大人の為の子供相談室 一月一日
タケジー:さぁ、いよいよ始まってしまいました。最後の『大人の為の子供相談室』最終回となります。
ミカリン:一年かぁ。長いようで長かったねぇ。
タケジー:いや、あっという間でしたよっ?
ミカリン:人間というのは歳を取ると去年のことがつい最近のように思えるらしいです。実家の親がボヤいてました。
タケジー:ぐぐっ、いや、そんなことはありません。それはそうとミカリン、今年の正月はどうでしたか?
ミカリン:実家でゴロゴロしてたけど、それが何か?
タケジー:先程の話からそんな気はしていましたけど、やはりですか。ミカリンは普段からゴロゴロしているんですから、正月くらいは別のことをすべきではないかと思うんですが。
ミカリン:はっはっは、何を言っているんだろうね、このオサーンは。正月なんだからゴロゴロするのは当然じゃないかね。
タケジー:オッサンじゃありません。なら、いつもゴロゴロしているのはどうしてなんですか?
ミカリン:それは個人の趣味だよ。
タケジー:……では最後のお葉書を紹介したいと思います。
ミカリン:スルーとは腕を上げたね、タケちゃん。
タケジー:そりゃどうも。最後のお葉書は『沢ガニ大好きかおりん』さんからいただきました。えーと『前々から不思議だったんですけど、一月一日って何だか中途半端な時期にあるような気がするんですが、これはどうしてなんでしょうか。どうして一年の始まりが冬の真ん中なのか、ぜひ知りたいです』とのことですが、そう言われると不思議な気がしますね。今まで考えたことなかったですけど。
ミカリン:なるほどね。最後ってことで、とんでもないネタを拾ってきたもんだわ。
タケジー:どういう意味です?
ミカリン:私達はね、踊らされているのよ。西洋という白い魔物にね。
タケジー:またですか。
ミカリン:またとか言うなっ。
タケジー:はいはい、それで今度はどんな陰謀論なんですか?
ミカリン:くっそー、聞いて驚けよ。これは時を支配しようと目論んだキリスト教の姑息な策略なんだからね。
タケジー:あー、宗教的な理由ですか。それなら何となく納得できそうです。クリスマスも近いですし、何か関係あるんですかね?
ミカリン:ふっふっふ、そう思うのが素人のあかさたな。
タケジー:浅はかさ、ですよ? それで、どんな理由なんですか?
ミカリン:軽々しく聞いたこと、すぐに後悔することになるよっ。
タケジー:また大袈裟な。
ミカリン:では聞くが、もしこの一月一日、一年の初まりに全く意味がなかったとしたら、どうするね?
タケジー:どうすると言われましても困りますけど、さすがにそれはないでしょう。だって一年の始まりですよ?
ミカリン:そうだね。私もそう思ってた。何も知らない少女時代はね。あ、少女時代なんてあったの、というツッコミはいらないから。
タケジー:いや、しませんよ、そんなツッコミ。
ミカリン:ふむ、腕を上げただけに食いついてくるかとも思ったが、その程度か。戦闘力5か、ゴミめっ。
タケジー:いや意味がわかりません。
ミカリン:まぁいいわ。ところでタケちゃん、そもそも暦ってものがどうして生まれたと思う?
タケジー:それはまた随分と根源的な質問ですね。やっぱり時間……というか季節を知るためなんじゃないですか?
ミカリン:間違ってはいないだろうけど、正確でもないね。とはいえ、実際問題どうして生まれたのかについては、その時に生きていたワケでもないから想像に頼る部分もあるんだけど、その理由は農耕のためだったと考えられているの。キッカケはナイル川の氾濫に周期があることに気付いたからだとも言われてるけどね。
タケジー:なるほど、確かに農家の方ほど天気や気候を重視する人たちもいませんからね。
ミカリン:四大文明まで遡ると記録に乏しいんだけど、とりあえず古代ローマで使われていた暦は太陰暦、すなわち月の満ち欠けで日数を表すものだったの。でもこれがさ、現代から考えるととんでもないテキトーカレンダーでねー。
タケジー:テキトー、と言いますと?
ミカリン:始まりは種蒔きを行う三月、そして十二月まで数えたらはいおしまい、あとの二ヶ月は寝ててちょうだいなという代物だったの。
タケジー:何ですか、それは。
ミカリン:この頃の暦には約二ヶ月間の空白期間があったのよ。冬場は農家がお休みだからね。んで、春になったら王様がお触れを出して一年が始まる、なんていう形だったらしいよ。
タケジー:た、確かにテキトーですね。でもそれだと、月日が正確にはわからないんじゃ……。
ミカリン:わかる必要もなかったでしょ。その頃の人たちにとって必要だったのは、種を蒔いて何日経ったのか、収穫まで何日かかるのか、冬篭りの準備を何日で終えらせなければならないのか、その程度だっただろうからね。陽が落ちて空を見上げれば何月何日かわかるんだから、その方が都合が良かったってことでしょ。
タケジー:ある程度は納得できますけど、ホントですか、その話?
ミカリン:ホントだって。ちなみに十二月は英語でDecemberだけど、これの語源って『十番目の月』ってことらしいよ。もうそもそも十二月じゃなかった。
タケジー:……なるほど。それで、その話が一月一日にどうやって繋がるんです? その話からいくと、三月を一月に設定した方が納得できそうなんですけど。
ミカリン:まぁ、そこが疑問よね。社会が成熟して、昨日や明日だけじゃなくて一年を通じて考えられるようになれば、当然そのための暦は必要になる。もちろん、当時の人たちだってそう考えた。
タケジー:ではどうして一月一日は、あんな中途半端な感じに?
ミカリン:中途半端だって感じるのは、そこに何もないからよね?
タケジー:まぁ、そうですね。
ミカリン:だけど実は、ホントは基準があったとしたらどうする? それを何かしらの形で歪められているとしたら。
タケジー:基準……でも冬の真っ只中ですよ?
ミカリン:そう、冬の真ん中ね。つまり一番太陽の出ていない頃よ。
タケジー:あ、もしかして冬至ですかっ。
ミカリン:そう、太陽の昇る時刻の最も遅くなるその日を始まりとして、一年は計画されたの。公転周期を示す暦としては、始まりに相応しい日でしょ?
タケジー:確かに……あれ、でも、冬至って一月一日とそんなに近くないですよね?
ミカリン:そうだね。年によって少しずれるけど、十二月の二十一か二十二だね。本来の意味からは十日くらいずれてる。
タケジー:ひょっとして、これにも理由があるんですか?
ミカリン:ふっふーん、良いところに気付いたね。まさにこのズレこそが、キリスト教の陰謀そのものなのよ。
タケジー:陰謀って、何ですかそれは。
ミカリン:ちなみにタケちゃん、キリスト教にとって一番大切なお祭って何だと思う?
タケジー:一番は……やっぱりクリスマスなんじゃないですか?
ミカリン:ざーんねん、クリスマスなんてイースターに比べれば雑魚同然よ。
タケジー:イースター……聞いたことはありますけど、どんな催しなんです?
ミカリン:日本じゃあんまり馴染みがないよね。日本語でいうと復活祭、つまり一度死んだキリストさんが蘇る日を祝うものよ。これは祝日なんだけど、年によって日取りがまちまちなの。
タケジー:あぁ、ハッピーマンデーみたいなものですか?
ミカリン:そんなもんと一緒にされたら、さすがに怒られるでしょうけどね。これの決まり方ってのがややこしくてさ、確か春分の日の後の最初の満月の後の日曜日、なんだってさ。ちなみに今年は三月最後の日になるね。
タケジー:へぇ、毎年安定しない祝日ってのも、変な感じですね。
ミカリン:でも、明確な基準はある。
タケジー:春分の日、ですか。
ミカリン:そう、問題はそこなの。古代の暦も四年に一度の閏年は何とか把握していたんだけど、それでも細かなズレが長い年月で蓄積していくことは防げなかった。今でも使われている『グレゴリオ暦』は十六世紀の末に設定されたんだけど、この時の春分は三月十一日、暦の上の春分である二十一日とは大きく掛け離れていたのよね。この時にもし、天文学的な意味合いで暦を設定していたら、春分の日も正月も意味のあるものになっていたでしょうね。
タケジー:違うんですか?
ミカリン:歴史的に見て、学者の真っ当な主張が正道を歩いたことなんて希少でしょ。コレも例に漏れず、権力闘争の末に二十一日がゴリ押しされて春分の日を中心とした暦になったのよ。
タケジー:では、一月一日は……。
ミカリン:春分の日の八十日前、閏年なら八十一日前の日ってことね。それだけの価値しかない日なのよ、元日ってのは。
タケジー:……うーむ、何と言うか、良かったです。
ミカリン:何がいいの? 理不尽極まりないじゃない。
タケジー:いえ、その話じゃなくて。最終回は何だか、本当に相談室らしいことができたんじゃないかなぁって。
ミカリン:あ、結論言い忘れてた。
タケジー:結論?
ミカリン:つまりね、正月なんて特別祝う意味なんてないんだから、普段通りにダラダラしててもいいじゃん!
タケジー:台無しだよっ!
ミカリン:よし落ちた。
タケジー:落ちてないよっ。何なのこの終わり方!
ミカリン:では皆様、来年も良い年でありますように。
タケジー:まだ今年始まったばっかりだよ!
書き始めた当初は見切り発車でしたが、何とか一年終えることができました。
知識と笑いの融合は時に面倒でもありましたが、色々と勉強になりましたね。
とりあえずしばらくは、あまり考えずに笑える作品を書きたいです(笑)