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女ボスと常連と不穏の種

「……本気か?」


この頃、店に来る客が少なくなっていた。この辺にある怪人用の雑貨屋はウチしかないので、今まではそれなり以上の集客数を誇っていたのに、ここ数日は全然客が入らない。

これはこれで楽でいいやー。なんて楽観視していたのは最初だけで、客足が遠退いてから三日もすればあまりの暇さに辟易し始めた。

そこで今日こそはと、以前と替わらず毎日決まった商品を買っていく獣人系の常連さんになにか知らないかと尋ねてみた。

ら、返ってきた言葉が冒頭のそれである。

まじまじと顔を覗き込まれ、本気で信じられないとばかりの声と表情を見せる常連さんに、私も真剣な顔で頷き返す。


「なんで店に客が来なくなったんでしょうね?知ってます?」

「……ああ」

「マジですか。教えてくださいよ!」


このままでは暇だし、なによりも収入が……!

組織に支給される活動費はその組織の規模と活動成果によってまちまちだ。巨大な組織であればそれを維持するためにそれなりの資金が割り振られるし、ニンゲンから領土を奪うような活躍をしたならばいわずもがな沢山の報償金が出る。

つまり構成員が三人しかいなくて、尚且つ怪人として活動らしい活動をしていないウチの組織に支給される活動費は、雀の涙よりも少ないということだ。いくら私がニホンにいる怪人を束ねる魔王代理であるとはいえ、私利私欲でそこのところを変えるわけにはいかない。

というわけで、このバイト代もかなり重要な資金源なのだ。こんなところで失うわけにはいかない。


「お前、テレビとか見ないのか」

「え、見ますよ?それなりに」

「なのに知らないのか」

「よく分かんないねですけど、そうみたいですね」


常連さんの口振りからすると、ウチの店に閑古鳥が住み着いたのはテレビで放送される程のことらしい。不思議だ。テレビはよく見る方なのに、そんなこと全っ然知らない。


「この頃、ニンゲンの間に流行ってる病気があるだろ」

「ああ、はい」


それなら知っている。

なんでも二週間前に初めて確認されたとかいう未知の病気で、初期症状は風邪に似ている。病が進行すると内臓に痛みを覚え咳が止まらなくなる。そして末期になると口から大量に喀血、後に顔中の穴という穴から血を垂れ流して死ぬというグロい病気だ。

二週間の内にその病気で死んだニンゲンは四人と少ないが、中期の患者は数十人。初期患者に至っては把握しきれない。しかも現れたばかりで治療法が確立されていないもんだから、かなり問題視されている病気だ。テレビでも連日そのニュースばかり報道している。


「え?それがナンですか?」

「……お前、察しが悪いな」

「よく言われます」


だって、シルフィアは物事を分かりやすく説明するのが妙に上手だし、ヴィンセントはその逆で説明下手だから結論しか言わないし。ギーに至ってはそもそも喋んないし。周りにいる奴らがこれで察する能力が育ってたらおかしいじゃないか。


「あー、つまりだな。その病気は俺たちが放ったんじゃないかって言い出したニンゲンがいて、それに煽られて反怪人感情が高まっているんだ。だから、出歩く怪人が減っている」


私相手に話を引き伸ばしても仕方ないと踏んだらしい常連さんが口にした結論はとても衝撃的で、しかしよく考えればニンゲンがそう思うのも仕方ないものだった。


「ははぁ、それでですか」

「ああ。実際死人が出てるからな。向こうは大分気が立ってる」


さもありなん。

原因の分からないものを他のせいにしたがる気持ちはよく分かる。しかも、怪人が放ったという部分だって完全に否定できる訳じゃない。私的にはそんな怪人いないよ!と言いたいところだが、チャンスとモノさえあれば大抵の怪人はやるだろうということも知っている。

仕方がない。いくらそれっぽくなくても、これは一応戦争なのだ。甘いことばかり言っていたら、私たちに待つのは死ばかりである。穏便に行きたいとは思っているけど、世の中そんな上手くいかないものだ。


「で、常連さんはそんな中歩き回ってて平気なんですか?フッツーに毎日買い物してってくれてますけど」

「ああ、まあ平気だ。俺の外見はニンゲンに近いだろ?」

「……まあ、そうですね。普通の怪人に比べたら」


とはいえ、隆々とした筋肉はそこいらのニンゲンにはないし、顔だってウマイ。一見して怪人とは分からなくても、確実に一般人だとは思われないだろう。


「たからまあ、パトロールがてらな。相手側の情報を知るのも大事な戦略だ」

「ふむ……?」

それは一理ある。

「だからってお前がやろうなんて思わない方がいいぞ。さすがにお前じゃ、そのーー」

「私一人じゃ、なんかあったら対処できませんしねー」

「あ、あ」


そんなに気まずそうにしないでほしい。

大抵の怪人は自分の無力さを恥だと思うけど、私は違う。それは魔力に満ちている体をもう一つ持っている余裕からくるものなのか、それとも純粋に気にならないだけなのかは私にも分からないけれど、私はこの体が弱いということについては全然気にしていない。

弱くなくては出来ないこともあるだろう。


「ん、でもまあ大丈夫だと思います。私、ニンゲンみたいでしょう?」

「ああ。最初はニンゲンかと思った。匂いがほんの少し違うから怪人だと気づいたが、そうじゃなければ全く気づかなかっただろうな」


私が自分の弱さを本気で気にしていないことを口調から察したのか、常連さんの物言いから遠慮が消えた。うーん、いいんじゃないの、この遠慮が一つ一つ消えてく感じ。友情を感じるわー。


「常連さんは犬系の獣人なんですっけ?」

「狼だ」

「あ、それは真剣にごめんなさい」

「……まあ、お前だから許すが」


と、まあこのように狼系の獣人を犬系の獣人と間違えるのは彼らに対する酷い侮辱だ。一歩間違えれば首が飛ぶ。それを許してくれたってことは、私と常連さんの友情は確固たるものだな!


「狼かー。稀少種ですね。凄い」

「俺にはお前の方が稀少種に見えるがな。今まで嗅いだことのない匂いだ」

「え。もしかして臭いです?」


さすがにそれは女として、いや。怪人として恥ずかしい。

意味もなく髪をいじりだした私を見て、常連さんはゆっくり首を振った。


「いや。臭くはない」

「マジですか。よかったー」

「むしろ良い匂いだ」

「マジですか!それはそれで恥ずかしいですねー!」

「……そうだな」


常連さんは騒ぐ私に呆れたようにそう言って、さっき購入したエネルギードリンクをあおった。ごくん、とドリンクを飲み込む度に隆起した喉仏が上下に動く。そういえばシルフィアが、男の喉仏はポイント高いよー!なんて言ってたな。


「えい」

「!!??!」


ちょっと気になったから触ってみた。ら、予想外の反応が返ってきた。あの泰然とした雰囲気を持つ常連さんが、思いの外動揺したらしく盛大に噎せ始めた。


「え、あ!ごめんなさい大丈夫ですか?」

「げほ、ごふっ!」


慌てて背中をさする。まさかこんなことになるとは思わなかったんです。いや、本当に。


「はぁ、もう、いい」

「あの、ほんとすみませんデシタ」

「いい。が、余り不用意に男に触れるべきじゃないな。お前は女で、しかも弱い。襲われたら抵抗できんだろう」

「ええ?」


弱肉強食の怪人社会において、弱い女怪人などそういうことの対象になり得ない。弱い女と子供を作るなんて論外だし、お遊びだったとしても遠慮するのが普通だろう。下世話な話だが、なんでも強さはナカの具合にまで関係してくるのだとか。つまり、強い女怪人ほど床上手。


「私みたいな味噌っかすを襲う物好きなんてそうそういなーー」


物凄い目付きで睨まれた。

睨まれるのなんてヴィンセントで慣れたと思っていたけど、どうやらそれは思い過ごしだったらしい。

ヴィンセントのそれは氷の刃のようだ。ひたすら温度を感じない、自分にはそんな価値もないのだと思い知らされるような目をしている。

対して常連さんのそれは、激情が詰まりに詰まっている。自分は今不快な思いをしている。不用意に触れれば感情が爆発するぞと目が

語っているのだ。ヴィンセントとは対極に位置している。


「ええと……」

「自分を安く見るな」


低く獰猛な唸り声に混ざって聞こえてきた言葉はそんな感じだったように思える。はっきり言って狼の威嚇が怖くてたまんなくて、なにを言ってるのかに注意が向かない。ギラギラ光る金色の目から視線を反らさず、その一挙一動をガン見する方に神経を持っていかれてしまうのだ。


「あの、ごめんなさい……」


これは果たして自分の声なのか。恐怖に縮こまる思考の端でそんな風に思うほど、私の声は弱くかすれていた。


「…………。分かったら、あまり不用心な真似はするな。お前がどう思っていようと欲情する者はするし、そうなったら今のように簡単には事が済まないぞ」

「はい……」


激情を飲み込んだ常連さんが諭すように言う。確かに、そういう気分になった男は収まりがつきにくいというのは聞いたことがあるし、もしそうなったら私に抵抗する術はないだろう。防犯ジュエルが割れれば別だけど。


「すまない、怖がらせた」

「はい、怖かったです。けど、これに懲りて自分を過信するのは止めときます」

「そうしてくれると、嫌われた甲斐もある」

「え?ーーいやいや!それ、私があなたのことをって意味なら激しく間違ってますよ!」

「しかし、あんなに怯えていただろう」

「それはまあ怖かったですけど!私を心配してくれたからあんな風にしてくれたんですよね?そんな人のことを嫌ったりしませんよ!」


本音を言えばまだ少し怖いけども、嫌いになったりはしない。

私の言葉に、常連さんはあからさまにホッとしたように見えた。彼も私と同じように私のことを失いたくない友人だと思ってくれているんだろうか。そうだったら嬉しいんだけど。


「そうか」

「そうですよ」

「そうかーーありがとう、すまなかったな」


常連さんは嬉しそうに笑って私の頭を撫でてくれる。

その後少し話をしてから常連さんは帰っていき、そういえば狼系の怪人が匂いを誉めるのは求愛行動に近い行動だった、と私が思い出したのは夕食のファーストフードにかぶり付いた時だった。





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