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女ボスと店番と買い食い



チキュー人は我々のことを怪人と呼ぶ。明確な自称がない私たちは、これに倣う者が多い。


「いらっしゃいまーせー」


ここは怪人専用の雑貨店だ。

常連客となりつつある獣人系の怪人は真っ直ぐ魔力チャージジュエルの一角に向かう。そこで大容量のジュエルを二つと、それから高魔力ドリンク1リットルを持ってレジまで来る。

毎度思うのだが、物凄い大食漢である。きっと能力の高い怪人なのだろう。強い者ほどエネルギーを必要とするのが定石だ。ヴィンセント辺りが見たら勧誘くらいはしそうな食欲だった。


「ええと、センニヒャクゴジュウエンです」


端数までぴったりのお金が手渡される。

毎日ここで同じ種類のものを買って行くので、私も彼も慣れたものだ。最初は上手く舌が回らなくて、何度か舌を噛んだ。ニホンゴ難しい。


「ドラゴンが出たらしいな」

「ぅえ!?」


いきなり話しかけられて変な声を出してしまう。

常連客とはいえ、今まで私的な会話を交わしたことはなかったのにいきなりどうしたんだろう。そう思って、さっきの言葉に答えがあったのに気づく。

ドラゴン。

超級の怪人だ。恐ろしく強く美しい。弱肉強食の怪人の世界で、限りなく天辺に近い種族。


「あー、みたいですね」

「ドラコンが出たにしては被害が少ないがな」

「まあ、そうですね」


ドラコンは巨大だ。それだけで一定の被害は出るし、加えて彼らは総じて暴れたがりである。一都市を壊滅させるなんて、彼らにとっては息を吸って吐くようなものだ。

が、常連さんの言う通り、昨日の被害といえば正義のヒーローの本拠地だけ。勢力地図は元の鞘に収まり、日々にさしたる変化はない。

お気づきの方もいるだろうからぶっちゃけるけど、件のドラコンとはヴィンセントのことである。血気逸るヴィンセントを抑えるのは苦労した。ヒーローの本拠地をぺしゃんこにするよりも、そのあとの方が大変だった程だ。


「大人しいドラコンだったんじゃないですかね?」

「それはないだろ」


ですよねー。

大人しいドラコンなんかドラコンじゃない、ただの大きくて硬いトカゲであるというのが世間の認識だ。世界公認の暴れん坊なのである。


「まあ、領土が戻って良かったじゃないですか」

「ま、確かにな」


領土を奪われるということは、そこに住んでいた怪人が追い出されてしまうということだ。怪人に対してやたらとフレンドリーなニンゲンの多い、このニッポンという国においても決して楽観視できる問題じゃない。

普段話したことのない人と話すのは新鮮で面白い。特に私は交遊関係が激烈に狭いので、余計にそう感じる。


「っと、すまねえ話込んじまったな」

「あ、いえ。こちらこそ引き留めちゃって。ごめんなさい」


ふと時計を見た常連さんが少し慌てた様子で言った。

そこでようやく、この人は出勤前だろうということに思い至る。そんな忙しい時間帯に話し込んでしまうなんて、配慮が足りなかった。


「いや、話せて良かった。これからも付き合ってくれるとありがたい」

「私でよければ」

「あんたにお願いしたいんだよ。それじゃあ、またな」


ひょい、と軽く手を上げて常連さんが店を出て行く。

常連さんと入れ替わりになるように他の怪人たちが次々と入店してくることになり、一気に忙しくなる。しかしその忙しさにも、新しい知人ができた喜びは霞まなかった。


ーーー


怪人の栄養源は魔力だ。目に見えないそれを主食としているので、基本的に怪人は固形物を食べない。が、一部の好事家にはチキュー人方式の食事を好むものもいる。


「チーズバーガーのセット一つ。飲み物はお茶で」


かくいう私もその一人だ。

味らしい味のしない魔力に比べて、チキュー人の食事は味が濃くて

実に美味い。

カッチコチの怪人至上主義であるヴィンセントは私の食事にちょいちょい文句をつけてくるが、改める気はない。というか、諸事情あって魔力を直接取り込むことが出来ない私はこうしないと生きていけない。

温かいバーガーにかぶりつく。うん、うまい。

昼時のファーストフード店はビジネス街の真ん中もいう立地も相まってなかなかの混み具合で、席がどんどん埋まっていく。


「前、座っていいですか?」

「は……あ、はい。どうぞ」

「ありがとうございます」


軽く頭を下げて、声をかけてきた青年は私の向かい側に座った。トレーの上には、思わず二度見してしまうくらいの量のバーガーが乗っかっている。

青年は席につくなり、そのバーガーやポテトを物凄い早さで平らげ始めた。なんだか逆にお腹が減る光景だ。彼は平気な顔であんなに食べてるんだから、自分もあれくらい食べられるんじゃ……?という錯覚を起こさせる。確実に気のせいだけど。

人の視線には慣れているのだろうか?青年は私の視線を気にした風もなく食事を続けている。その時、不意にテーブルの上に置かれたケータイデンワが震えた。


「はい」


食事を中断して会話を始めた青年の顔は、お世辞にも嬉しそうとは言えないものだった。眉間にシワを寄せて、電話口から聞こえてくる言葉に黙って耳を傾けている。


「なんですって!?」

「ぅえ!?」


突然大声を張り上げられて、思わずビクついてしまう。なんといういたたまれなさ!

それを誤魔化すように、残ったバーガーにかぶりつこうとした私はーー


「危ないっ!」

「ーーーー」


いきなり吹っ飛ばされた。






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