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イレイザー ─仁和歌者─  作者: 姫乃 只紫
『イレイザー ─仁和歌者─』
8/10

『心を満たす者は』

 ある晩秋、白き少女と妖怪たちの日常茶飯。

 日傘を畳むと、すぅと息を吸い込んだ。枯れた葉っぱの匂いがした。

 学校の帰り道には、わけあって人通りの少ない並木道を選んだ。何で人気がないのかについてはよくわからない。山に近いし、もしかしたら熊でも出るのかもしれない。

 色褪せた木々の葉が、秋風に吹かれて踊っている。落ち葉の絨毯から、鮮やかだった赤や黄色が抜け落ちているのは、やっぱりちょっと残念。

 私は口許を押さえながら、小さく思い出し笑いをした。

 晶ってば、落ち葉に火を点けてすぐさつま芋を入れようとして鏡花さんに怒られてたっけ。ちなみに、正しい焼き芋の焼き方は一旦落ち葉を焼いて灰にして、大分温度が下がったあとにさつま芋を入れるんだとか。……まあ、私も鏡花さんに言われるまでは晶と同じ考えだったんだけど。

 私は歩きながら、腕時計を見た。足を止めて、周囲に視線を走らせる。切り替えのときに不意打ちなんてこと、〈彼ら〉はしてこないだろうけど、まあ念のため。

 閉じた瞼を撫でる。どこか寂し気な秋の声が遠くなった。眼を開いた。

 枯れ葉が──真っ赤に色付いていた。

 落ちているそれも、宙を舞うそれも、耐えるように枝に付くそれも。

 どれもみんなきらきらと、紅い星屑のように煌めいていた。

 命の抜けた景色に、新しい命が吹き込まれたみたいだった。

 思わず、溜息が漏れた。

 私は、髪の毛に付いていた苔を取ると耳の中に入れた。ゆっくりと眼を閉じつつ、イメージを開始。

 イメージするのは〈猫〉。……うん、黒猫にしよう。黒い方が何だか強そう。

 静かでいて煌々と輝く満月のような瞳。

 撃ち出された弾丸みたいに走るその姿は、まさに黒い閃光。

 研ぎ澄まされたその爪に、切り裂けない獲物なんていない。

 私は、かっと眼を見開いた。直後に前へと走り出す。憑依の副作用のせいで、まるで大きく波打つ地面を走っているみたい。

 ずしんと地面が揺れた。原因はわかってる。あの四本脚の怪物──タコゾウが前脚で思いっきり叩いたのだ。ついさっきまで私がいた地面を。

 タコゾウは、その名の通り蛸と象を合わせたような生き物で、蛸の丸い頭から八本の触手の代わりに、象みたいな太い脚が四本ぶら下がっている。全長はバスケットゴールより僅かに高いくらい。その身体は頑丈な格子模様の皮膚に覆われている。

 と、目の前の地面が膨れ上がった。

 思った通り、そこから跳び出して来たのは、犬顔をした獣人──モヒカンだった。私と同じくらいの身長だけど、赤いモヒカンの分、私よりちょっと大きく見える。

 捲れ上がった苔の破片が、私の顔に飛び散った。眼潰し代わりだ。思わず眼を細めてしまう。

 モヒカンはすでに、両手で握った西洋剣を振りかぶっていた。切れ味は悪そうだけど、力一杯頭に叩き付けられれば、どのみちそれでお終い。

 だから、私は──前へ進んだ。モヒカンの懐へと跳び込んだのだ。

 モヒカンが短い鳴き声を上げた。怯えた私が後ろへ下がると読んでいたのだろう。その首に、私は日傘の持ち手を引っ掛ける。両手でそれを引っ張った。そうして引き寄せられた顔面に、跳び膝蹴りを叩き込む。モヒカンが大きく仰け反った。さらにその肩を掴んで、モヒカンを後ろへ引き倒した。

 私は、咄嗟に反転する。そこには、うつ伏せに倒れているモヒカン。そして、それを危うく踏みそうになっているタコゾウの姿。

 タコゾウはすんでのところで前脚を止めた。狙い通り。

 私はその脚に跳び移って、タコゾウの身体を駆け上がる。それこそ木に登る猫のようなすばしっこさで。頭のてっぺんに着いた。私の握り拳くらいはある眼が一つ付いていた。近付いて、日傘の先端をそこに突き刺そうとして──ギリギリのところで止めて見せた。

「足許の彼を踏み潰してくれれば、ここは潰しませんけど──」

 瞳が震えている。色合いがマンガに出てくる毒キノコみたい。

「降参してもらえませんか?」

 無表情を保ち、下にいるモヒカンにも聞こえるくらいの声で、そう尋ねる。

 ややあって、タコゾウとモヒカンが声を合わせて応えた。

 私は──溜息を吐いた。


『まっさか、不意打ちして勝てねぇとはな……』

 モヒカンは胡坐を掻いたまま、苛立たしげにごちた。傍にあった枝切れを筆に変えて、くたびれた甲手に正の字を書く。言うまでもなく敗北の歴史だ。それも大野木ココ限定。字のサイズが負ける度に小さくなっていくのは、決して気が小さくなっているからではない。これからも正の字を書けるようにと、充分な余白を残しているだけである。それを世間では普通「気が小さくなっている」と言うのだと、彼は知らない。

『あの嬢ちゃんも変わってるよな。自分以外の人間を襲わないと約束してくれたら、今後どんだけ戦ってもトドメは刺さないなんてよ。……ああ、そうだな。確かに俺たちゃ寝なくても調子が崩れるなんてこたぁねぇし、飯を食わなかったところで飢えることもねぇし、いい女を偶々見かけて乱れる心はあっても疼く身体の部分がねぇが、それでも心で生きてる以上刺激は必要だからな。そこんとこ踏まえた上で三下の俺らに付き合ってくれてんだろうさ。……オウ、やっぱ戦いでの昇華が一番手っ取り早いもんな。タコ助、お前「昇華」とか難しい言葉知ってんな』

 モヒカンは大の字に寝転んだ。適当な小石を掴むと、そこに苔を集中させる。

『けどよ。なーんか見てて不安なんだよ、あの嬢ちゃん。目が離せないつーかよぉ。……ケッ、言われなくたって、それが連戦連敗してるヤツの台詞じゃねぇことくらいわかってらぁ。普通さ、優しさってのは余裕があって初めて出てくる感情だろ。自分のことで泡吹くくらいいっぱいいっぱいなのに、それでも誰かを助けてやろうなんてバカ、まず存在しねぇ。……何? あの嬢ちゃんがそのバカだって言いたいのかって? それが微妙に違うんだよ。あのな、あの嬢ちゃんの誰かを助けてやろうって気持ちは、純粋に優しさだけから来てるもんじゃねぇと俺は踏んでんだよ。俺が思うによ、あいつ、優しさとか思いやりとか、そういうのより先に「自分何かどうなってもいい」って感情が来てる気がすんだよ。……ああ、こんだけ戦ってようやくわかってきたんだ。あの嬢ちゃんには一緒に戦う仲間がいる。でも、あれは仲間に頼ってる戦い方じゃねぇ。あっ、これ悪い意味で言ってんだぜ。要は仲間が果たすべき役割の分まで自分でやろうとしてんの。自尊心の低さ故の個人プレーってヤツ。傷付くところを見たくねぇから、できるだけ仲間を矢面に立たせたくねぇのよ。……あーはいはい。そうですねー。それも負けっぱなしの俺に言えるようなって、何? そうじゃないって? どうしてそこまであの嬢ちゃんを気にかけてるのかって? ……ハッ、おいおい言わせんなよ恥ずかしい』

 モヒカンは身体を起こした。小石は好物のスイカに変えたつもりだった。しかし、実際に出来あがったものを見てみると、つい苦々しい笑みが漏れた。どうやら意識が話に傾き過ぎていたらしい。

『まあ、心乱されたってところさ』

 がぶりと豪快に食らいつく。瑞々しい。皮は勿論、中身まで真っ白だった。

 誰かさんの肌の色にそっくりだった。

 同時に心も乱していきましたとさ。

 基本ロリコンしかいない。

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