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女ボスと説教と報復


「ほいほいと出歩くからこういう事になるのだ!自分の立場を自覚しろ!」


雷が落ちた。

比喩じゃない。怒るヴィンセントの背後から極小の雷が迸って、床を焦がした。さすがドラゴン。ちょっと怒っただけでこんなことが出来るなんて、凄すぎる。

あのリザード怪人はアダマギのところの鉄砲玉の一員だったらしい。アダマギの拠点にリザード怪人をリリースして帰ってきた私たちを出迎えたのは、既に十分過ぎるほど機嫌の悪いヴィンセントだった。

なんとか怒りを静めてもらおうと事情を話したところ、火に油を注いだ。まさかこんなに燃え上がるとは。まるで焚き火が一瞬でキャンプファイアーになったみたいだった。


「ごめんねー、姫ちゃん。慌てて出てきちゃったから、警報切るのわすれてたよー」

「や、切っといてもバレるのは時間の問題だったし、逆になんで隠してたんだって怒られるよりはマシ」

「聞いてるのか、貴様ら!!」

「……だと思うし」


ヴィンセントの怒り具合といったら、口から火でも吐きそうなくらいだ。ちなみにこれも比喩じゃない。既に口から煙が出始めている。危険な兆候だ。


「まあまあ、そんなに怒んないでよセントくーん。姫ちゃんは無事だし、怒ることないよぉ」

「怒ることがない?無事だと?」


なんとか宥めようとしたシルフィアの言葉に、ヴィンセントがちょっと過剰に反応した。シルフィアもしくじっちゃった?と顔色を悪くする。


「肋骨をバキバキに粉砕されていて、どこが無事だと!?」


がぁん、と床に重いものが打ち付けられる音。見れば、ヴィンセントの尻尾が床を粉砕していた。おいおい、これはちょっと洒落にならん。


「落ち着きなってば、骨はもう治ってるんだし。それより、尻尾出てるよ」


ドラゴン族は人型の時に本性を現すことを恥としている。彼らの変身は、その能力に従って完璧に近く滅多なことでは崩れたりしない。が、もちろん例外はある。正体を失うほど感情を乱れさせたりすれば、変身を維持できなくなってしまうのだ。

つまり今のヴィンセントはそういう状態だってことで。そう指摘したら一瞬苦々しげな表情をしたヴィンセントだったけど、大きなため息を吐いて次の瞬間にはいつもの完璧な美青年の姿に戻っていた。

床を粉々にした尻尾は影も形もなく、口から出ていた煙も収まっている。


「セントくん、もう怒ってない?」

「そんなわけあるか。だがまあ、貴様らばかりを責めても仕方あるまい」


ヴィンセントはそう言って咳払いを一つ。

私とシルフィアは顔を見合わせた。これは、説教から解放される時が近い。そうと分かれば気が緩んで、ヴィンセントにしか向かってなかった注意力が他にも向くようになった。

そして気づく。


「ねえ、ギーは?」


ギーがいない。なんで今まで気づかなかったのかと思いながら問いかけると、ヴィンセントは軽い調子でなんでもないことのように答えた。


「ああ、奴ならアダマギの所だ」

「…………、………………なんで?」

「なに。大したことじゃない。少し報復に行っただけだ」

「なーんだ、おつかいかぁ」


ば……!馬鹿なの!?

報復というのは十中八九私の肋骨をバキバキにした件についてだろう。しかしそれは自業自得というか、間が悪かったというか。ともかく、アダマギの部下が悪い訳じゃないのだ。

慌てて立ち上がる。ギーはいろんな意味で容赦がない。皆殺しとかになってたらどうしよう……。


「し、シルフィー。アダマギん所に連れてって」

「んえ?なんで?」

「おい。だから、ほいほい出歩くなと言っているだろうが。貴様の頭は鳥以下か?」

「もう、ヴィンセントうるさいっ!」


巷で耳にする説教臭い母親のようだ。

弱肉強食を旨とする怪人には、他者を殺すという行為に対する罪の意識や、それに対する罰というものがない。

弱いからいけない、弱かったから仕方ない。そんな認識だから、ヴィンセントもシルフィアも、仮にギーが大量虐殺を行ったとしてもなんとも思わないだろう。

だが私は違う。

私のせいでギーに虐殺をさせてしまうことも嫌だし、誰かが私のせいで大量死ぬというのも嫌だ。後味が悪いどころの話じゃない。


「あー……、セントくん?だいじょーふ?」

「なにがだ。心配されるいわれはないぞ」

「や、君がそう言うんならいいけどさぁ」


足、震えてるよー?とシルフィアが呟く。

ヒソヒソ会話をしている二人に焦れる。時間がないっていうのに!


「もう、なにごちゃごちゃ言ってるの!そんなことよりシルフィー、連れてってくれる?」

「う、うん……もちろんだよぉ」


シルフィアはちらちらとヴィンセントを見やりながら、数回頷いた。なんでそんな、憐れな者を見る目をヴィンセントに向けるんだろうか。


「じゃ、お願い」

「うん。……セントくん、どんまい」


最後にヴィンセントに向かってそう声をかけたシルフィアは、私を抱き上げて高く舞い上がった。


「うるさい……そんなこと……」


ヴィンセントのどこか気落ちした風な呟きは、当然私の耳には入らなかった。


ーーー


「姫ちゃーん」

「ん?」


空中を高速で飛ぶシルフィアだけど、私に風が当たらないように障壁を作ってくれているから普段と変わらず会話も可能だ。

どこか気まずそうにかけられた声に顔を上げると、苦笑気味のシルフィアと目が合う。


「ヴィンセントくんも姫ちゃんのこと心配してるから、あんなに口うるさいんだよ。だから、あんまり嫌わないであげてね?」

「嫌ってなんかいないよ!」


告げられた言葉は予想外すぎるものだった。思わず即答した私の本気さを感じてくれたのか、シルフィアの笑顔が柔らかいものに変わる。


「そっか、ならいいんだぁ。みんな、仲良くしないとね。私たちは家族みたいなものだし」

「うん、いや……さっきのは私もちょっと言い過ぎた、です」


いや、口うるさいって思ってるのは本当なんだけど、それがヴィンセントなりの心配の仕方だってことは分かってる。反省。


「わ、なに!?」

「うふふ。いい子いい子」


頭を撫でられた。もう子供じゃないんだどなぁ、まあ気持ちいいからいいや。


「さ、もう着くよー」

「うん」


アダマギの基地は上空から見ても分かるくらいあちこちが崩れていた。さっき来たときはこんなんじゃなかった。確実にギーの仕業だ。


「わーお。ギーくんってばだいぶハッスルしちゃったんだね」

「うう……」


ギーは普段物静かな分、キレると爆発したように暴れまわるから質が悪い。しばらく暴れて落ち着くまで、誰の言葉も聞かないのだ。本気でキレたことは数回しかないけど、そのどれもが災害みたいなもんだった。


「ギー、もうガス抜けてっかなぁ……」

「んー。どうかなぁ、今回は姫ちゃん絡みだし相当怒ってると思うけどなぁ」

「うう、気が重い」


だがやらなきゃいけないのだ。元はといえば私のせい……って訳じゃないけど原因の一つではあるわけだし。

気合いを入れて、と。


「よし、行こうシルフィア」

「りょ~かい。だいじょーふ、姫ちゃんは私が守ってあげるから」

「すっごい心強いです」


シルフィアを伴って基地に入る。

瓦礫と一緒に転がっているアダマギの所の構成員は、意識はないが死んではいないようだった。弱々しいがちゃんと息をしている。どんな傷を負っていたとしても、息があるならほっといて大丈夫だ。それほど怪人の回復力は凄い。


「もしかしてこれ、ギーそんなに怒ってないんじゃない?」


ここに来るまでに結構な数の怪人を見かけたけど、誰も死んではいなかった。

つまり見境なく殺して回るほど怒ってないってことじゃないのか。しかし、シルフィアは私の淡い期待をあっさりと砕いた。


「や~、それはないと思うけどねぇ。多分今はギーくんの殺意が一人に向いてるから、他の奴らは眼中にないだけじゃないかな」

「……」


これはもう、駄目かも分からんね。

怒っている時のギーは半端なく怖い。皆殺しって訳でもなさそうだし、あのリザード系怪人には運が悪かったと諦めてもらおうか……。

私とて怪人の端くれだ。一人二人死んだところでなんとも思わないだけの怪人らしさは備えている。


「面倒くさくなっちゃった?」

「んー?ん、まあそんなとこ」

「じゃあ、ギーくん迎えに行って帰ろっか」


そして、シルフィアは言わずもがな。

チキュー人はドウトクというものを大切にしているらしいから、私たち怪人が嫌われる要因はこういうところにもあるのかもしれない。


「あ、いたいた。姫ちゃん、ギーくんだよ」

一応用心のために私の少し先を歩いていたシルフィアが立ち止まって、小さく手招いた。小走りで近寄り、壁からそっと顔を出す。

ガリガリのほっそい背中がポツンと佇んでいる。あの細さ、正しくギーに違いない。


「近寄って平気かな?」

「姫ちゃんなら、怒ってる時でも平気だよー」

「うん、いやそうなんだけど、そういうんじゃなくて」


ぶっちゃけ、怒ってる時のギーは怖いからあんまり近寄りたくないだけなんだよね。


「あ、ギーくん」

「え?」


振り返る。


「ギ、ぃ」


喉から変な声が出た。

私たちの小さな話し声に気づいたらしいギーが近寄ってきた。良かった、いつものギーに戻ったんだ。と、安心した私の目に飛び込んできたのは、なんというか……。


「うっわ、グロい!」


うん、シルフィアの感想通り、グロい光景だった。その光景たるやモザイク必須、発禁レベルのグロさだ。


「っひぃ」


情けない話ではあるが、私はグロ耐性が低い。手足や頭が千切れているくらいなら平気だけど、モツが苦手だ。内臓を見ると、ああこいつも生きていたんだと強く感じてしまって、どうしてもおじけついてしまう。


「あれ?まだイっちゃってる最中なのかな?ダメだよギーくん、そんなもの持ったまま姫ちゃんに近付いたらぁ」


シルフィアのやんわりとした、けれど強い拒絶を含んだ忠告に、私たちの方に近寄ろうとしていたギーの足が止まった。ギーは止められた理由が分からないみたいだった。……これは、戻りきってないな。


「ほら~それ」

「……」


シルフィアの指差す先は、発禁物体をがっつり掴むギーの右手だ。ギーはなぜこんなものを持ってるのか分からないとでも言いたげに少し首を傾げて、手を離した。

ど ちゃ

身の毛のよだつ音をたてて、それが床に落ちる。グズグスに腐った果実が落ちる音がした。

さぁ、これでいいでしょう?という風にギーが両手を広げる。……これは。


「ガンバ、姫ちゃん!」


さりげなく助けを求めたシルフィアにいい笑顔でエールを送られた。どうやら援軍は期待できそうにないらしい。


「……うん、ギー、一緒に帰ろっか」


思い切り抱きつかれた。

今日の服はもう捨てなきゃダメだなぁ。なんて思いながら、私はそれを受け入れたのだった。





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