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秘密結社の女ボスと幹部たち

「しあわせ……」


こたつにみかん。部屋は暖かくなっていて、眠気を誘う。そんな中でダラダラと過ごすのは、至福の時間だ。


「見て見て姫ちゃん!修羅場よ、修羅場!」

「え?あ、うん」


テレビを指さして大喜びしている人妻は無邪気。この頃は昼ドラがめっぽうお気に入りのようだ。正直、見てと指指さされたシーンはなにが楽しいのかさっぱり分からないが、本人が楽しそうなので水をさすのは野暮というものだろう。

ストーブの上に乗ったヤカンがしゅんしゅんと音を立てる。やけに眠気を誘う音だ。


(……みかん、食べたい)


だが、こたつから手を出すのはなんだか面倒だ。こたつは人を怠惰に誘う魔性のアイテムである。これを開発した奴は悪魔の手先に違いない。みかんの皮を剥くのさえ面倒になる。


「あ」


甘くて美味しそうだと目星をつけていたみかんが大きな手にさらわれていった。

その手の持ち主はみかんの皮を丁寧に剥くと、その一房を恭しく私の口元に近づけた。どうやら、私が食べたそうにしていたのに気づいて気を利かせてくれたようだ。好意を無下にするのも忍びない。パカっと口を開けると、冷たいみかんが口に入ってくる。噛み締めると、案の定とても甘い。


「うまっ」


呟くと、すぐさま次のみかんが口元に寄せられる。それを食べながら視線を上げると、目を細めた美人が私を見下ろしている。普段の無表情さを考えると満面の笑顔といっていいだろう。

なにがそんなに嬉しいんだろうか。

そんな風にダラダラと午後が過ぎていく。何度でも言おう。至福の時間だ。

しかし幸せな時間ほど長くは続かないものだ。無情である。


「あー、セントくん帰ってきたみたいだねぇ」


二人もそれに気がついたようで、思い思いに立ち上がる。

帰ってきたアイツにこの部屋にいるところを見られると色々面倒なことになる。主に小言がやかましい。きちんと仕事をしろとは失礼な。ちゃんとやってるからこうやってダラダラできているっていうのに。


「悪の組織のボスに安息はないんだよー」

「そんな常識私がうち壊してやるわ」

「きゃー姫ちゃんカッコEー!」


そんな風にふざけあいながら、私は人類に戦いを挑むために一歩を踏み出した。


ーーー


我々は悪の組織だ。世界中に存在している。我々と戦いを繰り広げるのは正義のヒーローたちだ。なにを巡って争っているかというと、土地である。

私たちの先祖は違う世界からやって来た異邦人で、居着いたこの世界の土地には限りがあった。つまりそういうことだ。あちらを立てればこちらが立たず。チキュー人に言わせれば迷惑もいいところだろう。だからこそ戦いが起きている訳だし。

私の率いる悪の組織は構成員三人。私を含めても四人だけという、ナニソレ舐めてんの?的な『組織』を名乗るのもおこがましい団体だ。


「これを見ろ!」


荒々しくテーブルに叩きつけられた地図は、ここら辺一帯の勢力が浮かび上がる特殊なものだ。

昨日までは黒かった部分が白くなっている。

このことが示すのは、すなわち。


「領土を取られた!」


吼えるように叫んだ彼は、憤死しかねない勢いで怒っている。毎度のことではあるが、よくもまあこんなに怒れるものだ。体が心配になるレベルである。前に一度やんわり忠告したら、頭に血が上りすぎて本当に失神したから何も言わないけど。


「ニンゲン共が……下等生物の分際で……身の程を……」


区切り毎に力一杯テーブルを殴り付けるせいで、上手く聞こえない。まあ言ってることは大体把握できるので、やぶ蛇にならないように黙っているのが吉だ。

テーブルがミシミシと不穏な音をたてている。テーブルを買い換えるような経費はもう残ってないんだから、もうちょっと手加減してほしいなぁ。


「聞いているのか荊木!」


ーーなんて考えてたのがバレたわけではないだろうけど、矛先がこっちに向いた。


「聞いてるよ。ヴィンセント」


ヴィンセント・シュタイン。本名はもっと仰々しく長いけど、覚えられないから私の中で彼の名前といえばこれだ。

チキュー人から見ると整いすぎてむしろ不気味だと言われる程の、我々の中でもとびきりの美貌。これは体内含有魔力の高さを示していて、つまるところヴィンセントはメッチャ強い。

私の組織で一番好戦的で、チキュー人を下等生物と見下して憚らない筋金入りの種族差別主義者なのだけど、それ故に自分が下等と見下すチキュー人に領土を取られることが我慢ならないらしい。


「お前がしっかりしないからだぞ!」

「って言われてもなー」

「姫ちゃんは関係ないでしょー?八つ当たりは止めなよセントくん」


すかさず私を人妻ーーもといシルフィア・ルルゥが庇ってくれた。無邪気な言動と若々しい容姿から下手すれば私よりも年下に見えるが、立派な大人の女性。既に二児の母でもある。


「この辺ってアダマギの管轄だったじゃん。責任なすりつけられても困るよねえ?むしろアイツの戦闘力でよくここまでもったよ」

「ーーまあ、それもそうだな」


辛辣だなぁ。まあ、私たちの種族は大体こんなものだけど。弱肉強食、弱い者には価値がないのだ。

その理屈でいくと、私は無価値なんだけど。


「?」


くい、と注意を引くだけの強さで服が引っぱられる。

振り替えると、無表情さの中にどこかたしなめるような雰囲気を漂わせている気がしないでもないギーが私をじっと見下ろしていた。


「あー、うん。ごめんね?」

「……」


ギーとは付き合いが長い。十数年前に出会ってから一緒にいるけど、私はギーの声を聞いたことがない。正確にはあるんだけど昔のことすぎて忘れてしまった。

しかしそこは付き合いの長さがある。加えて私は『空気を読む』という芸当が達者であるらしく、ほんのり僅かながらとはいえギーの無表情さの中から言いたいであろうことを読み取ることができる。

それによると、私は無価値なんかじゃないと言いたいっぽい。なんというか、良い奴だ。


「いくら愚図の落ち度で奪われたとはいえ、ここは紛れもなく我等の領土だ。奪い返さねばならん」

「ぅえー?」


ヴィンセントの言葉に思わず唸ると、恐ろしく鋭い目で睨まれた。美しい深緑の瞳はギラついて、よく切れる刃物のような光を帯びている。


「なにか言ったか?」

「なんにも?」

「ならばさっさと出撃の準備をしろ!間違ってもその格好で行くなよ!」


自分の格好を見下ろす。

小豆色の、ジャージと呼ばれる服だ。動きやすく、なにより着ていて楽なところが気に入っているんだけど、ヴィンセントはこの服がいたくお気に召さないらしい。ことあるごとに脱げ脱げと連呼してくるので、いささか辟易している。


「あー、ハイハイ」

「生返事をするな!早く行け!」


怒鳴り付けられて、慌てて部屋を飛び出す。

我が悪の組織、一の幹部殿は非常に怒りっぽいのだ。





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