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呼吸と体温  作者: CORK
2/6

Vol.2 家族

 僕の父は厳格な人間でした。

 僕の父は仕事一筋でした。

 僕の父はいつもストレスを溜め込んでいました。

 僕の父は酒呑みでした。

 誤解のないように言っておくと、父は、酔っているからと言って無意味に家族に暴力を振るったりはしません。

 ただ、父が酔っぱらっている時に僕が悪いことや間違ったことをしたら、いつものお説教の時に手が出るようになります。

 そういう意味で、父は無意味な暴力は振るわない。父が暴力を振るうのは、いつも僕を正しい道に導こうとする時なのです。

 父のお説教は、いつでも正論でした。普段でも、酔っぱらっている時でも。

 いつも、間違っているのは僕でした。

 でも、暴力的に正しさを理解させようとすること、それだけが酔っぱらった父の唯一の間違いでした。

 父に暴力を振るわれると僕は、決まって部屋で一人泣きました。今年で高校を卒業する年齢だと言うのに、人知れず静かに泣いていました。

 殴ってまで理解させなきゃいけないような正論なんて、僕は知りたくありませんでした。

 何より、僕が恥ずかしげもなく信じている家族愛ってものが、父からの暴力を受ける度に壊れてきているような気がして、それが僕には悲しくて仕方がなかったのです。

 こんな甘ったれた考えをしている僕はきっと、生涯泣き虫なままだと思います。



 父は決して謝ることをしない人でした。

 でも、僕を殴ったその日の夜や次の日の朝は、父は決まって僕にチャーハンを作って食べさせました。

 父のチャーハンはとても美味しく、僕の大好物です。その腕前に関しては、中華料理屋のチャーハンにだって引けをとらないと僕は勝手に思っています。

 我ながら単純だけど、そのチャーハンを食べれば僕の落ち込んでいた気持ちや悲しみなんか、いつもすぐに飛んでいってしまうんです。



 そんなある日、僕が高校から家に帰ると母からタイミング良く電話がありました。

 内容は、父が倒れ、救急車で病院に運ばれた、というものでした。

 その報告と病院の場所を告げられた僕は、急いでタクシーを捕まえると病院に向かいます。

 病院に到着するや否や、僕は夢中で駆け出しました。父がこの場にいたらきっと、病院の中で走るんじゃない、と怒られたことでしょう。

 でも、その父は今集中治療室に入れられているそうです。看護婦さんにそう聞きました。

 あと、かなり危険な状態だとも。

 僕は集中治療室まで走りました。そこには社会人の兄と母、そして体中に管を入れられた弱々しい父がいました。

 医師の話によると、手術の成功率は10%にも満たないということです。

 隣では母が泣いていました。初めて見る母の涙でした。

 いつも強気で『喧嘩では負けたことない』と威張っていた兄も静かに泣いていました。兄の涙を見るのも初めてでした。

 それを見たら、堪えていた涙が堰を切ったように溢れだしてきました。

 父はきっと、必死に病魔と戦っている。必死に生きようとしているのに違いありません。

 それなのに僕が泣いてちゃいけない。そう思い、僕は強引に涙を拭いました。

 でも、涙は止まりませんでした。



 ──父さん、今僕は泣いているんだ。

 父さんのせいで。

 父さんがまた僕を泣かせているんだ。

 だから父さん、いつもみたいにチャーハンを作って、僕にご馳走してくれよ。

 チャーハンひとつで僕を泣かせたことをチャラにしてやるんだから安いもんだろ。

 いつもみたいにさあ。チャーハンで、僕のご機嫌をとってくれよ──。

 いくらそう思っても父は目を開けてはくれませんでした。



 殴られてもいい。

 お説教されてもいい。

 ただ、生きて欲しい。

 また僕の前で笑って欲しい。

 そしてまた、僕のためにチャーハンを作って欲しいと、そう思いました。

 いるのが当たり前なはずの人がいなくなった光景を想像すると、それのなんと寒々しいことか。

 家族愛なんか後からきっとついてくる。

 だから今はただ、父に生きて欲しい、死なないで欲しいと願うばかりでした。



 結果。

 父の手術は成功しました。

 父は病魔に討ち勝ったのです。

 ただ、その代償は余りにも大きなものでした。

 命が助かる代わりに、父は片足を失ったのです。

 父の病気の感染源は右足だったらしく、その右足を切断することによって父は事なきを得たのです。

 いえ、事なきを得たと言ってしまって果たしていいのでしょうか。

 父にとっては即ち『あって当たり前のものがなくなって』しまったわけですから。

 意識を取り戻した父には普段通り右足の感覚があったらしく、父が自分の右足を失ったことに気付くまでには一時間近い時間を要しました。

 父は、厳格で強い男であるはずの父は、息子である僕の前で声をあげて泣きました。

「こんなことになるなら、死んだ方がよかった」

と。

 僕は、打ちのめされました。父の口からそんな台詞は聞きたくなかったし、まさかそんな日が来ることになるとは思いもしませんでしたから。

 父は、絶望に打ちひしがれていました。でも、それは当たり前のことでした。いかに僕にとってはスーパーマンのように思える人でも、父だって人間なのだから。

 それからしばらくして、ショックから立ち直った父はリハビリを開始しました。

 ずっと寝たきりだった体には、体を起こすという簡単な動作さえもえらい重労働なのです。

 父は頑張ってリハビリを続けました。父は生きる気力を取り戻したのです。

 その時の父の背中はとても大きく見え、友人に自慢したいほど格好いいものでした。



 それから三年の月日が経ちました。父は四点歩行器や松葉杖での移動を余儀なくされましたが、今では手すりがあれば階段の登り降りも出来るし、オートマティック車なら運転も出来ます。

 もちろんチャーハンも作ってくれます。でも、暴力を振るわれることはなくなりました。例の正論のお説教は相変わらずですけど。

 仕事も変わらず続けています。今度昇進が決まったとかで喜んでいました。

 僕はというと、高校を出てから専門学校に進み、今は介護福祉の仕事についています。苦労の割に給金は低いけど、やり甲斐のある仕事です。



 最近になって分かったことがあります。

 散々お説教されたり、時には殴られたりもしたけど、僕はやっぱり父を愛していたし、父も僕を愛してくれていた、ということ。

 でなければ、体に障害を負ってまで僕をここまで育てることは出来なかったでしょう。

 僕の今の目標は、一刻も早く立派な社会人になって、父に認められること。そして、誰か素敵な女性と結婚して、父に孫の顔を見せてあげることです。

 もし子供が生まれたら、父にチャーハンの作り方を教わって、子供に作ってあげるつもりです。

 父もきっと、それまでは長生きしてくれることでしょう。

 だって父は、こんなにも愛に満ち溢れた人なんですから。



 追伸。

 やっぱり僕は甘ったれの泣き虫から脱却出来そうにありません。

 こんな僕に、家族愛を信じるなという方が無理な話です。



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