女ボスとキメラと情報収集
常連さんから最近の怪人事情を聞いて二日。なるほど、そうと知って見ると、怪人に対する不信感がテレビ越しでも感じられた。この時ばかりは自分の察しの悪さに呆れてしまう。
怪人に対する悪感情は徐々に、しかし確実に高まっていると見ていいだろう。
「ヴィンセント、ニンゲンと小競り合い増えたって?」
「ああ。よく知っているな」
「うん」
ヴィンセントは事もなさげに頷いた。その様子からして本格的な衝突には至っていないようだ。ふむ、しかしこれは楽観していい状況じゃないな。ニンゲンにとっては正しい意味での死活問題だ。募った不安が爆発すれば、今のような生ぬるい戦争ごっこでは済まなくなる。
「どうしょっかな……」
「どうでもいいが、なにかしでかすときは俺たちに言ってからにしろ」
「なにその保護者的なセリフは。まぁ、そうするけど」
「誰が保護者だ。そんなものごめん被る」
ヴィンセントは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「パトロール、とか」
「お前一人でなら許可しない。我々も暇じゃないんでな」
「だよねぇ」
ヴィンセントもシルフィアも一応高位怪人としての側面があり、それなりの責務がある。シルフィアはとてもそんな風には見えないけど、あれでいて実は子育てや公務で忙しい。ヴィンセントなど言わずもがな日頃忙しそうにしていて、アジトにいる時間は誰より少ない。こうして駄弁っている時も、書類に目を通したり調印したりしている。まあ、恥ずかしながらその仕事の三分の一くらいは私の仕事を肩代わりしているんだけど。ギーはそんな二人のアシスタントをしている。元が多忙な二人のアシスタントは、結構忙しいみたいだ。
そんな三人であるので、私が一人でのこのこパトロールなどに行って面倒事に巻き込まれてはおちおち仕事もできない。それは分かっているんだけど……。
「ーーはぁ。どうしてもというなら、ギーを連れていくんだな」
「え?」
「生憎だが俺は忙しい。シルフィアの奴は目立って仕方ないだろう。逆に邪魔だ。その点、そいつなら邪魔にもならんし護衛としても文句ない」
実はさっきからずっといたギーに目をやる。相変わらずの無表情が私を見返してくる。
「いいの?ヴィンセントの手間増えちゃわない?」
「お前と比べるべくもない」
「そかー。ありがとヴィンセント」
「礼などいらん」
「うん、でもありがと。ギーもそれでいい?」
黙って頷かれる。
ギーの了承も得られたので、早速情報収集のパトロールに行くことにした。
ーーー
「人、少ないね」
「……」
「やっぱり例の病気のせいかな」
いつも人でごった返していたショッピングセンターも、住民の憩の場所だった公園にも人影が少ない。そのかわり病院の前には長蛇の列ができていて、ニンゲンの不安を現しているみたいだった。
私は列の最後尾に並んだ。ひそひそと交わされるささやかな会話を怪しまれず盗み聞きするには、こうした方がいいと思ったからだ。まあ実際に会話を聞き取るのはギーなんだけども。
「ギー、聞こえる?」
頷かれる。
「じゃあお願いね」
差し出した手をギーの節くれだった手がぎゅうっと握る。そうして意識を集中すると、ギーに聞こえていることが私にも聞こえるようになる。ちなみに言っておくと、こんなことができるのはギーとだけで、その理由は不明だ。多分彼の特殊な生い立ちが関係しているんだろうとは思うんだけど。
ギーは元奴隷だ。奴隷市の最終処分セールで、セールでも破格の値段で売られていた。それこそ子供のお小遣いで足りるくらいの値段だったと記憶している。それを買ったのが私で、それ以来ずっと私たちは行動を共にしている。
ギーはいろいろな種族の血が混ざった、いわゆるキメラという種族だ。キメラ自体は白眼視も差別もされていないけれど、混血が進むとそういう目で見られることもあるという。理由は簡単。弱くなってしまうからだ。
ギーはそんなキメラの中にあって少し異常なほどの混血児だ。詳しくは分からないが、数十はくだらない種族の血が流れているらしい。父が言っていたので間違いはないだろう。これほどの混血は人為的なものであろう、とも。
どこの誰がなにを思って始めたんだか知らないが、よくやってくれたと感謝の念を送りたい。そうでなければギーは生まれていなかったかもしれないのだ。
くいっと袖を引かれる。あ、ハイハイ集中します。
『ーーもーーーーぇ』
『やっぱりーーのーーしら』
『違ーーなーーわ』
ザラザラとした雑音に混ざってニンゲンの密やかな会話が聞こえだした。更に意識を集中する。
『怖いわ。ウチの隣の奥さんが例の病気らしいのよ』
『まぁ、』
『中期ですって。テレビでは空気感染の心配はないって言ってたけど、本当なのかしら』
『怖いわねぇ』
空気感染の心配はない?だったらどうしてこんなに爆発的に増えたっていうんだ。まだ解明されてない病気だから頭から信用できる訳じゃないけど、貴重な情報に違いはない。もしこの病気が怪人の撒いた病原菌によるもので、尚且つ空気感染しないというなら必ず怪人の姿を見たニンゲンがいるはずだ。
『そういえばあの話聞きました?』
『ああ、この病気が怪人のせいだっていうあれですか?ええ、聞きました』
『あれって本当なのかしら』
『みたいですよ。私、旦那さんを亡くした方から聞きましたもの。発症する前に、旦那さんが妙な男を見たんですって』
なんというタイミングの良さ!さすがは空気の読めるニホンジン!今欲しい情報を今すぐってわけですね!これは俄然やる気が出てきた。手の繋ぎ方を普通のそれから指を絡ませる繋ぎ方に変える。触れ合う面積が多いほど強く同調できるってことは確認済みだ。
『その男、顔が半分潰れたみたいになっているんですって。それなのにしっかり歩いてて、ぶつかったときには普通に謝ってもきたらしいんですよ。そんなことができるのは怪人だけでしょう?』
『ああ!それ私も聞いたことあります。あれですよね?小柄なフードの』
『そうそう。小柄で、パッと見ドブネズミみたいな男』
酷い言い種である。小柄でパッと見ドブネズミみたいで顔の半分が潰れてるからって怪人認定はおかしくないか。最後のはまあ納得できなくもないけど、前二つはそういうニンゲンだっているはずだ。なんとなくコケにされたようで面白くない。
しかし、ネズミ。ネズミねぇ。ネズミ系の怪人は数が多い。それだけの情報で犯人の特定は難しいだろう。
どうしたもんかなぁ、などと悩んでいるとまたまた袖を引かれた。なんですか、ギー。私は今ちょっと忙しい。
「なに、ギー」
「……」
「うっ!?」
な、なに?
目を開けると、なぜか前に並んでいるオバチャンたちが揃ってこっちを見ていた。私たちの後ろになにかあるのかと振り返っても、同じくこっちを見るオジチャンオバチャンの姿があるだけ。つまり注目されてるのは私たちということに。
え?なに?なんか不自然?思わずギーを仰ぎ見る。いや、確かに無表情すぎてちょっと不気味ではあるけど、ギーに極端に不自然なところは見当たらない。となると、見られている原因は私?え、私どっか変?
「ギー、私どっか変?」
即行で首を振られた。私でもないってことは、どうして見られてるんだろう。
「若いっていいわねぇ」
ぽそりと聞こえてきた呟きに、ああと思い至る。なるほど、私とギーが恋人に見えたのか。この手の繋ぎ方、ニホンジン風に言うと恋人繋ぎって言うらしいしな。なるほどなるほど。なんで恋人が並んでるだけでこんなに注目されるのかは分かんないけどな。
とりあえず少しだけ頭を下げておく。こういう時に便利な行動だなぁなんて思う。オバチャンたちは私たちが視線に気づいていることにようやく気づいたのか、少し慌てた様子で前に向き直った。
「……なんだろね?」
「……」
分からない、と。そりゃそうだよねー私も分からないし。さて、これ以上ここにいても大した情報は得られそうにないから、さりげなく列から脱出してヴィンセントにでも例の小男怪人(仮)の情報を探ってもらおうかな。
私はギーの手を引いて列から脱け出して、少し遅めの昼食を摂ってからアジトに戻ったのだった。