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女ボスとその正体と新しい出会い


「姫ちゃん、起きてー」


耳元で甘い声が囁いて、耳を優しく引っ張る感触。

それに促されるままに目を開いて、映り込んだ光景に一瞬ここがどこだか分からなくなった。

高い天井を支える豪奢な柱。施されている装飾は細かく美しいが、派手さはない。部屋は広い。それこそ、私のアジトがすっぽり入るくらいの非常識な広さだ。そして私の座る椅子。王座である。

そこまでを確認して、そういえば王城に来ていたのだったと思い出す。

左側にはヴィンセントが立ち、右側のシルフィアは王座の肘掛けに腕をついて身を乗り出している。ギーはいない。


「不都合はないか」

「うん、平気。……大丈夫そう?」

「ああ。相変わらず美しい」

「…………ありがと」


ヴィンセントが気負いなくポロっと溢した言葉は、それだけにその言葉が彼の本心だと物語っていた。さすがに反応に困る。


「うんうん、ホントキレイになったよ姫ちゃん」

「私はいつもの体の方が好きだけどね」

「もちろん、いつもの姫ちゃんも可愛いよ!」


私は少し特殊な生い立ちをしている。そのせいなのかは分からないけど、体を2つ持っていた。いつも使っている体は弱くて怪人らしさの欠片も感じられないけど、この体は違う。

輝く髪も玉のような肌も、この世に2つとない至宝と称えられる美しさだ。

自分の体なのに他人の体を間借りしている居心地の悪さを感じるこの体を使うのは、実はあんまり好きじゃない。普段使わない理由はそれだけじゃないけども。

だけど必要に迫られれば使わない訳にはいかない。今回もその仕事の一つだった。

新しい怪人たちがチキューにやって来た。

私は魔王代理として、彼らにチキューの言葉を授け、住む土地を与えなくてはいけない。


「あー、ダルい……。もうこたつでみかん食って昼寝したい」

「おい。言葉遣いに気を付けろ」

「はいはい」


ぼやくと、すかさずヴィンセントの叱咤が飛んできた。彼はこの姿の私がいつものように軽口を利くのを好まない。魔王の娘っていうイメージとかけ離れすぎているとかで、眉間にシワを寄せて物凄い嫌そうな顔をするのだ。どっちも私だっていうのに、全く失礼な。


「失礼いたします。謁見者を連れてまいりました」

「通せ」

「はい」


重厚な扉が開く。畏まった様子で入室してきたのは、ざっと見十数人くらいの怪人たちだった。

彼らは顔を伏せたまま所定の位置まで進み、そこで跪いた。そうして彼らが自分の身分を名乗り、ヴィンセントとシルフィアが声をかけてから、ようやく話が進むのだ。

まだるっこしい。こういう面倒くさいしきたりも好きになれない部分だ。ちゃっちゃと自分から声をかければ早く済むのに。

彼らに見えていないのをいいことに顔をしかめる私を、ヴィンセントがギラリと睨んできた。はいはい、分かってますよ。


「遠い異国までよく来てくれました。顔を上げてください」


意識して微笑をつくり、そう促す。

恐る恐る顔を上げた彼らは、私を目にすると驚愕に目を見開いて固まってしまった。

さもありなん。この体を見た怪人は大抵今みたいな反応をする。それだけこの体が美しいということだ。なんか一周回って他人事のように感じるので、そんな反応をされてもなにも感じない。

私もスレてしまったものだ。昔はもっとドキドキしたり優越感を感じたりもしたのに。


「は、はい。この度は謁見の許可を与えてくださって本当にありがとうございます」

「そんなに畏まらずに楽にしてください。そういえば、本国の方はいかがですか?」


ここのところは最も重要な部分である。チキューにいる我々には本国のことを知るすべがない。こうしてまたチキューに亡命してくる怪人がいるということは、本国の自然環境は改善されていないんだろう。けれど、荒廃がどの程度進んだのかを知るのは大事なことだ。亡命者が増えると、私たちの生活にもダイレクトに影響がある。


「は。ご憂慮の通り、魔力の枯渇著しくキルハの街にまで居住可能区域が後退しております。また、胎石の産出も激減しており新生児の数も年々下降の一途を辿っています」

「そうですか……」


思わず沈んだ声が出た。やはり故郷は確実に死へと向かっているようだ。


「……嘆いてばかりいても始まりませんね。健全な話をしましょう。あなた方に譲り渡す領土の件ですが」


右隣からスッと書類が差し出される。受け取り、中を確かめると、そこには予想外のことが書いてあった。思わずシルフィアを見てしまう。頷かれた。本当のことのようだ。マジか。

私はその書類を左のヴィンセントに手渡した。読み上げるために手紙を広げたヴィンセントの表情に変化はない。どうやら最初から知っていたみたいだ。


「国を捨てた貴様らに我らの主から温情を与える。跪ずいて聞け」


相変わらずの上から目線。ヴィンセントは今日も絶好調だ。

ヴィンセントの硬質な声が朗々と文面を読み上げる音をBGMに、私はこっそりシルフィアに顔を寄せた。


「あれ、マジ?」

「マジマジ、大マジだよー」


彼らに引き渡す領土、どこから引っ張ってきたのかと思ったら、アダマギの領土だった。まさか、小心者のくせに妙に強欲で無駄にプライドの高いアダマギが、快く領土を譲る筈がない。しかも、記されていたのは全領土だった。自分の住む場所がないではないか。


「あいつ、ギーくんがアジト襲撃した時から行方不明なんだよぉ」

「え」

「あ、ううん。死んだって訳じゃないみたい。元部下の話だと襲撃の前までは相変わらず元気に威張り散らしてたみたいだし、死体は見つからなかったから」

「そうなの」

「あいつ、逃げたんだよー。部下を見捨てて。そんな奴、いらないじゃん」

「それはそうだね」


すぐに頷く。

部下を見捨てる領主だなんて最低だ。この世界で我々はマイノリティな存在である。同胞同士助け合わねばいけないというのに、守るべき者を見捨てるなんて言語道断だ。


「ーーだ。分かったなら顔を上げろ」


ヴィンセントの説明は終わったようだ。

私は立ち上がった。彼らにニホンゴを授けて、謁見は終了だ。早くこの体を脱ぎたい。


「では、言葉を授けるので代表者の方」

「はい……」


進み出てきたのは、意外なことにまだ若い怪人だった。若草色の髪を持つ精悍な青年だ。てっきりその横にいる老人が代表者だと思っていたので、少し驚いてしまう。


「あなたが?」

「はい。若輩者ではありますが、一族の頭領を継ぎました。リュウハと申します、陛下」

「そうですか。まだお若いのに素晴らしいことですね」

「いえ、そのようなことは……」

「フフ。ご謙遜を。あなたを見る一族の方の視線を見れば、あなたが立派な方であるというのは疑いようもないですよ」

「……ありがとう、ございます」


リュウハと名乗った青年は、顔を真っ赤にしてうつむいた。なんという純情さ。


「陛下」


背後から氷の刃がごとき声が降り注いだ。言わずもがなヴィンセントだ。せっかちな奴である。


「ごめんなさいね、うちの者が」

「いいえ」

「では、手を出してください」

「はい」


リュウハが出してきた手を握る。私の手が触れた瞬間、ちょっと過剰に震えた手を宥めるように撫でて、その手を自分の額に添える。

しばらくすると、触れあった部分が暖かくなってくる。その熱が冷めれば言葉の受け渡しは簡単だ。一族の人たちには、リュウハにやってもらおう。


「ーーごめんなさいね」

「え?」


どこかぼんやりした顔でリュウハが私を見る。


「本当は額同士で通信した方が、早いし負荷が少ないのだけど」

「いえ!そのようなことは!陛下にそんなことを……恐れ多い!」


ぼんやりした表情から一転して、過剰反応された。恐れ多いって、ただデコこっつんするだけやないかい。


「まあまあ、そのくらいにしときなよー」


シルフィアから声がかかったので振り返る。体が強ばった。

シルフィアは相変わらずの笑顔を浮かべている。その、椅子を挟んで隣に立つヴィンセント。思いっきり不機嫌そうだ。


「ね?ほら。ほどほどにしとかないと、機嫌の悪いドラゴンに食いちぎられちゃうかもしれないよ」

「黙っていろ。望み通り食い散らしてやろうか」

「やだ、こわーい」


シルフィアの言葉は冗談じゃないけど、ヴィンセントの方は冗談だ。彼は意外と身内に優しい男なのである。その分その他に対しては厳しすぎるけども。


「し、失礼しました!」


バッ!と手を離される。リュウハの顔は湯だったタコのように真っ赤だった。

……ははぁ、これはアレだな。シルフィアに指摘されて、自分の状況を把握したら恥ずかしくなっちゃったんだな。純情か。あ、これさっきも思ったか。


「リュウハさん」

「陛下そのような呼称は不要です。ただ、リュウハとお呼びください」

「リュウハ」

「はい」

「チキューに住む怪人と、これからチキューに来るかもしれない怪人のために、あなたの領土をあなたの部下と正しく守ってくださいね」

「はい。ーー必ず」


私の言葉に、リュウハは真摯な表情でしっかりと頷いてくれた。

この人ならば任せられると思わせる、真面目さが感じられる表情だった。





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