父、帰宅につき
『ただいま〜』
僕と涼が声をそろえて言って玄関に入る。
すると、リビングの方から『おかえりー』という母さんの声が聞こえた。
道中、ずっと不機嫌だった涼は、不機嫌なまま自分の部屋へ行った。
僕は母さんにお釣りを返しにリビングへ向かう。
もし、お釣りをちょろまかしたすると、後が恐ろしいことになるのが分かっているので、僕はお釣りを誤魔化さない(誤魔化すことができない)
「母さん、お釣り」
「テーブルの上に置いといて〜」
母さんに言われたとおりにレシートとお釣りをテーブルに置く。
僕はそのまま、近くにあるソファーに腰をかけてテレビを観ることにした。
テレビを観て10分くらいたった時だった。
「ただいま」
という声が玄関から聞こえた。
その後、パタパタという足音をさせ、リビングに入ってくる人間。
「あ、兄上。帰ってましたか」
東と出掛けたはずの舞が帰ってきた。
まだ昼をちょっとしか過ぎていない。
帰ってくるには早すぎる。
「あれ?舞帰ってくるの早かったね」
「はい、東先輩はどうやら今日、サッカーの試合をほっぽりだしていたらしく、サッカー部の人達に見つかり連れ去られていきましたので帰ってきました」
東、試合サボっちゃダメだろ……。
レギュラーなんだから。
「ところで兄上」
「なに?」
舞が頬を赤らめてこっちを見ている。
「……人って変わるものですね」
「……はい?」
舞はよく分からない事を口走ると、さっさと自分の部屋に戻っていった。
……最近、家族みんなでの団欒というものが少ないと思う。
涼と舞は自分の部屋に籠もってるし……。
僕がちょっと霧島家の家庭関係に心配を覚えた時だった。
―プルルルル、プルルルル―
家の電話がなった。
「霞〜、ちょっと出て〜」
台所から母さんが声をとばしてきた。
「え〜〜、僕、今手が離せ――」
―ドン!―
僕の目の前に突き刺さった包丁。
背中に嫌な汗がかいているのが分かる。
「あら、手が滑っちゃった。また滑っちゃうかもね」
あっけらかんという母さんの手には予備の包丁が握られている。
なんか、目が光ったような……
「あっ、手が滑っ――」
「電話に出てきます!」
僕はリビングから飛び出した。
全く、母さんには逆らえないよ。
僕はとにかく、いまだにけたたましい音を鳴らしていた電話をとる。
「はい、もしもし霧島です」
「お、霞か」
受話口から聞こえてきた男性の声。
ここのところ、出張で見かけなかった父さんの声だ。
「うん、そう――」
「時間ないから手短に言うぞ」
僕が言い切る前に父さんが言葉を重ねる。
「父さん、予定が早まって今日帰るから。母さんに言っといてくれ……あっ、晩御飯はいらないから、じゃ!」
―ブツ!プープープー―
父さんは一方的にまくし立てると勝手に切ってしまった。
僕は受話器を置き、リビングに戻る。
すると母さんが台所からお玉片手にやってきた。
……包丁じゃなくてよかった。
「霞〜、誰からだった?」
「父さんからだったよ」
「そう、それでなんて?」
「今日帰るだって」
「えっ!どうしよう、晩御飯作ってないわ!」
母さんは手を口に驚いている。
「晩御飯はいらないって」
「あらそう、よかった」
母さんは再び台所に戻っていった。
僕はその後なにもすることもないので、晩御飯までずっとテレビを観ていた。
晩御飯を食べ終わり、家族団欒の時を過ごしていたときだった。
「今帰ったぞ〜」
という声と共にリビングにスーツを着た男性が入ってきた。
……窓から
そう、庭に出ることのできる窓からだ。
「父さん、玄関からはいってきなよ」
「ん?まぁ、固いこと言うな」
父さんはやれやれという感じでソファーに腰を降ろすとネクタイを緩めた。
「母さん、ビール取ってくれないか」
「はい、どうぞ」
高速で飛んでくる缶ビール。
父さんはそれを見ることもなくキャッチした。
缶ビールをプシュという音をたててあけると、泡が溢れ出してくる。
父さんは慌てて溢れ出してくる泡を飲んだ。
「やっぱりビールを投げてたりするのは駄目だな」
呑気にそんなことを言いながら、僕が観ていたテレビを勝手にチャンネルを変える。
「……僕、観てたんだけど」
「んぁ?そうか、悪かったな」
父さんは謝罪の言葉を述べたが、チャンネルを戻す気配がない。
どうやらチャンネル権は完全に奪われてしまわれたようだ。
こうなると諦めるしかない。
奪還しようものなら確実に武力衝突になって、僕はその後、五体満足で過ごせるか分からないだろう。
「そういや霞、お前髪切ったか」
「え、切ったけど?」
父さんはじ〜〜っと僕を見てくる。
まるでなにか吟味しているようだ。
「これなら……大丈夫だな」
小さい声で父さんが呟く。
なにが大丈夫なんだ?
「よし、写真を撮るなら今しかない!」
そう言って立ち上がる父さん。
その様子を見て母さんが何かを察したようだ。
「母さん、準備を!」
「分かったわ!」
母さんは興奮した様子でリビングから飛び出していった。
一体なんなんだ?
「兄さん、いったい何事?」
戸惑った様子で入ってきた涼。
どうやらお風呂上がりのようだ。
「さぁ?僕にもさっぱり」
「……あれ?父さん?」
「ん?おっ、涼か。すまんなちょっと今忙しいんだ、用事あるなら後にしてくれ」
父さんはなぜか、テレビとかソファーがある区画を片づけていた。
「父さん帰ってきてたんだね、気付かなかったよ」
「ああ、ちょっと前に帰ってきたんだよ」
普段の様子から想像できないぐらいテキパキと片づけている父さんの様子を二人で傍観する。
「霞、ちょっと来なさい」
突然、戻ってきた母さんに腕を掴まれて連れて行かれる。
連れて行かれたのは僕の部屋。
「霞、今から制服に着替えなさい」
「えっ、なん――」
「着替えなさい」
首に苦無を突きつけられる。
とにかく着替えろってことだね。
「わかったよ、着替えればいいんでしょ」
「分かればいいのよ、じゃあ着替えたら下に降りてきてね」
母さんはそういい残し、僕の部屋から出て行った。
とにかく、僕は制服に着替えることにした。
制服に着替えてリビングに降りると、リビングの一区画、テレビとソファーがあったところが、撮影スタジオみたいに変わっていた。
「霞、ここに座れ」
父さんはスタジオの真ん中にある椅子を指差す。
僕はその指示通りに座る。
すると、母さんとなぜか舞が近くにやってきてちょこちょこっと髪をいじった。
母さんと舞が離れると、父さんは三脚にセットされた一眼レフのデジタルカメラを覗き込む。
「霞、ちょっと笑って……」
僕はよく分からないまま、少しはにかむ感じで笑う。
―カシャ―
とシャッターが降りる音がした。
父さんはデジタルカメラの液晶で撮った写真を確認する。
「うむ、これで充分だよ母さん」
「そう、それはよかった!」
父さんは母さんに親指をあげグッとして、母さんは手を叩いて喜んでいた。
「ねぇ父さんに母さん。一体いきなり写真なんか撮ってなんなのさ」
「ふふふ、そのうち分かると思うわ。さあ父さん、早速始めましょう」
「そうだな。早速作業にかかろう」
母さんと父さんはいたく興奮した様子で、デジタルカメラをもってリビングから出て行った。
残されたのは、僕とよく状況がのみこめていない涼、なぜか平然としている舞に、撮影スタジオと化しているリビングの一区画。
これ、誰が片付けるんだ?
「兄上、とにかく片付けましょう」
「……そうだね」
「ほら愚弟、さっさと手伝いなさい」
「えっ、ボクも?それに愚弟って……」
撮影スタジオと化したリビングの一区画は、結局僕と舞と涼が協力して元に戻すことになった。
そういえば僕、なんで写真なんか撮られたんだろ?
しかも、いちいち制服に着替えさせて……。
元に戻す作業中に考えてみたけど、結局僕には分からなかった。