第二十一章 学
次の日……今日も僕は、自分が知らず知らずの内に福山さんを待っていることに気が付いた。何を考えているんだ、と一度額を叩いては読書に戻り、また顔を上げてはそうやって、を繰り返していた。
いつもみたいに夕日がきれいに差し込んできた。と、その時だった。
「森沢さん!」
そう言いながら走ってきたのは、福山さんだった。
思わず福山さん! と言いながら、そちらへ向かった。
やっとこっちへ着く前に、彼女はまた今日も石につまずいた。
「わっ……!」
小さく悲鳴を上げながら、僕の胸の中に飛び込んでくる。
「ごっ、ごめんなさい!」
そう言いながら離れようとした彼女を、僕はぎゅっと抱きしめた。自分でも驚いてしまった。僕は何をやっているんだ、僕はそんな人間ではないはずだ、と自己嫌悪しながら離した。
「すまない」
しかし、不思議なことに気まずい空気が流れるわけではなかった。
「どうしたんですか、森沢さん?」
にっと微笑み、自然と上目遣いで聞いてくる。そんな顔でこっちを見ないでくれ。また抱きしめてしまったら、いけないだろう。
「いや、本当に、すまない……僕は、僕はその、どうかしていた」
「どうかって?」
いたずらっぽい目で聞いてくる彼女を、夕陽がきれいに照らしている。
「説明にはつきにくい……」
もごもごそう言い、メガネを正す振りをして、彼女の表情を確認した。頬は真っ赤で、口元はかなり緩んでいる。
なんだか決まり悪くなって、先ほどまでいた場所に戻り、また本を読み始めた。なるべくなんでもない風を装って……。
しばらく彼女の視線を感じていたが、気が付くと存在感も完全に消えていて、慌てて隣を見ると、スヤスヤ心地よさそうに眠っていた。こんなに穏やかな彼女の顔は初めて見た。いつもいつも、
なんだか少し不機嫌ぽくて、それなのにちょっとしたことでうれしそうに笑うし、照れて顔を赤くする。僕の前では滅多にそんな表情を見せないが。長野にはしょっちゅう見せているのに……。
長野のことで思い出した。昨日の放課後のことだった。昨日の放課後、二人が並んで帰って行き、長野が珍しく別れる道で福山さんの方に行ったので、気になって少しついていったのだ。こんなストーカーみたいなこと、僕はしない、と思いながらもしてしまっていた。長野は福山さんが後ろから慌ててついていくのが余程よかったのか、わざと歩調を速めていた。さらには、途中の道で福山さんをぎゅっと抱きしめ、髪をくしゃくしゃにしていた。福山さんはなんだかうれしそうな声を出していた。
彼女と長野には一体、どんな関係があるのだろうか? 長野自身は単なる幼馴染だ、と言っていたが、本当なのか?
そんなことを考えていると、無性に腹が立ってきた。親友なのに裏切ったらただじゃおかないだろう。でも、それでは彼女が悲しむだろう。
今度はさっきのように激しく、ではなく、そっと優しく、それでもぎゅっと心を込めて福山さんを抱きしめた。
「……ん」
彼女が目を覚まし、驚いた様子でこちらを見上げてきた。
「森沢さん、どうしたんですか……」
そう聞く彼女をさらにぎゅっと抱きしめた。
「僕らしくないのはわかってる。でも、とりあえずこのままでいさせてくれ」
彼女の耳元に、小声でそう言うと、彼女は静かに頷き、彼女の方も僕の腰に腕を回してきた。
「今まで言ってなかったけど、実は私、森沢さんに初めて会ったとき、なんだかなつかしいな、って思ってたんです」
それを聞いて、思わずぱっと目を見開いた。
「それで私、どうしても気になるので、調べてみたんです。そしたら……」
彼女はすっと息を吸い込んだ。福山さんの表情こそわからないが、身体が少し震えているのをとても感じた。
「それは運命の人だ、って」
なんという非現実的な結論! しかし、なんというロマンチックな結論……。今まで「ロマンチック」なんて表現、使ったことがなかったのに。
「……そうか」
あまりの出来事に、やっと口から出たのは、それだけだった。
「森沢さん、今、『なんて非現実的なんだ!』って思ったでしょう。森沢さんって、運命とかそういうの、信じてなさそう」
「あ、あぁ……」
見事に気持ちを当てられて、少しうろたえた。
「わかりました。じゃあ、少しでも『現実的』に近づけるよう、確かめましょう。ちゃんと目を合わせて……」
そう言いながら、少し身体を話、顔を見合えるようにしたが、腕は互いに腰に回したままだ。
「森沢さんは、私と初めて会ったとき、どんな気持ちになりましたか?」
真剣な眼差しで、やはり自然と上目遣いに見つめてくる。こちらも真面目に答えた。
「君と同じで、なつかしいと思えた。明らかに初めて出会うのに、なぜか、どこかなつかしく感じた」
「さらには、胸のときめき、というものまでおぼえた」と言いそうになったが、慌てて抑えた。しかし、言った方がよかったのだろうか?
時間はそんなに経っていないはずなのに、かなり時間が経っているように感じられて、あたりはすでに薄暗くなってきていた。
「そこから私たちは、こんな状況になっている。このくらいしか、証拠みたいなものはありませんけど、でもこれだけでも十分じゃないですか?」
少し彼女は口角を上げた。なんだか、よくやった、私! と言っているようにも見えた。
「あぁ、十分だ。僕も、その……君が僕の運命の人だ、と感じている」
これではまるで、小学生が書いた恋愛小説ではないか。そうは思ったものの、それ以外、恋愛に不慣れな自分が出せる言葉はなかった。
「よかった。私、もし自分一人でこんなバカみたいなこと言ってたらどうしようと……」
彼女は突然顔をくしゃっとさせ、泣き出した。そして、ぎゅっと抱きついてきた。僕はどうすることもできず、ただ黙って福山さんをぎこちなくく抱きしめた。
すると福山さんは、すっと僕から離れ、少しいつもの不機嫌な顔に戻り、すみません、と小さな声で言った。
「これ、どうぞ……」
福山さんがカバンから取り出したのは、小龍包によく似たものだった。
「これは?」
「これ、手作りじゃないんですけど、中に私が作ったクッキーとチョコレート、小さいけど入ってます。もう明後日ハロウィンだから」
そう言い、彼女はにっと笑った。夕陽もかなり沈みかけ、薄暗いその空気は、福山さんのそのいたずらっぽい笑顔をさらに引き立てている。
「ありがとう」
それだけ言い、受け取った。そして、その場で食べてしまった。
「んっ……!」
「おいしいですか?」
これは、正直に答えるべきか?
「なんだこれは……塩辛い! 君は砂糖と塩を間違えて入れたんじゃないのか?」
クッキーを一枚食べてみたのだが、明らかに塩辛かったのだ。
「えっ、ほんとですか!」
「それに、見た目的にもなっていないじゃないか。一体どういう作り方をしたんだ」
さすがに言い過ぎた、と思った。福山さんは少し頬をふくらませ、言った。
「別にいいじゃないですか。まちがえちゃったんですよ。それにほら、トリック・オア・トリートということで……」
少しあきれてしまいながらも、かわいいと思った。そして、僕の方もカバンからお菓子を取り出した。
「えっ、これ森沢さんの手作り?」
「あぁ」
僕は料理が得意なので、できたら渡そう、と思い、作ってあったのだ。
「ん……これ、おいしいですよ!」
悔しそうに顔をゆがませながらも、瞳はキラキラと輝いていた。
ハロウィンには一緒に過ごせたらいいな、と笑い合った。
僕は福山さんに会って以来、自分の日常が鮮やかに彩られたような気がする。今まで特にこれといった楽しみもなくて、普段全く笑わなかった僕が、こんなにも感情を出せるなんて。
明るく笑う彼女を、僕はもう一度抱きしめた。
今日友達から、こんな指摘がありました。
「この小説の森沢 学ってやつ、ガリレオの湯川 学に似てる!!」
言われて初めて気が付きました。はっきりと言っておきますが、パクってませんからね! それだけは言っておきたかったので……。
それでは、なるべく早く更新できるように、一所懸命書きます! これからもよろしくお願いします!「