第十四章 佐奈恵
「きゃあ!」
やっぱり。一日一回は何かにつまづく。今日は石につまづいてしまったようだ。
体制が取れずに、そのまま森沢さんの方へよろけてしまった。
「大丈夫か」
低い声が上から響く。
「わーっ! ごめんなさい!」
目をぱっと開けたら森沢さんの胸の中で、すぐに離れた。なんだか森沢さんは、とても良い香りがした。私の好きな香り。なつかしいような香り……。
「おいおい、気を付けろよー?」
長野さんに笑われて、思わず言い返す。
「そんな、そうしょっちゅうじゃないですよー!」
「そうか? 昨日だって、こけてたじゃねえか」
「なっ……!」
そっかぁ、思い出した……。っていうか、毎日のようにこけちゃってるじゃん。私、しっかり!
一つ信号を渡り、街へ入った。
森沢さんは、私がさっきこけたからか、私の方をちらっ、ちらっと心配そうに見てくる。
「森沢さん、私は、大丈夫ですからね?」
長野さんに聞こえないように小さい声で言った。すると彼は、なんだか顔を赤くして、言った。
「すまないな。なんだか、まぁ……」
長野さんに聞こえてしまったのか、こっちをにやにやしながら見ている。もう、なんなのよ!
今日は少し曇り空だけど、やっぱり商店街はにぎわっている。商店街、っていうこともあるけど、今日は何か秋のお祭りをしているようだ。人ごみって苦手だ。迷子になりそうで……。そんなことを考えてると、必ずと言っていいほど、迷子になっちゃう。
「あ、あそこの店だよ」
長野さんの声。全くどこの店を指しているかわかんない。
「わっ!」
誰かにくつを踏まれて、急いで靴を履き直していると、二人の声も、姿も見えなくなってしまった。
どうしよう、迷子だ。
どうすることもできずに、人ごみに流されながらも、一緒懸命二人を探していた。商店街は結構広いので、なかなか二人を見つけることはできない。それに、この人ごみ、きっと夜遅くまで退かない。すると、突然手を掴まれた。そしてすぐに、森沢さんの顔が見えた。
「森沢さん!」
「まったく、迷子になるなんて、君は子猫か」
あきれた顔。
「ごめんなさい……」
素直に謝る。
あれ、森沢君って、どこかなつかしい感じ。こう、何かとても惹かれるものがある……って、こんなときに何考えてるんだろう。
「心配したじゃないか。君は時間に遅れることだけでなく、何かにつまづいたり、迷子になったりするのも得意なのか」
なんてひどい言いよう! こんな奴、絶対惹かれるわけないじゃん。どうかしてる。
「まったく、ほんとうにお騒がせで厄介な猫だ。さあ行こう」
誰がお騒がせで厄介だって? そこまで言われたことなんてないので、結構傷ついた。
「長野さんは?」
少し乱暴に聞いた。
「僕もわからない。それに彼は、はぐれたらはぐれたで、お前はさな……福山さんを探して二人でまわれ、と言った」
まったく、何考えてんだろ、長野さんは。こんな奴と二人きりなんてやだよ……。
「行こうか。君は僕の腕につかまってるといい。そうすれば迷子になることもないだろう?」
そう言われても私がふてくされて腕をつかまないので、森沢さんは私の左手をさっと握った。
「ちょっ、ちょっ、まっ、てよっ!」
「ん? すまないが、日本語を使ってくれないか?」
ひどい! 普通男子というのは、女子の手など握らない。なのに、妙に堅苦しいこの男は、何を考えているのかさっぱりだ!
「別に、手なんて繋がなくてもいいじゃないですか……」
語尾が小さくなる。私たちがその場にずっと止まったままなので、迷惑そうな視線をかなり感じる。ふむ……としばらく考える森沢さんに、私は言った。
「もういいですよ! さっ、行きましょう!」
ほんとやになっちゃう。始めなんであんなちょっとした憧れを抱いたのか、不思議なくらいだ。
私たちはそのまま、偶然あった喫茶店に入った。
そこで温かいココアと、ショートケーキを頼むと、一時間くらいしか経っていないのに疲れたので黙り込んだ。
「おい」
「なんですか」
話しかけられたから返事をしたのに、森沢さんはそれっきり何かを考え込んでしまう。なんだかあきれてしまった。
「もう、何もないなら話しかけないで下さい」
「すまん」
少ししゅんとする森沢さん。なんだか悪かったかな、と思いながら、お水を飲んだ。
なんだか森沢さんを見ていると、なつかしい気がする。初対面だったはずなのに。ふと森沢さんと目が合った。
「どうかしたのか。僕の顔に何かついてるのか」
「別にっ」
なんだか決まり悪くなって目をそらした。その時ココアとショートケーキがきたので、ちょうど良い、とココアの一口飲んだ。……熱い。猫舌なのに、無理しちゃったかな。