サイレントシザー
その子はとてもハサミの似合う女の子でした。
子供用のちゃっちいのではなく、少し手に余るような裁縫バサミがとくに似合うのです。
家庭科の時間で、お手玉を作る時に同じ班になった。
シャキ、シャキ、シャキ、シャキ……
ハサミの刃を開閉するたびに響く音。それが僕はけっこう好きだった。しかも、今響いている音は今まで聞いたことのないほど美しく、澄んだ音だった。
なんて、綺麗な音。聞いているこっちも研ぎ澄まされる、ような――――
思わずハサミの方を見ると、彼女と目が合いました。
「どうか、した?」
羽佐さんでした。下の名前は知りません。
低い位置で二つくぐりをしたその髪型も、名字もどことなくハサミを連想させる人です。
「ハサミ、次貸してほしいな」
なんとなしにそう言いました。事実、僕も寸法を測り終えたのでハサミが欲しい時でした。
「うん、すぐ終わらせる」
また、あの心地よいハサミの音。シャキシャキ、ショキショキ。
お手玉用の布地は計四枚だったのですが、僕のはどれも切るための線を引き終わってしまったので手持無沙汰になってしまいました。だから、教室内を見回します。
だって目の前のハサミをじっと見つめるなんて不気味でしょ。
被服教室の中はいろんな音であふれている。
人の騒ぐ音、ハサミの音、椅子を引きずる音。エトセトラ、etc……。
やっぱり、羽佐さんのハサミの音が一番いい。
僕のお気に入り音の一つに追加。頭の中にブックマーク。音に栞を挟みましょう。
「三島君、ハサミ使い終わったよ」
はい、と羽佐さんが持ち手をこちらに渡してくる。白い裁縫バサミを。
「ありがとう」
僕は受け取り、自分の布を切り始める。
ショッキン、ジョギジョギ、ジョキン。
うん、羽佐さんと同じように切れない。まっすぐでもなくて、歪んでる。そして何より音が綺麗じゃない。
でも僕は家庭科の成績のために不快音の中で切り続けるしかなくて。
ジョギンジョギン、ジョッキン。
某ゲームのシザーマンのハサミならこんな布地も一発なんだろうな、なんて思いつつ。
ジョッギン。ショギショギ、ショキン。
「あ」
切れた。最後の一バサミだけ、美しく。
その余韻を楽しみたくて、僕は思わず一時停止。ああ美しきその一瞬。
「どうしたの?」
邪魔者乱入、羽佐さんです。
「いや、けっこう歪んだなぁ。と」
変人だと思われたくない、と取り繕う。一度変人の谷に落とされたら、這い上がるのは至難の業だ。
「あー、本当だ」
「羽佐さんのは綺麗だ」
そうかな、と彼女は笑った。彼女のお手玉製作は、縫い合わせるところまで進んでいる。
沈黙。
羽佐さんはまた黙々と縫い合わせる作業に戻り始めた。
僕も針と糸を用意する。針を糸に通す作業は最初から道具に頼る。確か、糸通しってやつ。
それにしても沈黙ってのは嫌いだ。何かしゃべらなくてはいけない気がしてくる。重い空気。あーいやだ。
「羽佐さんってさ」
ん? と意識だけがこっちに向けられる。
「ハサミが似合うね」
「……そう、かな? まぁ、ありがと」
ああ、やっちゃった。
僕は言わなければよかったと後悔した。針を指に突き刺してしまった。
ハサミの美しさなんて、僕だけが持っていればよかった。
沈黙の切れるハサミが欲しくなる。きっと響く音はとても綺麗なんだろうな。
白い家庭科で使う裁縫鋏は、愛用品です。
間違えても誰かを切らないでください。




