどこかへ消えてくれないだろうか。
「あ、今早く消えろと思っただろ!」
「……そ、そんなことないですよぉ〜」
「何だ、その微妙な間は!しかもどもっているし、不自然すぎるぞ!」
「あ〜、早く消えてくれないかな」
「ストレートだなオイ」
ふと、夏は何かに気付いたらしく、んっ?という表情をする。
「何故ずっと目を瞑る?」
「……まぁ、ちょっとな」
とりあえず、誤魔化すことにした。
「とにかく、人と話す時は目を開けなさい」
「……そいつは出来ない相談だな」
「何故よ?」
「出来ないものは出来ない」
「…………」
「…………」
二人の間に剣呑な雰囲気が流れる。
「先輩の言うことが聞けないのか」
「こればかりは聞けない」
「そう……だったら!」
急速に接近する気配。
その気配に霞は飛び起きる。
「無理にでも言うこと聞かせるだけ!」
夏が弾丸のごとく、霞に飛びかかっていった。
夏の直撃を霞は喰らい、体をくの字にして吹っ飛んだ。
「さあ、覚悟!」
夏はマウントポジションをとり、霞は絶体絶命!
そう思われたが……
「――しまった!変わり身か!」
夏が捕まえたのは、へのへのもへじで顔が描かれた抱き枕のようなものだった。
周りを見渡しても、誰の姿もない。
「逃げられたか」
ぽつりと夏は呟いた。
○
学校の屋上から逃げ出した霞は、廃ビルの屋上にいた。
「とにかく、ここなら安全だろ」
近くにあったコンクリート片に腰をおろす。
「薬の効果が切れるまで待つか?いや、こういった薬は半永久的に長いからな……」
う〜んと、腕を組んで考える。
「ちゃんと調薬系の術をしとくべきだった」
誰にも得意不得意はある。
霞は調薬系の術が不得意だった。
だからと言って全く出来ない訳ではない。
基本的な調薬はできる。
しかし、新しく解毒薬を作るといった調薬は無理があった。
「無理を承知でやってみるか?」
その時だった。
霞は気配を察知した。
空中を高速で飛行する物体。
もちろんそれは……
「ウルサいハエだな」
パシン、ヒュルヒュルヒュル………
そんな面白い音をたてて、霞の周りを飛んでいたハエが叩き落とされた。
「とにかく、道具を取りに帰ら――」
言葉の途中で区切ったかと思うと、霞は素早く立ち上がり、瞬間的に忍装束になる。
「今度はデカいハエだな……」
そう霞が呟いた途端、そいつは現れた。
黒い三角帽子に黒いローブのようなものを羽織り、なぜか箒に跨って空を飛んでいる変態だった。
「お縄じゃあぁぁぁ!!」
そう叫びながら、そいつは物騒な火炎弾を放ってくる。
それを霞は寸前ですべて避けた。
もちろん、目は瞑ったままだ。
気配と火炎弾の熱気、そして予測のみが頼りの芸当だ。
「貫け、裁きの雷!ジャッジメントサンダー!」
杖から放たれる雷撃。
それは一直線に霞に向かっていく。
霞は直感で回避行動をとったのだが、少し遅かった。
「――ッ!」
脇腹に鋭い痛みがはしる。
脇腹を雷撃が掠ったのだ。
実際、掠った所は焦げている。
(さすがに、目を瞑ったままはキツいか……)
背中に嫌な汗が流れるのが分かる。
(コイツはヤバいな。逃げた方がいい)
霞は迎撃という方針から、逃走という選択に変更することにする。
袖からこっそり閃光玉を取り出す。
しかしその直後、足元に何かが絡み付いた。
「――なっ!」
「もらったぁぁ!」
霞はそのまま足を持ち上げられ、宙ぶらりんの状態に、更に体に光る糸みたいなものに雁字搦めにされた。
「……くそ」
「やったね。ついに捕まえた」
変態……いや、加奈は嬉しそうな顔をする。
一方、霞の表情は苦々しい。
「でも、何で目を瞑ったままなの?まぁ、それで捕まえれたのだけど」
つかつかと靴の音を鳴らし、霞に近づいていく。
「う〜〜ん、やっぱし誰かに似ている」
しげしげと霞の顔を加奈は見る。
霞の額に冷や汗が流れた。
「……覆面、とっていい?」
「ダメダメダメ!それはやっちゃいかん」
「じゃあ、あなたのお名前は?」
「……匿名希望だ」
「そう、じゃあ覆面を……」
そう言って、霞の覆面を取ろうと手をのばす。
その気配を察知したのか、霞は慌て出す。
「ま、待ってくれ!それは困る」
「残念ね、私は困らないの」
あぁ、絶体絶命。
正体がバレるのも時間の問題だ。
「チクショウ、目が開けれたらこんなの……」
霞は苦々しく言う。
負け犬の遠吠えに近い。
「そう言えば、あんた何で目を瞑っているのよ?」
「……ちょっと、惚れ薬を盛られてな」
「ほ、惚れ薬……?本当にあるんだ……」
「よりによって解毒薬がない奴でな。どうしようかと思っていた時に、お前さんが来たわけだ」
「……なら、取引といかない?」
加奈はニヤリと怪しい表情をする。
「取引だと?」
「そう、その薬を、私の魔法で解毒してあげる」
「本当か!?」
「た・だ・し・♪」
人差し指を立て、霞のでチッチッチとする。
当の本人は見えていないのだが。
「アナタの正体を教えて?大丈夫。秘密にするわ」
「うむ……」
霞にとっては魅力的な条件だった。
さて、どうするか。
しばし考えて答えた。
「分かった。条件を受け入れよう」
「オーケー、じゃあ解毒するわよ」
加奈は杖を構えると、呪文を唱え始める。
いまだに霞は宙ぶらりんのままだ。
「……癒やしの鐘よ、邪なる気配を浄化せよ」
加奈は、杖を振り上げる。
「鳴り響け!キュアカウベル」
――カランコロン、カラン………
辺りに少し低めの鈴の音が鳴り響く。
実際に、霞の上に大きなカウベルが左右に揺れている。
しばし、カウベルは音を鳴り響かせると、光の粒子となって姿を消した。
「解毒終了!もういいよ」
「本当か?目を開けるのは怖いのだが……」
「大丈夫!もしダメなら消せばいいから」
「……それは心強い」
そう言ってから、霞は覚悟を決めた。
ゆっくりと目を開ける。
「うむ……」
目の前には黒い三角帽子をかぶり、ローブを纏った加奈がいる。
ただ、逆さまに見えるのだが。
「大丈夫のようね」
「ああ、そうなのだが……」
「どうかした?」
「いい加減、降ろしてくれないか」
霞に言われて、初めて加奈は気づいたようだ。
頭を掻いて、アハハ〜と笑っている。
「笑いごとじゃない。こっちは頭に血が……」
「ごめんごめん。今降ろすね」
えい。
かけ声とともに加奈は杖を振る。
すると、霞を拘束していた糸が、光の粒子となって消え去った。
その結果、霞は頭から落っこちる羽目になった。
「いたたたた」
「大丈夫――って大丈夫じゃなさそうね」
「まったく、降ろすじゃなくて落とすじゃないか」
「ごめんごめん」
また、アハハと笑う。
「さて、じゃあこっちも約束の正体を明かしてもらうよ」
「ふっ、そう簡単に正体を明かすと思うか」
「――ッ!!逃げる気!」
加奈は身構える。
「まっ、そう思ったけど、恩ができちまったからな」
「じゃあ――!」
「教えてやるよ、僕の正体を」
霞はゆっくりと覆面を外していく。
そして、顔がすべて現れたとき、加奈の目が見開いた。
「霧島 霞。君が追った忍者の正体だよ。加奈さん」
「あなた……霧島君?」
「そうだ」
「グータラの印象しかないんだけど」
「……そうか」
少し、霞は傷ついたようだが、これは本人が悪いことだ。
「とりあえず、このことは秘密にしてくれよ」
「わかってる。私のことも秘密ね」
「ああ、わかっているさ」
「それじゃ、私は行くよ」
どこからともなく現れた箒に、加奈は跨る。
「あ、この前は箒折ってすまないな」
「いいよいいよ。おかげで新しく作って性能あがったし。それより、急いだ方がいいんじゃない?」
「なにが?」
「学校。私は分身を放っているからいいけど、霧島君はサボりになるんじゃない?」
「あっ」
「じゃ、がんばってね〜」
加奈は、ぴょんとビルから飛び降りると、箒に乗って空を駆けて行った。
「ヤバいな……。午後は担任の授業じゃないか。呼び出しは勘弁だ!」
霞の姿は、一瞬でかき消えた。
なお、その後学校で再び鳴海、朱里、桜の三人に振り回されたことをここに記しておく。
どうも、月見 岳です。
皆さんは後書きとか読んでいるのでしょうか?
まぁ、自由にやらせてもらいます。
さて、この小説も長らくやってきました。
しかし、どんなに長くやっても避けられない道は必ずあるものです。
この、『現代忍者の日々』もついに次回で最終章に入ります。
気を付けてください。『最終章』であって『最終回』ではありません。時間の問題ですが。
よって、次回よりコメディー色はほぼ無くなる予定です。
ちなみに伏線すべて回収しません。
なぜ?そのうちわかると思います。
だから、文句言わないでくださいね?