忍者一家の朝
皆さんは『忍者』はまだこの現代社会にいると思っているだろか?
とっくの昔にいなくなった?
太秦の映画村ぐらいの人しかいない?
確かに常識ではそうだろう。
しかし、忍者はこの現代社会を生き残っていた。
忍者らしく陰でひっそりと技を伝承していきながら……
朝。
本来ならば目覚まし時計がけたたましく鳴り響き、夢の世界から現実世界に引き戻してくれるだろうが、霧島 霞こと、この僕にとっては気が抜けない時なのだ。
なにせこの3日ぐらいまともに起きることができなかった。
昨日は手裏剣で貼り付けにされたし、一昨日は濡れたタオルを顔にかけられて窒息しかけたし、その前はベットの下で爆裂玉を爆発させられた。
そして今日は……
―パチッ―
僕は目が覚めた瞬間、シュッとベットから距離をとった。
「…………」
今日はなにもなさそうだ。
そう判断すると、僕は壁に掛けてある時計を見る。
5時50分。
は、早く起きすぎた……
7時に起きればいいのに。
このまままた寝てしまおうか、それとも着替えてしまおうかと考えていると、突然部屋のドアが開いた。
入ってきたのは霧島 千里、僕の母親だ。
「あら、起きてたの。オモシロくない」
「母さん、人の部屋に入るのにいちいち気配を消さないでよ」
「あら、気がつかないのが悪いのよ」
皆さんお気づきであろうが、僕と母さんは普通の人ではない。
忍者である。
そして、父親も弟も妹も忍者である。
霧島家は代々忍者の一族であり、その直系にあたる。だから家族全員忍者なのだ。
もちろん、ペットの犬だって忍犬だ。
しかも、現実的な忍者でなく、漫画みたいな非現実的の忍者でもある。
残存を残す移動や高層ビルの上まで跳ぶのはお手の物だ。
そんな非現実的で反則的な身体能力を持っていても、父さんはサラリーマン、母さんは専業主婦、弟と妹は中学生、そして僕は高校生と至って普通の家庭だ。
正直、こんな身体能力や、毎日忍具を隠し持つことすら必要ないと思う。
「霞は起きてたし、舞と涼を起こしましょうか」
そう呟くと母さんは嬉々として僕の部屋から出て行った。
数十秒後……
ズドンと何かが爆発する音が霧島家に響いた。
その音と一緒に『うわぁ!』という声が聞こえたのは気のせいだろうか……
とりあえず、僕は制服に着替えて一階に降りた。
「あれ、舞はもう起きてたんだ」
そこには妹の霧島 舞がもそもそとトーストを食べていた。
兄の僕がいうのなんだけと長い髪とかが大和撫子みたいな感じで結構美人だ。
「……おはよう」
「うん、おはよう」
「…………」
「…………」
沈黙が支配する朝の食卓。
舞は無口だから話題を振っても一言で終わってしまい会話が続かない。正直、学校での友人関係とか心配してしまう。
「あれ?父さんは?」
いつもならすでに朝の食卓についているはずの父さんがいない。
「今日から出張。もう出かけた」
「へぇ、知らなかった」
「…………」
「…………」
やっぱり会話が続かない。
「う〜、おはよう兄さん姉さん」
まだ少し眠そうにやってきたのは霧島 涼。さっきの爆発の犠牲者だ。
男なのだが、女顔な上小柄なので、よく女の子に間違えられている可哀想な弟だ。
「ねぇ母さん、もう少し普通に起こしてよ」
「そんなのオモシロくないでしょ」
母さん、いつの間にこっちにきていたんだ。
「……自分で起きれないのが悪い。母さんがくる前に起きればいい」
「そうよ、母さんの気配を感じないと」
どうやら普通に起こす気はまったくないらしい。
「ねぇ、兄さんからもなんとか言ってよ。兄さんだって嫌でしょ」
「あら、霞は母さんが起こす前に起きてたわよ」
「えっ!」
涼よ、僕を裏切られたような目で見ないでくれ。
「兄さんだけはと信じてたのに……」
「よく分からないことで信じられていてもこっちは困る」
まったく、意味が分からないよ。
「ほらほら、霞も涼も早く朝ご飯食べちゃいなさい」
「は〜い」
「……むぅ」
朝ご飯を食べ終わり、家を出るまでまだ時間があったので、僕はのんびりとテレビを見ていた。
あっ、今日は午後から雨なのか……
傘もっていかなきゃ
「午後から雨なの、洗濯物それまでに乾くかしら?」
母さんがお茶を飲みながら悩んでいる。
「そうそう霞」
「んっ、なに?」
「帰りに髪を切ってきなさい」
確かに僕の髪はボサボサで、前髪は目が隠れるくらいだ。
普通ならとっくに切ってしまっているだろう。
「別にいいよ、このままで」
「あんたね、せめて前髪だけでも切りなさい」
「なんで?」
「あんた、顔立ちはいいんだけど髪で隠しちゃってるのよ」
顔立ちがいい?僕が?
「母さんがお金は出してあげるから、髪切ってきなさい」
「……今度の日曜に行くよ」
とりあえずの妥協案。
「兄さん、ついに髪切るんだ」
「この前切ったの半年前」「そういえばそうだったわね。しかもその時律儀にも前髪だけ切らなかったのよね」
はて、そうだったかな?
「今回は必ず前髪切るのよ」
「ハイハイ、分かりました」
「ハイは一度!!」
言葉と同時に放たれる無数の手裏剣。
そのすべてが僕に向かってくる。
―トストストストストストス―
なんとか全て回避する事ができた。だけど、僕が座っていたイスの背もたれには隙間なく手裏剣が突き刺さっている。
このまま座ったら痛そうだ。
「母さん!危ないじゃないか!もし僕に刺さったらどうするんだよ!」
「母さんは霞をそれくらい避けられないような子に育てた覚えはないから大丈夫よ」
「なにが大丈夫なのさ!」
「だから大丈夫だって、母さんが本気で投げてないし」
「いや、そうじゃ――」
「いい加減にしなさい。テレビが聞こえないじゃない」
いつもより声が低かった。
僕の背中に悪寒がはしる。
舞と涼は顔を真っ青にしてこっちを見ている。
母さんの放つ殺気が恐ろしく冷たい……
「あら、 今日の占い二位、いいことあるかしら」
もうすでに母さんは元の様子に戻っている。
しかし、母さんの殺気は久しぶりに浴びた。
いつになっても恐ろしい。
「あんた達、そろそろ出る時間じゃないの」
「んっ?まだ少し早いけど行こうかな」
「あっ、兄さん。ボクも行くよ」
「私も……」
「それじゃあ母さん、行ってくるね」
「ハイ、いってらっしゃあ〜い」
いつもより早く僕達は折り畳み傘をカバンに入れて学校に向かった。